三馬鹿がキヴォトスを巻き込むだけの話。 作:カブトムシの相棒
■謝罪
前話でとんでもないミスをしていました。
アキトが空間を斬り、雨雲を消した後、太陽が燦燦~…等と書いていましたが、普通に夜の10時設定なのを忘れていました。
星空が見えると変更いたしました。大変、申し訳御座いません。
では、本編です。
■
「────し、しょ……紹介するわ!元ヴァルキューレ警察学校の逢冥アキト…さんよ!」
「………陸八魔アル社長に拾われ、新たな人生をお前達と共に歩みたいと考えている。改め、名を逢冥アキト………便利屋68へ正式に社員として雇って頂きたく、幹部であるお前達に許可を得たい。どうか、宜しく頼む」
「ちょっっ……と待って、うん、待って」
夜の10時半を当に過ぎる時間帯……だが、便利屋68の面々は起きていた。
理由は2つ。
1つは、地域一帯を響かせる爆発的な轟音。
2つは、気付けば居なくなっているアル。
便利屋68の課長である『鬼方カヨコ』が、室長の『浅黄ムツキ』と平社員である『伊草ハルカ』にも伝達し、何故か電話にも出ないので今直ぐにでも探しに行こうとしていた。
だが……準備の最中だった。アルが帰って来たのだ。
皆々が何をしていたかを聞く……が、その後ろだ。デカい、兎に角デカく、不気味過ぎる大男がアルの後ろに居た。
そして現在────流れる様に行われたカヨコが待ったをかける。
「アル……勿論、私たちに相談する為に連れてきたのよね?何かもう便利屋に入る気満々なんだけど」
「も…勿論よ!ちゃんと皆からの意見も聞きたいから、こうして連れてきたのっ!ねっ?わわ、私、そう言ったわよね…?」
「ふッ…あぁ、言っていたな………流石陸八魔アル社長が擁せし方々だ。悪くない警戒心を持ち合わせている……この緊張感、この忠誠心……陸八魔アル社長の懐を感じるな……ククッ」
「ひぃぃいっっ!!」
「怖がってんだけど」
カヨコの冷静なツッコミが走るが……その内心、警戒心は最高潮に達していた。
この体躯の男生徒は3人知っている。超級の危険人物に並べられ、三大校にそれぞれ1人存在しているキヴォトスの特異点。
だが、この男はそのどれにも属さない。完全に別物の威圧感だ。
まるで……【死】ソノモノを見に宿している様な……果ての無い悍ましさを秘めている。
「一度、お前達の名を聞きたい……陸八魔アル社長」
「え!?あ、あぁ!そうねっ!え…えっとね!紹介するわ!この子は室長を務めている浅黄ムツキ!」
「こんにちは~、宜しくね!アッキー」
「ちょっっ……!む、ムツキっ!」
「浅黄ムツキ室長か……宜しく頼む」
「えぇ……いいの?……あ。そ、それで!こっちが課長の鬼方カヨコ!」
「……取り合えず、宜しく」
「鬼方カヨコ課長……あぁ、宜しく頼む」
「そ……それで最後が平社員の伊草ハルカよ!」
「よ、宜しく…っ…おねがいしますっ」
ハルカがアルの後ろに隠れ、ビクビクと震えている。
人見知りなのは周知の事実。だが、アルとは別の……怯え方をしている。
ハルカは察していた……生物としての感だろうか。この男は、余りに危険だと。
だが同様、アキトはアルに近付く。目的はハルカだ。
「伊草ハルカ社員……否。平社員であるのなら、お前は俺の先輩に充ると言う事……」
「せっ!?せせ、先輩…私が……そんな、うっ…」
「怯えるな。ククッ……これから宜しく頼む、伊草ハルカ先輩……」
「ひゅっ……ぁ……はい…っっ」
「ちょっと!は、る…ハルカをイジメないでよ!」
「……イジメてはいない。だが、恐怖感を与えたのなら謝罪しよう……すまない」
「ぁ、ぃぇ……だいじょうぶ、です…っ」
意外と素直なのか、アキトが謝る。
存在するだけで、その場にいる者達を威圧する独特の重圧……だが、アルは決して悪い人間には思えなかった。
「ふぅ……社長。取り合えずあんたは風呂に入って。濡れたままじゃ風邪引くよ」
「え?あ、そうね……でもアキトさんは」
「必要ない。後程、近場のスーパー銭湯に寄ろう……」
「え?いや、私直ぐに浴びて来るからそんな事しなくて良いのよ?待ってなさい!なるはやでシャワー浴びるから~!」
「む、おい待ッ……ふっ…」
元気なアルを見て微笑むアキト。
彼女を見ると、やはり和む。元気なのは好きなのだろう……。
そして、アキトは残った面々に顔を向ける。
「余り時間はないようだ。して、お前達は俺を向かえてくれるか否か……もう一度、問わせて頂こう……」
「ん~。私は別に良いかな~?って感じかな!アルちゃんを騙してる感じはしないしね~」
「わ、私も……アル様がそう望んだのであれば、従うまでなので……」
「………アキト、で良いんだよね?貴方に2つ質問させて」
「あぁ……2つと云わず、幾らでも答えよう」
アキトを便利屋に加入させるか否か。
ムツキ、ハルカは良いと答える。
だが一人、カヨコはまだ良しとは言わない。アキトに向け、問いを掛ける。
「1つ。元ヴァルキューレの生徒ってアルは言ってるけど、どうして辞める事に成ったの?」
「……陸八魔アル社長には既に話したが、俺はとある理由で連保生徒会の防衛室室長をこの手で殴っている。つまり、強制退学だ」
「えっ!?殴った!?」
「あ、あう……」
「……その話を信じさせる根拠は?」
「今は持ち合わせていない。だが……恐らく明朝になれば俺に関する情報が世に出回るだろう」
「………その、とある理由は言えないって事?」
「あぁ……俺にその資格はないだろう」
カヨコの鋭い眼付きがアキトに射貫く。この眼は嘘を付いていない目だと判断。
だがそれは、全く良くはない。本当に防衛室長、つまり連保生徒会の重鎮を殴ったとなれば大問題だ。
ムツキは驚愕に顔を顰め、ハルカは更に彼に対し恐怖感を持つ。
カヨコはこの男の危険性を見据えるが……2つ目の質問に移行する。
「取り合えず2つ目。さっきの爆音はなに?雨がやんだと思えば、曇り雲一つもない。アルは貴女を私たちに紹介したい事で一杯一杯だったけど、此処でハッキリさせよう……貴方、一体何をしたの?」
「俺だと思うのだな」
「それ以外に誰が居るの?」
