Dragon Ball KY   作:だてやまと

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VSスラッグ

 亀仙人が率いる地球人精鋭チームがスラッグ軍団を殲滅している頃、ヤムチャはどのように動くべきか迷っていた。

 ラディッツと悟飯はおそらく、移動したスラッグとターレスの後を追ったようであり、だからこそ亀仙人たちはスラッグ軍団の殲滅に乗り出したはずだ。スラッグ軍団にヤムチャ達が手間取らなくて済むようにと亀仙人たちが戦ってくれているのだから、これに合流する意義は薄い。

「悟飯たちと合流するか……クウラは遠い場所で居座ったままだし……だが、クウラだけが消耗しない状態を維持するのも不味い。参ったな、流石にそうそう上手く潰し合ってくれないか」

 ヤムチャは独り言ちて、どうすればクウラがターレスたちと消耗し合ってくれるかを考える。ここまでは上出来であった。だからこそ、気付いていない。

 スカウターには通信機能が備わっているということを失念している。サウザーがヤムチャに対して「貴様がドラゴンボールの在処を知る地球人最強の戦士か」と発言したことを忘れている。部下たちが敗れたことを知ったクウラが、どのように動くかということなど、考えもしなかった。

 老獪なヤムチャにしては珍しいミスなのかもしれない。だが、この時のヤムチャはそれまでと違っていた。

 今までならば倒れ伏して。或いは命を落として、ただ悟空の勝利を願っていただけのヤムチャではなかった。敵の幹部と思しき連中を一掃し、久々の勝利に慢心していたのだ。長らく味わうことのできなかった勝利という結果が、ヤムチャに危機的状況であるという現実をしばし忘れさせた。

 クウラは当然ながら動く。頭が弱い上に敢え無く死んでしまう情けない部下に苛立ちながらも、とりあえず概ねの位置は理解できた。面倒だが自分が行くのが一番確実な方法であるし、何よりも部下がいない。

「情けない部下を持つと苦労する。それにしても、地球人風情が調子に乗って……」

 クウラはふわりと空中に浮かび、ヤムチャがいた場所へ向かって高速で移動を開始する。気を隠すことはできないが、最強たる自分が気を消す必要すら感じはしない。スカウターを頼りに、ぐんぐんと速度を上げていく。

 このクウラの動きは、流石に浮かれているヤムチャも気付く。明らかに自分が先ほどまでいた場所に目掛けてやって来ているのである。気を消しながら移動していたので、そう遠くない上に周囲は隠れやすい物陰もない。クウラの動きはあまりにも早く、このままでは見つかってしまうことは避けられなかった。

「……不味いな」

 仮に隠れたとしても、クウラがフリーザと同等以上の力を持っているならば、周囲一帯を吹き飛ばされかねない。真正面からまともに戦って勝てる相手ではない以上、正面突破も不可能である。

 迫る危機に対してヤムチャは浮かれていた自分を戒め、対策を練る。真っ向から勝負ができない以上、選択肢は多くない。

「これは賭けだな……よし、行くぞ!!」

 ヤムチャは一つ頷いて、一気に気を開放すると、全速力で空を駆け抜けた。つまり、逃げの一手である。

 相手がスカウターを持ち、自分よりも速いという状況で逃走を選択するのはあまりにも下策である。だが、それは単なる考えなしの逃走である場合だ。ヤムチャ達の目的が敵の潰し合いであり、敵が自分を追いかけているのであれば、取るべき手段は一つしかない。

「サイヤ人とナメック星人が戦い始めた……いいぞ、このペースなら間に合う!」

 ヤムチャが全力で向かう先は、当然ながらターレスとスラッグが戦っている場所。クウラが自分を狙っているのならば、自分がその場所に行くだけで自動的に三人の悪が鉢合わせする形となるのだ。

 果たして三人の悪がどれだけ削り合ってくれるのかわからない。感じ取る気からすれば、クウラが一番大きいのだ。場合によってはクウラが他の二人を瞬殺してしまうかもしれない。だが、少なくとも悪は一つに絞られる。そうなれば、少なくとも活路が今よりは開けることだろう。

 だが、ヤムチャがその期待が実に淡いものであることをすぐに知ることになる。

「ほう、地球人にしては中々のスピードだったが――何なら部下にしてやってもいいぞ。丁度、人手が足りなくてな」

 気が付いたときには、クウラは目の前にいた。

 

 

