三馬鹿がキヴォトスを巻き込むだけの話。 作:カブトムシの相棒
ここすき、いつもありがとうございます。
では、本編です。
▽トリニティ総合学園:訓練場。
”ドンッッ!ドンドンッ!!ドンッ!”
「……クソ、左腕のブレが酷い。もう2日も経ってるんだぞ」
夜10時過ぎ、トリニティの訓練場。
そこで銃声が鳴り響いていた。静かに其処に立つ人型の的。機械的に動き続ける的。その箇所には何発もの銃弾が着弾していた。
その音を発せさせる者の正体。それは……何と入院生活中の筈であるケイスケだった。
まだ痛むが動くようになった左腕で銃を乱射するその姿は、2日前まで腕を動かせなかったとは思えない程、その動きは速い。
新しい制服の服を着ている……が、その姿は異質だ。
純白のズボンに、包帯を巻いた上半身の上からYシャツではなく、トリニティの制服を着ている。
彼としては中々見ない格好なのは確かだろう。
”ドンッ!ドドンッ!!”
「ダメだ。一発に聞こえねぇ。これじゃあ雑魚も仕留めれん」
救護騎士団の病室を抜け出して彼が此処に居る理由……それは、反省の為だ。
「……やはり銃の腕が鈍りに鈍っている。体術と槍に依存し過ぎたか」
その手にはショットガンではなく、ハンドガンが握られている。
彼としては珍しいが、ハンドガンは復帰にはかなり良い。
その銃口から放たれる弾丸は全ての的に着弾している。
一見、鈍っている様には見えないが……ケイスケ視点ではやはり違う。
「(あのクソ共は持ち前の能力値に加え銃の名手、逢冥は正統派の癖に俺なんかよりも巧い……俺だけ、銃の扱いが成ってない)」
そう、ケイスケは一つコンプレックスがあった。
それは銃の扱いが苦手である事。キヴォトスで珍しいが、銃の扱いが下手な生徒は居る。
だから其処まで深く考えなくても良いコンプレックス。だが、ケイスケの脳裏には3人の男の影が浮かぶ。
丹花シンタロウ。神崎レン。そして逢冥アキト。
この男達は持ち前の能力値ですら怪物級なのに、銃の扱いは正に名手。
人知れず、ケイスケはそこに関して劣等を抱いていた。
「ふぅぅぅ……シィィッッ!!!」
”ドドンッッ!!!”
「……どうしても2発に聞こえる。一発に聞こえなきゃダメだっつってんのに…クソッたれがッ」
何度撃っても、2発撃ちこんだ様に聞こえてしまう。
ケイスケが的に着弾させた弾丸は2弾。彼が求めているのは2発が1発に聞こえる程の技術力。
達人なら出来る事ではある。だが、相当に難しい。
段々と苛立ちを隠せなくなってきたケイスケ。
「……ふぅぅ。辞めだ。今日はこれ以上やっても仕方ない……帰ろう」
ハンドガンをホルダーに仕舞い、支度の準備を進める。
例え怪我人だろうと、ケイスケはそれを言い訳にはしない。怪我を負ってこそ、その技術の腕が試されるからだ。寧ろ今のこの状況は彼にとってはプラス。そう捉えている。
だが、やはりその技術を掴むにはまだ遠い。
そのままイライラしながら訓練場を後にした。
”コツ、コツ、コツ……”
「……夜風が気持ち良いな。偶にはこういう日があっても良い」
救護騎士団の病室に繋がる公道を歩く。
木が連なり、風が微弱に吹けば葉が揺れる。その音がまた気持ちいい。
このムード、悪くない。憤りを抱えている今は、この夜風が最高の癒しとなる。
「ふぅ…………あ?」
だがそんな空気の中、己を見た視線を察知。
夜10時過ぎ。視線。そして何より隙が無い。
視線の中にある敵意。
間違いなく相応の存在者。ケイスケは歩くのを止め、立ち止まる。
「…………其処の木の上で私を見ている方。私に用でしたら、お伺い致しますよ」
……反応なし。だが視線は感じる。
カマかけには応じない。つまり、鍛えられている。
それならば……と、ケイスケは動く。
「────悪く思わないで頂きたい。不穏分子は気になる性質でしてねッ」
”ドゴンッッ!!!”
