ソル   作:平 一

4 / 6
4 中枢種族への攻撃

「しかし、いよいよ銀河の危機に対する両名の対応を語る前に、私はここでも皆様に誤解を与えないよう、彼女達の来歴についてお話ししなければなりません。まず、旧皇帝領復興開発長官の〝地獄王〟バールゼブルは、種族融合以前には蜜蜂に似た社会性昆虫の種族であり、これを蠅と形容したのは言うまでもなく中枢種族の政治宣伝です。種族の進化と文明発展に伴ってその統治者となったのは、〝女官〟階級でした。彼女達は生殖に特化した〝女王〟及び〝雄〟を管理し、また営巣・巣間輸送と戦闘に従事する〝労働者〟を指揮する階級であり、政策立案、巣間契約と技術開発を担当していました。またその役割を果たすべく、彼女達の羽は飛行能力を失って頭部へと移動し、命令伝達のための電磁波の発振器官に変化していました。帝国加入後は親衛軍に所属したバールゼブルは、こうした形で生物学的に歴然と階層化された種族には通例のように、配下種族や作戦対象種族の欲求あるいは感情を一切顧慮(こりょ)せず、部隊を効率的かつ無慈悲に運用して大成功を収め、種族融合体を形成できる資格を獲得しました」

 

図30:起源

 

【挿絵表示】

 

 

「一方、当時も種族融合技術の運用と改良に従事し続けていた私は、中枢種族の融合体化が帝国統治の専制的性格を強化した可能性がある、との結論に到達していました。私はこの反省をもとに、友好種族サタンの助言に従い、種族融合に際しては統治階層だけでなく、従来は価値の低い類似情報として集約された他階層の記憶や人格も融合体の意識に反映させるよう、同技術を改良しました。この新方式はそれ以後一般化しましたが、彼女においては最も劇的な効果を招来しました。融合後の彼女は突如衰退に瀕したかのように、しばらくその活動を低下させました。それまで消耗品の如く取り扱われていた無数の労働者が抱くささやかな願いと幸福や、時に報われず打ち捨てられる哀しみ……あるいは生まれながらに生涯産卵機械となるべく運命づけられた女王、伴侶と生活を共にすることもなく短き生涯を終える雄達の、願望や悲哀……それらの感情が種族全体の精神連結にあたり一斉に、波濤(はとう)の如く襲って来たのです。彼女は通常の個体群種族であれば永年を要する、多くの人々の生活・能力の向上とそれに応じた権限の分与を、極めて短期間で行わねばならなかったのでした。仮想空間内とはいえ、数十億の人格の同一性を保ちつつこの移行を果たすのは、実に困難な事業であったと思われます」

 

図31:バールゼブル

 

【挿絵表示】

 

 

「しかし彼女はその難題を見事に克服し、再び活力を回復して、傘下種族に同様の悲しみを与えまいとするかのように、自艦隊の運営改革に着手しました。彼女は個々の種族と個体の欲求や関心に配慮し、下位の者達に対しては技術革新による生活向上に加え、教育や医療による資質向上と、それに応じた責任分与や待遇改善を行いました。また組織のために自らの能力を発揮しようと願う者を支援する一方、権限を私物化する上級者やこれに加担して私利を図る下級者を摘発しました。加えて作戦行動の際は必要以上の破壊を避け、第三者への被害も防ぐよう努力しました。さらに以上の配慮をよりよく行えるよう、他種族の文明や性質について関心と研究を深めたのです。これらの改革は質実剛健あるいは弱肉強食を旨とする当時の帝国の政策方針とは一致しなかったので、彼女は中枢種族からは疎んじられました。しかしながら、警戒すべき種族からは無用の注意や反感を招かないよう注意し、長期的には艦隊の成績も向上させたので、辺境を守る一司令官として帝国に貢献し続けることができました」

 

図32:成長

 

【挿絵表示】

 

 

「彼女の艦隊は皮肉にも疎外されていたがゆえに、〝銀河系戦役〟では不名誉にも中枢種族の私兵と化して相戦(あいたたか)わされた同僚達との同士討ちを免れ、現皇帝への情愛と共に親衛艦隊の誇りを以て先帝弑逆(しいぎゃく)犯を発見・討滅し、皇帝領を全滅から救うことができました。しかし、こうした成果は容易に得られたものではありません。中枢種族ザフィエルは内戦開始の責任を免れ、戦略上の優位を得るため先帝種族を滅ぼしたばかりか、超新星兵器による皇帝領の破壊をも試みたのです。また、その艦隊は当時私達が未開発の超空間駆動機関を装備していたので、これと遭遇したバールゼブル艦隊は苦戦を強いられました。窮地(きゅうち)に陥った彼女の艦隊を救ったのは、超空間航法の弱点を発見して逆用した彼女の機転と、それを支援した技術部門副司令官アミーの演算能力、そして敵からの買収工作を拒んだ情報部門副司令官グラシャラボラスの忠誠心です」

