戦士たちがナメック星に行くメンバーを決める中、カメハウスでは三人の女が集っていた。
一人はカプセルコーポレーションの御令嬢――とは思えない勝気で冒険心溢れる天才、ブルマ。
もう一人は後に宇宙最強戦士に至る、孫悟空の妻にして、自らも地球では超人の域に達した格闘家であるチチ。
そして最後に、最初期から悟空たちを知り、ここ数年は天津飯を追いかけ続ける案外一途な女性、ランチ。
「ほんっと男って馬鹿よね。こんないい女がいるってのに、やれ修行だ。やれ強敵だって」
「んだ。悟空さは仕方ねえにしても、悟飯ちゃんまですっかり感化されちまって。おら、なんか子育て間違えただかなあ」
「けっ。お前らまだいいぜ。オレなんてまだ手も握ってねえんだぞ」
いわゆる女子会というものであろうか。勝手に会場にされた亀仙人はたまったものではないが、怒ったら手のつけられない女傑三人に茶汲み爺と化すしかない。
兎にも角にも、この三人の男運は滅茶苦茶である。
ヤムチャはいい歳して働きもせず、ふらふらと修行ばかりしている。悟空なんて所帯を持ったにも関わらず働いたら負けと言わんばかりに修行漬け。あろうことか息子まで巻き込んでいる。
天津飯に関しては、別に交際しているわけでもなく、働こうが働くまいが本人の自由であるが、恋愛に無頓着すぎてランチとしてはそちらのほうが問題である。
「ちょっと亀じいさん。あんたが孫君たちを鍛えるからこうなっちゃったのよ?」
「へ。そんな無茶苦茶な。ワシが悟空を鍛えたから大魔王やらサイヤ人やらを倒して、世界は平和なんじゃろうが」
「鍛えすぎだべ。どこの世界に素手で岩砕いて、空飛んで、月を消し飛ばす旦那を持つ女房がいるだべか」
「いやいやいや、それぐらいしてもらわにゃ、ワシが育てたんじゃから」
「いんや。おらだっておっ父に亀仙流を習っただが、せいぜい岩砕くぐらいしかできねえだ」
砕けるのか、とブルマとランチが顔を見合わせる。身の回りの男は大体、岩を砕けるし、基本的に空を飛んで移動するし、多分月も消せるだろう。だが、女は比較的まともであると思っていた。
どうやらチチも十二分に規格外生物の一員のようである。
「舞空術はそもそも、天津飯やチャオズが使っていた鶴仙流の技じゃて、ワシが教えたわけじゃない。かめはめ波も教えずとも勝手に身につけおったんだぞ」
いつの間にか、女同士の愚痴大会から亀仙人を元凶と見据えての尋問会となっている。亀仙人としては、門を叩いて弟子入りを希望した男達を鍛えてやっただけなのだが、女の理屈と都合はそのようなことはお構いなしである。
やれ困ったもんじゃ、と嘆息する亀仙人であるが、女達の話は止まるところを知らない。
「あいつら、ビンタ食らわせても痛くも痒くもないのよねえ。ヤムチャったら喧嘩したとき、こっちが殴っても堪えないのをいいことに謝るだけで済ましちゃうし」
「んだ。一回悟空さが働かねえもんだから、つい手を出しちまっただが、組み手と勘違いされてえらい目に遭っただ」
「いーよなー。オレなんてカプセルコーポレーションで修行してる天津飯にタオル渡しただけだぜ」
恋人。嫁。片思い。三者三様ではあるが、とりあえず憎きは男達が夢中になって仕様が無い武術である。最強を目指すとか、限界を超えるとか。既に地球では仲間たちに敵うものはいないのに、仲間と一緒に修行をしながら仲間より強くなろうと躍起なのである。いたちごっこもいいところだ。
「あー。悟飯ちゃんがどんどん不良になっていくだ」
「ヤムチャ、枯れちゃったんじゃないでしょうね」
「……会いてえなあ」
母としての悩み。女としての不安。そして一人は純情。それぞれが溜息をついて、相手を想う。
いや、いいと思うのだ。自分の男が強いのは嬉しいことだし、少なくとも貧弱でナヨナヨしている青びょうたんよりは、筋骨隆々で頼り甲斐のある男には違いない。それにしても、少しぐらい省みることぐらいしてくれても良い様に思う。
チチに至っては一年間の放置プレイを受けた後である。四年間、働かない旦那とすくすく育つ息子と、なんだかんだで仲良く過ごしてきたのを、急に一人ぼっちになってやることがなくなった。結局、暇を持て余して始めたのは、父を相手にする組手であった。彼女もまた基本的に武を修めた人間であり、あの無敵の孫悟空の嫁になるからにはと、牛魔王から亀仙流の修行をばっちりと受けている。いつか帰って来るであろう旦那に太った姿で出迎えるのはあまりにも情けないし、悟飯には綺麗な母親であるとずっと思っていてもらいたい。
