折角の暗雲発生装置を壊されてはたまらない。幹部たちは出払っており、突撃を仕掛けてきた一人のサイヤ人はスラッグ軍団の一般兵が太刀打ちできる相手ではなかった。
「仕方あるまい。相手をしてやろう」
スラッグは重い腰を上げて、宇宙船の外に飛び出す。暗雲発生装置を探していたターレスがこれに気付き、二人は睨み合う。
「へっ。ナメック星人か。おとなしい連中と聞いていたが、サイヤ人に喧嘩を売る馬鹿もいるんだな……しかも、一番相手にしちゃいけないサイヤ人にな」
「くくく。思い上がった若造か」
スラッグは腕慣らしには丁度いいだろうと判断して、まずは暗雲発生装置を壊されないように、場所を変える。ターレスもスラッグを倒さねば装置の破壊は不可能であることを悟り、仕方なくスラッグの後を追う形となる。
二人の姿が完全に消えるのを見計らい、亀仙人はふうと溜息をついた。どうやらヤムチャは上手く事を運んだらしく、遠くで精鋭たちの気が次々と消えている。クウラは未だ姿を見せていないが、スラッグとターレスが相対するという形は願ってもないことだ。
「今しかあるまい。どうやら、暗雲を発生させる装置はサイヤ人にとって都合が悪いようじゃの。これを破壊しては、二人が戦う理由がなくなってしまう。無視して雑魚を殲滅しようぞ」
亀仙人の言葉に、チチとランチが頷く。ラディッツはこの場合、自分がどうすべきかを考える。
このまま亀仙人たちと一緒に攻め入るのは簡単であるが、そもそも雑魚を殲滅するのは自分たちの役目ではない。ラディッツたちには、強大な敵と戦うという他にできない役割があるのだ。
「……悟飯。俺たちはサイヤ人とナメック星人の後をつけるぞ。気配を殺しながらなるべく急ぐんだ」
「はい、ラディッツおじさん!」
二人のやり取りを眺めながら、亀仙人は相好を崩す。悪の気配を辿って後を追う二人を見送ると、亀仙人は再び険しい顔つきに戻り、二人の弟子を見た。
「チチ、ランチさん。最初が肝心じゃぞ。まずは全力で敵を叩き伏せて、迂闊に手を出すと返り討ちに遭うという印象を持たせるのじゃ。相手は大勢……一気に攻め切られれば、流石に押し切られてしまうからの」
「んだ。悟空さがおらに頭が上がらないのも、全部最初におらがビシっと言ってやったおかげだべ」
「そうか。文通から始めようなんてヌルいこと言ったのが間違いだったのか!」
中々独特な解釈の方法ではあるが、言わんとするところは理解してくれたらしい。この二人に限ったことなのか、女性全般に言えることなのかはわからないが、すぐに教えを自分の尺度で解釈しようとする。そのほうが呑み込みが早いようなので何も言わないが、素直な悟空と敏いクリリンを思い返すと、やりにくさを感じてしまう。
いやいや、今から攻め入るのだから精神を研ぎ澄ませねばならないと、亀仙人は深呼吸をする。戦いにおいて集中力とは戦闘力以上に重要なものだ。無論、どうしようもない差を埋めるには至らないが、多少の差ならばひっくり返すことができるのは、集中力によるところが大きい。それを維持するメンタルの強さや、劣勢を覆す知恵もまた必要。戦いとは、単なる腕力や気の強さだけでは勝てないのだ。
「いくぞい。敵を混乱させるには奇襲じゃ。チチ、同時に撃つんじゃ!」
「んだ!!」
師匠と弟子が並び立ち、同時に両腕を腰だめに構える。掌に気を集中させ、全身からまるで血液を凝縮させるかのように、気をどんどんと送り続けていく。
二人の手の中に光の玉が浮かび上がり、徐々に膨れ上がっていく。
「か、め、は、め…………波ーーーーッ!!」
まさしく本家本元。元祖かめはめ波を放つ亀仙人と、その亀仙人の教えを忠実に守り、覚えたばかりの技を披露するチチ。
二つのかめはめ波は、当然ながらヤムチャ達の放つそれの比ではないが、それでも亀仙流の奥義として相応しい威力を持つ。宇宙船の付近を警備していたスラッグ軍団の兵士たちがこれの直撃を受け、数人が吹き飛ばされていく。
「今じゃ!!」
亀仙人の合図と共に、三人は颯爽と宇宙船に向かって駆け出す。
