ベル・クラネルの代わりに世界を救うのは間違っているだろうか   作:ただくも

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初投稿です。主人公不在で責任を感じる系の転生者又は転移者っていいですよね。


第1話

 

 

 

 じっとりとした草の匂いと、頬をなでる風の感覚に、俺は目を覚ました。

 

 視界に飛び込んできたのは、見たこともない広い青空と、どこまでも続く一本の石畳の街道。頭を振りながら起き上がり、街道の先へと視線を向けた瞬間、俺の思考は完全にフリーズした。

 遙か彼方、雲を突き抜けるようにそびえ立つ、巨大な白い塔。

 

「……まじかよ。あれ、バベルじゃん! ってことは、あそこがオラリオか!?」

 

 心臓が痛いほど跳ね上がる。どうやら俺は、大好きなライトノベル『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』の世界に転移してしまったらしい。

 自分のポケットを確認するが、財布もなければスマホもない、文字通りの身一つ。転移してしまったからには、ヘスティア・ファミリアに所属して主人公ベル・クラネルの冒険を見届けよう。そう決意を固め、俺は夢中で街道を走り出した。

 

 やがて見えてきたのは、おとぎ話に出てくるような巨大な城壁と、その中心にある正門。

 そこでは、犬や猫の耳を生やした獣人や、重厚な鎧を着た冒険者たちが列を作っていた。正門を守るガネーシャ・ファミリアの門番に「田舎から身一つで冒険者になりに来ました」と、一文無しであることを怪しまれながらも、なんとか正規の入国手続きを済ませて門をくぐる。

 

 一歩、足を踏み入れた迷宮都市オラリオは、想像以上の熱気に満ちていた。

 活気あふれる大通りの喧騒、見たこともない異世界の住人たち。興奮が頭を突き抜けたが、次の瞬間、ゾッとするような冷たい現実が押し寄せてきた。

 

 

 

 ――知っている人間が、誰もいない。お金も、武器も、宿すらない。

 あまりの熱気と現実に急に恐ろしくなり、俺は這いずるように大通りから外れ、薄暗い路地裏へと逃げ込んだ。

 壁に背中を預けてずるずるとしゃがみ込み、冷や汗を拭う。

 

「……待て。これから、どうする?」

 

 一度、頭を冷やして考えをまとめる必要があった。

 アニメや小説の知識は多少ある程度だ。主要な登場人物やファミリア、モンスターの弱点など、大体は頭に入っているはずだ。だけど――そんな知識、決して「万能」なんかじゃない。

 

 知識があっても、今の俺の肉体はただの一般人だ。ダンジョンに入れば、上層のモンスターに小突かれただけで簡単に死ぬ。ここは画面の向こうの創作じゃない、一歩間違えれば五体満足ではいられない、過酷で生々しい現実の世界なのだ。原作のベル・クラネルのような、神がかった才能や爆速で成長できるチートスキルが、この俺にある保証なんてどこにもない。

 

「本当に……ヘスティア・ファミリアでいいのか?」

 

 膝を抱え、ぶつぶつと呟きながら葛藤する。

 知識の切り売りをするなら、ロキやフレイヤのような大手に持ち込んだ方が、安全な裏方(サポーター)として雇ってもらえるかもしれない。ヘスティア・ファミリアは今、神様一人だけの超弱小。入れば最初から前線で命を懸けることになる。安全マージンを取るなら、絶対に大手だろう。

 

「いや、でも、俺の目的は……ベル・クラネルの冒険を隣で見届けることで……ああっ、クソ、どうすりゃいいんだ……!」

 

 頭を抱えて髪をくしゃくしゃにかき回し、路地裏で行ったり来たりを繰り返す。完全に不審者の挙動だった。

 

「……君。大丈夫かい?」

 

 突然、背後から声をかけられた。

 ビクッと肩を跳ね上がらせて振り返ると、そこには、小柄なツインテールの女神が立っていた。

 ヘスティア様だ。彼女は怪訝そうに、けれど放っておけないといった様子で俺を見つめている。

 

「あ……えっと」

 

「ボクはヘスティア、しがない神さ。君、なんだかすごく悩んでいるみたいだけど……服もひどく汚れているし、見慣れない格好だね。良ければ、君の名前を教えてくれないかい?」

 

 親しみ深く、すべてを見透かすような優しい神の目。俺は緊張で喉を鳴らしながらも、名乗るべき自分の名前を紡いだ。

 

「あ……俺の名前はカナタ。カナタ・カミシロです」

 

「カナタ君、かい。響きがよくて素敵な名前だね。…それでカナタ君、お金もなさそうだし、君、もしかして、行くあてがないんじゃないかい?」

 

