魔法科世界の術式蒐集者   作:パラレル・ゲーマー

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第2話 友人枠を確保せよ

「ほら、さっさと歩く。まったく、入学初日から何考えてたらあんなにぼーっとできるのよ」

 

 腕を引かれるがまま、僕は施設見学に向かう女子生徒たちの列へと連行されていた。

 

 引っ張っているのは、勝気なショートヘアを揺らす同級生、千葉エリカだ。彼女の歩みは迷いがなく、その力強い足取りからは、すでにこの学校の空気に順応しきっているようなたくましさが感じられる。

 

「……ごめん。ちょっと考え事をしていて」

 

「考え事で男子列に行く? 普通、自分の制服の形くらい認識してるでしょ」

 

「魔法式のことを考えていると、わりとそういう些末な情報が脳から抜け落ちる傾向があって」

 

「些末って。自分の性別が些末だったら、世の中の大半の悩みは消滅するわよ」

 

 エリカは呆れたように大きなため息をつき、ようやく僕の腕を解放した。

 

 彼女の言う通りだ。ぐうの音も出ない。

 

 いけない。魔法式の実物──しかも一高レベルの洗練された術式──を連続で観測できた喜びに脳が焼かれすぎて、初日から奇行を晒してしまった。

 

 目立たない、ただの有象無象の二科生として平和に過ごし、こっそりと魔法式を蒐集していくという僕の完璧なライフプランが、入学後数時間にして半壊している。

 

 だが、エリカは僕を糾弾するわけでもなく、面白そうなものを見るような目を向けてきた。

 

「ていうか、水瀬ってずっと自分のこと『僕』って言うの?」

 

「……うん。小さい頃からそうだから。変かな」

 

「ふーん。まあ、変は変だけど、妙に似合ってるからいいんじゃない? なんというか、そういうボーイッシュなキャラクターだと思えば」

 

「それは、褒めてる?」

 

「半分くらいはね」

 

 からかうように笑うエリカの距離感の近さに、僕は内心で少しだけ驚いていた。

 

 原作で描写されていた通り、彼女は人懐っこく、そして面倒見が良い。二科生という立場に腐ることもなく、フラットに他者と接する強さを持っている。

 

 悪い人間ではない。というより、この血生臭い魔法科世界において、彼女のような明朗さは貴重なオアシスだ。しかも、彼女は原作の主人公パーティの中核を担う重要人物である。

 

 これは、仲良くしておくべき相手だ。僕の平和な学園生活と魔法式蒐集のためにも、彼女とのパイプは維持しておいて損はない。もちろん、そんな計算高い打算は、この淡白な表情の裏に固く隠しておくけれど。

 

 女子の列が連れ立って廊下を進む中、周囲にはまだ新しい環境に浮き足立つ生徒たちの熱気が満ちていた。

 

 その熱気の中で、ふと、少しだけ足取りが重そうな少女の姿が目に留まった。

 

 柴田美月だ。

 

 やや長めの髪を揺らし、度の入っていない特殊な眼鏡の奥で、彼女は少しだけ眉をひそめている。体調が悪いというよりは、何か見えない重圧に耐えているような、そんな繊細な疲労感が漂っていた。

 

 僕は、彼女が何に疲弊しているのか、おおよその見当がついた。

 

 この第一高校には、才能ある魔法師の卵たちが数百人も集まっている。彼らの存在に伴って視界に滲むプシオン、つまり霊子の放射光は、霊子放射光過敏症──いわゆる「水晶眼」を持つ彼女にとって、眩しすぎるネオン街を裸眼で歩くようなものなのだろう。

 

 魔法式そのものをコピーする僕の《万象術式目録》とはベクトルが違うが、彼女のその眼も、この世界では稀有な「レア能力」だ。

 

 僕は少し歩調を緩め、彼女の隣に並んだ。

 

「……大丈夫?」

 

「え?」

 

 突然声をかけられ、美月はビクッと肩を揺らしてこちらを向いた。

 

「あ、はい。大丈夫です。ただ、少し人が多くて……酔ってしまったみたいで」

 

「魔法師ばかりが集まってるからね。ここの空気は、少し『濃い』よ。疲れるのも無理はないと思う」

 

