魔法科世界の術式蒐集者   作:パラレル・ゲーマー

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第11話 ブランシュ本部と、十文字の壁

 図書館の特別閲覧室は、戦闘の余韻という不穏な空気を色濃く残していた。

 

 室内を満たしていた暴力的なサイオンの波動は霧散したが、破壊された端末や焦げ付いた床が、ここで起きたことの重大さを物語っている。

 

 ブランシュの関係者たちは完全に拘束され、壬生先輩をそそのかした司甲も、駆けつけた風紀委員の手によって確保されていた。

 

 間一髪のところで、一高の生命線とも言える魔法関連の機密研究データの流出は食い止められたのだ。

 

 だが、その部屋の隅で膝を抱える壬生紗耶香の姿は、ひどく痛ましかった。

 

「私は……差別をなくしたかっただけで……どうして、あんなデータを……」

 

 彼女はうわ言のように呟きながら、青ざめた顔を震わせている。

 

 僕は少し離れた場所から、彼女の周囲を漂うプシオン──霊子の乱れを観測し続けていた。

 

 乱れている。

 

 先ほどから全く戻らない。

 

 罪悪感や恐怖、事態の大きさにショックを受けているだけではない。

 

 彼女の精神の奥底に、異物のようなものが深く刺さって、本来の思考を阻害しているように見える。

 

 けれど、それが具体的にどのような魔法的処置なのか、今の僕の知識では断定することができなかった。

 

 達也が、冷徹なまでに冷静な声で告げた。

 

「本人の意思だけで、あそこまでの行動に踏み切ったとは考えづらい。おそらく、暗示、あるいは認識を誘導する類の精神干渉を受けていた可能性がある」

 

 その言葉に、壬生先輩はさらに顔色をなくし、両手で顔を覆った。

 

 やっぱり。

 

 でも、そんな「やっぱり」という軽い言葉で済ませていい話ではない。

 

 彼女は、自身の純粋な怒りを利用され、あまつさえ自分自身の手で取り返しのつかない一線を越えさせられかけたのだ。

 

 その精神的な傷は、計り知れない。

 

 その時、閲覧室の扉が乱暴に開かれた。

 

「壬生はどこだ!」

 

 怒号とともに駆け込んできたのは、剣術部の上級生、桐原武明だった。

 

 彼の目は血走り、手にはCADが握られている。

 

「お前たち、壬生に何をした!」

 

 彼が達也たちに向かって食ってかかろうとした瞬間、僕は無意識に一歩前に出そうになった。

 

 だが、桐原先輩の怒りは、達也たちへの敵意によるものではなかった。

 

 壬生先輩が事件の首謀者のように扱われ、傷ついていることに対する、激しい混乱から来るものだった。

 

 達也が淡々と状況を説明する。

 

 司甲という工作員が彼女を利用し、機密データを盗ませようとしたこと。

 

 彼女自身も被害者の一人である可能性が高いこと。

 

 それを聞いた桐原先輩の顔色が、怒りとは別の色に染まった。

 

「司……てめえ……!」

 

 彼のギリッと歯軋りする音が室内に響く。

 

 その怒りの矛先は、明確にブランシュへと向いていた。

 

 桐原武明。

 

 傲慢で、二科生を見下す差別主義者で、以前は正直言って全く好きになれない上級生だった。

 

 でも、壬生先輩が利用されたことに対するこの激しい怒りだけは、間違いなく本物だ。

 

 人格と魔法式の美しさは一致しない。

 

 それは僕がコレクターとして学んだ真理だ。

 

 そして、どんなに嫌な奴に見える人間にも、大切に思う誰かはいて、その人のために本気で怒れるのだ。

 

 その事実が、僕の中で桐原先輩という人物に、少しだけ厚みを持たせた。

 

 一方、達也は拘束された司甲の持ち物の中から情報端末を引き抜き、備え付けのコンソールに接続して何やら操作を始めていた。

 

「司波くん、何をしてるの?」

 

 僕が横から覗き込むと、達也は画面から目を離さずに答えた。

 

「外部との通信ログの解析だ。こいつが直前まで繋いでいたサーバーの物理アドレスを割り出す」

 