なんとケイスケは、何者かが見ているであろう木を足蹴りで圧し折る。
それは強烈な一撃。衝撃波で後方にある数本の木すら、折れていっている。
「ッ……」
「出て来ましたか。手荒な真似は保証しかね……ん」
堪らず行動に出て来た存在者。
丁度電灯がある所に立ち止まったので、夜でもその姿が良く見える。
ケイスケはその姿を双眼で見据える。
「ほう?ガスマスクとは。中々に珍しい……何者でしょう?」
「…………」
シュコー…シュコー……とガスマスク特有の呼吸音が響く。
白い髪。
150はない小柄。
黒を基調としたタイプのトリニティの制服。
翼と長い髪には花やリボンの装飾品が多数。
武器はアサルトライフル……プラスα。
「(……待て、なんか知っているぞ。この特徴)」
ケイスケは瞬時にその者の姿形を確認する。
圧力は十分。手練れである事は分かった。
それと同時、彼女の特徴は……少し、知っている。
白い髪。体躯。そしてあの特異なガスマスク。
過去に一度、見た事がある…。
だが今はこの状況をどうにかしなくてはならない。
ケイスケは即座に切り替え、その女を見据える。
「……黙秘か。なるほど、相当に鍛えられている様で。ただ黙り込むのであれば私としては無理矢理にでも聞き出させざるを得ないのですが」
「…………」
「寧ろ、そうして欲しい……その認識で構いませんね?」
ケイスケが告げる。それは、最後の警告。
5秒経った。それでも尚、彼女は黙る。
「────それがお前の選択だな」
「ッ!?」
次の瞬間。ケイスケが爆発的な踏み込み。
最早それはマッハ。異様なスピードで、ケイスケはその女の前に立つ。
「私を前に敵意を出したんです。一瞬で片を付けさせて貰います」
「ッ!はぁぁぁ…!」
女は瞬時に右に飛び込む。
ケイスケの足蹴りに初見で対応。全く本気ではないが、初見で対応するのは中々居ない。
ケイスケに僅かな笑みが浮かぶ。
「私の蹴撃を回避。ふん、久しぶりに面白いッ」
丁寧な口調から、威圧的な口調に変わる。
苛立ちを抱えていた事もあり、その変わりように女も驚愕を覚える。
それは本人も気付いていない。
「じゃあコレはどうでしょう………ん?」
ケイスケが次の一手を出そうとした瞬間。足元に何かが転がる。
それは……なんと。
「(この色、この形状……閃光弾か────素晴らしい、良い戦い方だ。神崎と同じタイプか)」
そう、女が投擲したのは閃光弾。それもかなりの光をみせる強烈な代物。
投擲前に少し持ち続け、起爆寸前で投擲。距離的に2秒程度。
それと同時、女は地を蹴り勢いよく接近。愛銃だろう、アサルトライフルも構えている。
ただただ、巧い。あのケイスケですら唸ってしまう程だ。
「(起爆まで残り2秒。私の視界を潰し即座に決める気か……巧いな)」
ならば、やる事は一つ。
ピカン────と……瞬間的に、爆発的な光が視界を襲う。
女はガスマスクで閃光弾の影響が薄い。つまり、問題なく動ける。
女は閃光弾が起動したと同時、ケイスケに近付き銃を乱射する。
獲った。女はそう思っただろう……だが、忘れてはいけない。
「な…っ!?」
「器用だが、浅い。その程度の攻撃で私が止まるとでもお思いで?」
女が相手しているのは────最狂戦闘者:桜庭ケイスケ。
なんとケイスケは閃光弾が直撃して尚、女の銃撃を全て右手で弾く。
その異様な動きに女は一瞬固まる。それこそ、隙。
ケイスケはソレを絶対に見逃さない。女の胸倉を掴み、そのまま地に叩き伏せる。
なんとこの男は、この一瞬で熟練された戦闘者を制圧してみせたのだ。
「カハッ……」
「あの電灯の柱と木の間にピアノ線、恐らく触れた瞬間に手榴弾が起爆する仕組み。そしてこの公道にコンクリートに模した地雷を6箇所に仕組んでいらっしゃいますね。なるほど、ゲリラ的戦法が得意と理解し得ました」
「っ……なんで」
「貴女の様な戦闘者が身近に居るもので。よく殺し合いますが厄介極まりない……だがお陰で対処できた所存です」
「くっ……閃光弾は、ちゃんと機能した筈なのに…っ」
「確かに驚異的ですが、片目を犠牲にすれば問題ありません。まぁ両目に喰らっても私には意味を為し得ませんが」
