魔法科世界の術式蒐集者   作:パラレル・ゲーマー

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第9話 公開討論会と、台本の匂い

 昨日の放送室占拠という強硬手段を経て、第一高校の空気はこれまでにないほど張り詰めていた。

 

 朝一番、校内の情報端末に一斉に配信された公式通知が、その緊張感にさらなる拍車をかけている。

 

『生徒会主催・公開討論会の開催について』

 

 内容は至ってシンプルだ。

 

 有志同盟代表者と生徒会役員による、一科生と二科生の待遇差に関する公開討論。

 

 希望する生徒は誰でも観覧可能。

 

 そして、騒動防止のために風紀委員および部活連が会場の警備にあたるというものだった。

 

 有志同盟による非合法な占拠を一方的に処罰するのではなく、彼らが要求した『議論の場』を、学校側──というより七草真由美生徒会長が、正面から受けて立つという宣言である。

 

 教室でも、廊下でも、生徒たちの話題はこの公開討論会一色で持ちきりになっていた。

 

「なんで占拠犯の主張をわざわざ聞いてやるんだ? 即刻停学か退学でいいだろ」

 

「生徒会長は甘すぎる。ウィードに譲歩する必要なんてないのに」

 

「でも、公開の場で完全に論破してやれば、彼らも二度とデカい顔はできないはずだ」

 

 一科生たちの間では、不満と、生徒会に対する奇妙な期待が入り混じっていた。

 

 対する二科生たちも、複雑な思いを抱えている。

 

「本当に、ちゃんと話を聞いてもらえるのかな」

 

「壬生先輩たち、すごいな。あそこまでやるなんて」

 

「でも、討論が終わったら結局処分されるんじゃないのか?」

 

 僕は自分の席で、その喧騒を肌で感じながら内心で深くため息をついた。

 

 放送室占拠自体は、風紀委員と生徒会の迅速な対応によって、あっさりと失敗に終わった。

 

 だが、こうして公開討論会という公式な大舞台を引き出した時点で、有志同盟は目的の一部を見事に達成している。

 

 いや、有志同盟というより、その裏で糸を引いている『ブランシュ』にとって、ここからが本番なのだ。

 

 彼らの真の目的は生徒間の議論の成熟などではなく、対立を煽り、学校という組織を内側から崩壊させることなのだから。

 

「ねえ、水瀬」

 

 ホームルーム前、エリカが僕の机の前にやってきて、腕を組んだ。

 

「今日の公開討論会、見に行くでしょ?」

 

 僕は即答しかけて、口を噤んだ。

 

 見たい。

 

 いや、今回は魔法式が見たいわけではない。

 

 七草真由美と有志同盟がぶつけ合う『言葉の流れ』を見たいのだ。

 

 でも、あんな人混みと緊張の渦に飛び込めば、またお兄様に怪しまれる。

 

 いや、前回の放送室占拠時のリアクションで、もう十二分に怪しまれている。

 

 なら今さら自重しても無駄か? 

 

「……行くよ。壬生先輩のあの痛切な声を聞いてしまった以上、事の顛末を見届ける義務がある気がするから」

 

「珍しく真面目な理由ね。いつもなら『生徒会役員の激レアな魔法式がドロップするかもしれないから』とか言い出しそうなのに」

 

「僕の人間性をなんだと思っているんだ」

 

 エリカの的確すぎるツッコミを躱していると、横からレオが身を乗り出してきた。

 

「俺も行くぜ。有志同盟のやり方が正しいとは思えねえけど、言ってること自体は分からなくもねえからな。生徒会がどう答えるのか、聞いておきたい」

 

「私も……壬生先輩が心配です。あんな風に全校生徒の前で矢面に立ってしまって……」

 

 美月も、不安そうに両手を胸の前で組んだ。

 

 これで、達也と深雪を含めたお馴染みのパーティーによる、公開討論会の同行が自然に成立した。

 

 そこへ、達也が鞄を置いてこちらを向いた。

 

「水瀬。君も観覧するのか」

 