「……ククッ……あぁ、あの【斬発音】の正体は俺だ。この剣を使い、天空を斬り裂き、天候を変えさせて貰った。ただそれだけだ」
淡々と告げられる、理解不能な所業。
本来なら馬鹿を言っている男だと一蹴できる。だが、この男からは果てなき死の香りがする。
其処に居るだけで押しつぶされそうになる重圧。そして、背中に背負う藍黒色の大剣。
やり兼ねない………そう思える何かが、彼にはあった。
「ふぅぅ……分かった。質問は以上で良いよ、大体聞きたい事は聞けた」
「それを踏まえて、お前は承諾してくれるのだろうか……?」
「……半分、反対かな」
2つの質問を終え、カヨコが下したのは……これだった。
「……半分、否定か」
「うん。第一としてリスクが高すぎる。あんたの話が本当で、仮にあんたを便利屋68にむかえいれるとしたら、これから先私たちは連保生徒会を全面的に敵に回す事となる」
「う~~ん、やっばいね」
「あう……それは、かなりシビアといいますか……」
「シビアもシビア。あんたを迎え入れるとなれば、私たちも相応の覚悟が必要なの。でも、アルが大真面目にあんたを便利屋に加入させたいのは、まぁ話を聞いたら少し分かったけどね。あの子はゲヘナ生とは思えない程、良い子だから」
「放って置けなかったんだろうね~。アルちゃんそう言うところあるし!ムツキちゃんはアルちゃんのそこも好きだけどね」
カヨコは現実問題の話をする。それもそうだ、リスクを重んじれば、彼を迎え入れるのには相応の覚悟がいる。
便利屋68はキヴォトスでも強者に位置する組織だ。だが、それでも風紀委員会や正義実現委員会のような大組織には到底及ばない軍力でもある。少数精鋭の弱味だろう。
「……では、俺は便利屋68には加入しない方が良いのだな……そうか」
アキトはカヨコの言葉を聞いて、ショボン…といった雰囲気を放つ。
まるで大型犬が怒られたかのような、そんなテンションで。
「っ……は、話は最後まで聞きなさい。言ったでしょ、半分って」
「んっ……では、半分は認めてくれるのか……?」
「そう言う事。リスクだけだったら私は完全に反対だった。でも、見た目や話を聞いてみればあんたは強いらしいからね。それに……アルや私たちを見る目が優しかった」
「………」
「だから、あんたに条件を渡す」
カヨコが続ける。
「便利屋68に加入するのなら、如何なる脅威からも私たちを護って。それが出来ない、或いは出来ていないと私が判断したら即座に便利屋から抜けて。これが条件」
「……理解した。そして承知した」
「これはアルには言わない。最終的に決めるのはあの子だけど、それでも私はこの子達が一番なの。この条件を吞むと言うなら……認める」
カヨコの有無を言わさない瞳。
綺麗だが、同時に怖いと思わせる顔付きだ。相応の迫力がある。
ハルカは言わずもがな、ムツキも口を閉じてそれを見守る。今回は特殊故、経験力豊富で年配であるカヨコに任せるとしたのだ。
それに、カヨコの独断にムツキは意を唱える事もない。己も、ソレが良いと感じたから。
カヨコが投じた条件に、アキトは…。
「────拝命した。鬼方カヨコ課長が下し条件、この身にしかと焼き付けさせて頂こう……」
「おっ!って事はカヨコっち~?」
「……うん、認める。やってみなさい────アキト」
条件を呑んだ事により、アキトはカヨコから認められた。
だが、カヨコの胸中では確りと監視を続けると意志を固めた瞬間だ。
まだ半信半疑。本当に信頼に値するのか……これからの生活にちゃんと見続けようと。
”ガチャッ”
「お待たせアキトさんっ!いま上がったわっ!」
すると、タイミングよく浴場のドアが開かれる。
アルが風呂から上がったらしい。普段着から一変し、ピンクを基調とした可愛らしいパジャマに着替えている。
「……あぁ。陸八魔アル社長……認められたぞ」
「え?なにが?」
「俺が便利屋68に加入する事だ。彼女達と話し合いをしてな………陸八魔アル社長、お前は、良い仲間を持っているのだな。長としての度量が伺える……流石だ」
「え!ほんとに!?そうだったの!良かったわ~!うふふっ!じゃあ、これから宜しくね!アキトさん!」
”ギュっ”
「っ」
余程嬉しかったのか、彼に対する怖さは何処かへ行き、両手で彼の右手を握り握手するアル。
その動作にアキトは固まる。風呂上がりのアル、良い匂い、柔らかい肌。そのどれもが、彼にとって心を揺らすもの。
「……よろしく、頼む」
「ふふっ!えぇ!」
そう返すので手一杯だった。
余り表情は変えないが、耳が赤く染まり、羞恥を覚えている。
「そしたら役職だけど…うーん、最初は雑用かしら。色々と貴方の能力を見て判断したいから、先ずは…」
「陸八………いや、違うな……アル社長」
「ん?なにかしら」
「丁度いい……これは個人的な誓いとして、お前に捧げたい事がある」
「捧げたい事?」
そう言った瞬間だ。アキトが跪く。
「え?ちょ、なにして────」
”チュッ”
「────へ???」
そして、流れる様に、アルの手の甲にキスをした。
アルは頭が真っ白に染まる。
ムツキは目をガン開き。
ハルカは顔を真っ赤に染める。
カヨコは目の前の光景に理解が追い付かない。
だが、アキトは続ける。
「────路頭に迷いし我が身を拾い、居場所を与えてくれた恩人…陸八魔アル殿。貴女と貴女の仲間に対し己は強固たる盾と成り、そして如何なる障壁も斬り伏せし剣と成る事を約束する。我が身は貴女に忠誠を誓い、我が身は貴女に全てを捧げ、共に在り続けよう」
「あ、え……な、ななななな…はい!?」
「アル社長……」
アキトは顔を上げ、アルを見る。
「────心身美しいお前に、会えて良かった……これから宜しく頼む」
「あ、あわわ……あえぇ!?」
大真面目な顔で、堂々とそう言って見せた。
そうして、見事に便利屋68は……最強の雑用を手に入れたのだった。
■
☆一方その頃……シンタロウは。
「────アイツ何処行きやがった!!?ってかあの斬撃……アイツ、また一人で何か抱えてやがんな!?おーい!何処行きやがったー!!」
まだ、彼を探していたのであった。
■