そう、ケイスケはあの閃光弾を右目だけ閉じて対処していた。
女が設置していたトラップも既に見抜いていた。
だから、己が立つ場所で制圧したのだ。
夜も相俟って、本来ならこのトラップを見抜ける何てあり得ない。ケイスケがそれを見抜いた理由は……1人の男から学んだからだ。
この戦い方は────古流武術の天才:神崎レンと似ているのだ。
神崎レン。この男は古流武術を主に戦い、そして何よりエグイのが単身でも通用できる破壊工作技術。数多の武術を用い、単独の戦闘力の高さに加え、古流と現代的な破壊工作を融合させた戦闘者。
超級危険人物の中で、最悪級に厄介な男と云えよう。
眼の前の女は、それの下位互換。だから瞬時に対応できたのだ。
「取り合えず武器は回収です。あとマスクですが、顔を見せて頂きます」
「っ!ぐぅ……」
ケイスケが右手で胸倉を掴み、銃を手放させる。服も漁り、手榴弾の類を全て回収。
これで抵抗の危険性は消えた。
そのままケイスケはガスマスクを左手で取る。
「………完膚なきまで……負けた…っ……
「……は?」
その顔は、正に美形。ムッとした顔。
……よく、知っている顔だ。
彼女の顔を視認したケイスケは、瞬時に記憶が蘇った。
「────おい冗談だろ。まさか……アズサ…か?」
「……うん。私だ、師匠」
その者の名は……『白洲アズサ』
とある学校から、とある理由で此処トリニティに転校してきた2年の女の子。
そして────ケイスケとは、過去に深い関りがある少女だ。
▽
えー、どうも皆さんこんにちは。
私の名前は桜庭ケイスケ。トリニティ総合学園、2年の帰宅部です。
私は現在、とんでもない事態に遭い、非常に困惑している状況です。
その理由が……私と共にベンチに座る女。
「師匠。会いたかった」
「いま会ってるだろうが……オイあまり引っ付くな、怪我人だ
「うん、知ってる」
「ぅおい」
「えへへ……やっぱ、師匠は凄い。怪我してても私なんかよりもずっと強い。まだまだ私は勝てないんだな」
「はぁ………」
白洲アズサ。
5年前、少しだけ関わった事がある女が、トリニティの転校生として目の前に居ます。
正直全くの予想外です。どうして、彼女が此処に……。
白い髪と雰囲気が私の記憶に一致しており、少しだけ過ってはいましたが……髪と翼に装飾品をしているから認識が遅れてしまいました。
私を襲撃したのは、どうやら自分の実力を私に試したかったからだそうです。なんて端迷惑な。
……無駄に好戦的で、小さい。昔からそれは変わって居ないようです。
「むっ。今、なんか変なこと考えなかった?」
「相も変わらずチビだなって思っただけだよ」
「むぅ……これでも少しは大きく成った」
「そうか?俺からしたら変わってない様に見えるが?」
「……イジワルなのは変わってない。少しは、褒めてほしい……」
分かり易く拗ねるアズサ。
あの反吐みてぇな環境に居たアズサですが、彼女は5年前から自我が他の子等よりも強かった。
仕方ない。少しは褒めてやる。そう思い、私は彼女の頭を乱雑に撫でました。
「っ!」
「少しは伸びたな。戦闘技術にも磨きが掛かっていて、正直見違えたよ。頑張ったんだな」
「……えへへ」
この乱雑さが好きなのは、やっぱ変わって居ません。
アズサのこのムッとした顔から可愛らしい笑みに変わる瞬間は、私の心が温かくなるほど、眩しく綺麗で。
「師匠。少し聞きたい事がある。なんで怪我してるんだ?」
「あ?あぁ……転んだんだよ」
「嘘だ。転んだ程度で師匠がそんな怪我する筈が無い」
「マジレスすんなよ……旧友と喧嘩したんだよ。俺が悪いがちょっとした殺し合いだ、気にしなくて良い」
「むぅ……師匠がそこまでの傷を負うなんて、もしかして人外なのか?」
「残念ながら人間だよ」
「でもそんな怪我で私を制圧する師匠も人間じゃない」
「お前が弱いだけだ。バーカ」
「むぅぅ!!」
お、一丁前に俺に頭突きしてきやがる。痒いなぁ。
ふふ、こんな雑談をして、久しぶりに会って、少しは成長したアズサと交流を深めれば……その変わらなさには、やはり嬉しくなってしまいます。
……ですが、そろそろ聞いた方が良いでしょう。