「……」

 

 僕の言葉に、美月は少しだけ目を見開いた。

 

 普通なら「人が多くて酸欠かな」くらいで流すところを、僕が「空気が濃い」という魔法師特有のニュアンスで表現したからだろう。彼女の表情から、わずかな緊張が解けるのがわかった。

 

「……分かるんですか?」

 

「なんとなくね。僕は鈍感な方だけど、それでも圧は感じるから。無理しないで、端の方を歩いた方がいいよ」

 

 僕がそう言って廊下の壁側を譲ると、美月はふわりと柔らかい笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます、水瀬さん。私、柴田美月です」

 

「水瀬悠。よろしく」

 

 よし。柴田美月とのファーストコンタクトも良好だ。

 

 彼女から魔法式をコピーできる機会は多くないかもしれないが、この感受性の高さは間違いなく味方につけておくべきだ。何より、純粋にいい子なので守りたくなる。

 

「ちょっと水瀬、意外と気が利くじゃない」

 

 横から、ひょっこりとエリカが顔を出した。ニヤニヤと笑っている。

 

「意外、は余計」

 

「あはは、ごめんごめん。でも、これで道に迷うポンコツじゃなきゃ完璧だったのにね」

 

「だから、あれは考え事をしていて……」

 

 そんな他愛のないやり取りをしているうちに、どうやらエリカ、美月、そして僕という、小さな女子のグループラインが自然と形成されていた。

 

 施設案内が一通り終わり、生徒たちが思い思いに解散し始める頃。

 

 同じクラスの二科生たちが、なんとなく固まって話し込み始めていた。その中心に近い場所に、エリカや美月の姿もある。

 

 僕もその輪の端に身を置いていると、エリカの隣で壁に寄りかかっていた大柄な男子生徒と目が合った。

 

 西城レオンハルト。通称、レオ。

 

 すでに高校生離れした筋肉の付き方をしている彼は、僕の顔をジッと見てから、口を開いた。

 

「水瀬悠、か。お前の名前、悠って、男でも女でもいけそうな名前だな」

 

「よく言われるよ」

 

「で、自分のこと『僕』って呼ぶのか」

 

「それも、今日だけで三回くらい言われた」

 

「ははっ、キャラ濃いな、お前」

 

「レオに言われたくない。その筋肉、どう見ても高校一年の入学式仕様じゃないでしょ」

 

「おう、鍛え方が違うからな!」

 

 レオは悪びれる様子もなく、むしろ自慢げに自分の二の腕を叩いた。

 

 僕は彼の肉体を眺めながら、内心で舌なめずりをした。

 

 西城レオンハルト。肉体派。戦闘スタイルは間違いなく近接格闘であり、それを支えるのは強固な身体強化系の魔法式だろう。

 

 つまり、彼は「強化系魔法の宝庫」であり、将来の有望な収穫源だ。彼が本気で体を動かすたびに、僕のライブラリに良質な強化術式がインデックスされることになる。

 

 ……いや、友人を収穫源扱いするのは、人間としてどうなのだろうか。倫理的に少し問題がある気がする。

 

 でも、魔法式的にはあまりにも美味しい。すまないレオ、君の人間性は尊重するが、君の未来の魔法式には多大な期待を寄せている。許してほしい。

 

 そんな不埒なことを考えていた、その時だ。

 

「──楽しそうだな」

 

 落ち着いた、どこか冷ややかさすら感じる低音の響きが、僕たちのグループの背後から掛けられた。

 

 振り返らなくてもわかる。この独特の、静かだが絶対的な存在感。

 

 僕の心臓が、跳ね上がった。

 

 振り返った先には、司波達也と、その半歩後ろに付き従う司波深雪の姿があった。

 

 原作の通り、彼らが二科生のグループに自然と混ざってくるタイミングだ。

 

 まずい。まずいまずいまずい。

 

 エリカ、美月、レオ。そこへ司波兄妹。

 

 これは、もしかしなくても、いや完全に、原作の「主人公パーティ」そのものではないか。

 

 え、ここに僕が混ざっていいの? ただの魔法式コレクターのモブAが、この特等席にいていいの? 