 僕は絶句した。

 

 早い。

 

 いや、早いどころの話ではない。

 

 通信ログの断片、経路の暗号化の癖、タイムスタンプの微細なズレ、パケットの残り香。

 

 専門のサイバー部隊が時間をかけて解析するようなデブリから、彼はまるでパズルを解くように、あっという間に候補地点を絞り込んでいく。

 

 魔法式だけじゃない。

 

 情報処理全般の能力が完全にバグっている。

 

 やっぱり、お兄様はお兄様だった。

 

 数分後、達也の胸元の端末に通知音が鳴った。

 

 送信元は、学校側の秘匿回線。

 

 小野先生から共有されたデータだった。

 

 画面には、ある廃工場の地図データと座標、そして目標情報が表示されている。

 

 どうやら小野先生たち学校側は、もともとその拠点を「怪しい組織の隠れ家」としてマークしていたらしい。

 

 本来なら達也が小野先生から直接情報を聞き出し、確認を取る流れだったのだろう。

 

 だが、今は校内襲撃と機密データ窃取未遂の直後だ。

 

 教師側も悠長に聞き取りを待つ余裕はないと判断し、通信で必要情報を送ってきた、ということらしい。

 

 達也が、自分が弾き出したログの座標と、送られてきたデータを照合する。

 

「……ログから辿った通信先と一致する。間違いない」

 

 これで、ブランシュ本部の場所が確定した。

 

 司甲のログと、小野先生たちが掴んでいた監視情報。

 

 二つの線が、同じ一点で重なったのだ。

 

「ここで止めれば、奴らはまた別の手を使って同じことを繰り返す。……今、潰す」

 

 達也が静かに、だが明確な殺意を込めて宣言した。

 

 深雪は当然のように頷き、エリカも好戦的な笑みを浮かべる。

 

 レオも拳を鳴らして応じた。

 

「俺も行く。壬生を利用した連中を、ただで済ませる気はねえ」

 

 桐原先輩も、迷うことなく参加を申し出た。

 

 そして。

 

「部活連としても、この事態を放置するわけにはいかん」

 

 いつの間にか閲覧室の入り口に立っていた、十文字克人が重々しく口を開いた。

 

 十文字克人、参戦。

 

 僕の心臓が、別の意味で激しく跳ねた。

 

 これはまずい。

 

 魔法式コレクターとしては、これ以上ない最高のシチュエーションだ。

 

 だが、絶対に危険なやつだ。

 

 彼が本気で戦うところを見れば、僕のライブラリは確実に反応する。

 

 あの、十文字家秘匿の最高クラスの魔法式が、僕の精神領域にインデックスされてしまう。

 

 見たい。

 

 いや、見たくない。

 

 でも、やっぱり見たい。

 

 怖い。

 

 葛藤の末、僕は口を開いた。

 

「……僕も行く」

 

 全員の視線が、僕に集まった。

 

「水瀬、あんた本気?」

 

 エリカが信じられないという顔をする。

 

「危ねえぞ。さっきの講堂の騒ぎとはレベルが違う。今度は完全に敵の本拠地に乗り込むんだ」

 

 レオが真剣な顔で制止する。

 

 深雪も、静かな声で告げた。

 

「お兄様の足手まといになるようであれば、同行は認められません」

 

 僕は、一つ深呼吸をして言葉を選んだ。

 

「僕は前線に出るつもりはない。戦闘要員じゃないからね。でも、僕は壬生先輩に『利用されるな』と偉そうに忠告した。その責任を、最後まで見届けたいんだ」

 

 達也が、冷ややかな視線を僕に向けてきた。

 

「水瀬。君が来る理由は、本当にそれだけか?」

 

「それだけ。……と言いたいところだけど、君はどうせ信じないよね」

 

「信じないな」

 

「だよね。なら正直に言う。僕の補助魔法は、後方での導線確保には絶対に使えるはずだ。逃走経路の整備、足場の操作、負傷者が出た時の保護。前線に出ない範囲なら、十分に役に立てる」

 