「て、敵襲! 敵襲ーーーッ!!」
スラッグ軍団の兵士たちは突然の出来事に右往左往しながらも、まっすぐに突っ込んでくるジジイと人妻とヤンキー女を敵だと見定めたらしい。数人が気功波を撃ってこれの迎撃にあたる。
「温いのう」
しかし、亀仙人はこれを軽く避けて、するすると一人の兵士に近づいては鮮やかに突きを入れる。ばたりと倒れる兵士に、周囲には動揺が広がっていく。
「うおおおおおおッ!!」
これに追随したのがランチである。飛び道具を持たないランチであるが、その威勢の良さと眼光の鋭さは突撃という戦法にぴたりと当てはまる。手近にいた一人を豪快に殴り飛ばし、さらにもう一人に飛びかかって腕を掴むと頭突きをカマし、完全に気絶させた後に敵が群がる場所へと勢いよく投げ飛ばす。
「チチ!」
「任せるだ!!」
これに乗じるのは最強孫悟空すら恐れる鬼嫁チチである。気のコントロールを修業するため、敢えてカリン塔を地面から舞空術のみで制覇するという荒行をこなした結果、彼女の背中にはカリン塔の頂上に突き刺さったままであった、かつて夫が愛用していた武器が収まっていたのである。
「伸びるだ、如意棒!!」
摩訶不思議なこの如意棒、ただ伸びるだけの棒ではあるが、何しろ下界と天界を繋ぐための棒であるからして、絶対に折れることはない。超サイヤ人の一撃に耐えるかどうかは不明であるが、少なくともチチが振るう分には全く問題がない。
武術といえば体術ばかりを連想しがちであるが、棒術というものも存在する。ましてや天下の武天老師である。武器を使っての戦闘もお手の物であり、その手解きを受けたチチもまた、如意棒の性質をよく理解し、自在に操る。
ぶんぶんと振り回される如意棒は伸縮を繰り返し、スラッグ軍団を薙ぎ払っていく。たった三人の地球人によって次々に倒れる仲間にスラッグ軍団はじりじりと後ずさり、押され始めていく。
だが、それでも逃げない。敵前逃亡などしようものならば、スラッグに処刑されることがよくわかっていたからだ。こうなれば一斉にかかるしかないと一致団結し、まずは猛威を振るうチチに目掛けて一斉に攻撃が開始される。
「まずい、退くぞ!」
亀仙人がいち早く危機を察して、チチとランチに指示を飛ばす。チチは如意棒を地面に斜めに突き立て、一気に伸ばして敵から距離をとるが、ランチは走って逃げるしかない。必死に逃げるランチだが、いつしか敵に囲まれてしまっていた。
「ぬ、いかん。ランチさんを助けねば!!」
チチに攻撃が集中したと思っていた亀仙人は、ランチがいつの間にか取り残されていたことに気づいて踵を返すが、そうはさせまいと亀仙人を十数人のスラッグ兵が取り囲む。
このままでは危ないと歯ぎしりする亀仙人の耳に、ランチの悲鳴が飛び込んでくる。
「ぐうっ……あああッ!?」
数の暴力によってランチは四方八方を塞がれ、気功波の集中砲火を浴びる。大した威力ではないが、それでもランチにとっては堪らなく痛い上に数が凄まじい。必死に身体を縮こまらせて防御に徹するが、肌が裂け、鮮血が噴き出す。
このままでは死んでしまう。その時であった。
特別に修業することもなく、気ままに暮らしていた一人の少年がいた。
天賦の才であろうか。少年は強く、たくましく、図太い。人と慣れあうことを嫌い、いつも山奥で魚を捕って腹を満たし、たまに強盗をやらかして車を乗り回すなど、立派なアウトローにして野生児であった。
だが、そんな少年も不思議な縁で、一匹の猫との共同生活を送ることとなる。並外れた膂力を活かすでもなく、天高くそびえたつ塔の頂上でぼんやりと豆の木を栽培するのは、それはそれで気楽なもので性に合っていた。
戦いが好きなわけではない。ただ、生まれつき強かっただけだ。だから修業なんぞ好んでするはずもなく、ただただ、居候先の猫が「様子を見てこい」と言うものだから、仕方なく下界に降りてきただけであった。
「……冗談じゃねぇぞ。なんであいつらが戦ってんだ。ありゃ悟空の嫁さんと、亀のジジイに……あと、あいつ誰だ?」