 

 いや、危険だ。彼らと深く関われば、間違いなくこの先の血みどろの事件に巻き込まれる。僕の「死なない」という最優先目標に対するリスクが高すぎる。

 

 でも、美味しい。彼らがこれから使うであろう魔法式は、間違いなくこの世界における最高峰のレアリティを誇る。

 

 危険だけど、美味しい。これはもう、致死毒を持つ極上のフグを前にしているような心境だ。

 

 内心では大パニックを起こし、脳内で警報が鳴り響いていたが、僕は長年のオタク生活で培った「推しを前にした時の虚無顔」を完璧に構築し、表面上は微動だにしなかった。

 

「水瀬、どうしたの? 急に顔が真剣だけど」

 

 エリカが不思議そうに僕の顔を覗き込む。

 

「……人生の分岐点を感じているだけ」

 

「重いな。入学初日から何悟ってんのよ」

 

 エリカが軽く笑い飛ばし、そのまま達也たちの方へと向き直る。

 

「そういえば、水瀬は達也くんと同じクラスなんだよね?」

 

「うん。席もわりと近い」

 

「じゃあ知ってるか。こっち、司波達也くん。で、こっちが妹さんの深雪さん。一科生の首席ね」

 

「水瀬悠。よろしく、司波くん、司波さん」

 

 僕は、絶対に口が裂けても「お兄様」とは呼ばないよう、細心の注意を払って挨拶をした。

 

 生お兄様との、正式な会話イベント発生。セーブポイントはどこですか。今すぐセーブさせてください。

 

「司波達也だ。よろしく」

 

 達也は、感情の読めない凪いだ瞳で僕を見て、短く頷いた。

 

 そして、その隣。

 

「司波深雪です。兄が同じクラスということで、よろしくお願いいたしますね、水瀬さん」

 

 深雪が、完璧な淑女の笑みを浮かべて会釈をする。

 

 近い。美貌の解像度が高すぎる。この距離で見ると、本当に同じ人類か疑いたくなるほどの造形美だ。

 

 だが、僕は気づいていた。彼女のその完璧な笑みの奥に、ほんのわずかな、氷のような冷たさが混じっていることに。

 

 当然である。愛する兄の周囲に、初日からエリカたちとつるみ、自分のことを「僕」と呼ぶ得体の知れない女子生徒がいるのだ。深雪にとって、僕は「警戒対象」のリストの一番下にペンで書き加えられた状態だろう。

 

 ここで、僕は勝負に出ることにした。

 

 このパーティにおける僕の立ち位置を確定させるための、最初の一手。

 

「司波くん」

 

「なんだ?」

 

「さっきの教室での実技確認の魔法、すごく良かった」

 

 僕が唐突にそう切り出すと、達也だけでなく、エリカやレオたちも不思議そうな顔をした。

 

「良かったって……達也のあれか? いや、あれ普通に地味な……ただの移動系だろ?」

 

 レオが首を傾げる。

 

 彼らの目には、達也が見せた魔法は「威力も低く、速度も平凡な、二科生相応の魔法」と映っていたはずだ。一科生のような華麗さはない。

 

「派手さはないよ。でも、そこがいいんじゃないか」

 

 僕は、自分の中の「魔法オタク」の部分を少しだけ表に出して語り始めた。

 

「起動式を展開してから、事象改変に至るまでのプロセスに、無駄が一つもなかった。出力が低いから地味に見えるけど、変数の処理やサイオンのフローが極めて安定的で、最適化され尽くしている。ああいう、構造そのものが美しい魔法式を、僕は高く評価するよ」

 

 僕の言葉に、場が少しだけ静まった。

 

 レオは「……あれ、褒めてんのか?」と目を白黒させ、エリカは「たぶん褒めてる。水瀬語だけど」と苦笑している。

 

 だが、達也の反応は違った。

 

 彼の静かな瞳の奥で、ほんのわずかに、光が瞬いたように見えた。

 

「……よく見ているんだな」

 

 達也の声のトーンが、先ほどよりもほんの少しだけ深くなった。

 

「魔法を見るのは、好きだから」

 

「見るのが?」

 

「うん。魔法式には、使い手の癖や思想が出る。高出力で派手な魔法もいいけど、低出力で地味な魔法の中にも、使い手の技術の結晶が隠れていることがある。だから、見る価値はあるんだ」

