ベル・クラネルの代わりに世界を救うのは間違っているだろうか   作:ただくも

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シルはカナタの味覚がおかしいことに気づいています。
なんでやろなぁ(すっとぼけ)


第6話

 じっとりとした湿気と青白い光が支配するダンジョンから離れ、俺は地上で朝を迎えていた。

 しかし、廃教会の地下室から一歩外へ出た瞬間に始まったのは、いつもの命を削るような狩りではなく、我が神の元気いっぱいの声だった。

 

「さぁ、カナタ君! 今日はボクが君を案内するからね。覚悟しておくれよ!」

 

「はいはい、分かりましたよ、神様」

 

 ヘスティア様は嬉しそうに俺の手を引き、歩行者天国となったメイン通りを歩いていく。

 

 ヘスティア様が提案したデートの目的は、食べ歩きでも何でもなく、ただの「街の散策と、日用品の買い物」だった。

 神様は知っているのだ。俺の背に刻まれた【救界義務】のスキルのせいで、俺の口にするものがすべて「ただの温度を持った固形物」に変貌していることを。だからこそ、神様はあえて食事を伴う誘いを避け、形に残る思い出作りに徹してくれている。

 俺もまた、その女神の無言の配慮を察し、胸の奥に微かな痛痒と、それ以上の温かさを覚えていた。

 

「おや、これはヘスティア。それに、カナタ君じゃないか」

 

 中央広場の近く、露店が並ぶ一角で声をかけられた。

 振り返ると、そこには薬草が詰まった大きな麻袋を抱えた、優しげな男神が立っていた。ミアハ・ファミリアの主神、ミアハだ。今日はいつも彼の傍らにいるはずの犬人の少女、ナァーザの姿はなかった。

 

「あ、ミアハ! 奇遇だね。君も買い物かい?」

 

「ああ、ナァーザに店番を頼まれてね。ポーションの原材料を仕入れにきたんだ。……おや、二人はデートかな?」

 

 ミアハは悪戯っぽく微笑み、俺の衣服を見た。ボロボロだった上着は綺麗に修繕され、心なしか表情も普段の張り詰めたものより柔らかい。俺は事前にミアハの店でポーションをまとめ買いしており、彼とはすでに面識があった。

 

「はい。いつも無理を言っているので、今日は神様の我が儘に付き合う日なんです」

 

「ふふ、それはいい。ヘスティア、カナタ君は本当にストイックだからね。君がそうやって地上に繋ぎ止めてあげないと、今にも遠くへ行ってしまいそうだ」

 

 ミアハの言葉は、冗談めかしていながらも、どこか核心を突いていた。俺の瞳の奥にある、世界滅亡への焦燥。それを見抜いているかのような神の眼差しに、俺は僅かに身を硬くする。

 しかしヘスティア様は、俺の手をさらに強く握り締め、ミアハに向かって力強く胸を張った。

 

「言われるまでもないさ! ボクの眷属だもの、どこへも行かせやしないよ!」

 

「頼もしいな。では、私はこれで。良い一日を、二人とも」

 

 ミアハは呼び捨てにした神友に爽やかに微笑み、麻袋を抱え直して去っていった。その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐く。

 

 日の暮れかける頃、二人は職人通りの片隅にある、小さな細工物屋の前にいた。

 色とりどりの紐や、安価な魔石の破段をあしらった装飾品が並んでいる。

 

「ねぇ、カナタ君。これ、お揃いで買わないかい?」

 

 ヘスティア様が指差したのは、深い青色の紐で編まれた、ごくシンプルな一対のミサンガだった。

 魔力もなければ、特別な効果もない、ただの玩具。だが、俺はそれが妙に愛おしく思えた。

 

「いいですね。俺が買いますよ」

 

「本当かい!? 嬉しいなぁ!」

 

 手に入れたばかりのヴァリスから支払いを済ませると、ヘスティア様は早速、俺の左手首にミサンガを結びつけた。放置すればすぐにほどけてしまいそうな、細い青い紐。だけど神様は、自身の細い手首にも同じものを結び、嬉しそうに何度も眺めていた。

 

 

  ◇

 

 その日の夜、廃教会の地下室で、ヘスティア様はいつもとは違う、純白のドレスに身を包んでいた。ガネーシャ主催の神の宴に出席するためである。

 

「よし、身だしなみはバッチリだね!」

 

 靴を履き替えながら、ヘスティア様がいつも通りに明るく、だけどどこか決意を秘めたような声で告げた。

 

「それじゃあ、行ってくるよ。……あ、それとね、カナタ君。ボク、数日は留守にするからね」

 

「え? 数日、ですか?」

 

 俺は思わず眉をひそめた。

 

「うん、そうなんだ! じゃあ、行ってくるよ、カナタ君!」

 

 ヘスティア様はそれだけを言うと、俺が詳しく問い詰める隙を与える間もなく、パタパタと足音を立てて階段を駆け上がっていった。

 残された俺は、静まり返った地下室で、微かな違和感を覚えていた。

 

(数日留守にする……? 何か、あったか?……)

 