「うん。今回は魔法式じゃなくて、言葉の構造を見に行くつもりだよ」

 

「……また妙なことを言う」

 

 達也がわずかに眉を動かす。

 

 僕は彼の視線から逃げずに答えた。

 

「昨日の声明文、内容の是非はともかく、構成が整いすぎていたからね。今日の討論会で、あの言葉のどこからどこまでが『本人たちの本音』で、どこからが『用意されたもの』なのか、生で見ておきたいんだ」

 

 僕の言葉に、達也の目が細く鋭くなった。

 

「君は、やはり外部の関与を疑っているのか」

 

「一般論だよ。ただの高校生が抱える鬱屈とした怒りにしては、言葉の加工精度が高すぎる。何者かの意図的な編集が加わっている匂いがする」

 

「……魔法式だけでなく、文章にも加工精度を見るのか」

 

「構造を俯瞰して見るのは得意だからね。観測者としては、当然のスキルだよ」

 

 達也はそれ以上何も言わなかったが、僕に対する疑惑のパラメータがまた一段階引き上げられたのは間違いなかった。

 

 ◆

 

 放課後。

 

 公開討論会の会場となった講堂は、熱気と異様な緊張感に包まれていた。

 

 僕たちは、エリカやレオたちと共に、観覧席の中段あたりに陣取った。

 

 達也と深雪も少し離れた位置で立っている。

 

 会場の四隅や通路には、腕章をつけた風紀委員と部活連のメンバーが等間隔で配置され、鋭い視線を巡らせていた。

 

 その中でも、壇上の袖で腕を組んで立つ十文字克人の存在感は、群を抜いていた。

 

 僕は内心で、十文字先輩の姿を拝み倒していた。

 

 十文字克人がそこにいる。

 

 たったそれだけの事実で、この講堂の治安維持レベルが『要塞』にクラスチェンジしている。

 

 あの人は、立っているだけで『物理的な抑止力』という概念が成立する稀有な存在だ。

 

 もしこの場で暴動が起きても、あの分厚い胸板と「ファランクス」で全てを押し留めてくれるだろう。

 

 安心感が凄まじい。

 

 壇上には、長机を挟んで生徒会側と有志同盟側が向かい合って座っていた。

 

 生徒会側には、七草真由美会長を中心に、中条あずさ先輩などが控えている。

 

 渡辺摩利先輩は警備の指揮を執っているのか、壇下で目を光らせていた。

 

 そして対する有志同盟側には、数人の男子生徒と共に、壬生紗耶香先輩の姿があった。

 

 彼女の表情は硬く、しかし決意に満ちている。

 

 定刻となり、司会を務める生徒会役員のアナウンスで討論会が開始された。

 

 まずマイクを握ったのは、真由美だった。

 

「本日は、このような場を設けることになった経緯について、皆様もご存知かと思います。昨日の放送室占拠という手段は、校則に反する明確な違反行為であり、決して認められるものではありません」

 

 彼女の凛とした声が講堂に響き渡る。

 

 まずは、相手の非合法な手段をきっちりと非難する。

 

 当然だ。

 

 ここで甘い顔を見せれば、生徒会としての威厳が保てない。

 

「……けれど、皆さんがリスクを冒してまで訴えたかった『問題』そのものを、存在しないものとして黙殺するつもりも、私たちにはありません。本日は、時間の許す限り、皆さんの主張をお聞きします」

 

 僕の背筋が、ゾクッとした。

 

 強い。

 

 七草真由美、やはり根っからの政治の人間だ。

 

 相手の『手段』を明確に否定しながらも、その背後にある『主張』を完全には否定せず、受け止める姿勢を示す。

 

 これで有志同盟側は、単純な「学校側に弾圧される被害者」という顔をしづらくなる。

 

 議論の主導権を、開始早々に見事に手繰り寄せている。

 

 続いて、有志同盟側が発言を始めた。

 

 代表らしき男子生徒がマイクを握り、一科生と二科生の待遇差について熱弁を振るう。

 