 

 僕が淡々とそう語ると、達也は軽く息を吐き、口角をわずかに上げた。

 

「……変わっているな」

 

 お兄様から、変人認定を頂きました。

 

 光栄です。いや、喜んでいいのか分からないが、少なくとも「ただの無能な有象無象」からは一歩抜け出せたはずだ。

 

 だが、ここで忘れてはいけない。達也を褒めれば褒めるほど、隣にいる深雪の「兄に近づく謎の女」に対する警戒心が跳ね上がるのだ。

 

 僕はすかさず、深雪の方へと視線を向けた。

 

「もちろん、司波さんの魔法の制御力も、桁違いにすごいと思っているよ」

 

「え……私、ですか?」

 

 急に話題を振られ、深雪が少しだけ目を見開く。

 

「僕はまだ司波さんの魔法を直接見ていないけど、その立ち姿と、周囲に漏れるサイオンの揺らぎの少なさだけでわかる。たぶん、全く無駄のない、凍りつくほど綺麗な魔法式を使う人だ」

 

「……買い被りですわ」

 

「ううん、事実だと思う。だから……」

 

 僕はそこで一度言葉を切り、エリカたちも含めた全員に聞こえるように、はっきりと告げた。

 

「司波くんの隣は、司波さんのための『神聖領域』だと思っている。だから、僕はそこに踏み込むつもりはないよ」

 

「……え?」

 

 深雪が、完璧な仮面を少しだけ崩して、素で困惑した声を漏らした。

 

「僕は、司波くんの技術や判断を勉強させてもらいたいだけなんだ。だから、希望するのはあくまで友人枠。……できれば、少し離れたところから見学させてもらう『観測者枠』で十分だから」

 

 僕の真顔での宣言に、エリカが吹き出した。

 

「ちょっと水瀬、観測者枠って何よ!」

 

「言葉通りの意味だけど。安全な距離から、魔法を見せてもらう枠」

 

「ますます意味がわからないわよ。あんた、ほんと面白いね」

 

 エリカが僕の肩をバシバシと叩いて笑う。レオも「なんだそりゃ」と呆れ笑いを浮かべていた。

 

 達也は、面白そうなものを見るような目で僕を観察している。

 

 そして深雪は──完全に警戒を解いたわけではないだろうが、少なくとも僕を「恋愛的な意味での敵」ではないと判断してくれたようだ。どこか毒気を抜かれたような、複雑な表情をしていた。

 

 これでいい。

 

 僕は達也の魔法を「技術的に」高く評価する変人であり、深雪のブラコン領域を侵すつもりのない無害な存在。

 

 このポジションさえ確保できれば、僕は安全な場所から彼らの魔法式を採取し放題になる。

 

 そんなふうに内心でガッツポーズを決めていた時だった。

 

「──どいてくれないか。ウィード」

 

 冷ややかな、そして明確な見下しの感情が込められた声が、廊下に響いた。

 

 声の主は、胸に八枚花のエンブレム──一科生の証──をつけた、上級生らしき男子生徒だった。取り巻きを数人引き連れて、僕たちのグループを露骨に邪魔者扱いして睨みつけている。

 

 空気が、一瞬にして冷え込んだ。

 

 来た。原作序盤の通過儀礼とも言える、一科生と二科生の軋轢。

 

 物語のスパイスとしては知っていたが、実際にその悪意を向けられると、想像以上に気分が悪い。

 

 彼らの目には、二科生である僕たちは、同じ学校の生徒ではなく、ただの「劣等生」というゴミにしか見えていないのだ。

 

「ああん? 通路は広ぇだろうが。わざわざ突っかかってきやがって」

 

 真っ先に反応したのはレオだった。彼の太い腕の筋肉が、怒りでわずかに強張るのがわかる。

 

 エリカもまた、笑みを消し、射抜くような鋭い視線を一科生たちに向けていた。

 

 一触即発。一科生の一人が、イライラした様子で腰のCAD、つまり演算デバイスに手を伸ばしかけた。

 

「レオ、エリカ。やめておけ」

 

 その場を制したのは、達也だった。

 