 達也は、僕の目を数秒間見つめ、少しだけ思案するような間を置いた。

 

「……同行を許可する」

 

「いいの?」

 

 僕が驚いて聞き返すと、達也は釘を刺すように言った。

 

「前線には絶対に出るな。後方支援に徹しろ。そして、俺の指示には必ず従え」

 

「了解。観測者改め、後方支援係ということで」

 

「違う。監視対象兼補助要員だ」

 

「……言い方」

 

 達也の内心の計算は透けて見えていた。

 

『よく分からない不確定要素は、目の届かない場所に置いておくより、自分の視界内に置いて監視した方が安全だ』。

 

 そういう冷徹な判断による同行許可だ。

 

 僕たちはすぐに出発の準備を整え、小野先生から送られた座標データに従い、目的地である廃工場へと向かった。

 

 環境保護団体やテロリストの隠れ蓑としてよく使われるような、街外れの放棄された施設だ。

 

 学校内のいじめや差別問題の延長から、いきなり廃工場への武装強襲戦。

 

 物語のジャンルが一気に変わりすぎている。

 

 でも、これが『魔法科高校の劣等生』の序盤なのだ。

 

 学園ものの皮を被って、普通に軍事とテロルが日常に隣り合わせで存在している。

 

 移動中、少し離れた位置を歩いていた達也が、僕の横に並び、周囲に聞こえない声で短く告げた。

 

「水瀬。君のその『能力』については、後で詳しく聞かせてもらう」

 

 背筋が凍った。

 

「……今じゃなくて?」

 

「今は任務が先だ。目の前の障害を排除してからだ」

 

「……了解」

 

 この時点で、僕は完全に「逃げられない」と悟った。

 

 お兄様は、事後処理が終わった後、僕を逃がすつもりはない。

 

 目的地である廃工場に到着した。

 

 外観は錆びついた鉄骨が剥き出しの地味な建物だが、周囲には明らかな警戒の気配がある。

 

 達也が手信号で配置を指示し、全員が所定の位置につく。

 

 その先頭に、十文字克人が立った。

 

 僕が後方からその背中を見た瞬間、戦場の形そのものが変わったような錯覚を覚えた。

 

 人間ではない。

 

 壁だ。

 

 いや、壁という表現すら生ぬるい。

 

 あれは、大地に根を下ろした移動する要塞だ。

 

 ブランシュ側が侵入者に気づき、一斉に攻撃を仕掛けてきた。

 

 銃火器による物理的な銃撃、無秩序な攻撃魔法、通信妨害の術式。

 

 様々な殺意が、雨あられのように僕たちに向かって降り注ぐ。

 

 十文字先輩が、一歩前に踏み出し、魔法を展開した。

 

『ファランクス』。

 

 多層防御魔法の極致。

 

 僕の視界が、その展開プロセスに釘付けになった。

 

 何枚もの見えない障壁が、ただ単純に重ねられているのではない。

 

 一番外側の層が衝撃を受けた瞬間、そのエネルギーを次の層へと逃がし、分散させる。

 

 そして、奥の層が衝撃を吸収している間に、破壊された外側の層が瞬時に再構築される。

 

 防ぐ、逸らす、分散する、再構築する。

 

 一つ一つの術式は強固な防御魔法だが、それが絶え間なく連鎖することで、全体として一つの『決して破られない城塞システム』を形成している。

 

《十文字家系統・多層防御魔法式を観測》

 

《連続障壁展開、衝撃分散、再展開補正の各変数を明確に検出》

 

《高密度防御術式として解析開始》

 

《登録中……》

 

《登録完了》

 

《魔法式展開領域が大幅に拡張されました》

 

《並列処理能力が大幅に増加しました》

 

《防御系統術式の最適化精度が飛躍的に上昇しました》

 

 僕は、息をすることを忘れていた。

 

 全身の血が逆流するような感覚。

 

 登録された。

 

 本当に、登録されてしまった。

 

 十文字克人の、十師族の秘匿級の魔法式が、今、僕の精神領域にインデックスとして並んでいる。

 

 構造の表面をなぞっただけじゃない。

 