アキトが加入した次の日、朝6時半過ぎ。
”トントントン……ジュ―……”
「────んあっ……」
居間から皆と雑魚寝している一室まで響く、何かの音。
ほのかに香る匂い。ここ最近、失敗だらけで金欠状態な便利屋68は、余り良い食事を出来ていない。
加えアルは昨日の件……逢冥アキトという男が電撃的に加入した事により、余り眠れていない。
それもそうだろう。衝撃的な最後だった。
アキトは己の手の甲に口付けを施し……まるで少女漫画の王子様の様な誓いの言葉を並べた。
あの後の事は、余り覚えていない。少し騒がしくなった気がするが、気付けば己は布団に入っていた。
あの後の対応は、カヨコとムツキが主軸と成って執り行っていた記憶は微かにある。
「(みんな、まだ寝てるわね……)」
アルの隣にはカヨコ、ハルカ、ムツキが同じ布団を敷いて眠っている。
狭い一室で、ボロイ事務所を借りているからだろう。一人一部屋など夢のまた夢な状況だ。
仲は最高に良い為、全く苦ではないが……ひもじい想いをさせている自負はある位には、この状況は宜しくはない。
だが、安心そうに眠っている3人を見て……長としての自覚が更に芽生える。
「……あの人は……どうなったのかしら…?」
やはり脳に浮かぶのは、アキトの事。
カヨコとムツキがどうにかしてくれた記憶はあるも、その後は分からない。
放心状態だった。仕方ない話だ……手の甲とは言え、キスをされたのだから。
それだけはハッキリ覚えている。
「~~~~っっ!……なんなのよ、もう…っ!」
「ん~…?」
「ぁ…(いけない、まだ寝てるのよね……起こしちゃ悪いわ)」
時刻はまだ6時半を少し過ぎた頃。起きるには、些か早いと言えよう。
今日は特に用事も依頼もない為、ほぼ自由にして良い日だ。そんな日に、己の悶々で起こすには流石に忍びない。
アルは二度寝はせず、起こさぬよう身を起こす。
そこで、やっと耳に先ほどの音が入る。
「ん?……何の音かしら?それにすっごく良い匂いが……」
部屋を出て、台所がある部屋へと歩みを進める。
近付く度に、香ばしい匂いが漂う。食欲をそそられるとはこの事か。
「……まさか」
アルは一定の警戒心を持ちながら、そ~っと台所を覗く。
そこには……。
”ジューー………”
「……………」
「え……」
思わぬ人物が、思わぬ光景を作っていた。
なんとそこには、アキトが手際よく料理を作っていたのだ。
妙な鳥?のイラストが描かれているエプロンを身に着け、淡々と、存在感なく作っている。
テーブルには四人用の箸が並べられている。
珍妙な光景に呆然としていると、アキトが振り返る。
「……おはよう、陸八魔アル社長。随分と早い起床だが……ふむ、余り顔色が良くないな。心身共に疲れが取れていない様だ」
「あ……お、おはよう………じゃなくって!え、な、なにしてるのよ!?」
「む?なに、とは?双眸を介せば理解出来得る事だ……お前達の朝食を作っている。だが良い所に来た。一つ聞きたい、お前達の中に食性アレルギーを持つ者は居るだろうか?」
「え?い、いえ、居ないけど……」
「なら良い。作り直さなくて済む……7時前には出来上がる故、暫し待て……」
そう言って、キャベツやトマト、キュウリ等のサラダ類を切り分け、皿に盛りつけていく。
ジュ―…と、フライパンが聞き馴染みの良い音を響かせる。見れば、ウィンターを数個ほど焼いている様だ。
手際が良い……本当に。魅入ってしまう程。
「………」
「……俺に問いたい事があるのなら、聞こう」
「へ!?あ、え、えっと……」
「心配するな。俺はお前のみ聞かれた事は答える。昨日、お前には忠誠を誓い、この身を捧げたからな……」
「っ!!」
流し目でアルを見据え、そう答えるアキト。
表情の変化は……無いに等しい。昨日から思ったが、彼はポーカーフェイス……とまではいかないが、表情が変わらない。
常に仏頂面。だが、偶にふっと微笑む事は出来るようで、昨日アルが便利屋68に勧誘した時は微笑んでいたのをアルは覚えている。
アルがその事を思い返しながら、問う。
「色々と聞きたい事があって……でも先ずはありがとう!」
「なに?」
「朝食よ。作ってくれる何て思っていなくて、ちょっと吃驚しちゃったけど凄く嬉しいわ。本当にありがとうね」
「……それが雑用である俺の仕事だ。当然の事をしたまで、気にする必要は皆無だ」
「それでもよ!御礼はちゃんと受け取りなさい。社長命令よ!」
「………あぁ」
昨日は怖かったが、やはりこうして話すと悪い人ではないと理解出来る。
まぁ、朝早く起きて朝食を作ってくれているのだ、悪い人な訳がないのは確かだ。
「それで聞きたい事なんだけど……その食材達はどうしたの?私達、そんな卵とか野菜とか冷蔵庫には入れてなかった筈なんだけど……」
「俺の家から全て持ってきただけだ。お前の言う通り、此処の冷蔵庫には何一つなかったのでな………栄養は健康の基礎中の基礎だ。疎かにしては、幾ら陸八魔アル社長たちでも身を滅ぼし兼ねん……お前が長なのであれば、それは自覚しているのだろうが……」
「うっ……」
痛い所を突かれる。それを言われては反論が出来ない。
遠回しに批判をされている。社長ならば、部下にひもじい想いをしてはいけないと。
例え理解され、それが便利屋68であろうと、食に対しては妥協は命取りになる。
「……だが、これは失敗ではない。どん底ではないが、人は底を知れば這い上がる他なくなる……それを知る者は、誰よりも強く成る………陸八魔アル社長は、そのスタート地点にいると理解はしている」
「っ……なによ、もう私を知った気になって……」
「違うのか?」
「……違わないけど」
図星だった。アルは黙る。
「……強いのだな」
「え?」
「ヴァルキューレでは、お前達は新進気鋭の不良集団という認識だった……だが、昨日と今日で大体わかった。お前達にはそこらの不良共とは違う、強き志と芯がある……」
料理を中断し、アルに近付く。
距離が縮まる度に思うが、やはり彼は大きい。自然と下から見上げる態勢になるので、見続ければ首が痛くなりそうだ。
不意にそう思っていると、アキトが問う。