 彼の声は、怒りも焦りもなく、ただひたすらに平坦で冷静だった。

 

「初日から校内で騒ぎを起こすのは得策じゃない。通路なら譲ればいいだけのことだ」

 

 達也のその言葉は、決して相手に屈したわけではなく、ただ「ここで争うことにメリットがない」という極めて合理的な判断に基づいていた。

 

 レオは舌打ちをし、エリカも不満げだったが、達也の静かな迫力に押され、それ以上前に出ることはなかった。

 

 一科生たちは「ふん、身の程を弁えているじゃないか」とでも言いたげな鼻で笑うような態度を取り、僕たちの横を通り過ぎていった。

 

 僕は、その一部始終を静かに見つめていた。

 

 そして、彼らが去った後、ポツリと口を開いた。

 

「……今の司波くんの判断が、一番安全で正しかったと思う」

 

「そうか?」

 

 レオがまだ納得いかないという顔で僕を見る。

 

「うん。校内で私闘を起こしても、退学や停学のリスクを背負うだけで、誰も得をしない。相手の安い挑発に乗るより、無駄なリソースを割かずに流した方が、はるかに合理的だ」

 

 僕がそう言うと、レオは頭を掻いた。

 

「まあ、頭じゃわかってるけどよ。言われっぱなしってのも腹が立つだろ」

 

「気持ちはわかるよ。でも、どうせ殴るなら、自分が絶対に勝てる場所と、勝てるタイミングを冷静に選んだ方がいい」

 

「……水瀬、お前わりと物騒なこと言うな」

 

「合理的と言ってほしい」

 

 僕の言葉に、達也が少しだけ反応を示した。

 

 彼はただ盲目的に褒めてくる人間には興味を持たない。彼の行動原理である「合理性」を理解し、肯定する人間に対しては、一定の評価を下すはずだ。

 

 ……とはいえ。

 

 僕は内心で、ほんの少しだけ血の涙を流していた。

 

 一科生がCADに手をかけた瞬間、僕は彼らがどんな魔法式を展開するのか、ライブラリの受け入れ態勢を万全にして待機していたのだ。

 

 しかし、彼らは結局魔法を発動しなかった。

 

 つまり、登録できなかった。

 

 いや、危険な校内トラブルが未然に防がれたのは、本当に良いことだ。平和が一番。それは間違いない。間違いないのだが。

 

 ほんの少しだけ。ほんの少しだけ、惜しいと思ってしまった僕のこの浅ましいコレクター気質を、誰か許してほしい。

 

「水瀬は」

 

 不意に、達也が僕に問いかけてきた。

 

「競技での勝敗や成績よりも、魔法式そのものに興味があるのか?」

 

 彼の鋭い眼光が、僕の内側を見透かそうとするかのように向けられる。

 

 僕は一瞬、心臓が跳ね上がるのを感じた。

 

 トーラス・シルバー本人から、魔法工学的な話題を振られた。これは実質、神からの直接の啓示ではないだろうか。今すぐ土下座して教えを乞いたい。

 

 しかし、僕はなんとかテンションの爆発を抑え込み、淡々と答えた。

 

「かなりあるね。学校の成績も大事だけど、魔法の構造式はもっと大事だと思ってる。同じ結果を出す低級魔法でも、構築する人間によってアプローチが違う。そういうシステムの違いを見るのが、純粋に面白いんだ」

 

「……魔法工学に興味があるのか?」

 

「興味はある。専門的に詳しいとは言えないけど、術式の最適化とか、デバイスの調整とか、そういう裏側の技術には惹かれるものがあるよ」

 

 僕の答えに、達也は「そうか」とだけ短く返し、視線を外した。

 

 だが、彼の中で僕が単なる「奇行の目立つ二科生」から「観察対象」へと明確にシフトしたことは、そのわずかな沈黙から感じ取れた。

 

「司波くんの判断の速さや、魔法の制御力は、かなり僕の勉強になると思う」

 

 僕は、この流れに乗って最終的な確認を取ることにした。

 

「迷惑でなければ、これからも近くで見ていてもいいかな?」

 

「俺は構わない。好きにすればいい」

 

「ありがとう。では、改めて友人枠ということで」

 

「……観測者枠ではなく、そうなるのか?」

 

