Dragon Ball KY   作:だてやまと

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足元がお留守ですよ

 白熱した試合に会場が盛り上がる中、審判にしてアナウンサーのグラサンがヤムチャとシェンの名を呼ぶ。

 頼りない、どこにでもいるオッサンに乗り移った神様だが、なるほど隠された実力を測ってみるととんでもない。ヤムチャはかつての己が油断したことを思い返しながら、武舞台に立つ。

 一方、シェンもまた、油断を一切していないヤムチャに舌をまきながら武舞台に立つ。

「いいですねぇ。どうやらアナタは、見た目で人を判断するような真似はなさらないようだ」

「……昔っからそれで、痛い目みてますからね」

 大いに自嘲しながら、それでもヤムチャは精神を統一してコンディションを整えていく。こんな自嘲で気が抜けていては油断以前の問題だ。もっとも、以前は油断せずとも負けていた戦いばかりではあるのだが、今回は違う。

「第四試合、開始!」

 審判の掛け声に、ヤムチャは弾かれたように飛び出す。先手必勝である。

「む!」

 シェンは流石に動揺することもなく、微かに身体を捻ってヤムチャの拳を避けると、そのまま蹴りを繰り出す。回避から攻撃までの流れがあまりにも流麗であり、吸い込まれるように死角になっていたヤムチャの脇腹に突き刺さる。否、突き刺さったように見えた。

「ぐうっ!!」

 シェンのカウンターが決まったかのように見えたが、うめき声を上げたのはシェンだった。蹴りを入れるための軸足をヤムチャに掬われて、バランスを崩したところを手刀で追撃されたのである。咄嗟に腕で防御したが、その威力は生半可ではなく、武舞台の端まで吹き飛ばされる。

「攻撃の隙を見つけたと思えば、囮か……!!」

「足元がお留守になっていましたよ」

 この屈辱的なセリフを忘れたことは無かった。ゆえに、ヤムチャは考えていたのである。

 絶対にシェンに対して、こっちからこのセリフを放ってやろうと。最初の攻防はいわばこのためだけにしたことであり、ダメージも何も期待してはいない。だが、思いのほかシェンに対しては堪えたようで、未だに体勢が整いきってはいない。

「勝機!」

「ぬっ!?」

 ヤムチャは体勢を立て直しつつあるシェンに超スピードで猛追をかける。天下一武道会はトーナメント戦で、しかも一日で全試合を完了させるハードスケジュールである。正直なところ、先に待ち構える相手が悟空とピッコロとあっては、余計な体力を消耗するわけにはいかない。勿論、仙豆の用意はしているが、自分だけが万全な状態を維持するのはフェアではない。

 正直なところ、シェン相手に体力の消耗などしている場合ではないのである。

「狼牙風風拳!」

 亀仙流の門下生ではあれど、ヤムチャの得意技はやはりこれである。風をまいての激しいラッシュ。修行で身につけた無駄のない動きと長年の戦いで得た冷静な心は、まさしく獲物を狩る狼の牙だ。

 迎撃姿勢のシェンだが、集中して気を開放させるには至らない。一度距離を置こうにも、ヤムチャの素早さはそれを許してくれそうにもないからだ。

 防戦に追い込まれるシェンだが、活路はあった。若さに任せた突進には必ず隙が出来るからだ。

 華麗な連続攻撃といえども、攻撃の合間に隠された隙がある。先ほどはその隙を逆手に取られたが、既に押し切ろうとしているヤムチャが、わざわざ隙を作って反撃を誘う真似はすまい。

 どうやら狼牙風風拳という大層な名のついたこの連打は、鋭い突きを決定打としているようである。少々のダメージは覚悟で隙を見出して攻撃に転じなければ負けが待つ。

「はっ」

 ヤムチャが牽制に近い連打を放った瞬間、シェンは一気に前に出てそれを躱すこともなく、反撃に転じる。しかし、ヤムチャは驚くこともなく拳を不意に緩め、シェンの特攻をやはり避けることもなく喰らう。

 少々のダメージを喰らうことはお互い様だったようだ。シェンの拳を受けつつも、ヤムチャはシェンの胸ぐらを掴むと、思い切り武舞台に叩きつけてしまう。

「ぐッ!」

 軽くバウンドしたシェンは今度こそ動きを封じられるヤムチャはここぞとばかりに連打を浴びせかけ、とどめとばかりに両手を前に突き出してシェンを場外まで弾き飛ばす。

 無論、舞空術を使えるシェンだが、弾き飛ばされながら彼我の実力の差について考えた。どうやら考えていた以上に人間は強く、先ほどのクリリンという戦士もピッコロと極めていい勝負にまで持ち込んでいた。地力で言えばヤムチャもまた彼に近く、ならばここで体力の削り合いをするよりも、万全の状態でピッコロとヤムチャを対戦させたほうが目的は達成されるのではなかろうか。

 少なくとも、この一撃の重みはたとえ元の身体であったとしても放つことはできない。瞬発力も技のキレも、どう考えても自分よりもヤムチャのほうが一枚上手である。小賢しい策ならば長年生きてきた自分に分があるのかもしれないが、それがピッコロに通用するかはまた別の話。

 それにである。別に試合にこだわらずとも良いのだ。要は魔封波をピッコロに当ててしまえば良いのだから、ピッコロがヤムチャか、或いは悟空に負けた時点で魔封波を仕掛けてしまえばいい。仮に二人に勝ったとしても、そのときのピッコロはおそらく相当傷ついているはずだ。

 ここで体力の消耗をして、ボロボロの状態でピッコロと相対するよりは全てにおいて都合がいい。

「神が人に希望を託す、か」

 自嘲気味に呟いたシェンは、体勢だけを整えて場外に着地すると、借主の身体に大事がないことを確認して、へらへらと笑ってみせる。

 審判がヤムチャの勝利を宣言して、シェンはよたよたと武舞台に戻ると、ヤムチャに一礼をして、そっと武舞台から去った。

 