 教師の指導機会の不平等、予算配分や部活評価における露骨な差、そして何より、日常的に蔓延している「ウィード」という蔑称による人格の否定。

 

 二科生の尊厳を回復し、完全な平等を求めるという主張が、講堂内に響く。

 

 そして、マイクが壬生先輩に回ってきた。

 

「私は……剣道部で、一科生も二科生も関係なく、汗を流してきました。ですが、私たちがどれだけ努力しても、二科生が多数を占めるというだけで、実戦的ではないと笑われ、見下される空気がこの学校にはあります。私は、その空気を変えたいんです!」

 

 壬生先輩の言葉には、用意された原稿を読むのとは違う、生々しい感情の震えがこもっていた。

 

 僕は、観覧席から彼女の立ち姿を真っ直ぐに見つめた。

 

 これは、壬生先輩の本音だ。

 

 剣道部を愛し、後輩たちを思い、理不尽な差別に苦しんできた彼女の、嘘偽りのない叫び。

 

 だが、僕は同時にその『言葉の構造』に強烈な違和感を感じていた。

 

 彼女の純粋な本音を包み込んでいる外側の文章。

 

「完全な平等の実現」や「学校側の構造的弾圧」といったスローガンめいた単語が、やはり整いすぎている。

 

 高校生の実感から乖離した、大人が作った『台本』の匂いがプンプンするのだ。

 

 有志同盟側の主張が一通り終わった後、真由美が再びマイクを取った。

 

 彼女は、有志同盟の主張を頭ごなしに否定しなかった。

 

 ただし、見事な手腕で『論点』をすり替えた。

 

「皆さんが感じている不満は理解できます。特に『ウィード』という蔑称による人格の否定や見下しは、生徒会としても看過できるものではなく、早急に是正すべき深刻な問題です」

 

 真由美は一度言葉を切り、会場全体を見渡した。

 

「しかし、一科生と二科生という区分そのものは、限られた教育資源を効率的に運用し、生徒それぞれの魔法技能差に応じた指導を行うための、現実的で不可欠な制度です。この制度を即座に撤廃し、感情的に『完全な平等』を求めても、教育現場は混乱し、回らなくなります」

 

「問題の本質は、制度そのものにあるのではありません。制度による役割の違いに、勝手に『人格的優劣』を重ね合わせる、私たち生徒一人ひとりの『差別意識』にこそあるのです。制度を壊すのではなく、まず私たちの意識を変えることから始めるべきではないでしょうか」

 

 講堂が、静まり返った。

 

 僕の隣で、レオが小さく感嘆の声を漏らす。

 

「……会長、すげえな。反論できねえ」

 

「あの完璧なお嬢様スマイルで、相手の主張の矛盾を真正面から刺しにいったわね」

 

 エリカも腕を組みながら、感心したように頷く。

 

 僕は内心で、真由美の政治力に拍手を送っていた。

 

 見事だ。

 

 上手すぎる。

 

 有志同盟の「制度批判」を全面的に受けるのではなく、「差別意識という倫理・モラルの問題」に巧みに切り替えたのだ。

 

 有志同盟の『怒り』そのものは否定せず、彼らが求める過激な『制度崩壊への暴走』だけを論理的に無効化している。

 

 美月が、不安そうに口元に手を当てた。

 

「でも、壬生先輩は……」

 

 僕の視線の先で、壬生先輩はマイクを握りしめたまま、明確に動揺していた。

 

 真由美の言葉は、彼女の純粋な怒りを否定しなかった。

 

 だからこそ、壬生先輩は論理的な反論を組み立てられず、言葉に詰まっている。

 

 僕は、彼女の身体を覆うプシオンが激しく明滅し、心の軸が揺らいでいるのをはっきりと観測していた。

 

 届いている。

 

 少なくとも、壬生先輩自身には真由美の言葉が届いている。

 

 ここで僕が「そうだ、会長の言う通りだ!」などと野次を飛ばして加勢する必要は全くない。

 

 真由美会長が、必要な言葉をすでに完璧な形で突きつけているのだ。

 

 観測者は黙る。

 