 そんな馬鹿なと、ヤムチャは絶句していた。クウラとの距離は、どう見積もっても数分は追いつけないほど遠いものだと信じ切っていたのだから。

 まさか瞬間移動かと危惧するヤムチャだが、違う。それならば最初から追いかけるような真似はせず、すぐに表れていたはずであるし、瞬間移動は場所ではなく、相手の気を感じ取ってその近くに移動する技である。多くの宇宙人は気を感じ取るという技術を知らず、それを示すようにクウラもまたスカウターを装着していた。仮に場所をイメージして瞬間移動できたとしても、つい最近宇宙からやって来たクウラが地球の場所をイメージできるはずもなく、高速で移動するヤムチャの目の前にピンポイントで現れるはずがない。

 したがって、クウラは瞬間移動ではなく、自前の速度で追いついたのだ。ヤムチャとしては瞬間移動のほうがまだマシであった。少なくとも、一瞬にして距離を詰めるほどに速度に差があるということは、もう逃げることもできず、そして絶対に敵わない相手であることを示しているのだから。

「……へへ、冗談じゃないぜ。反則だろ、こんなの」

 セルや魔人ブウを知り、超サイヤ人の2や3を知るヤムチャだ。それらに比べればクウラの気は確かに小さい。だが、そんな相手と戦ったことなど無いのだ。悠然と腕を組んでヤムチャと相対するクウラは、かつてのどんな強敵よりも威圧感に満ち、自分ではどうやっても敵わない相手であることを知った。

 フリーザと戦った時のクリリンは、こんな感じだったのかもしれない。そう思うとヤムチャは自分たちが望んで突き進んできた道が如何に無謀であったのかを、初めて『体感』した。

「さて、その表情では悟ったようだな。では早速だが、ドラゴンボールを持ってこい」

 ただ向き合っただけで決まる勝負がある。クウラはその圧倒的な強さで、今までに幾度となく戦わずに勝ってきた。気に入らなければ降伏しようが問答無用で殺してきたが、少なくともヤムチャはクウラにとって、ドラゴンボールを手に入れるために必要な駒である。殺してしまっては元も子もない。

 圧倒的な戦闘力の差に絶望の淵に追いやられたヤムチャだが、クウラの言葉に我に返る。

「聞いているのか、地球人。一時間だけ待ってやる」

 クウラの冷たい声は、暗にそれ以上経てば殺すという意味合いが含まれていることを示している。だが、生憎とヤムチャは既に死を覚悟しており、死ぬこと自体は何も怖くない。蘇ることもできるのだし。

 だからこそ、このクウラの言葉に光明を見出すことができた。短いクウラの言葉の中には、いくつもの情報が含まれている。

 まず、ヤムチャの速度を知ったうえで一時間で持ってこいと命令したクウラはおそらく知らない。ドラゴンボールが七つ揃わなければ効力を発揮しないことを。

 そして、既に数日前に使ってしまい、一年待たねば使えないどころか、探すこともできないということを。つまり、一時間で勝負は決しない。

「クウラ、最初に言っておくが……ドラゴンボールは七つ集めないと意味がない。一時間でとても集めきれるような代物ではないんだ」

 ヤムチャの言葉に、クウラは「ほう」と呟いた。

「嘘をつくと為にならんぞ?」

「すぐにバレるような嘘は言わないさ」

 ヤムチャの言葉に、クウラは一理あることを認めて素直にうなずく。少なくともヤムチャが生き残る道は、素直にクウラに協力して部下として働くことしか残っていないのである。嘘をついて誤魔化すならば、最初から「わかりました」と言って逃げ出せばいいだけの話だ。そこからも信憑性は得られる。

「探してこい……探せるのだろう?」

「まあな……ただし、一つだけ問題がある。お前と同じ時期に来たヤツが、一つを持っている……情けない話だが、俺では手も足も出ない」

 ヤムチャはそれだけ言って俯く。

 これは賭けだ。勿論、ターレスもスラッグもドラゴンボールを持っているはずがない。それでも、自分が追い付かれてしまった以上、クウラをターレスたちにぶつけるには、これしか方法がなかったのである。

 クウラはニヤリと笑い、ヤムチャの胸ぐらを掴み上げる。

「くっくっく。なるほどな。オレを使おうとするとは良い度胸だ」

「へ、へへ……嘘だと思うなら殺せばいいが、俺を殺せばドラゴンボールの行方はわからんだろう?」

 ギリギリと胸ぐらを締め付けられながらも、ヤムチャはニヤニヤと笑って見せた。

 クウラは迷う。嘘の可能性も考えられるが、少なくともこの男を殺せばドラゴンボールを探すのが酷く手間取る。それに、本当にやって来た二人が持っているならば地球人に敵う相手でないことも確かであった。永遠の命が手に入るのだから、少々のタイムロスなど些事にも思える。