「一方的な観測者だと、ただのストーカーみたいで社会的に不自然だからね。偽装は大事だよ」

 

 僕が真顔で言うと、周囲がまた固まった。

 

「あははっ! 水瀬、ほんと面白い!」

 

「本人は至って真面目なんだけどな……」

 

「真面目に変なこと言ってるから面白いんじゃん」

 

 エリカが腹を抱えて笑い、レオが呆れ返る。

 

 深雪は、兄が僕を受け入れたことで、表面上はにこやかに微笑んでいた。

 

「兄にご迷惑をおかけしないよう、よろしくお願いいたしますね、水瀬さん」

 

「もちろん。さっきも言った通り、司波さんの神聖領域を侵すつもりは毛頭ないから安心して」

 

「……神聖領域」

 

「司波くんの隣半径一メートルのこと」

 

「……っ」

 

 深雪がわずかに頬を染めて言葉を詰まらせる。達也は何も言わず、ただ静かに溜め息をついた。

 

 こうして、放課後の帰り道。

 

 達也、深雪、エリカ、レオ、美月、そして僕という、図らずも原作主人公パーティの中に、僕はごく自然に混ざり込んで歩いていた。

 

 危険度は極めて高い。だが、これから彼らが繰り広げるであろう魔法戦を間近で見られる期待値は、そのリスクを補って余りある。人生はハイリスク・ハイリターンだ。

 

 駅に向かう道すがら、レオが落ちていた空き缶を蹴り上げる際、ごく無意識に、足に微弱な身体強化の魔法を乗せた。

 

 エリカが段差を降りる時、ふわりと重心制御の補助魔法を使った。

 

 僕の精神領域で、小気味良い通知音が連続して鳴り響く。

 

《新規魔法式を観測しました》

 

《身体機能補助系・低出力強化魔法を登録》

 

《重心制御補助魔法を登録》

 

《サイオン保有量が微増しました》

 

《演算速度が向上しました》

 

 僕は、外を歩く涼しい顔の裏側で、一人ガッツポーズを決めていた。

 

 友人関係、すごい。一緒に歩いているだけで、レアな魔法式がポロポロとドロップする。

 

 やはり友達は大事だ。主に僕のステータスアップと、収集効率の意味で。

 

「水瀬さん、なんだかまた少し嬉しそうですね」

 

 隣を歩く美月が、僕の顔を覗き込んでクスリと笑った。

 

「……気のせいだと思うよ」

 

「そうでしょうか……?」

 

 彼女の鋭敏な感受性を誤魔化しつつ、僕は今日の収穫を脳内で反芻し、至福の喜びに浸っていた。

 

 ◆

 

 司波達也 視点

 

 帰り道、俺は少し後ろを歩く水瀬悠という少女の背中を、横目で観察していた。

 

 奇妙な生徒だ。

 

 俺や深雪に対する敵意はない。深雪への悪意や嫉妬も、微塵も感じられない。

 

 だが、魔法式に対する執着心が、常人のそれとは明らかに一線を画している。

 

 実技確認の際、彼女が見せた複合魔法は、威力こそ皆無に等しかったが、複数の事象改変を一つの術式内で完璧に統合し、無駄なく処理していた。あれは、ただの「生活魔法の延長」で片付けられるレベルの制御ではない。

 

 本人は目立たないように隠しているつもりだろうが、他者の魔法を分析する観察眼も異常に高い。俺の魔法の本質的な構造を見抜いたのは、偶然ではないだろう。

 

 水瀬悠。

 

 敵ではない。だが、決して普通の二科生でもない。

 

 彼女が何を目的としているのか、あの妙な「観測」への執着が何に由来するのか。

 

 ……しばらく、観察しておくか。

 

 ◆

 

 その頃の僕は、自分が生お兄様の直々の「観察対象リスト」にぶち込まれたことなど知る由もなく、脳内にインデックスされた真新しい魔法式一覧を眺めながら、幸せの絶頂に浸っていた。

 

 友人枠、確保。

 

 魔法式収穫効率、大幅上昇。

 

 一高生活、今のところ完璧なまでに順調である。

 

 なお、順調だと思っているのは、この世界で僕ただ一人だけだった。




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