「なぁアズサ。お前、なんで此処に居るんだよ?目的がある筈だろうが」
「ん……それ、は…」
「盗聴器、狙撃手の監視。その眼は今はないだろ?」
「……凄い。それも既に知ってるんだ」
無論、探知はしている。アズサが居るとなれば周囲の警戒はしなくてはならない。
それに、こうして安心させれば吐きたくもなる。私はそこに光明を見出しました。
数秒の間。
「……言えない」
「………そうか」
それでも、やはり言えないようです。
アリウスの事です。相応の任務をアズサに課しているのでしょう。
アズサが抱えているナニかに対し、私は無理を問いただせません。
彼女の命運に関わるからです。
「言えんのなら、それで良い。だがコレだけは覚えておけ」
「っ!し……師匠?」
私はアズサの肩を掴み、告げます。
「お前が奴等に何を課せられて此処に居るのかは、もう詮索はしない。トリニティで何をしようとしているのかも、俺は何も聞かない。だがな────俺はお前の味方だからな」
「っ……!」
「此処はあんな場所とは違う。今の状況は寧ろチャンスと思え。お前はあのアリウスに居て、自我を保ち続ける事が出来た女だ……きっと、お前の望む未来が此処にはある。それを見つけろ」
アズサは転校して間もない。恐らく、私が逢冥の捜索で暫くトリニティを空けていた間に入って来たのでしょう。私が確認できない筈が無いので。
だから今は右も左も分からない状態。
アズサには、強い自我があります。
精神力は私にも勝るモノがあります。
だから……彼女には、私は…。
「────師匠…っ」
「んっ……」
すると、アズサが私に抱き着いてきます。
温かい体温が私の肌に渡ります。包帯に巻かれ、その上に制服を着込んでいますが……上半身を露出しているのは変わりません。
「……ありがとう。やっぱり、師匠は師匠なんだな」
「なにを訳の分からん事を……はぁ」
仕方ない。私もアズサに抱擁を返し、背中をポンポンと摩ります。
呼応するように、翼がパタパタ動く。
これは嬉しい時。そんなに私に会えて嬉しいのか……悪い気はしません。
寧ろ、私も少し嬉しいです。
何て……アズサには言いませんが。
「んぅ……師匠」
「なんだ」
「ちょっとクサイ。水浴びをサボってるのか?」
「そうか」
「んぐぅ!く、苦しいぞ?師匠ぉ……」
私は力を入れ、アズサを潰します。
このデリカシーの無さがあのクズ野郎を思い出してしまいます。
あの男の様には成ってほしくないので、少し説教をしてやりましょう。
「アズサ、人にそういう臭いとかそういう事を軽々しく言うんじゃない」
「師匠にしか言わない」
「あ?どういう事だおい」
「他の人には言わないって事。師匠はもっと良い匂いの筈だった。なんで少し汗臭いの?」
「………怪我で風呂に入れないんだよ。さっきまで射撃練習してたしな。あと俺にも少しはデリカシーを持てよ」
「師匠には言われたくない。昔、汚れてた私の服を師匠が無理矢理脱がして水浴びさせた事、忘れてない」
……確かにやりましたが、なんでそんな事を覚えているのでしょう。
それに当時はまだ11歳の時です。気になったからやっただけなのに、今も根に持っているとは……面倒な女に育ってしまった様ですね。
「……また変なこと考えた」
「お前はどないなっとるんじゃ……ふぅ。悪かった、謝るよ」
「むぅ、じゃあもっと頭撫でて」
「あぁ?はぁ……分かったよ」
一応、同い年の筈なんだが……この猫みたいな甘え方の所為で、まるで妹のようです。
……もう、お気付きでしょう。この子は重責を【アリウス】課せられています。
アリウス分校。
それは────昔、トリニティの領内にあった数ある分派の一つだった分校です。
私も詳しくは知りませんが、簡単に云えば数ある分派を一つに統合しようとした会議で唯一アリウスは反抗。結果、連合を果たしたトリニティによってエゲツない弾圧を受け追放。
表舞台からアリウスは消え、消失した……と思われていましたが、寂しくも廃墟の様な建物で分校として未だに存在はしていました。
vanitas vanitatum. et omnia vanitas.