「…っ!」

 

 その言葉に、俺の胸がドクリと跳ねた。既視感があった。

 あらゆるファミリアから門前払いされ、途方に暮れていた人間に、彼女が手を差し伸べる──原作のあの運命の出会いが、今、俺の目の前で形を変えて再現されようとしていた。

 

「……だったら、さ」

 

 ヘスティア様は一歩、俺に近づいた。

 その小さな手で、俺の手をギュッと掴む。彼女の瞳には、胸が締め付けられるほどの真剣な光が宿っていた。

 

「ボクのファミリアにきておくれよ! まだ一人も子供はいない弱小だけど……ボクは、君を絶対に大切にするから!」

 

 まっすぐな、力強い勧誘だった。

 大手に囲われて安全に生き延びるか? そんな打算は、彼女の真摯な眼差しを見た瞬間にすべて吹き飛んだ。俺がこの世界に来たのは、この温かい神様を守り、あの輝かしい物語を隣で支えるためだ。

 

「本当ですか!? ぜひ、俺をあなたの最初の眷族にしてください!」

 

「本当かい!? 誰もボクなんか相手にしてくれなかったのに……。いいとも! 君がボクの、最初の眷属(ファミリア)だ!」

 

 ヘスティア様は嬉しそうに胸を張ると、パッと花が咲いたような笑顔になって俺の手を引いた。

 

「さぁ、そうと決まればボクたちのホームへ案内するよ! ボクのことはヘスティアって呼んでおくれ。よし、カナタ君、こっちだよ!」

 

 俺の手を引くヘスティア様の足取りが、目に見えて軽くなる。歩き始めてすぐ、ヘスティア様が少し気まずそうに、上目遣いでこちらを窺ってきた。

 

「……あ、あのさ、カナタ君。ボクのファミリアを選んでくれたのは凄く嬉しいんだけど……その、ボクにはまだ立派なホームがないんだ。神友のところに居候させてもらっていたくらいでさ。本当に、びっくりするくらいボロい場所なんだけど……嫌いにならないでおくれよ?」

 

 不安そうに縮こまる女神の姿に、俺は思わずふっと笑みをこぼした。

 

「全然気にしないでください、ヘスティア様。雨風がしのげればどこでも十分ですよ。」

 

「そう言ってもらえると助かるよ。さぁ、すぐ着くからね!」

 

 案内されたのは街の北西の端。人通りが途絶えた場所に、その建物はひっそりと佇んでいた。屋根が崩れかけ、壁にツタが絡まる寂れた廃教会。その礼拝堂の奥にある隠し扉を通り、古びたソファとベッドがあるだけの狭い地下室へと階段を下りていく。

 

「それじゃあカナタ君、さっそく君に神の恩恵(ファルナ)を刻むよ。シャツを脱いで、ベッドにうつ伏せになっておくれ」

 

「はい、お願いします!」

 

 言われた通りにベッドへ横たわる。背中にヘスティアがちょこんと乗る気配がして、少しの緊張と、それ以上の高揚感が全身を駆け巡った。

 ヘスティア様が静かに自身の指先を突き刺し、滴る神の血(イコル)が俺の背中に触れた瞬間、背中がじんわりと熱くなる。神聖文字(ヒエログリフ)が俺の肌に刻まれ、かすかな青い光が放たれた。

 ヘスティア様は羊皮紙を背中に押し当てて文字を写し取ると、嬉しそうに声を弾ませた。

 

「よし、これがカナタ君のステータスだよ! まだ真っ新だけど、これからボクと一緒に頑張っていこうね!」

 

 手渡された紙には、ファルナを授かったばかりの、すべての始まりを示す能力が刻まれていた。

 

  カナタ・カミシロ

  Lv.1

  力:I(0)

  耐久:I(0)

  器用:I(0)

  敏捷:I(0)

  魔力:I(0)

  魔法:

  スキル:

 

「任せてください、神様。今はまだ全部ゼロですけど、俺、死ぬ気で稼ぎますから。それに……きっと可愛い後輩も入ってきますしね。俺、格好いい先輩としてファミリアを支えます!」

 

「後輩? ふふ、よくわからないけど楽しみにしているよ。頼りにしてるよ、ボクの最初の眷属、カナタ君!」

 

 ヘスティア様と顔を見合わせて、俺は満面の笑みを浮かべた。

 近いうちに来るはずの「本物の主人公」を支え、あの輝かしい冒険をすぐ隣で見届けるんだと――この時は、本気で信じていた。

 




原作の1,2日前くらいです。



見て!カナタ君が期待と希望に満ち溢れているよ!かわいいね
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