「陸八魔アル社長……いや………アル。お前が目指す夢はあるのか?」
「え?夢ですって?」
「あぁ……夢、目標、言うなれば成りたい自分か……その眼をする者には相応のモノがある。お前は、それの典型だ……申してみろ」
試されてはいない。ただただ、純粋に聞いてくるアキト。
それはアキトの目を見たアルがよく分かった。
ならば、聞かれたなら答えよう。そう思い、朝とは言え元気に声高々に告ぐ。
「────よく聞いてくれたわね!ふふっ!心して聞きなさい!私はね……アウトローよ!」
「ほう?……アウトローか」
復唱し、アルを見つめる。
瞳を輝かせ、アウトローを口にするアル。とても、悪を目指すようには見えない彼女だが……その夢は、本物だ。
「私はね、誰もが恐れ戦く、イカしたアウトローに成るのが夢なの!そんな自分に成る為に、便利屋68を創設して、ムツキやカヨコ、ハルカと云った最高に素敵で頼れる仲間と共にこのキヴォトスでビックリしちゃうような、そんなカッコいい存在になりたい…いやなるの!どう?ソレがこの私、陸八魔アルの目標よっ!」
「………そうか」
なるほど、眩しい訳だ……この子の強さは、純粋性は、なによりも輝いている。
地に堕ちた己には……刺激が強すぎる。
「……良い夢だ。良い宣言だ。お前の様な女だからこそ、他の面々も惚れこみ、着いて行くのだろう……深く、納得した」
「え?そうかしら!みんな強くて優しいのもあるけど、やっぱ私のカリスマ性が凄いのもあるのかしら!」
「あぁ……カリスマ性は既に実っている……後は経営力だな」
「うぐっ!そ、それはいま勉強してるのっ!」
「ふっ……そうか。勤勉なのは良い事だ……アル社長」
”ぽすっ”
「…え?」
なんと、突如アキトがアルの頭を撫でる。
余りに自然。アルは呆然とする。
「己の在り方、己の仲間、その二つは将来掛け替えのないものへと変わる。大事に、そして進化を忘れるな……」
「な、え?なん…ちょっ!?」
「お前なら、きっと最高のアウトローに成れる……俺が保証しよう。可憐で、格好良いお前なら……きっと」
アキトは愛おしい者を見る眼つきで、アルを撫でる。
アルもアルで、恥ずかしくて動けない。本来なら、こんな行為アウトローらしくないとか言って直ぐに退けるか抗議するかするだろうが……アキト相手だと、何故か、身体が動かなくなる。
「アル社長……我が身は貴女のモノ。貴女が思う侭に俺を扱き使ってくれ……貴女の忠実な駒としてな」
「う、ぁ……も…もうっ!なんなのよなんなのよっ!あ、貴方は……は、恥ずかしいから、頭撫でないでくれるかしら!?」
「……嫌であったか?では、もうやらないとしよう……すまなかった」
「あっ……い、嫌じゃないけど……」
「……社長さまは、雑用に頭を撫でられるのは屈辱か?」
「え!?いや、そんなんじゃないわよ……でも、貴方に撫でられると……へ、変なのっ!」
「変?成程……なんでだ?」
「いま成程って言ってたわよね!?なにも分かってないじゃない!まぁ私も何で変なのか分からないけど…っ」
撫でて、やめて、また撫でて。
その繰り返しを台所で行う。それが、何だか気恥しい。
初めて男の人に頭を撫でられる。この感覚は、もう忘れる事は出来ないだろう。
「……便利屋68の雑用、逢冥アキト。ククッ……良い響きだ。これからが楽しみだ」
「んっ……ねぇ、思ったんだけど」
「なんだ?」
微笑みながら、己の役職を口に出して喜色の情を見せるアキト。
そんなアキトに、アルは思った事を言う。
「貴方って……意外と可愛いわよね?」
「………何だと?」
それは、突拍子が無さ過ぎる言葉だった。
「いえ、今迄は少し変で、怖いって感じだったけど……急につぶらな瞳をしたかと思えば、年相応の男の子の様に笑うじゃない?それが……ふふっ!なんだか可愛くって」
「……………………………」
「……あっ、い、嫌だった!?ごご、ごめんなさい!私ったら、な、何言ってるのかしらね!?あ、あっはは!あは……」
頭に手を置かれながら、己の発言にふっと我に返るアル。
マズい、無言に成ってしまった。これはマズい。
急に怖くなってしまう。顔を下げてしまう。見るのが、怖い。
だって、彼は強いし、自分よりも遥かに体躯が良い。
恥ずかしい話だが、女と男の違いを痛感するには、この身長差は少しドキドキしてしまう。
「………お前の方が」
「え…な、なに…?」
「……お前の方が、可愛い」
「………へ?」
パッと、顔を上げる。脊髄反射だった。
だが……アルは少し、でもほんの少しだけ……後悔する事に成る。
「あっ……」
アルは見てしまったから。
顔を真っ赤に染めて、脂汗を掻いて、しかめっ面なアキトを凝視してしまったから。
気付けば、アルの頭には手は置かれておらず、その手はアキトの左肩を少し掻いていた。
あ、コレは彼が動揺している時にする癖なのか。
何故か、アルは冷静にそう分析してしまう。
嫌に冷静な己が、何だか妙な想いになる。
「……可愛いは、不躾だったな。お前はカッコいいアウトロー。それで良い……あぁ……そ、それ…でいい」
「そ、そうねっ!そうよね!!私も、その……よくなかったわっ!貴方は可愛いよりカッコいいものっ!うん、私と一緒ね!」
「そう、だな。俺と一緒………俺と一緒で、良いのか?」
「い、いいわよ勿論!貴方もいいでしょ?い、良いって言いなさい!」
「あ、あぁ。良い。ありがとう……アル社長」
ワタワタと、初心な反応をする両名。
双方、赤面を披露している。もう訳が分からなくなっている。
だが確かなのは……この問答や会話が、全く嫌では無い事。
それが奇妙で、変になる。
「…………」
ふと、アルを見据えるアキトが……昔を思い出す。
▼
『────お前は駄目だなぁ。女心ってモンが全く分かってない……そんなんじゃ、いつまで経っても童貞だぞ?このクソガキめ』
『………』
『────ま、そんな事考える歳じゃねぇか。ったく…これだから弄られた少年兵ってのは面倒くせぇ。キヴォトスじゃお前みたいな男ってのは居ねぇしよぉ、扱いが分かったモンじゃねぇ。はぁ…なーんで私がこんなガキンちょの世話なんざ……あーーっ!!おい!よく聞け犬!』