様子を見に来た男――ヤジロベーは、宇宙船と思しき巨大な船の前で圧倒的無勢にも関わらず勇ましく戦う二人の女性と、一人のジジイの姿を見た。
「まあまあ、地球の危機だから女もジジイも黙って見てられねえんだろうな」
そう呟いて、まあ様子を見てこいと言われただけで戦えなどと言われてはいないと、観戦を決め込むヤジロベーであったが、状況は一変する。よく知らない金髪で鋭い目つきの姉ちゃんが、敵の集中砲火を浴びて大ピンチに陥ってしまったのである。
これは死んだな、と内心で思ったヤジロベーであるが、やはり良心が痛む。少なくとも、自分は彼女たちよりも強いだろう。見て見ぬふりは、いくらアウトローで野生児だとしても心地よいものではない。
ましてや、戦っているうちの二人は顔見知りである。
「……しゃあねえ。たまには運動しねえとな」
かちりと刀の鯉口を切り、ヤジロベーはまるで散歩に行くかのような気軽さで敵陣に突撃を仕掛けた。
時を同じくして、やはり同じ場所に、もう一人の男がいた。額に脂汗を浮かばせながら、とりあえず高いビルの上に立っていた。
「パパは強いんでしょ。あいつら、絶対に悪者だもん。パパなら倒せるよ!」
数時間前に愛する娘に頂戴した言葉である。突然地球全体が凍えてしまい、暖かいスープで暖を取っていたのだが、テレビで暗雲の発生源が特定されたと報じられ、その場所が判明すると、娘が騒ぎ出したのだ。
自分の父親は格闘技の選手であり、ここ最近はめきめきと腕を上げて、最早敵う者がいないとまで言われている。今、世界で一番強いと言われているのだと、娘は知っていた。
「パパ、お願い。地球を救って!」
父親――ミスターサタンはとにかく娘であるビーデルに弱い。さらに、自分が最強であるという自覚も最近芽生えつつあった。ここは一丁、世界の平和を取り戻してやろうと息巻いてやって来たのだが、来てみるとジジイと二人の女が既に戦いを始めたところであり、つい最近見たトリックまがいの光の玉を発射しようとしていた。
「げ……そういや、あのハゲや傷面やツンツン頭と同じ道着……こ、これは……?」
間違いなくあの一派だと、サタンは確信する。なんと女性の格闘家まで抱えていたのである。動きは以前に見た戦士たちと違ってサタンでも目で追える程度であるが、動きのキレは半端なものではない。
「よし、いいぞ。よくわからんが頑張れ!」
たった三人で侵略者を排除していく姿に、サタンは精一杯の応援をする。だが、そんな折に、一人の女――ランチが敵の集中砲火を浴びて蹲ってしまったのである。
「ぐ……いかんぞ。ええい、仲間たちは何をしておる。早く助けてやらんか!」
サタンは思わず拳を握りしめ、ぐいっと身体を前にせり出す。あの不思議な一派ならば、これぐらいの攻撃など軽くはじいて仲間の女性を助けることぐらいできるであろうに、なぜかこの場にはハゲのチビも、誰も彼もいない。
「女や老人が戦っているのだぞ……あいつらは何をしているんだ……」
呟いて、サタンは気づく。
何をしているのかという言葉が、そのまま自分にも突き刺さるということを。娘の言葉に勇ましくここまでやって来たのはいいが、女や老人が戦っているのに、自分は一体何をしているのだろう。この場にいるのに、いない連中を頼ろうとしているではないか。果たして、世界チャンピオンという存在は、そのような真似をしていいものだろうか。考えるまでもないことであろう。
「……ふ、ふはは……ふはははははは!! 待てい、悪党ども。未来の世界チャンピオン、格闘技の天才であるこのミスターサタンが相手だーーーーッ!!!」
こうして、世界チャンピオンどころか。
後に地球の英雄として幾度となく世界を救った男までもが、この戦いに身を投じようとしていた。
ずんぐりと太った体躯とは思えぬほどの素早さで地を蹴るヤジロベーの介入は、幾人ものスラッグ軍団が気付くが、ヤジロベーは全く気に掛けることなくランチに向かって真っすぐと駆け抜けていく。