 脳の引き出しをひっくり返そうとする。何か重要なことを忘れている気がするが、「違和感の正体」をどうしても手繰り寄せることができなかった。

 

「……まぁ、ヘファイストス様のところにでも泊まりがけで遊びにいくのか。神様の世界の行事なら、そんなものかもな」

 

 俺は左手首の青いミサンガを見つめながら、その引っ掛かりを気のせいだとして心の隅へと追いやり、明日からのダンジョン探索の準備を始めるのだった。

 

 

  ◇

 

 ガネーシャ・ファミリアの本拠地『アイアム・ガネーシャ』。

 その最上階で行われている宴は、神々の放つ圧倒的な神威と、贅を尽くした料理、そして喧騒に満ちあふれていた。

 純白のドレスをまとったヘスティアが会場に入ると、真っ先に彼女の元へ歩み寄ってきたのは、親友であり鍛冶の女神であるヘファイストスだった。

 

「ヘスティア。よくそんなドレスを用意できたわね。私のところに居候していた時は、まともな服も持っていなかったくせに」

 「ふふん、ボクの可愛い最初の子供が稼いできてくれたヴァリスで新調したのさ! 羨ましいだろう!」

 

 ヘファイストスに呆れられながらも、フンスと胸を張るヘスティア。

 

「本当に、カナタ君はよくできた子なんだよ。ボクのために一生懸命戦ってくれてさ……」

 

 嬉しそうに語るヘスティアの声を、少し離れた場所からじっと聞き届けている一対の瞳があった。銀色の髪を揺らし、圧倒的な美を纏った女神──フレイヤである。

 フレイヤは、ヘスティアとヘファイストスが交わしている「カナタ」という新しい子供の話に、静かに耳を傾けていた。彼女はその眷属の魂について何も口にすることはなかったが、底知れない笑みを微かに浮かべると、そのまま優雅な足取りで人混みの奥へと立ち去っていった。

 

 そのフレイヤと入れ替わるようにして、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたロキが割り込んできた。

 

「へぇ、ドチビのくせに一丁前に新しいガキなんか拾うたんやな」

 

 ロキはヘスティアを見て、嬉しそうに鼻で笑う。彼女はヘスティアを「ドレスも着られない貧乏神」と馬鹿にするために、わざわざ近づいてきたのだ。

 

「ドレスも着れん貧乏神が、ちょっと金が入ったからって浮かれおってからに。ドチビにはそんな綺麗なドレス、これっぽっちも似合わへんわ!」

 

「なんだとロキ! ボクはちゃんとドレスを着ているだろうが! それより君こそ、相変わらずドレスの胸元が寂しいじゃないか! どこが前だか後ろだか分からないぞ、この絶壁男神!」

 

「な、なんやとォ!? 自分はちんちくりんのくせに無駄に肉ばっかりつきおってからに! このドチビ!!」

 

「ふん、 君の負け惜しみなんて痛くも痒くもないさ!」

 

 コンプレックスである平らな胸を盛大に笑われたロキは、顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。

 

「アホらし、もうさいならや!」と吐き捨て、激怒したまま大股で立ち去っていく。

 

 騒がしいロキが去り、周囲に他の神々がいなくなったのを見計らい、ヘスティアは傍らに残っていたヘファイストスに向き直った。

 

「ヘファイストス。君に、頼みたいことがあるんだ」

 

「改まってどうしたの、ヘスティア? そんな真剣な顔をして」

 

 ヘファイストスが怪訝そうに眉をひそめた、その瞬間だった。

 ヘスティアは、自身の着ている純白のドレスが、床の埃で汚れるのも全く厭わなかった。

 

「っ!?」

 

 ヘファイストスが驚愕の声をあげる。

 ヘスティアはその場に両膝をつき、大理石の床へと、深く、激しく額を擦りつけた。神としてのプライドも、周囲の目も、すべてを投げ捨てた完全な「土下座」だった。

 

「ちょっと、ヘスティア! 何をしているの、起きなさい! 周りの神々が見ているわよ!」

 

「嫌だ! 断られても起きない!」

 

 床に額を押し付けたまま、ヘスティアは涙を流しながら叫んだ。

 

「頼む、ヘファイストス! ボクの初めての子供に……カナタ君に、武器を作ってくれ! あの子は、ボクのためにボロボロになって、命をすり減らして戦っているんだ! あの子の異常な成長に耐えられて、

あの子の命を守れる最高の武器を、君の手で作ってほしいんだ!」

 

 かつて自分の部屋に居候し、ぐうたらしていたあのヘスティアが、一人の人間のためにここまで狂おしいほどの情熱と覚悟を見せている。

 

「……ヘスティア。あなた、自分が何を言っているか分かっているの? 私の打つ武器が、どれほどの対価を求めるか」

 

「どんな対価だって払う! 何百年かかったって、ボクが必ず働くから! だから……カナタ君を、助けておくれ……っ!」

 

 月明かりが照らす宴の片隅で、女神の悲痛な、そして揺るぎない願いが響き続けていた。




カナタ視点以外はなるべく短くしています。
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