 

図33:グラシャラボラス

 

【挿絵表示】

 

 

「ザフィエルの討滅後、帝国の状況を憂慮したバールゼブルは、戦闘を続ける中枢種族に即時停戦と秩序回復を求めました。しかし彼女達は、混乱に乗じて帝国の実権を掌握するため、あるいは積年の遺恨を晴らそうとするかのように、超新星兵器の応酬を継続しました。もとより彼女達は〝脱落組〟であり、彼女達の権勢欲と敵対心を煽った高位の中枢種族達は、この時すでにアンドロメダ銀河へと逃亡していました。そのため結局、彼女達の抗争は共倒れの自滅に終わったのですが、戦場と化した皇帝領は著しく荒廃してしまいました。バールゼブルとその副司令官達は、少数戦力ながらよく戦闘被害の拡大を防ぎ、最終的には同地を平定して治安を回復しました。しかし彼女達は上級種族の逃亡を許し、より多くの種族を救い得なかったことを悔いて悲しみ、戦後は自ら現職を希望して、同地の再建と復興に尽力したのです」

 

図34:復興

 

【挿絵表示】

 

 

「〝純真公〟グラシャラボラスは肉食の狩猟性動物より進化した活動的な種族ですが、不幸な星間戦争の歴史とその後の文明発展から、平和の恩恵と友好の福利を希求する種族となりました。彼女は同じく社交的なアスモデウスと友好関係を結んだ後に、その上司だったサタンの推薦を得てバールゼブル艦隊に配属されました。バールゼブルは、グラシャラボラスの虚偽や虚飾を好まない天真爛漫(てんしんらんまん)な性格から、多様な欲求と感情をもつ他種族の心理について、識見を深めました。一方、グラシャラボラスはバールゼブルから、軍事力の効率的行使のみならず、人道的制御の技法についても学習しました。また彼女は、ザフィエルからの買収を拒んだ際に奇襲を受け、辛くも相手を撃破したものの、自らも損害を被ったという苦い経験から、以後はバールゼブルと共に、戦場における脅威度識別と奇襲対策についても研鑽(けんさん)を重ねることとなりました」

 

図35:友情

 

【挿絵表示】

 

 

「なお近年の情報公開によれば、サタンが旧帝国の不正について疑惑を抱いた契機は、グラシャラボラスが宇宙進出期に経験した星間戦争であったことが判明しました。当時、その宙域の開発を担当した現皇帝にとって、四つの種族が同時に同等の発展段階に到達し、恒星間戦争を行うというのは確率的に極めて不自然な事象(じしょう)です。またグラシャラボラスは、これらの種族の中で唯一、戦争の不毛な帰結を正しく予測し、他の種族に向けて和平提案を行うと共に、攻撃から防御への戦略転換を行いました。そこで現皇帝は彼女を高く評価し、その一員に偽装した分離個体を通じて、防衛技術開発を支援したのです。〝大戦〟中、これにつきサタンは旧帝国陣営から、文明開発省と後の親衛軍種族との〝不透明な関係〟について非難を受けました。しかし彼女は、『グラシャラボラスの真価は、賢明にも防御戦略を選択し、生き残ったことだけではありません。相討ちとなって滅亡に瀕した他の三種族に対し、寛大にも救援の手を差し伸べた慈悲深い性格にあります』と述べて、彼女に対する支援の正当性を強調しました。なお、現皇帝の秘密支援については、グラシャラボラス自身も帝国加入後にこれを知り、先に述べたアドラメレクや、種族融合を支援されたバールゼブルと同じく、彼女に対して感謝と信頼の念を抱いたことを、自らの公開資料で述懐しています」

 

図36:慈愛

 

【挿絵表示】

 

 

「ちなみに彼女は、有翼の犬に酷似した姿の分離個体で有名な種族です。先進種族でありながら未文明化生物のような形態を採用する理由については、軍事種族として常に不測の事態に備えるため、あるいは発展途上種族の緊張を緩和するため等の推測もなされています。しかし実際のところは、彼女自身が語っているように、融合体から〝解放〟された時は自由闊達(じゆうかったつ)な生活を望むため、とみるのが適切な理解でありましょう。形態が異なる他の知的種族との接触においては、その外見から相手を軽んずることなく、礼を尽くすべきことが肝要です。しかし、彼女がこの愛くるしい基本形態をとった際には、公式行事を除くほとんどの場合、自ら濃厚な身体的接触によって愛玩動物の如く親愛の感情を表現するので、そうした機会には遠慮なく同様の方法を以て答礼することをお勧めします。とはいえこの個体は、旧帝国親衛軍の上級種族の一員として強力な戦闘能力を持っており、いかに愛らしかろうとも、その意に反する拘束や養育は全く不可能であることを忘れてはなりません(笑)」