「くそ、新手か。撃てい!!」
「そんなもん、効くわけねーでしょ」
ヤジロベーは飛んできた気功波を拳でパシンと払い落とし――気づいたときには、スラッグ兵は一刀両断されていた。元の歴史ではピッコロ大魔王の部下を両断したり、ベジータの尻尾を斬ったりと大活躍をした刀である。雑兵を斬るのに何の苦労もなく、ヤジロベーは切り刻んだ敵を見ることすらせずにランチの救助に向かう。
それに呼応するかのように、サタンもドタドタと敵に突っかかっていた。確かにスラッグ兵は強いが、動きは洗練されたものではなく、数を頼みに強引に突破するだけのようである。
「な、なんだこいつ!?」
「ダイナマイトキック!」
とにかく、サタンの見事なアフロヘアーと筋骨隆々たる体躯は威圧感が凄まじい。決して大したことのない突撃も、持ち前の顔の大きさで迫力は二倍増しである。
あくまでも一般人レベルから見れば素早く、強烈なサタンの必殺技、ダイナマイトキックを見事に兵士の一人に炸裂させて吹っ飛ばすと、ランチの救出に向かおうとするのだが、流石に魔族を一撃で仕留める威力ではない。すぐさま起き上がったスラッグ兵がサタンに気功波を発射するが、その手の動きによって、サタンはやばいと身をかがめる。アフロヘアーを掠めるだけにとどまった気功波に、スラッグ兵はこの男も強いのかと二の足を踏む。
「避けた!?」
慌てて第二波を放つスラッグ兵だが、敵がどうやら大した腕ではないことを悟ったサタンは気をよくして、再び攻勢に出る。
「ローリングアタックサタンパンチ!!」
サタンの二つ目の必殺技。前転しながら間合いを詰め、渾身の一撃を加える攻撃である。この一見無駄な動きは、紛うことなき無駄であるが、スラッグ兵はあまりにも無駄なこの動きに警戒しすぎて、ついつい身構えてしまう。
かくしてサタンのパンチは兵士の顎を正確に捉え、それでも倒れない兵士にサタンは本来の格闘家としての洗練された動きを見せる。
何も打撃技ばかりが格闘技ではない。サタンは気功波を食らわないように間近まで詰め寄り、そのまま兵士を足払いで崩して、腕を取る。
「あだだだッ!?」
「どうした、関節技を知らんのか?」
腕を極め、強引に振りほどこうとする兵士をぐいぐいと押して、サタンはランチ救出に突き進む。本来多数の敵と戦う場合に組み技や関節技は隙を晒すことになるが、極めたまま敵と一緒に動けば、中々便利な弾除けになる。
「おらおらおら、道を開けろーー!!」
「いでででで!!」
関節を極められながら弾除けにされた兵士はたまったものではない。関節技は放っておくと脱臼や腱の損傷を招く、かなり凶悪な技なのである。
ヤジロベーとサタン。この奇妙な二人の攻勢が、ランチを倒そうと群がっていたスラッグ軍団に再び動揺を与える。これに亀仙人も好機到来とばかりに反撃に出る。
「なんと、ヤジロベーと……誰か知らんが加勢が来たか。チチ、攻めるんじゃ!!」
「ランチさん、今助けるだ!!」
増援によって勢いを取り戻した地球勢は、これを機に果敢に前に出る。如意棒が敵をなぎ倒し、亀仙人は二発目のかめはめ波で敵を一掃する。
ランチへの攻撃は遂に止まり、ボロボロになりながらも持ち前の根性により耐え切ったランチは、救援に現れたヤジロベーに仙豆を渡され、すぐに復活。戦線に復帰を果たす。
「てめえら、ただじゃ済まさねえぞ!!」
ランチは散々痛めつけられて怒り心頭である。遅ればせながらサタンもランチの前に現れ、極めすぎて脱臼した兵士の首筋に手刀を入れて気絶させると、三人は背中合わせに立つ。
「む。ずいぶん元気だな……助けに入るまでも無かったか?」
サタンは隣で構えるランチに出しゃばりすぎたかと感じたが、ここまで来てしまったのだから仕方がない。どうやらもう一人の助っ人であるデブも強そうであるし、最初からいた老人と黒髪の女も達人のようだ。
「よし、オレに続け。悪党どもを退治するぞ!!」