 ヤムチャは苦笑しながらも、万年一回戦負けの汚名をついに返上したことに安堵して、武舞台を去る。見るからにショボそうなオッサンを倒しただけという結末しか観客には伝わらず、盛り上がりこそイマイチであったが、クリリンは素直に祝福し、悟空は神様が負けたことに少し戸惑ったようだが、ヤムチャが強くなったことの喜びが勝ったらしい。

「考えたら、ハラ減ってたとはいえ、じいちゃん以外にマトモな勝負をしたのはヤムチャが初めてだったな。あれから亀仙人のじっちゃんに負けたりしたけど……最初のライバルはヤムチャだった」

「……そう言えば一度は引き分けてたな」

 そんなこと、とっくの昔に忘れていた。そんなことを気にかける間もなく、悟空は強くなっていったのだから。

 だが、今の自分ならばもう一度。既に引き離されかけている身ではあれど、それでも一度だけ。悟空に勝ちたい。

「今度は勝ってみせる」

「へへ、そうこなくっちゃ」

 改めて悟空がヤムチャをライバルと認めた瞬間だった。

 

 

 続いての試合は、孫悟空対天津飯という前回の決勝戦対決であるが、天津飯の顔色は冴えなかった。

 一度は頂点を極めていると思っていたが、前回の大会で悟空と互角の勝負となり、その後のピッコロ大魔王戦では大きく力の差ができていた。厳しい修行で差を縮めて、あるいは追い越せたかと思っていたが、どうやら先ほどの観戦の落ち着き様を見ていると、悟空どころかクリリンとヤムチャにも手が届きそうにない。

 勝ち目は薄い。いくら四身の拳を使ったとて、地力に差がつきすぎている。だがしかし、負けるから棄権するなどという後ろ向きな姿勢もいただけない。

「ならば、この試合で強くなるしか無い……孫も、ピッコロ大魔王との戦いを経て一段と強くなった。その孫と戦えば……限界を超えることもできるだろう」

 ストイックに強さを求める天津飯ならばこその決意である。だがしかし、負けるとわかって消極的になるつもりもない。あくまでも勝利を目指して、勝利のために全力を尽くしてこそ価値がある。

 対戦相手の悟空は穏やかな表情で天津飯を見ていた。昔から悟空が何を考えているのかはよくわからないが、自分より実力が劣る仲間に対して得意ヅラをしたり、小馬鹿にするような真似はしない男だ。おそらくは、単純に勝負を楽しみにしているのだろう。天津飯の悲壮な決意を一切汲んでいないあたり無邪気であるが、楽しみにされていると思えば、少なくとも悪い気はしない。

「今度は負けねえぞ」

「……ああ、オレもだ。負けるつもりはない」

 武闘家というのは、おそらくもうどうしようもない人種なのだと天津飯は思う。先程まではこの大会は捨てようと思っていたのに、いざ勝負となれば勝つために動かざるを得ないからだ。

 

 結果から言えば、悟空と天津飯の試合は悟空が圧勝した。

 神様のもとで修行していた悟空に隙は無く、天津飯はまさしく手も足も出なかったといっていい。だが、勝負が終えた天津飯は実に爽やかな表情で、堂々と胸を張って武舞台から去ることができた。クリリンやヤムチャのときにも感じたが、そもそも動きの質そのものが以前と違っていたのだ。

 神様の修行の賜物である、空の修行。心を無にして、万物を感じ取る。後になればごくごく当然となっていた気を感じ取り戦うというスタイルが、三人には身についている。それに比べて、天津飯はあくまでも目で動きを見て行動している。逆を言えば、その戦闘スタイルさえ身につけてしまえば天津飯とて同じ境地に至ることができるということだ。かつては圧倒したヤムチャができたことならば、自分にできないということもあるまい。

「オレはまだまだ強くなれる……それがわかった。実際に戦ってみてよくわかったが、オレの動きにはまだまだムダが多すぎる」

 試合が終わった後、天津飯は同じく既に試合に負けているクリリンに声をかけていた。

「天津飯さん?」

「このあとは、ヤムチャとピッコロの試合だろう。すまないが解説してくれないか。気配を探って戦う方法からオレは教わりたい」

 クリリンは天津飯の姿勢を素直に尊敬した。彼のストイックな強さへのこだわりは嫌というほど知っていたが、以前は格下だった自分に教えを請うような真似すら厭わない、ある意味では器用な真っ直ぐさは、いつの間にか一線を退いていた己との差を感じさせてくれる。

 それでもまだ諦めきれずに、こうして時間遡行をしてまで強さにこだわっている自分がいるが、やはり彼もまた同じ場所で同じ話をしていたら、この場にいたであろう。そして、彼の才能を考えれば、今からでも決して遅くはないと思う。

「一緒に頑張ろうぜ。天津飯さんなら、すぐ強くなれる」

 強くなるために。ただそれだけを願う男を無碍にできるはずがない。全てを知って尚追いつこうとする自分たちにはない、いつか最強になるという強い志を持つ天津飯がいてくれるということは、遡行者たる自分たちにとってもプラスに働くかもしれない。それに加えて。

 強い戦士がひとりでも多く必要な時代は、もう目前まで迫っているのだから。

 




歴史がひとつ変わりました。ちいさなひとつですが、ヤムチャのヘタレ化の第一歩を踏みとどめたという意味では、やはり偉大なひとつ。
極力歴史を変えないスタイルか、積極的に変えてしまうかで未だに悩んでいますが、このレベルの変化は常に起こっていくかと思います。

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