 展開の順序、衝撃分散の癖、再構築の絶妙なタイミング、あの圧倒的な完成度の高さまで。

 

『質』ごと、完全に保存されている。

 

 使える。

 

 今の僕なら、たぶん、いや確実に、あれと同じ規模の防御を展開できてしまう。

 

 ……使っちゃ駄目なやつだ、これ。

 

 僕の能力は、僕自身が想像していたよりも遥かにタチが悪く、そして危険なものだった。

 

 便利で楽しいチート能力なんてレベルじゃない。

 

 これは、世界の魔法のバランスを一人で崩壊させかねないバグだ。

 

 僕は恐怖で小さく震えた。

 

 絶対に、この場では使わない。

 

 誰の前でも使わない。

 

 だが、僕のその深刻な葛藤を、前線で魔法式崩壊処理を行いながらも、達也は横目で確実に見逃していなかった。

 

 十文字先輩がファランクスを展開した瞬間、僕の視線の焦点が完全に切り替わり、そして今、激しい動揺を見せている。

 

 単に大魔法を見て驚いた人間の反応ではない。

 

 魔法式の構造を深く読み取り、そして『記録』した者の反応だ。

 

 達也は何も言わなかったが、彼の中で疑惑はすでに確信の領域に達しているはずだ。

 

「突入する」

 

 十文字先輩が敵の攻撃を完全に無力化し、防衛線を押し上げたところで、達也の合図で全員が工場内部へと雪崩れ込んだ。

 

 前線は、達也、深雪、十文字克人、エリカ、レオ、桐原武明。

 

 僕は約束通り、彼らから数メートル離れた後方に位置取った。

 

 僕の役割は明確だ。

 

 逃げようとする敵の足場の摩擦をゼロにして転倒させる。

 

 味方が踏み込む際の床の強度を瞬間的に上げる。

 

 倒れた敵や味方が邪魔にならないよう、摩擦を弄って壁際へ滑らせる。

 

 逃げ遅れた人質や巻き込まれた生徒がいれば、その周囲に『接触面認識』を応用した微弱な障壁を展開して保護する。

 

 僕のライブラリは、さっきから狂ったように通知を鳴らし続けている。

 

 敵性魔法式、軍用に近い荒々しい制圧術式、通信妨害、簡易幻惑。

 

 どれもコレクターとしては垂涎ものの美味しいデータだ。

 

 でも、今日のメインドロップはもう拾ってしまった。

 

 十文字克人のファランクス。

 

 これ以上、うっかり使えてしまう危険な手札を増やしたくない。

 

 自分で自分の能力が怖くなってきたのだ。

 

 僕は通知を全てミュートにし、ひたすら後方支援に集中した。

 

 前方では、桐原先輩が敵と激しく交戦していた。

 

 以前の嫌味な上級生の面影はない。

 

 壬生先輩を利用された怒りを木刀に込め、猛然と敵を叩きのめしていく。

 

 ただ、怒りのあまり動きがやや大振りになり、無謀に突っ込もうとする場面がある。

 

《怒りを伴った斬撃補助術式を観測》

 

《剣術系統の実戦応用を確認》

 

 その荒削りだが威力の高い魔法式を見ながら、僕は内心で舌を巻いた。

 

 桐原先輩の魔法式は、やはり嫌になるほど実践的で良い。

 

 彼がブランシュの戦闘員を制圧し、「壬生を利用した連中が、偉そうに語るな!」と叫んだ時、僕の中で彼の好感度が少しだけ上がった。

 

 そして、深雪と達也の戦闘は、もはや蹂躙と呼ぶにふさわしかった。

 

 深雪は、敵の動きを最低限の冷却魔法でピンポイントに凍らせていく。

 

 美しすぎる刃。

 

 周囲に余計な被害を一切出さない、完璧な氷の芸術。

 

 だが、達也は刃ですらない。

 

 彼が敵の魔法に手をかざした瞬間、相手の魔法式は発動することなく塵となって消える。

 

 そして、体術で次々と敵の急所を的確に突き、意識を刈り取っていく。

 

 触れた瞬間、相手の『攻撃』という事象そのものを分解するバグ。

 