『………』
『────お前はまだガキだ。ガキもガキ、それもクソが付くガキンちょ。力の意味も夢を持つ志も飯の有難さも、女の味ってのも点で分かってねぇ。だからな────私が全部叩き込んでやる!だから、これからは私の事は師匠と呼べッ!甘えようなんざ考えたら……いや、それは思わねぇか。だがそれなりに厳しくいくからな!これは決定だ。いま決定した。返事は』
『…………』
『────返事ィ!!』
『ぁ…………はい』
『────そうだ、それで良い。おら……飯食うぞ。何事も飯食って身体作りからだ。あ、ちょい待てよ?そういえばお前の名はなんだ?聞き忘れてたわ』
『…………わからない』
『────あぁ?分かんねぇだ?』
『ぁ……ごめんなさい…4番……って、なまえ』
『────チッ!どこのどいつに番号な名前を持つガキが居んだってんだ!はぁぁ~……じゃあ、お前は…………アキト、アキトだ。11月25日、丁度秋も終わりだしな、苗字は私から取れ。返事は』
『……アキト………アキト…おれの、なまえ……』
『────浸るなッ!返事を言え!!』
『っ!は、はいっ!』
『────ったくよぉ……シンタロウのクソガキとは別の意味で面倒クセェな……………』
▼
「………アル社長。髪を整えて来い。朝食が出来るからな」
「え?あ、そ、そうねっ!」
パッと……両名が離れる。
アルは顔がまだ赤いが、アキトは……もう落ち着きを取り戻している。
何故、この瞬間…昔を思い出したのか。
何故、出会って間もないあの日の事を思い出したのか。
洗面所へ向かうアルを見届ける。
「……師匠。俺は、一体何者なのだろうか。少年兵として身を受け入れ、あんたに拾われ、人を幾多も肉にして、ヴァルキューレに入ったら……己でも分からない正義感に駆られて、上のキツネを殴れば、追われて……こんな所に居る」
小言でそう言う。誰かに問いただす様に、答えを教えて欲しいように。
その場には誰も居ない。己が作った料理の香りが支配する。
「………人殺しの俺が、悪に染まる事すら出来ぬ純粋無垢な女に惚れるか………屑だな。師匠、千堂……俺は、一向にマトモに成れる自信がない」
思い浮かべるは、丹花……旧姓『千堂シンタロウ』と共に歩んだ戦場の数々。
ブラックマーケットの奥底で、表社会では語られる事のない、幾多もの殺し合い。
生きるか死ぬか。このキヴォトスで何とも……今思えば、人の命が軽すぎると思う。
それはそうだ。毒殺に拷問、特殊改良した刃物による刺斬殺。
己も、千堂も……幾数モノ命を屠った。
「……この身は、陸八魔アルのもの……余計な過去など、もう捨て去らんといかんな………」
戦場を思い浮かべても良い思いはしない。気付けば隣で話していた人間が死ぬ世界を生きてきた。
オートマタや獣人。大人達と過ごした日々は……地獄そのもの。
良い奴から死んで逝く……これは、この世の心理なのかもしれない。
故に、思う。
「────俺が、護る」
陸八魔アルを、彼女を取り纏う面々を……死んでも護り通す。
それが……己が掲げた忠誠なのだから。
■
────とある日のトリニティ総合学園。
■正義実現委員会、訓練場。
「────キアァアェェェアァアッッ!!!」
「ふぅッ」
”ガガガガガガガアァァンッッ!!!”
イチカがシンタロウの号泣現場に赴く数時間前……トリニティ正義実現委員会の訓練場。
そこで、ある2人の怪物が覇気万丈の模擬戦を繰り広げていた。
一人はトリニティ最高戦力として君臨し、キヴォトスでも最強格の一角として名を挙げられる。
名を『剣先ツルギ』……【歩く戦略兵器】として恐れられる、屈指の武闘派だ。
正義実現委員会の委員長として、多数の委員を纏め上げる長でもある。
「そこだァァ!!!」
「シュッ……」
そんな彼女の武器、ブラッド&ガンパウダーをぶっ放しながら突進し、目の前の好敵手に目掛け純粋な足蹴りを放つ。
だが……目も前の男は、まるで未来を知っていたかのように瞬足に躱し、距離を取る。
「剣先さま、今の様な純粋な暴力も時には良いでしょう。ですが私の様な速く小回りしか出来ない様な相手では、泥仕合も泥仕合。ではどうします?」
「ケヒッ……舐めてるな?」
「いいえ、ある種の賛辞です。私にはない魅力でしょう……さぁ、掛かってきなさい」
「キヘアァッッ……上等だぁ!!!」
そうして、少しの話し合いが付きまた始まる戦闘。
突いて、発砲、そして躱す。
その繰り返し。だが、そのどれもが頂点。トップに君臨する者同士の戦闘は、これを見聞する委員達の眼つきを鋭くさせる。
勉強……になるかは、分からないが。
「あれも避けるっすか……マジでエグイ動体視力と云うか、回避力と云いますか……」
「徹底防衛の姿勢を崩しませんね……いつ見ても凄まじい対応力です」
「ふふっ……ツルギは当然ですが、彼もまた極上の戦闘者だと分かりますね。ツルギが矛なら、彼は盾。キヴォトスに於いて彼以上の防衛力は居ないでしょう。そして極め付けはあの”速度”……脚の速さに関しては唯一無二、トリニティが誇る【彗星の貴公子】とは、よく言ったモノですね」
「(メチャクチャ語るっすね……)」
「(ハスミ先輩ってケイスケ先輩が『コハルさん』と並ぶくらいにはお気に入りと聞いていましたが、まさか此処までとは)」
そんな会話をするのは、3人の正実の委員。
ハスミ、イチカ、そして1年生の『静山マシロ』だ。
マシロは1年生ながらも正義実現委員会の中では特筆した狙撃手だ。大型の任務でも駆り出される程、未来の委員会を担う一角だと謳われる程。
その3名が見据える先は、2名の怪物による模擬戦。
訓練場が段々とクレーターだらけになっているが、それに目を瞑れば非常に珍しい光景でもある。
「それにしてもっすけど、何か珍しいっすね?ケイスケさんがツルギ先輩と模擬戦だなんて初じゃないっすか?」
「私も初めて見ました。でも、確かにツルギ先輩の戦い方は言わずもがなですが……ケイスケさんは、何と云うか……」
マシロは僅かな疑問を持って前を見る。
”ガガァァァンッッ!!!”