サタンは勇ましく号令をかけるが、当然と言えば当然ながらランチもヤジロベーもそんな言葉に耳を傾けるわけがなく、勝手気ままに突撃を仕掛ける。が、サタンはサタンで自分の呼びかけに応えたのだろうと勘違いをして、不思議と三者は同時に敵に向かう形となった。
五人の地球人。壁という壁を叩き割っていく戦士たちには遠く及ばないものの、それでも地球人からすれば天下無双の達人たちである。
「つぇい!!」
亀仙人は最小限の動きで確実に敵を仕留め、年齢を感じさせない軽快な動きで次々に各個撃破をはかる。
「悟空さ、おらに力を貸してけれ……筋斗雲、来るだ!!」
チチの呼びかけに、筋斗雲は応える。完全に幼少の悟空と同じスタイルだが、筋斗雲は悟空とチチにとっては思い出深いものである。新婚旅行もこれで回った。水洗便所より綺麗なチチの心に、筋斗雲は彼女を操縦者であることを認め、チチの意のままに飛ぶ。
筋斗雲で自在に飛び交い、如意棒で敵を纏めて薙ぎ払うチチは、敵全体に大きな隙を生む。
「おおおりゃあああ!!」
ランチは女性とは思えぬ膂力でスラッグ兵にラリアットをカマし、何のためらいもなく股間を踏み潰す。果たして金的が存在するのかどうかは不明だが、急所ではあったようで、スラッグ兵は悶絶して転げまわる。
「ひでえことするな……ああいう手合いの女はあれで純情だったりするから始末が悪いんだよ」
ヤジロベーは一人、ランチの凶悪な攻撃法に肝を冷やしながらも刀を一閃。まとめて三人を斬り伏せると、あっという間に次の標的へと向かっていく。途中、何人かに組み付かれるが意に介することすらなく、他の敵にたどり着いたときに纏めて斬り伏せてしまうので、こちらはこちらで始末に負えない。
サタンはやはり、実力は彼らの中でも低い部類に入り、一人を相手にするのが精いっぱいであるが、先ほどのやり取りで関節技に関しては敵が素人であることを理解しており、サタン本人も決して得意ではないにしろ、異種格闘技で優位に立つために磨いた技で首を極め、足を極め、順調に一人ずつ仕留めていく。
「ふははは、いいぞ。何故雲が人を乗せているのかさっぱりわからんし、棒が伸びたり光が飛んだりするが、味方ならば問題ない!!」
この割り切り方は、サタンのある意味長所でもある。トリックかもしれないし、本当に原理など不明なのだが、トリックならばトリックでいいと割り切ってしまえるのである。
少なくとも敵は驚き、竦んでいる。故にサタンは一人ずつを相手に立ち回れるのだ。
五人の達人の猛攻により、スラッグ兵は次々に打ち倒されて、いつしかその数が半減していた。
「い、いかんぞ……このままでは全滅だ……逃げればスラッグ様に殺される」
「一斉だ。あの女も一斉攻撃には防御しかできなかった。一斉に一人を狙え!!」
スラッグ兵も必死である。宇宙船は大勢の兵士たちにとっては狭く、是非ともこの惑星を手に入れる必要があった上に、逃げては殺される宿命である。まずは一番強そうなヤジロベーを仕留めねばと、悪は悪で一致団結。全員が散開してヤジロベー一人に狙いを定めて気功波を全方向から逃げ場のないように発射する。
「げ!?」
さすがのヤジロベーもこれにはたまらず、先ほどのランチ同様守勢に回るしかない。だが、元々タフで戦闘力ならば五人の中でもトップの220である。元の世界のように神様の神殿で修業をしていないので、戦士たちに大きく水をあけられているが、スラッグ兵が概ね100を超える者がいないこともあって、守勢を敷けばほとんど効かない。
「ほとんど気が減っておらんし、どうやら平気なようじゃな。ヤジロベーが耐えている内に、撃破するぞ!」
完全に敵のターゲットから外れた亀仙人は、ヤジロベーを囮にする作戦を敢行。ヤジロベーとしては酷い作戦であるが、正直なところ耐えているだけでいい上に、懐に忍ばせている仙豆があるので、少々ダメージを食らったところで問題ない。
亀仙人は気を練り上げ、一気に全力を開放する。普段は萎んでいる身体は筋骨隆々と膨れ上がり、禿げ上がった頭には血管が浮かび上がる。
「かめはめ波!!」