女心といえば女心であるが、組手の相手にされた牛魔王はやはり、たまったものではなかった。我が娘ながら強いのだ。それこそ、地を割り岩を砕くレベルで。
どうやら溜まっていた鬱憤を晴らすように組手を続けるうちに、嫁入り前より強くなっているようである。旦那の悟空がチチが中々強いことを知っているので、ほぼデート感覚で組み手なんぞを施していたのも問題であろう。
「そういや、ランチさんも中々強いんだべな」
「は。オレは別に修行なんかしてねえよ」
「んだども、カリン塔よじ登ったって悟空さが言ってただ」
「途中で諦めたよ。半分ぐらいしか登れなかった」
悔しそうに言うランチだが、亀仙人は危うく持っていたお茶を零しそうになった。半分も登ったとは驚きである。
「も、もしかするとお前さんたち、相当強いんじゃないか?」
ブルマは兎も角、チチとランチはかなり強いはずである。取り分けチチは後に悟天に組手を施し、超化させるまで鍛え上げた張本人ですらある。
「どうじゃ。どうせ待っておるだけも暇じゃろうて、美容にも良いし修行してみんか?」
亀仙人は半ば冗談のつもりで言うが、それにぴくりと耳を傾けたのがランチであった。
「……やっぱ、強いほうが天津飯の好みか。そうだよな、あいつ強い奴に興味があるんだもんな」
そうなのかなあ、とブルマは首を傾げるが、ランチに同意したのがチチであった。
「んだ、んだ。悟空さとは新婚時代はよく組手しただ。あれはお互いを知るのにすごく良いことだっただな」
「やっぱそうか。よし、やってやるぜ。チチも一緒にやろうぜ。ガキも強い母親の言うことなら聞くだろ」
「ご、悟飯ちゃんを不良から元に戻せるだか……?」
「そりゃ、旦那と息子より強ければ、文句言われずに教育できるだろ」
「お、おらもやるだ!」
えらいことになったと、ブルマは盛り上がる二人を見る。確かにチチが強いのは知っているし、ランチもまあ強いのかもしれない。レッドリボン軍の兵士程度ならば軽くボコるレベルで強い。
だが、この流れでは自分も鍛える羽目になりそうだ。頭脳労働のインテリこそが似合うのであって、肉体労働は自分の領分ではないと知るブルマは、素早く危機を察知。迂闊に逆らうと強引にでも仲間に加えられるおそれがあるので、亀仙人の後ろにまわりこみ、力強く頷いた。
「修行するなら、私が全力でサポートするわ。重力室だって何だって作ってあげるわよ」
下手に逃げるよりも、サポート側として安全圏に鎮座してしまうほうが無難であると、悟空との冒険で身に染みているのだ。カプセルコーポレーションの令嬢による手厚いサポートとなれば心強いと、チチとランチが気合を滾らせる。残るは、師匠なのだが。
「ジジイ、頼むぜ?」
「武天老師さま、おらを悟空さより強くしてけろ!」
「頑張ってね、亀じいさん」
えらいことになったと、亀仙人が冷や汗を流した。
とりあえず、悟空より強くなるのは幾らなんでも無理がある。というか、チチは諸々含めて悟空より強いのだが、どうやら戦闘のみでも強くなりたいらしい。
「えー。ワシは滅多なことでは弟子を取らんのじゃが」
「旦那と息子が働きも勉強もしないのは滅多どころじゃないだべ」
逃げ場も無く、仕方ないので修行をすることにした。エロ本一冊で意見を変えてしまうぐらいであるから、亀仙人の弟子取りは単に気分で決まるのかもしれない。
それにしても、チチはどれくらい強いのだろうかと気になるところである。ランチはカリン塔を半ばで諦めているのだから、少なくとも登りきった経験のある亀仙人よりも弱いのであろうが、悟空とまがりなりにも組手をしていたというチチは未知数だ。
「よし、まずは実力をみるぞ。チチ、ワシと組手じゃ」
「スケベなことしたら、ただじゃおかないわよ?」
すかさずブルマのツッコミを喰らう。それにしても、まったくもって天下の武天老師を尊敬しない面々である。クリリンはそういう意味では、亀仙人より遙かに強くなっても尊敬の念を抱いていた良い弟子であったと嘆息する。
「武術のことにはマジじゃわい。ヌシらが本気で強うなりたいならば、ワシだって本気で鍛えてやるぞ」
この辺りの感覚は、チチにはよくわかる。武闘家としての誇りは、いくらスケベでどうしようもないジジイであろうが消えるはずが無い。
「んだ、おら本気だべ。それに、おらはあの悟空さの嫁だ。いくら武天老師さまと言ってもひけはとらねえだよ」