全ては虚しい。どこまでも行こうとも、全てはただ虚しいものだ。
この歪な構文をアリウスのガキ共はよく口にします。それは一人の大人による、まぁ、言葉を選ばずに云えば洗脳でしょう。
「アズサ、お前がアリウスにまだ居るって事は……あの女はまだ生きてるのか?」
「う、うん。師匠が居なくなる前に彼女に何かしたのは知ってるけど、生きてる。彼女の仲間が助けたって聞いたけど、まだ幼かった私たちには何も知らない」
「……そうか。あのクソブス女、まぁだ生きてんのか」
一度、あの女は1年間の任務を終えた後に手足を全て斬り、腹部に風穴を空かせましたが……どうやら見事に生きているようです。
生命力だけだったらキヴォトス随一だな……。
すると、私の覇気に動揺したのかアズサが上目遣いで問うてきます。
「……なにしたの?」
「あ?んーまぁ、結果的に半殺しに成った。それだけは言っておくよ……お前にはまだ早い」
「んぶぶっ……な、なにを…?」
一丁前に察して居やがる。変なトコで勘が良いんですよ、コイツは。
柔らかい頬は捏ね繰り回せばパンが出来てしまいそうな程、もちもちしています。
……こんなチビが、デカいモンを背負って。
「アズサ」
「……うん」
「お前は俺に何をしてほしい」
これは俺自ら動く事は出来ない。
なので、アズサに、あえて私は問います。
彼女が私に会ったのには、理由があるのだと。
「…………」
「…………」
「……うぅん、何もない。私は…私がするべき事をする」
長い沈黙の後、彼女が告げたのは……コレでした。
アズサは私を押し退け、立ち上がります。
その力は、強くも震えていて。彼女らしからぬ力でした。
「……ありがとう、師匠。今日は会えて良かった」
「あぁ、俺もだよ」
続けて私も立ち上がります。
アズサと私はかなりの身長差があります。この子のつむじが見えるほど。
ざっと40cm以上はありましょう。私を見る上目遣いが、なんだか無性に可愛く見えてしまう。
「じゃあ、私はもう帰る。寮の門限破ってるからバレない様に行かなきゃ」
「そうか……」
「……じゃあ、また」
帰路に着くその背中は、寂しそうで。
私はアリウスに5年前に特別戦闘を教授する教官として1年間居た事がありますが、その中で一番関係を深めたのは、他でもないアズサです。
特別感……とは言えませんが、やはり、思う所はあります。
……あの女を殺し切れていなかった。私の落ち度もあります。
仕方ありません。私はアズサにこう言います。
「────今のお前はトリニティ生だ。俺に会っても遠慮はするな。ボロは出さないと約束するのならば、幾らでも声を掛けろ」
「────っ!!」
アズサが立ち止まり、私の方へ振り向きます。
その顔は……驚愕と喜色の表情を混ぜ合わせたモノ。
……ん?なんか近付いて来r
”ガバッ!!!”
「んぐぉ!?」
「っ!……っっ!!」
アズサは走って、私の胸部にダイブ。
めっちゃくちゃ痛いです。傷がワンチャン開きました……こいつ、私が怪我人なの知ってるよな?
