Dragon Ball KY   作:だてやまと

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カリン塔

 蘇ったばかりのクリリンと、片足を骨折しているヤムチャであったが、その道のりに苦労は無かった。

 如何せん、追体験のようなものであるから、わからないということがない。ましてや、過去の経験をそのまま受け継いでの追体験だ。気のコントロールや勝負勘、技のキレなど、培ってきたものは幾らでもある。

「足が治るまで登れなかったが、空を飛べるなら話は違うぜ。カリン様に会えば仙豆も貰えるだろうし、それだけでも差をずっと縮められるはずだ」

 ヤムチャの言葉に、クリリンは深く頷いてカリン塔を見上げる。かつての自分は、これをヒイヒイ言いながら登ったものだ。天津飯と餃子は空を飛んでいたが、クリリンとヤムチャはよじ登る他無かったのだ。

 二人は舞空術であっという間にカリン塔を攻略していく。登ることも修行の一環であったはずだが、それを差し置いてもまず、ヤムチャの骨折を治すことが必要だった。

 二人は一時間ほど空を飛び続け、ようやくカリン塔の頂上に到着した。仙猫のカリン様と既にこの場所を住処としたのか、ヤジロベーもが二人を出迎えた。

 カリン様は悟空の仲間である二人を快く受け入れ、修行をつけてくれることになった。仙豆でヤムチャは骨折を瞬く間に直すと、気合を入れてギブスを吹き飛ばす。

「何なら、二人同時に挑んでみるか?」

 カリン様は自信たっぷりに尋ねるが、ヤムチャとクリリンは笑顔で首を横に振る。確かに気も肉体もまだまだ発展途上の二人であるが、知識と経験だけは老成の域だ。

「じゃあ、まずはオレから挑みます」

 ヤムチャが指をポキポキと鳴らして、カリン様お得意の超聖水の試練に挑む。単なる水を得るために苦労をすると知っていれば気も萎えるが、若い頃の肉体の感覚に慣れねばならない。

 余裕の佇まいを見せるカリン様に、ヤムチャはまず真正面から腕を伸ばす。それを軽々と避けるカリン様に、再びヤムチャは馬鹿正直に単調な攻めを続けた。

「ほれほれ、そんなスピードで同じ動きばかりじゃ誰でも避け続けることができるぞ」

 カリン様の軽快な動きに、ヤムチャは口元をにやりと歪ませる。相手が若造で、猪突猛進であると油断をしたからこそ、そのような言葉が出たのだと確信する。

「ふっ!」

 余裕の表情を浮かべるカリン様に、ヤムチャは瞬間的に、出せるだけの気を出して一気に間合いを縮める。不意を突かれたカリン様であるが、流石は御年数百年のベテランである。咄嗟に上体を捻り、見事にヤムチャの腕を避け、超聖水の水差しを守った。筈であったのだが。

「な、なんと!?」

 杖の先に掲げていたはずの水差しが、いつの間にかヤムチャの手の上に乗せられていたのである。そんな馬鹿な話があるかと思うが、事実として超聖水はヤムチャの手にある。

「ど、どうやって……?」

「なぁに、簡単ですよ。幾ら素早くても、避ける時に取る行動にそう差はありませんし、杖の先に引っ掛けた超聖水を動かせる範囲なんて、多寡が知れてます。不意打ち気味の攻撃なら、咄嗟に避けるしかありませんから、自然と一番守りやすい形になるはず。そこさえ見切れば、あらかじめそこに腕を伸ばすだけで済みますからね」

 ヤムチャが超聖水を軽く口に含み、ふうと一息つく。カリン様もヤジロベーも開いた口が塞がらないようであるが、クリリンは平然としていた。あれは、ヤムチャが実際にカリン様との修行で必死で考えた攻略法である。当時は気のコントロールと、的確な動きができずに何度も失敗をしたが、そこが補われている今、一発で獲ることができたのは半ば自明の理である。

「む、むむむ。見事としかいいようがないのう。油断したとは言えども負けは負け。クリリンよ、悪いがヌシには本気で行くぞ」

「は、はは。お手柔らかに」

 苦笑いをするクリリンだが、かつて天津飯や餃子を含めた四人の中で、最も早くにカリン様の修行を終えたのはクリリンであった。純粋な身のこなしで言えば、ピッコロやベジータさえも「中々のもの」と褒めたことすらあるのだ。素早い動きとそれを制御するバランス感覚は誰よりも秀でている。

「では、行きますよ」

「いつでも来い」

 クリリンはしばらくじっと構えたまま、カリン様の様子を窺う。人間ではないので呼吸はつかみにくいが、気の流れで何となく読むことが出来た。

 極力隠していたはずのカリン様の呼吸の間隔をつかむと、クリリンは静から動へと急激に動きを変えた。その刹那、あまりの速度に残像が生まれ、あたかもクリリンは少しも動いていないように見える。