ツルギの攻撃を、連撃を、暴撃を……全て躱し、いなし、無に帰していく。
鞘付きの短剣と鉄棒、そして己の持つ回避能力で一撃も貰わず対応。
その姿は、正に。
「────キヴォトスでも異端でしょう」
「ッ!」
「マシロ、貴女の考えは決して間違いではありません。それはそうでしょう……キヴォトスでは摩訶不思議の部類。異質と云う言葉では足り得ない領域です。重火器を持っていながら、彼は短剣と鉄棒であのツルギに対応しているのもまた恐ろしい………ですが、それでは防戦一方でしょう」
「そう、っすよね………では、どうして彼はそんな戦い方を?」
「育てる為でしょう。あのツルギを」
その発言は……イチカを、マシロを、余剰に驚愕させる。
「……マジっすか?」
「えぇ、大マジですよイチカ。だからこそ、彼はあの戦法で、あの鉄棒でツルギと模擬戦をしているのです。現に今、ツルギはケイスケさんの身に一掠りも攻撃を当てられていません」
「確かに、ケイスケ先輩ほどの大物でしたらツルギ先輩相手でも享受できる何かがある……それを、私達の目の前で見せているのですから、理解せざるをえないでしょう」
「そうですね。ですが……」
ハスミは一段と鋭い眼付きでその戦線を見る。
防戦一方。あぁ、そうだろう。だがハスミの言う事が本当なのならば……ケイスケは、其処までの男なのだろう。
ハスミを疑っている訳ではない。だが、相手はあのツルギだ。
トリニティ最強戦力。歩く戦略兵器とまで謳われし傑物。それが剣先ツルギ、彼女だ。
そんなトリニティが誇る最強を……育てるという異質人。
短剣と鉄棒で戦う男は、それ程までの男なのか。
2人はそう思って、仕方なかったが……ハスミが言う。
”ガガガガ…バキンッ!!!!!”
「ケヒャァァ!!」
「相手はツルギ、我々の
「ッ!鉄棒が…!」
「折れた…っすね」
ツルギの猛攻に耐え兼ね、鉄棒がポックリと圧し折れる。
真っ二つに折れた鉄棒。それは丁度2人の間に割って入るように滑り込む。
「ふっ、流石は剣先さまです。一応、剣技に於いては鉄壁の防御だと自負していたのですが……その防御の要が折れてしまえば、私の為す術は失ったと同義」
「………」
「さて、まだ続けますか?私としては降参したい所存ですが、今回は別です。剣先さまの気がお済に成るまで付き合いましょう」
「……戯言を」
「む?」
ツルギから怒気に近い重圧が溢れ出る。
彼女の様相に何かを察したか、ケイスケは戦闘態勢から一変し、姿勢を正す。
「このまま下らない試合をする程、私は暇ではない………」
「そうですか。いえ、確かに剣先さまや他の皆さまはトリニティを護る大きな義務がある……では、此度はコレで終演と致しましょう」
「あぁ………」
「ん?どうか致しましたか?剣先さま」
ツルギが前を歩き、折れた鉄棒を拾い上げる。
その折れた鉄棒は確かな練度があった。だが、それはツルギから見れば
ツルギは続ける。
「剣技か……それこそ戯言だ。お前の技は剣技などでは無い」
「と、言いますと?剣先さまは何が言いたいので?」
「────槍術……鉄壁の防御とは程遠い、攻撃に特化した武術だ。それを攻撃にでなく、防御に徹する技術力……前々から疑問だったがこの模擬戦でさらに深まった。お前、一体何者だ?」
その問いに、ケイスケは眼付を細める。
決して図星を突かれたかの様な、そんな雰囲気は出さない。だがその問いに答える素振りも見せない。
そこには高々な壁が存在していた。
「……私を詮索しないで頂けると幸いです。以前、そう仰った記憶が御座いますが」
「悪いがエデン条約が締結する手前、そう言う訳にはいかない……トリニティ総合学園に入る前、貴様は何をしていた?」
「成程、長としてこの私の存在を明かす。故にこの模擬戦ですか……貴女さまからのお願いだったのでお受け致しましたが、流石に狙いもあった。合点がいきましたよ」
そう、この模擬戦は元々ツルギから懇願したのだ。
己以上の手数に、彗星の貴公子と名高い速度感での戦闘。
ツルギの中で、其処には彼の所在を一から全まで知るという確かな狙いもあった。
だが、それと同時に戦闘者として格を上げる……その狙いも、確かにあったのだ。
故にケイスケはそれ以上は何も言わない。己もまた、ツルギの戦闘者としての練度を上げたいという『教育者』のような意欲があったから。
「確かにこの場なら逃げ場もない。権限で呼び出せば、それこそ私は来ないと踏んだのでしょう。策士ですね」
「……そろそろ答えて貰おうか。貴様は一体────ッ」
ケイスケが左手を横に上げる。
鉄棒を持っていた方で、その空間には何もない。
だが、異質で、嫌な感じがした。
ツルギは本能的に警戒の姿勢を取る。
「ではこうしましょう。私の動きに一度でも反応出来たら従わせて頂きます。ですが、反応が出来なかったら剣先さまの御力にはなりません」
「………」
「沈黙は肯定と捉えさせて頂きます────来い」
”ゾゾゾゾゾゾゾゾゾッッッ!!!!!”