「もし嘘ならば、わかっているだろうな?」

「へへ。死ぬのには慣れてるから大丈夫だ」

 ヤムチャの言葉に、クウラは冷たいまなざしを向けて手を緩める。どこまでもふざけた男であるが、命を握られているにも拘わらず不敵な態度を貫いたことは評価に値する。

 少なくとも、単に従順で面白みもない部下よりは、手元に置いて弄ぶのも楽しそうである。クウラはスカウターで大きな戦闘力を察知して、ヤムチャを見ることもなく飛び立っていく。

 逃げたところですぐに追ってくるわけではないだろう。否、むしろヤムチャが逃げるということを最初から考えていないようでもある。仮にもっと実力が近ければこうも無警戒ではなかったかもしれない。

「ほんと、嫌になるぜ……」

 ヤムチャはそれだけ呟いて、クウラの後を追いかけていった。

 

 

 一方、ターレスとスラッグの戦いは、スラッグの有利に運んでいた。

 超ナメック星人とさえ言われるスラッグの実力は、いくら神精樹を食べてきたターレスとはいえども守勢に回る一方であり、ナメック星人の特技でもある腕を伸ばした攻撃など、強い上にトリッキーな戦法に後手後手になっていた。

 この様子を観戦していた悟飯は、父親によく似たサイヤ人をやはり心のどこかで応援してしまう。だが、ラディッツは当然ながら下級戦士にタイプが少なく、他人の空似がよくあることを知っている。

「悟飯、慌てるなよ。あれはお前の父親ではない……悪の気に満ちているだろう?」

「はい。でも、このままだとサイヤ人が負けちゃいます。ナメック星人はほとんど消耗していませんよ?」

「……仕方ない。悟飯はここで待っていろ」

 ラディッツはぽんと甥の頭に手を置き、二人が激しく戦う中に躍り出る。

「くらえ、ライオットジャベリン!!」

 半ば不意打ちのようにスラッグに向けて放ったライオットジャベリンに、スラッグは介入者の存在に気づいて後方に下がる。ターレスが何事かとラディッツの顔を見て、ふむと頷く。

「貴様は、カカロットの兄のラディッツだな。貴様までいながら地球が無事だったとは、いよいよ間抜けな兄弟だな」

「ほざけ。折角サイヤ人のよしみで加勢してやったって言うのによ。しかし驚いたぞ、俺たちのほかにサイヤ人の生き残りがいたとはな」

 ターレスに並ぶようにラディッツが構え、スラッグを見る。ターレスよりも戦闘力は低いが、中々の威力を秘めた一撃であったと危惧をするスラッグだが、それでもまだ余裕はある。

「サイヤ人は死にたがりが多いようだな。戦闘民族か何か知らんが、所詮は悪にも染まりきれぬ中途半端な奴らばかりだ」

 スラッグの笑みに、ラディッツは黙って構えたままである。宇宙全体の定義として、善は平和を好み争いを避ける。悪とは破壊や戦闘を好んで侵略を繰り返す。サイヤ人はやはり悪の部類に入り、フリーザに併呑されるまでは悪として栄えてきた。

 元々が悪なのだ。染まるも染まらないもない。ただ、単なる虐殺よりも、拮抗した戦闘に対する思い入れが強いので冷酷な悪魔というよりも情熱的な戦士としての側面が強くなる。それにラディッツは知っている。悪ではあるが、克己の精神により、悪と言う枠組みから抜け出せるということを。

 二人のサイヤ人は、思惑こそ違えども目の前の敵を倒さねばならない点では一致。即席のタッグでスラッグに飛びかかる。

「はああッ!!」

 ラディッツの鋭い一撃を、スラッグは太い腕で容易く防ぎ、次いで迫るターレスにカウンターの拳を突き入れる。辛うじてガードが間に合ったターレスだが吹き飛ばされ、ラディッツは蹴り飛ばされる。たった一度のやり取りではあるが、彼我の実力差が明確になり、ラディッツは苦笑する。今のままでは足元にも及ばない。

「俺が足を止めてやる。攻撃に専念しろ」

 ラディッツは自力で勝るターレスに攻撃を譲り、援護に回る。命令される覚えはないターレスであるが、現状もっとも有効な手段であることに違いはない。

「いくぞ、ライオットマーベリック!」

 足止めとしてラディッツが選択したのは、散弾銃のように気弾を放出するライオットマーベリック。大した威力ではないが避けにくいこともあって、この状況ならば非常に有効である。