突きを消し飛ばすほどの威力を持つ亀仙人のかめはめ波は、流石に暗雲発生装置を壊すわけにもいかず、あくまでも敵の殲滅に絞っているので最大出力というわけではないが、その使い方に長年の技が光る。
かめはめ波は常に放出し続けるエネルギーの塊である。当然、常に気を消費し続けるのだが、裏を返せば、放っている間は方向転換も自由自在。ぐいっと腕を左から右へと動かすと、亀仙人から放たれたかめはめ波は敵を薙ぎ払うかのように横にスライドしていき、多くの兵士がこれに巻き込まれていく。これに乗じてヤジロベーはかめはめ波に巻き込まれないよう安全圏に退避する。
「ジジイ、最初っからそれをやれよ!!」
ランチが叫ぶが、亀仙人にも限界がある。敵の半ばを薙いだところで息が上がり、その場にぺたんと座り込む。
「ふい~~。流石に歳じゃわい。長く保たんのう」
残る敵はまだ数十人ほど。体力の限界を迎えた亀仙人に一同は冷や汗を流すが、ヤジロベーは落ち着いたもので、仙豆を亀仙人の口に放り投げ、どかりと座る。
「ほれ、もう一回だ」
「年寄りは労わるもんじゃぞ。けっこう疲れるんじゃ」
「やかましい。まだ仙豆はあるから何発でも打てばいいだろ」
ヤジロベーに言われて、仕方なく亀仙人は再びかめはめ波を放つ。残る敵のほとんどがこれに巻き込まれ、ばたばたと倒れた。残りはたったの二人になる。
「ふぉっふぉっ。もうこれで良かろうて。チチ、ランチさん。後は任せたぞい」
亀仙人はそれだけ呟いて、よっこらしょと腰を下ろす。チチとランチは顔を見合せた後に、最後に残った二人のスラッグ軍団を見据える。
二人はあっという間に倒れていった仲間を見渡し、観念する。数百人で敵わなかったのだ。二人になって勝てるはずがない。
「……い、命だけは……」
「何でもします。助けてください!」
どうせスラッグに殺されるのだろう。だが、命乞いをして匿ってもらえば生き残れるかもしれない。二人は最後の生き残りの道を二人の女性に懇願するしかなかったのである。
「どうするだ。おら、降伏した相手を殺生なんてできねえだよ」
「殺しゃいいじゃねえか。生きててもロクなことしねえよ」
ここで、二人の意見が食い違う。こうなっては二人は中々に頑固であることを知る亀仙人は、万が一に備えて持ってきた小瓶を懐から取り出すと、ランチに向けて降り掛ける。
「は、は……はくしゅんッ!!?」
小瓶の中に入ったコショウが鼻に入り、たまらずランチはくしゃみをする。その途端、鋭かったランチの目は優しげなものに変わり、髪も今まで超化していたのかと勘違いするほど、金髪から濃紺へと変貌していた。
「……あらあら。私ったらまた喧嘩しちゃいましたか?」
「いんや。仲良くしようって話をしてただ。なあ、そこの二人?」
チチが二人のスラッグ兵に目を向けると、二人は壊れた人形のように首を縦に何度も振る。よくわからないが、助かりそうである。
兎にも角にも、これにて雑兵は片付いた。残るは三人である。
「悟飯ちゃん、お義兄さん。頑張るだよ。あと、ヤムチャも」
チチは大きな気の行方を探り、自分ではどうにもならない戦いの行方に思いを馳せた。
タイトル補足
ドラゴンシルバー:亀仙人
ドラゴンゴールド:ランチ
ドラゴンホワイト:チチ(牛乳ってことで
ドラゴンブラウン:ヤジロベー
ドラゴンブラック:サタン
おそらく二度とできない地球人たちの無双劇。
書き終えてからチチがゲーム作品で筋斗雲と如意棒装備してたり、かめはめ波撃ったりすると知ってびっくりしました。
ランチさんがこんなに強いのは多分この作品だけ。
サタンは世界チャンピオンなんだし関節技くらい使えるんじゃね、という適当設定ですが、ドラゴンボールはサブミッション要素はほぼゼロなので、相手も相手だし効くんじゃないかなーって思いまして。
ヤジロベーは唯一に近い原作より弱体化したキャラ。ヤムチャ達の遡行の弊害ですが、本人は強くなりたいわけじゃないと思うので、まあいいかなーと。
亀じいさん、ダイの大冒険のドルオーラ二連発を元ネタに活躍させてみました。