「甘い!」

 だが、流石に油断をしていないカリン様にそのような手は通じない。即座にクリリンの位置を見抜いたカリン様が身を翻すが、それもまたクリリンの計算どおり、クリリンの身体に働いた慣性では体制を整えねば到達できない位置に逃げている。ならば、答えはひとつしかない。慣性に逆らい、安全だと判断しているカリン様の元に一瞬でたどり着くしかない。

「波ッ!」

 クリリンが採った行動は、悟空が舞空術を使いこなすまでの間に多用していた、かめはめ波を推進力とする移動法である。大した威力のかめはめ波ではなかったが、クリリンの小さな身体を制御するには十分すぎるものであった。急激に動きを変えたクリリンに、カリン様は為す術もなく捕まり、その拍子に超聖水を掠め取られる。

「へへっ、一丁あがりっと」

「な、な……悟空でさえ三日かかったというのを、僅か一日。否、たったの一度の挑戦で……」

 驚きを隠せないカリン様だが、クリリン達にとってはこれも通過儀礼のようなものである。とりあえず、これにて仙豆の確保はできた。悟空は今頃、神殿にて神様に修行をつけてもらっているのだろうが、それに合流するか、或いは自分たちで修行をするか。

「カリン様、超聖水は単なる水なんでしょう。悟空に聞きました」

「う、うむ。そうじゃが……それを知っていながら来たということは。超神水を飲みにきたということか?」

「いえ、確かに力を得られるならそうしたいですけど、死んでは元も子もないですからね。まずは修行です」

「そうか。いや、良い判断じゃな。悟空のように、切羽詰っていなければ危険が高すぎるからな」

 まだまだ限界が先にあると知っているクリリンとヤムチャにとって、超神水は敢えて通る必要の無いものである。まずは身体を徹底的に鍛え上げて、自身の最盛期に近づくことが先決なのだ。それでもまだ足りないならば、そのときに飲めば良い。

「で、ではどうだ。悟空も今頃はここの上空にある神様の神殿にて修行をしておる。それに加わってみる資格が、おぬし達にはあるじゃろう」

「神様の修行か……確かに悟空と同じ修行をすれば、悟空に近づくことは出来るけど……ヤムチャさん、オレは自分でやってみようと思うんです」

「奇遇だな。オレも同じことを考えていた」

 クリリンとヤムチャはちらりと目を合わせると、にいっと笑う。わかっているのだ。確かに空気が薄く、ミスターポポという修行の相手が居る神殿は格好の修行の場所であるが、悟空と同じことをやっていては、彼を追い越すことはできない。より短期間で、より良い結果を出す必要があるのだ。

 そしてもうひとつ。心を空にするという修行は、肉体的なものよりも寧ろ、精神的なものであり、それを鍛えるのには長期間を伴う。二人にとってそこは既に通過した場所であり、改めて行う必要は極めて薄かったのだ。

「オレ達は、自分で修行をします。まずは、自分たちで限界まで高めるためにも」

「そうか。うむ、おぬし達もまた立派な戦士よのう。悟空は今よりも更に強くなっていくじゃろう。超えるのは並大抵のことではないぞ?」

「……わかってます。きっと、誰よりも」

 既に大きく引き離されているのだ。そして、本来通っていた道筋では、その差は開くばかりだった。それを改めてやり直すことで、果たして超えることができるのだろうか。

 否、無理だろう。無理だということなど、嫌というほどわかっている。だが、わかっていても、やるしかないのだ。そのために時間を越えてやってきた。そのために、十数年に及ぶ長い苦労を再び味わう覚悟を固めたのだ。

 そう、この世界での悟空の負担を、少しでも減らすために。この世界の悟空に、少しでも強敵であると感じさせたいが為に。

「クリリン、時間は思っている以上に早いもんだ。早速行こう」

「ええ。では、カリン様……オレ達が悟空に勝つところ……ここから見ていてください」

「はっはっは。そう言われるとおぬし達を応援したくなるのう。うむ、しっかりと見届けよう」

 カリン様はそう言うと、仙豆を袋に詰めて、二人に渡す。

「餞別じゃ。少々の無茶な修行でも、これがあれば平気じゃろうて」

「恩に着ます」

 クリリンたちはありがたく受け取り、深々と礼をしてカリン塔を飛び立っていく。その様子をヤジロベーが不思議そうに見送る。

「なんだぁ、あいつら。何しに来たんだかよくわかんねえな」

「……仙豆が欲しかっただけじゃろ。それに見合う実力の持ち主じゃて。スピードもパワーも悟空に劣るが、妙に戦い慣れておるというか。あの若さで老練と呼ばれるような動きをするとは、末恐ろしいもんじゃ」

「ふうん。若作りなだけのジジイだったんじゃねえ?」

 ヤジロベーの適当な言葉が、あながち的外れでないことを知っている人間がいれば、苦笑を禁じえなかったであろう。


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