「ふん。小賢しい」

「おおおおッ!!」

 ラディッツから先に潰そうと迫るスラッグに、ライオットマーベリックを連射して応対するラディッツ。放射状に飛ぶマーベリックは近づけば近づくだけ威力は高まる。直進するスラッグも少しは足を止めるかと思ったが、意に介することなく突き進むスラッグに、ラディッツは慌てて逃げる。

「おい、足止めにもなってねえぞ!」

「……ちっ。いいから黙って隙を狙ってろ」

 スラッグの猛攻に界王拳で対応するが、それでも全然追いつくことのない実力差に、ラディッツは嫌になる。

 少しでも体力を削り、ダメージを与えねばならない。それをするためには、やらねばならないことがある。できることならば使いたくなかったが、地球の危機を救うためには、こだわりを捨てなければならない。

 ラディッツは界王拳を最大の20倍まで高める。まだ気の操作の技術がヤムチャたちほど成熟しておらず、実力は近くとも最大値は低い。

 それでもピッコロとの試合で基本戦闘力が2万5000まで高まったラディッツの戦闘力は一時的とは言えど50万に達する。

「ライオットジャベリン!!」

 最大戦闘力での最大威力の技。これしかスラッグに通用するものはない。だが、ライオットジャベリンは博打技に近く、あらかじめ警戒していたスラッグはひらりと避けて、そのままラディッツの腹部に拳を突き立てる。ライオットジャベリンの威力だけは侮れないとみたスラッグも本気であり、200万に達するのではないかと思うほどの戦闘力を全開にした一撃に、ラディッツは腹を突き破られ、血を吐いて倒れる。

「ぐはっ……!?」

 感覚がマヒしているのか、痛みはさして感じない。ただ、意識が飛びそうになる。

 それだけは絶対にいけないと、ラディッツは渾身の力で腰に結び付けていた袋を開き、仙豆を口にする。ライオットジャベリンは布石。そして界王拳は攻撃力を高めるだけではなく、防御力を高めてくれる技である。即死さえしなければ、仙豆の数だけ復活できるラディッツにも勝機はある。サイヤ人の血が、より戦闘力を高めてくれるのだから。

 どうせすぐ死ぬだろうと思い込んでいたスラッグは、足元で必死に仙豆を食べるラディッツを無視していた。それがスラッグの第一の失敗だ。

「ライオットジャベリン!!」

 傷がふさがり、体力も全快。そして戦闘力が跳ね上がったラディッツが足元からまさかの不意打ちである。ターレスに意識を向けていたスラッグは虚を突かれ、膝にライオットジャベリンを食らって吹き飛ぶ。

「ぬぐッ……!?」

 驚いたのはスラッグだけではない。ターレスもまた死んだと思ったラディッツがピンピンしていたことに目を疑う。

「攻撃しろ!!」

「くっ、何がどうなってんだ!?」

 サイヤ人の特性で戦闘力を増したラディッツの一撃は確かなダメージをスラッグに与える。ターレスは戸惑いながらもラディッツに追随して攻撃を仕掛ける。

 空を飛んで体勢を立て直そうとするスラッグに、ターレスの追撃が迫る。強烈な蹴りがスラッグの胸を穿ち、吹き飛ばされた先にラディッツが構えており、連打で畳みかけようとする。

 だが、虚を突いた一撃ならともかく、単なる攻撃ではスラッグにダメージらしいダメージを与えることはできない。ラディッツが必死に殴り続けるのを意に介することなく、全身から気を発してラディッツを吹き飛ばすと、悠然とターレスに突き進む。

「死ね」

「くそッ!!」

 ターレスとスラッグには大きな実力の差がある。まともに太刀打ちして敵う相手ではないことを悟っていたターレスは、ここで逃げを選択する。

 ターレスにとってスラッグは暗雲を発生させて神精樹の成長を阻んだからこそ戦う相手であり、逆に言えば、暗雲発生装置さえ壊してしまえばスラッグと戦う理由はなくなる。戦いは避けられないと思っていたし、当初はスラッグがここまで強いとは思っていなかったが、こうなれば作戦の変更を余儀なくされる。

 ラディッツという駒がいる以上、ターレスは逃げて暗雲発生装置を破壊することが可能なのである。

 ターレスを追うスラッグと、そのスラッグを追うラディッツ。挟み撃ちにできると踏んだラディッツがスラッグの背中目掛けてライオットジャベリンを放ち、それに合わせてターレスも気功波を放ってスラッグの足を止めると、ターレスは一気に加速して戦いの場を離れていく。