 十文字先輩が前線の重火器の攻撃をファランクスで受け止め、本格的な防御を展開するたびに、僕は目をそらした。

 

 見るな。

 

 いや、もう見えているし、登録は済んでいる。

 

 だからこそ、これ以上その完成度の高さに魅入られるな。

 

 使いたくなる前に。

 

 達也は、敵を制圧しながらも、僕が目を逸らしているその葛藤すらも観察しているようだった。

 

 戦闘は、あっけなく終わった。

 

 敵のリーダー格は達也たちが制圧し、本部のデータサーバーや証拠物件も押収された。

 

 十文字先輩、そして遅れて到着した風紀委員と部活連のメンバーが周囲を完全に押さえ、教師側や当局への引き渡し準備が進められる。

 

 僕は直接的な戦果は一つも挙げていない。

 

 だが、後方支援として、味方の導線を確保し続けた。

 

「あんた、地味に助かったわよ。足場がやたら動きやすくて、剣が振りやすかったわ」

 

 エリカが、木刀を肩に担ぎながら笑いかけてきた。

 

「地味が一番安全だからね。観測者の務めだよ」

 

「地味ってレベルじゃねえ気もするけどな。俺が踏み込む時、床がコンクリより硬かったぞ」

 

 レオが不思議そうに足元を見ている。

 

 達也は、そのやり取りを少し離れた場所から黙って見ていた。

 

 本部制圧が完了し、一息ついたところで、僕は精神領域のライブラリをそっと確認した。

 

 そこには、十文字克人の多層防御魔法式が、圧倒的な存在感で鎮座している。

 

 質ごと登録された、完璧な魔法式。

 

 僕は小さく震えた。

 

 使える。

 

 間違いなく、あれと全く同じものが展開できる。

 

 でも、使わなかった。

 

 使えなかった。

 

 十文字先輩の魔法を、十文字先輩の目の前で使う? 

 

 正気の沙汰じゃない。

 

 それに、これは僕のような外野が軽々しく触れていい代物ではない。

 

 十文字家という一族が血のにじむような努力で積み上げ、守り抜いてきた技術であり、魔法社会の秘匿そのものだ。

 

 僕はここで初めて、自分の《万象術式目録/アカシック・ライブラリ》という能力の、社会的な危険性と罪深さを本気で理解し始めていた。

 

 帰還の準備が進む中、達也が足音もなく僕の横にやってきた。

 

「水瀬」

 

「……何かな、司波くん」

 

 僕は、極力自然な笑顔を作って振り返った。

 

「十文字先輩の魔法式を、見たな」

 

 心臓が、本当に一瞬だけ止まりかけた。

 

「……見えたと言えば、見えたね。あの巨大な防御は、嫌でも視界に入るから」

 

 僕の苦しい言い逃れを、達也は冷たく遮った。

 

「後で、話がある」

 

「……今じゃ駄目?」

 

「今は事後処理が先だ。学校に戻ってからにする」

 

「……逃げられると思う?」

 

「逃がすと思うか」

 

「思わないです」

 

 僕は完全に白旗を揚げた。

 

 夜の帳が下りる中、帰還の途につきながら、僕は一人で考えていた。

 

 ブランシュ本部は制圧された。

 

 壬生先輩を利用した薄汚い連中は、少なくともこの拠点の分は完全に潰れた。

 

 原作の大きなイベントの一つが、無事に終わったのだ。

 

 でも、僕自身の最大の問題は、まだ何も終わっていない。

 

 十文字克人の魔法式が、僕の中にある。

 

 構造だけじゃない。

 

 質ごと、完全に。

 

 それは、「便利なチート能力」などという軽い言葉で済ませていいものではなかった。

 

 そして、その異常性を、司波達也はもうほとんど確信している。

 

 学校に戻った後か。

 

 あるいは、翌日の放課後か。

 

 僕は間違いなく、誰もいない空き演習室で、お兄様から逃げ場のない質問を受けることになるだろう。

 

『水瀬。君は、どこまでコピーできる?』

 

 その核心を突く言葉を想像し、僕は春の夜風に身を震わせた。




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