「んなっ!?」
「なん、この…圧…ッッ」
「(シンタロウさんとは別の、純度の高い、殺意…いや……もっと理解出来ない、なん、これ……!?)」
瞬間────全員に生存本能が駆り出される。
息が出来ない。呼吸が乱れる。そもそも酸素を吸うのを忘れている。
目の前の光景に、ただ目を奪われる。だって……ケイスケの左手には。
「────それは」
ツルギがそう発する。それは必然だった。
バチバチッ、バチ……青黒い雷が走る、細長い異様な物体。
天からか、それとも地上からか、何時の間にかソレは左手に存在していて。
切っ先は鋭利。まるで何でも斬ってしまいそうな、いや……穿ってしまいそうな程、それは人では到底理解出来ないオーラを放っていた。
「────我が絶技一槍の極意。受けて見よ」
「ッ!!!!」
眼をかっ開き、男としては長い金色の髪を逆立て、まるで肉を見つけ飢えた獣の様に前屈姿勢で構えて。
その様相は……貴公子と謳われているケイスケとはかけ離れた、猛犬の様だった。
「クッ!!」
「甘いッッ」
ドォォンッ!!と、落雷の様な踏み込み音が訓練場に響く。
神速の踏み込み。ツルギは一瞬で我に返るも、それは遅く。
殺意を超えた狂気が、ツルギへと襲い掛かる。
そう認識した。だが……彼は神脚と呼ばれし最速の戦闘者。
「────……っ」
「勝負アリ。で、お間違いありませんね?」
一回の瞬きすら、彼にとっては隙。
槍の切っ先、それに当たらない柄部分を持ってツルギのコメカミに寸止めさせる。
一瞬ですら反応できなかった。まさに電光石火の出来事。
ツルギは流れる様に手を上げる。それは、降参の意に捉えられた。
「な……なにが、起きたんすか?」
「………情報量が多すぎて、私にも何が何だか……っ」
「ふふっ……流石、ケイスケさんですね。心成しかツルギも嬉しそうです」
イチカ、マシロは理解不能だった。
それは仕方なかった。少し前まで攻防を続けていたのに、イキナリ槍を持ち出したかと思えば、気付けば、ツルギのコメカミ部分に寸止めさせ勝負を喫する。
己達の常識外の戦いだ。他の委員達も、それは然り。
ただ、ハスミはウットリとして、両者を称える。これにも理解は出来ないが、それはまあいい。
「とはいえ、剣先さまも一瞬動きを見せました。加えこれは初見殺しにも等しい卑技。反撃の意思を見せただけでも流石としか言いようがありません」
「……皮肉を。そんなキャラじゃないだろう」
「いえいえ、本心で御座います」
槍を回転させ、地面に突き刺すケイスケ。
その一挙一動が、今迄の紳士たるケイスケとは程遠い。
その場にいる全員は……彼に眼を離せない。
「淑女である剣先さまに対し、非礼をとった事をお詫び致します。大変、申し訳ございませんでした。お怪我は御座いませんか?」
「んっ……い、いや、ない……」
「そうですか。勝負を決める為とは言え、些かムキに成ってしまった様です。トリニティの者として情けない限りです……万が一でも剣先さまに傷が残れば、どうしようかと思っていたので」
「あ……わ、私は治る。余りそういう心配はしなくていい……」
「そう言う訳にはいきません。ですが、その点も含め剣先さまは勇ましく凛々しい。どうか剣先さまの様なその在り方を、今後とも追わせて下さいませ」
「なッ……!?」
紳士のような謝罪と、ツルギを称える姿勢を取るケイスケ。
猛犬のような彼は何処へやら、その様相はいつもの優しいケイスケだった。
この変わりよう、ギャップには驚きを隠せない。まるで二重人格だ、ケイスケは顔が良いと言う事もあってこういう変貌は年端のいかぬ乙女には中々にクルものがあった。
「では私はこれで。此度はお誘いを頂きましてありがとう御座いました……あ、そうだ」
そうして、顔を赤くしたツルギを後にし、帰ろうとしたケイスケだが……何かを思い出し、遠くに居るハスミ達の方へ行く。
「羽川さま、少し宜しいでしょうか?」
「えぇ、勿論です。ですがもう良いのですか?まだまだ訓練のお時間はありますが」
「いえ、今日は少し用事が御座いますのでコレにて」
「そうですか、それは残念……所で、私に何か要件が?」
「えぇ、正義実現委員会の冷蔵庫に差し入れを置きました。先日の丹花シンタロウの件でお詫びをと思いまして……(ゲヘナ+シンタロウの)手作りですがお菓子を貴女さまに。お時間ある時にどうかお食べ下さいませ」
「なんですって!?」
瞬間、ハスミの目がキラリと輝く。
ハスミは大のスイーツ好きとして有名だ。そのハスミに対し、そういった差し入れはケイスケは暇さえあれば行っていた。
「余り御力には成れなかったので、そのお詫びとしてお受け取りして頂ければと。白色の箱に羽川さまの御名前をお書きしていますので、そこは御安心を。では私はコレで失礼いたします。静山さまと仲正さま、御二人もお元気で。では」
「は、はいっす!」
「……はい」
「ありがとう御座います!有難く頂きますね」
それを聞き終えると、ケイスケは背中を向けて去って行った。
槍はいつの間にか消えていた。訓練場にも無く、彼の手元にも無い。
いつ何処へやったのか、見当もつかない。本当に謎の多い男だと、全委員は思った。
「あはは……突風みたいな人っすよね~、ケイスケさんって」
「いつか私も御手合わせを願いたいです」
「……でも、あのツルギ先輩が最後は一方的にやられ、降参するとは思わなかったっすね……超級の危険人物の一角と云われて、でも彼等よりも情報に謎が多いケイスケさんっすけど、その片鱗が見えたのは収穫と見るべきなのか……」
「【修羅】と恐れられし神崎レン、【剛拳】と謳われる丹花シンタロウと並ぶ殿方ですから、それ相応の戦闘力は有り得ていましょう。ですが、私もケイスケさんのあのような変貌を見たのは初めてです。こう、何だか……」
「そうですね」
「うーん、まぁそうっすね~」