二人は早速カメハウスを出て、砂浜にて対峙する。亀仙流の極意は『よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休む』という小学校の目標のような一見すると陳腐なものである。だが、それを誰よりも真面目に、誰よりも一生懸命にこなした者には屈強な肉体と強い精神が備わるのだ。亀仙人が言うには拳法というのは独自で編み出すものであり、本来必要な体力や腕力、精神力などを鍛えることが何よりも重要らしい。
これが真実であることを、チチはよく知っている。地球最強の旦那のそもそもの腕力や体力は、まあ宇宙人なので当然なのかもしれないが、常軌を逸している。あの屈強な肉体があればこそ、磨いた技が生きるのだ。
「では、早速はじめようかの。いつでもいいぞ、かかってきなさい」
「……はああッ!!」
亀仙人の言葉に、チチは一旦心を鎮めた後、裂帛の気合でもって亀仙人に打ちかかる。若くて綺麗な奥さんから、一人の武道家としての目になったチチに、亀仙人はサングラスの奥できらりと目を光らせて、先制の拳を打ち払った。
「てやっ、たあっ!!」
「ふむ、動きは中々。しかし腕力はやはり落ちるかのう」
鋭い連打にも、亀仙人はまるで涼風を受けるかのような調子で軽やかに避けていく。チチの放った蹴りを後方宙返りで鮮やかに避け、砂浜に着地した瞬間。亀仙人は突如としてチチに向かって突撃。鋭い突きをチチの額めがけて放つ。
チチはそれをしゃがんで避けると、足払いを仕掛ける。砂浜という悪条件であるが、両者の動きは鈍る様子が全く無く、亀仙人はチチの足を手で押さえ、その手を軸に宙に飛びつつ、チチの後頭部めがけて蹴りを入れた。
「あでっ……流石は天下の武天老師さまだべ」
「ふぉっふぉっ。おみそれしたか?」
「馬鹿言うでねえ。本気でいくだよ!」
言うや否や、チチはそれまでよりもずっと力強く砂浜を駆け、強烈な手刀を亀仙人に放つ。武術の神様と謳われた亀仙人といえど、既に耄碌した爺様かもしれないと様子を見たのだが、どうやら心配ないと判断したようで、本気を出したのである。
対する亀仙人も、やはり武道の上で男女など関係ないとはいえども、女性相手にいきなり本気を出すこともできず、また、あくまでも実力を見るための組手であったので力を抑えていたが、本気でかからねばならない相手のようだ。
チチの手刀は亀仙人の蹴りと交差し、力比べに移行。本気とあって、お互いに一歩も引かない。
「ぬ、ぬう……やりおるの。流石は牛魔王の娘で悟空の嫁さんじゃて」
「く、ぬ……そったらこと言う武天老師さまも、さすがだべ。悟空さ以外でおらが本気を出すなんてはじめてだ」
チチの強さに、亀仙人は拮抗しているものの、これが本当に四年間も妻として、母として過ごしてきた女の力なのかと驚いていた。確かに亀仙流の修行は日常のあらゆる所作を参考にしているが、三食を用意して、家事をこなすだけで武術の達人になれるはずがない。悟空と組手をしていたと言っても、二人の実力差から言って児戯のようなものであっただろう。
それでも、この強さ。本気で鍛えれば、まさか悟空に勝つはずもないが、それなりに良い線までいくのかもしれない。
「合格じゃ。基礎体力はできておるし、あとは気をコントロールする術を身に付ければ自ずと強くなる方法がわかるじゃろうて」
「んだ。空だって飛べるようになれば買い物も便利になるだよ。悟空さと悟飯ちゃんが帰ってきたら、うんと美味えもん食わせてやりてえからな」
「……ま、まあ目標があるのは良いことじゃて」
亀仙人は苦笑しながら、この地球最強の旦那に相応しい嫁が、基本的に嫁であり母であることを理解する。或いは、だから強いのかもしれない。
兎にも角にも、ライバルのクソジジイが編み出した舞空術にばかり目がいっているのは遺憾であるが、また一人、育つのが楽しみな武道家が増えたと思えば心は軽やかになる。
だが、その横で膨れっ面で見ていたランチが、遂にたまらず口を出した。
「お、オレはどうすりゃいいんだ。天津飯が文通してくれるぐらいまで、どれくらいやればいい!?」
「……そうじゃな。まずは、悟空たちが最初にしていた修行からはじめるとするか」
恋する乙女――というには少々年増ではあるが――の底力も、或いは大成するきっかけになるのかもしれないと、亀仙人は笑う。
なにせ、あのクリリンは女の子にモテたいという動機が元で、地球人最強にまで至ったのだから。
本当に軽いノリで書いたので、マジで悟空より強くなったチチが出てくることは無いです。ただ、映画版の「スーパーサイヤ人だ孫悟空」というタイトル詐欺な作品で、珍しくチチの戦闘シーンがあったのを思い出して、こんなのはどうだろうと思っただけでして。