「師匠……っ!」
「っつ~……ったく……」
震えている。この震えは、恐怖から来るモノ。
アズサは一体、何を課せられた。
アリウスは一体、何をしようとしているのか。
あの女の企みは、一体……何なのか。
私はアズサに対し、それを聞く事は……出来ませんでした。
▼
時は少し遡り、1日前。
☆便利屋68…事務所。
「────我が身は消え失せる命の灯とは反の意を現す。豪快且つ、地を這ってでも泥臭く生き抜いてみせよう。それは、我が忠誠を護ると謂う責務を背負いし者の、当然の在り方だ……故。アル社長………もう泣き止むが良い。お前には、可憐たる笑みが良く似合うぞ」
「────ひぐっ!!うぅぅぅっ…!!意味分かんないこと言ってんじゃないわよぉぉ~~!!ほんとうに、死んじゃうかと思ったんだからぁぁ~~!」
其処は便利屋68のソファーの上。
アキトはそこで包帯を全身に巻きながら、アルの抱擁と涙を座りながら受け止めていた。
傍にはムツキとカヨコ、ハルカがその様子を見ている。その表情には安堵の形が見えていた。
此処迄は走って来た。本当はアキトには病院で入院して欲しかった所だが……それをアキトは全面的に拒否。そこには大きな理由があった。
『ヴァルキューレに追われている身で、公共の癒し場に長く滞在するのはリスク。この程度は俺の縫合技術で何とかなる……心配は要らぬ』
断固としてそう云うので、面々は仕方なくアキトを事務所まで運んだ。
そして、アキトは……医療用の裁縫セットを用い、その傷を麻酔無しで処置したのだ。
その様子をアル、ハルカ、ムツキは見る事が出来なかった。
アルに関しては凄惨な血の色を前に気絶してしまったほど……この3人は別室で待機。
サポートを買って出たのは、カヨコだった。
縫合の針から流れ出る血と、その痛みと刺激から来る発汗を拭う。
包帯も巻いたのは彼女だ。カヨコとてキツかったろうに、感謝しかないと心からそう告げるアキト。ただ、そう言った瞬間に…『感謝よりも先に謝罪でしょ。無茶したらダメって言ったよね?』…と、ネチネチと怒られてしまったアキト。ぐうの音も出ず、その説教を受け入れた。
そして今……治療を終え、包帯まみれのアキトを前に、飛びついたのはアルだった。
本来なら止めるべきなのだが、アルの恐怖から来ていたアキトに対する震えの様子を見ていた3人は、アルを制止する事は出来なかった。
それは無論、アキトも。ただただ静かに、その抱擁を受け入れる。
”ふにゅん♡”
「む」
当然、それは密着する事と同義。
アルの抱き着き、イコールそれは……彼女の巨乳をその包帯越しから受けると云う事。
アキトはアルの尊厳の為にもその行為を辞めさせる……訳がなく、普通に受け止める。
「ほう……コレは随分と豊満な。無理をした甲斐があったと謂うモノ」
「ひぐっ!!ひぐぅ!!」
「嗚呼。俺は此処に居る。お前の傍で、この身を存在させている……お前の身は温かいな。暫し、我が身と零距離で密着させて頂けると傷の癒しにも成ろう」
「うぅぅ!それで治りが、ひぐっ!早くなるなら……ひぐっ!ほんと、よかった…っ!!」
鼻水ビチャビチャ、涙ボロボロ。
余程、アキトの状態が怖かったのだろう。今迄アキトに怯えていたアルは何処へやら、彼に対するアルの対応は中々にすごい。
「……アッキー、あのナリと言動で意外と煩悩あるよね」
「はぁ……何やってんだか」
「アル様、アキトさん……元気に成られて、本当に良かったです…っ!」
2人の馬鹿を見守る面々。
異常な生命力なのは既に理解している面々だが、アルはそれでも怖くて仕方なかった。
連れ出す時に感じた生温い赤い鮮血。隣から聞こえる荒い息。
其の全てが、アキトの命脈を断ち切ろうとしている様に感じて……アルはずっと、それが恐ろしくて怖くて、仕方なかったのだ。
こうして治療が終えて、傷だらけだが包帯を巻いて元気に話せている姿を見たら……涙が決壊してしまった。
帰ったら説教なんて言ったのに、その事を忘れてしまう程。
「ひぐっ……うぅ…アキト…っ!」
「……アル」
「ひぎゅっ!?」
”ギュゥゥゥゥ!!”