今日の最後に見せた、獰猛犬が如き変貌っぷりのケイスケに、イチカは想った。
何て悍ましい姿か……と。
狂気を身に纏わせたかのような……全身が凶器にすら思えた。
異質とは、彼の様な男を言うのだろう……イチカはそう思った。
そう思ったのはマシロとハスミも同じの様で、似たような反応をする。
なので同調して、タイミングよく同じ単語を言うように被せた。
「────悪くなかったですね」
「────悪くなかったです」
「────怖いっす……………すぅ~~~………え?」
どうやら、己以外はケイスケに脳を焼かれてそうだ。
そう認識するのには、周りの委員含め、2人の紅潮した頬を見れば明らかだった。
そうして、正義実現委員会は少しの間を置き、訓練を再開した。
▽
”プルルルル……”
「────ん?コレは……」
帰路に着くケイスケの携帯に着信音が鳴く。
確認すれば、それは見知った者だった。
ケイスケは溜息を吐き、イヤイヤ通話を始める。
「なんだ丹花のアホったれ。切るぞ」
『おいカス!手ェ貸せ!』
「あ?」
着信元はシンタロウ。いきなりの言葉遣いだ。
しかし、焦りが見える。この男のこういう時の感じは少し真面目だ。
「なんだ、なにがあった?」
『アキトくんが消えたッ!話によりゃぁ、ヴァルキューレを辞めたって!お前も探すの手伝え!!』
「なんだと?アイツが?」
その内容は思っても居ない事だった。
アキトはケイスケにとっても関係が……否。因縁が特に深い人物。
昔、アキトとはそれなりの事があった。故に彼の性格は知り尽くしている。
だから……あり得なかった。
「馬鹿言うな。あの道を外した仏像みたいなヤツがヴァルキューレを辞めるだと?ホラ吹くんならもっとマシな……」
『嘘な訳ねぇだろッ!だったらテメェ如きに頼み事なんざしねぇ!!』
「……チッ」
迫真だった。それが、嘘じゃないと理解せざるを得ない程の力強さ。
だが、どうしても納得できない自分が居る。あのアキトが?と……信じられない自分が居る。
沸々と湧く怒りの感情。
『取り合えず何か進展とか分かった事があれば直ぐに俺に言えッ!分かったな!?』
「あー分かったよ。俺の方でも調べてやる」
『悪い!頼むわッ!!』
”ブツッ!”
乱雑に切られる通話。
あの焦り様……シンタロウが傭兵時代、一時期共に居た事は知っている。
アホのクズであるシンタロウが気を許す数少ない友人。
だが、己にとっては……。
「────ケイスケさん」
「ッ!!……貴女さまは……一体、どうしてこんな場所に?」
すると、背後から声を掛けられる。
通話に夢中だった故か、こうも簡単に背後を取られるのは久方振り。思わず迎撃の態勢を取ってしまったが、その顔を見て直ぐに落ち着く。
声を掛けた人物。それは何と…。
「お話の最中でしたので、声を掛けるタイミングを伺っていたのですが……もしかして、先ほどの口調が素の貴方でしたりしますか?」
「とんだ御無礼を……大変申し訳ございません。その、どうかお忘れくださいませ。以降貴女さま方の前では見せぬよう努めます事をお約束いたします────『桐藤さま』」
複数の護衛を付け、悠然と佇むトリニティの象徴。
桐藤ナギサが其処には居た。
護衛達も少し目を見開き、ナギサと同じく先ほどのケイスケに驚愕を覚えている。
常に紳士を崩さぬ彼の雄を見た。全員が仄かに顔を赤らめている。
「うふふ。非常に珍しいものを見ましたもの、絶対に忘れませんよ。あの男性特有の口調……私の前だけでしたら全く構いません」
「お戯れを……」
「ふふっ。さて、そろそろ本題に入りましょう。ケイスケさん────逢冥アキトがヴァルキューレ警察学校を強制退学させられた話は、知っていますね?」
「……えぇ、勿論で御座います」
有無を言わさぬ言葉。先程シンタロウと通話した時、内容も把握されていたらしい。
そして、その言葉をケイスケに告ぐという意味。
「実は先程、逢冥アキトが【便利屋68】に加入したのではないかと報告が上がりまして」
「便利屋68……まさか、ゲヘナの?」
「左様です。まだ確定ではありませんが、仮にコレが本当だったとしたら最悪です」
「(おいおい、マジか……アイツどういう了見だ?)」
ゲヘナの組織に加入した。それが真であるのなら、即ちアキトは『ゲヘナの戦力に加担』すると云う事。
既に丹花シンタロウを擁しているのにも関わらず、彼と同格のアキトも加わる意味。
それは……先のエデン条約に大きな亀裂を生む可能性がある。
「……私は何を致せば宜しいのでしょう?」
「お話が早くて助かります。貴方には彼が本当に便利屋68と云う小悪党組織に入ったのか、その真偽を……」
やはり、そう言う事だ。
ナギサにとってアキトのヴァルキューレ離脱、そしてゲヘナの便利屋68に加入と云う情報は不穏分子以外の何者でもない。
彼女の意図はこうだ。
真偽=戦闘不能にしろ。
ティーパーティーの権限を用い、どこの組織にも加入していないシンタロウだからこそ、そう命令できる所業だ。
「無論、コレは命令です。貴方の否は認められません」
「承知の上です。では、早急に対処させて頂きます」
「ふふっ、流石は
そうして、ナギサは護衛を連れて学園内へと入っていった。
「……桐藤さま、なんか相変わらず俺にだけ厳しい様な……気の所為か?」
彼女の表情には、彼に対する意も知れぬ〈執着〉染みたナニかが宿っていた。
ケイスケはそんなナギサを、少し怖いと思ってしまう。
だが、ナギサにはよくお世話になっている。
命令ならば仕方ない。丁度シンタロウからもほぼ同じ頼み事を言われた。
ケイスケは即座に、便利屋68の動向を探り始めた。
────便利屋68が【アビドス高等学校を襲撃する】と知るのは、調べてから直ぐだった。
次回
アビドスへ。そして、対峙する彗星の貴公子と地獄の番人。
いつもありがとう御座います。
誤字報告、感想お気に入り評価、ここすきいつも感謝しております。