 

図37:純真

 

【挿絵表示】

 

 

「おっと失礼しました、話を本題に戻しますと……中枢種族の超新星兵器が準備状態に入ったことを受け、バールゼブルとグラシャラボラスの艦隊は当該青色超巨星の星系へと急行しました。旧帝国派種族は四つの強大な中枢種族、すなわち〝剣の王〟〝炎の王〟〝啓示の王〟〝慈愛の王〟の系列に分けて編成されていました。四大種族の分担は機動艦隊の建造と運用、超新星兵器の生産と供給、後方における指導的先住種族への指揮と統制、前線における従属的先住種族の動員と督戦です。バールゼブルは〝皇帝領の悲劇〟の拡大的再現を何としても阻止するためにやむを得ず、速力に優れ、長距離精密誘導弾にも転用可能な自らの強化外殻を使用することを決断しました。彼女は敵艦隊の哨戒網を突破して当該星系に可能な限り接近した後、外殻を分離して多方向から拠点に向かわせました。そしてそれらを目標から至近距離で通常空間に復帰させることにより、迎撃されることなく超新星爆弾群と〝炎の王〟母星への同時衝突攻撃に成功したのです」

 

図38:攻撃外殻

 

【挿絵表示】

 

 

「しかし、ここにおいて恐るべき事態が発生しました。中枢種族は数千光年の遠方から恒星周辺まで正確に探査や誘導ができる超空間技術の存在を予期していませんでした。そのため〝炎の王〟は、反物質の効率的生産や拠点の隠蔽・防御のため、全ての超新星兵器と自らの母星を、生産設備である小型の恒星包囲型構造物(ダイソン・ストラクチャー)の内側、即ち超巨星の極めて近傍に集中配置していたのです。そのため誘導弾が反物質爆弾群に高速で激突すると、爆裂して飛散した大量の反物質はその大部分が直ちに超巨星に叩き落とされ、これを極超新星化させました。敵軍の大多数は自ら築いた城砦(じょうさい)の内部で、自らの爆弾が招来した地獄の炎に呑まれて滅び、惨劇を免れたのはごく少数の幸運な艦艇のみでした。しかしながらこの攻撃の成功により、中核領域に存在する膨大な数の星系は破滅を免れることができました。幸いにもこの星系は、比較的に恒星密度が少ない宙域にあったので、周辺星系への波及的被害もまた最小限に(とど)められたのです」

 

図39:破滅

 

【挿絵表示】

 

 

「生産拠点の壊滅を知った〝剣の王〟の機動艦隊は、攻撃を実施したバールゼブル艦隊を発見・包囲しましたが、外殻を失った彼女を救ったのは、(わず)かに遅れて到着したグラシャラボラス艦隊です。新帝国側は二艦隊が合流したのに対し、旧帝国側は追撃が間に合った司令部艦隊と宙域警備の先住種族艦隊のみでした。加えて旧帝国の超空間航行技術は、恒星の重力場付近における航法制御が困難でした。さらに先住種族となると、同航法さえほとんど持たなかったうえに、脅迫手段の消滅によって動揺していました。グラシャラボラスと麾下の艦艇は、優秀な猟犬の如く超空間を自由自在に疾駆し、戦意を失った先住種族の艦艇を避けて、攻撃を加えて来た旧帝国種族の艦艇のみを選択的に攻撃しました。そして彼女の可動惑星は、バールゼブルの惑星への衝突攻撃を図った〝剣の王〟の可動母星を間一髪で捕捉し、遂にこれを撃破したのです」

 

図40:死闘

 

【挿絵表示】

 

 

「司令部を失った敵の残存艦隊は降伏しましたが、その直後先住種族の艦艇は、恫喝(どうかつ)によって戦場へ駆り出されたことへの復讐心から、旧帝国種族への攻撃を開始しました。バールゼブルはこれを制止すべく威嚇(いかく)攻撃を準備しましたが、グラシャラボラスは直ちに分離外殻を両艦艇群の中間に進入させ、中枢種族の処罰と損害の賠償について告知すると共に、無益な戦闘による犠牲の増加を戒めて攻撃を止めさせ、かつての母星宙域や中心星域のような惨禍の発生を防ぎました。四大中枢種族の半数と超新星兵器の大部分を失った旧帝国残党はこの後、境界領域の前線ではアスタロト率いる主力艦隊、中核領域内部では私の偵察艦隊に降伏したのです」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。