「ちっ、流石にうまく削り合ってくれないか……さて、こうなればせめてナメック星人だけでも倒さねばな」

 ターレスの行動は正直好ましいものではなかったが、そもそも敵同士を戦わせるという作戦は極めて難しく、少しでも削れただけでも御の字と言えよう。

 スラッグもまた、ラディッツを倒さねば話にならないと理解したのか、ラディッツと向かい合って構えをとる。

「雑魚どもが、調子に乗りおって」

「へっ。やるしかねえ……!!」

 ラディッツが地上に降りて、スラッグを仰ぎ見る。スラッグもまた空中戦よりも地上戦を好むのだろうか、地面に降り立ち、ラディッツに猛然と迫る。

 戦闘力が上がり、ラディッツとスラッグの差は先ほどよりも縮まった。起死回生からの超回復によってラディッツの戦闘力は8万にまで至っている。スラッグの戦闘力はおよそ200万ほど。差は歴然であるが、それを埋めるのは勿論界王拳である。

「はあああ……!!」

 ラディッツは界王拳を高め、20倍に至る。正直なところ、気のコントロールに関してはクリリンやヤムチャほどの卓越した技能を持たないラディッツであり、相当無茶をしているのだが、それでも戦闘力は160万。まだ40万ほどの開きがある。

 だが、少なくともこれで『戦い』にはなる。たとえどれだけ辛かろうが、ここで倒しておかねばならない相手なのだ。

「おおおりゃあああ!!」

 気を噴出させてスラッグに向かうラディッツは、渾身の力で拳を突き入れる。それまでよりもずっと速く、重い一撃にスラッグは意表を突かれたもののがっしりと受け止めて蹴りを放つ。咄嗟に上体を反らして蹴りを紙一重で避けるラディッツだが、追撃となる拳を食らい、体勢を整える前に胸に一撃を受ける。

「ぐぐ……てあッ!!」

 負けるものかと踏ん張って足払いをかけ、体勢を崩しにかかるラディッツだが、これをスラッグは避けることもなく、ただ脚に力を込めるだけで堪えてみせ、思惑が外れたラディッツの頭を踏みつける。

「ふん。話にならんな」

 ぐいぐいと頭を踏みつけるスラッグに、ラディッツは地球人の戦法で対処を試みる。両手に気を集め、倒れ伏した状態から気功波を地面に向けて発射。爆風で身体が大きくのけぞり、スラッグの足を弾いて距離をとる。

 いったん仕切りなおしになった戦いに、ラディッツは彼我の実力差を分析して、内心で毒づいた。なんとか戦っているが、まだスラッグは全力ではないだろうし、それなのに全力のラディッツの上を行くのだ。まともにやって勝ち目はなく、何とか勝てる方法を見出さねばならない。

 だが、そんな間をスラッグは与えない。強者の余裕を見せるほど、スラッグにも時間が残されているわけではないのだ。息つく間もなくやって来たスラッグの攻勢にラディッツは防戦にならざるを得ず、界王拳の限界も近かった。

 一人では耐え切れない。そう悟ったラディッツは近くにいるであろう悟飯を呼ぶことを考える。だが、いくら底力のある悟飯であってもスラッグに対抗できるわけではないし、何よりも拳を交わしたラディッツには、スラッグの戦闘経験の豊かさが理解できていた。圧倒的に経験不足の悟飯は手も足も出ないだろう。

 ヤムチャがいてくれれば。そう願わざるを得ない。

 じりじりと押されていく中、仙豆を口にする間もない。辛うじて繰り出した反撃の拳もスラッグに軽く受け止められてしまい、カウンター気味に突き立てられた拳に為すすべもなく吹き飛ばされる。

 界王拳が限界に近づきつつあり、食らったダメージと共に肉体を蝕んでいく。クリリン達のように一瞬でも界王拳を30倍まで引き上げられれば良いのだが、気のコントロールに関しては一枚落ちるラディッツには、それすらもできない。

 万事休す。まったく歯が立たないわけではないが、埋め切れない実力差は如何ともしがたい。そして、スラッグがサイヤ人の特性を知っているか否かにかかわらず、呑気に仙豆を口にする間を与えてくれないのは明白だった。

「……だが、諦めん」

 このまま戦っても勝てないが、諦めてしまえば万に一つがあるかもしれないチャンスすらふいにするかもしれないのだ。

 地べたを這いつくばってでも戦う、戦士としての意地を地球人に教わった。最後まで絶望せずに全力を尽くし、最後まで勝利にすがることを心に決めたのだ。

「来いよ緑色。その血色の悪い顔、今度は青色に染めてやる」

 ラディッツはきしむ身体を奮い立たせ、にやりと笑ってスラッグに言い放つのだった。

 




身内に不幸がありまして、急遽北海道へ。帰ってきたら妹一家の帰省。
気付けば随分と間が空きました。

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