「わぁお!?」
「えッ」
「ふぇぇぇ!??」
瞬間。アキトがアルを力強く抱擁。
その行為に心底驚く3名。アルに関してはポケ~としている。
アキトは続ける。
「あ、アキ…ト……?」
「ふふふ。この俺が、己からこうしたいと思った事はない。初めての経験故、些か強度を見誤っていないか不安であるが……アル、苦しくはないか?」
「え……えぇ、苦しく、ない……」
「そうか。なれば、暫し俺の抱擁を受け止めて貰うぞ……好い匂いだな。身の柔さも俺好み。お前の全てが、俺の情欲を刺激させる……あぁ、今のお前からは愛おしさを感じるぞ、アル」
「へ……あ、あぁ、え??」
華奢だと思っていた身体はガッチリとした綺麗な筋肉。
武骨で、偉丈。その低く良く響く声質は耳がナニかを孕みそうな程の良さ。
アキトの狡い点をこれでもかと受けるアルは……次第に顔が赤くなっていく。
「なっ!なななななななっ!?んな、なにゅえお!?」
「クックック……噛んでいるぞ。しかし、泣き止んだとはいえそこまで動揺させてしまうとはな。数多の表情を秒速で作るお前には、やはり飽きぬな」
「なっ!んなっ!?なな、なにを言ってるのよ!?え!?あ、い、いい匂いとか、情欲なん……へ、変態っ!アキトが、こんなっ……う、うぅぅ~~!!」
「嫌であるのなら、押し退けろ」
「っ!!………んぅ」
「ふふっ……どうした?変態と云う割には、俺の欲に興味があるように思えるが」
「っ!?だ、だって!貴方がっ!くぅ………い、イジワルしないでよっ!退けるなら、アキトがすればいいじゃない!私の力じゃ無理だもの!それに……私は、嫌じゃないから…っ」
「…………全く、お前と云う女は。俺をどれだけ興奮させれば気が済む?これで己の魅力の真を理解し得ていないと謂うのだから、末恐ろしいモノよ」
「なんか馬鹿にしてない!?」
「否。我が忠誠が愛おしくて堪らないのだ。許せ、アル」
「もぉぉぉ~~~!!!」
”イチャイチャ、イチャイチャ……”
グリグリと、アキトのお腹にオデコを擦って唸るアル。その顔には、真紅の照れが表せられていた。
恐らく他の男共よりも遥かに春を満喫しているアキト。
この2人は付き合っていません。
砂糖よりも甘い雰囲気。まただ、またこの展開だ。
「………ふぅ(静かに時限爆弾をソファーに設置するムツキ)」
「はわわ……(ムツキに便乗して爆破物を置くハルカ)」
「待ちなさい(それを冷静に解除するカヨコ)」
爆破オチにさせて2人とも木っ端微塵にしてやろうと踏んだムツキと、アルを馬鹿にしてると思考してしまったハルカを止める一番冷静なカヨコの図。カオスである。
だが他の面々の気知れず、2人は会話を設ける。
「ふふっ……しかし、良いのかアル?」
「んぅぅ…なにがよっ!(半ギレ)」
「俺は先程来からお前の事を『アル』と呼んでいる。そして、お前は俺の事を『アキト』とさん付けせず呼んでいる……距離が縮まったと、そう捉えて良いのか?そう思ってな」
「………あっ……そ、それはっ!……あ、貴方は駄目よ!?私の事はちゃんと今まで通り社長と呼んで!」
「ふむ、仕方ない。ではアル社長。お前は俺を呼び捨てで呼んでくれるのか?」
「え?あっ…………い、良いのよね?」
「……………」
「ひぃ!?そ、その顔辞めてってばぁ!怖いのよぅ……」
「クククッ……冗談だ。だからそう怯えるな社長……俺の事は呼び捨てで構わん。立場があるとはいえ、俺とお前は同年代だ。アットホームな職場でいこう」
「貴方からアットホームって単語が出るとは思わなかったわよ……いや!ってか私達はアウトローなのだけど!?アットホームとはかけ離れた職場な筈なんだけど!?」
感情豊かに喚くアルを、微笑しながら楽しそうに戯れるアキト。
その距離は未だ超至近距離。互いの身が当たっている。
それを忘れてしまう程、2人は話に夢中だ。
「……………(遂に無表情でアチコチに爆弾を置くムツキ)」
「C4は此処で、そして地雷は此処……(アルを独り占めするアキトに向けて爆殺しようと試みるハルカ)」
「気持ちは分かるけど2人とも落ち着いて…(事務所が無くなりそうなので阻止に専念するカヨコ)」
ムツキ、ハルカはこの甘々すぎて反吐が出そうな空間に耐え兼ね爆破オチ決定にさせたろうと行動に移すが、カヨコが何とか阻止。
これ以上は抑えられないので、カヨコは阻止しながら2人の馬鹿にもう辞めろと告げて、その甘々を辞めさせる。
紆余曲折あったが、便利屋68はその日を終えたのだった。
次回
シンタロウ、便利屋に凸る。
誤字報告、感想お気に入り評価、ここすき、お待ちしています。