 それが今日の僕の正しい役割だ。

 

「水瀬、あんた何か言いたそうな顔してるけど」

 

 エリカが小声で突っ込んでくる。

 

「今日は黙る日なんだよ。言葉の構造の美しさを味わう日だから」

 

「珍しいわね、あんたが口を出さないなんて」

 

 討論会は、事実上生徒会側の優勢でまとまろうとしていた。

 

 真由美の主張に、多くの生徒が賛同の拍手を送る。

 

 一科生も二科生も、この根深い問題に完全に納得したわけではないだろうが、少なくとも「有志同盟だけが絶対的な正義である」という危険な空気は、この場で確実に霧散した。

 

 真由美会長は、暴動へと繋がりかねなかった怒りの温度を、見事に下げてみせたのだ。

 

 だが。

 

 僕の胸の奥で、不吉な警鐘が鳴り止まなかった。

 

 討論としては、生徒会の完全勝利だ。

 

 だが、この結末は、裏で糸を引く『ブランシュ』にとっては全く面白くないはずだ。

 

 彼らがこのまま、おとなしく引き下がるわけがない。

 

 拍手が鳴り響く中、少し離れた場所に立っていた達也が、僕の傍まで歩み寄ってきて、周囲に聞こえない小声で尋ねてきた。

 

「水瀬。君は、この後どうなると思う」

 

 心臓が、ドクンと跳ねた。

 

 何その質問。

 

 お兄様、完全に僕のことを未来予測装置か何か扱いし始めてないか? 

 

 僕は極めて慎重に言葉を選んだ。

 

「……有志同盟の目的が、本当に自分たちの窮状を訴え、学校と議論することだけなら、ここで一度事態は収まると思うよ。生徒会は誠意を見せたんだから」

 

「違う場合は?」

 

「……討論という民主的な手段で負けた側は、別の暴力的な手段で『場』そのものを壊しにくる。歴史の必然だよ」

 

「具体的には」

 

「騒ぎを起こす。もし彼らの裏に外部の悪意ある手が介入しているなら、平和裏に議論がまとまりかけている『今』は、それをぶち壊すための絶好のタイミングだ」

 

 僕がそこまで言うと、達也は氷のように冷たい目で僕を見た。

 

「……君はやはり、何か知っているな」

 

「嫌なパターンの歴史を知っているだけだよ。ただの観測者としての勘さ」

 

 これ以上は言えない。

 

 だが、彼に最大限の警戒を促すことには成功したはずだ。

 

 その直後だった。

 

 講堂の空気が、急激に異質なものへと変容した。

 

 僕の鋭敏な知覚が、校内に張り巡らされた警備システムの端末から、微細なノイズが発せられているのを捉えた。

 

 続いて、講堂の外側で悲鳴が上がる。

 

 扉の向こう、廊下の奥から、風紀委員の制止する声と、何かが床に倒れる鈍い音が響いた。

 

 校内の複数箇所で、同時に異常が発生している。

 

 講堂にいた生徒たちは、まだ何が起きているのか理解できず、ざわめきだけが急速に膨れ上がっていった。

 

 校内ネットワークの一部に、異常な負荷がかかっている。

 

 通信が遮断されようとしている。

 

 壇下で警備の指揮を執っていた摩利の表情が、一瞬にして険しいものに変わった。

 

 そして、壇上の袖にいた十文字克人が、静かに、だが山が動くような重圧を伴って立ち上がった。

 

 来る。

 

 原作知識があろうとなかろうと、僕の本能が危険を告げていた。

 

 達也と僕の視線が、一瞬だけ鋭く交差した。

 

「司波くん」

 

「分かっている」

 

 達也はそれだけ言い残し、風紀委員としての行動を開始するために人混みの中へと滑り込んでいった。

 

 深雪も、兄の意図を察して素早く避難誘導のための動きを見せる。

 

 第一波が、ついに始まったのだ。

 

 やがて、講堂の扉の一つが乱暴に開かれた。

 

 警備に当たっていた生徒が後退してくる。

 

 その背後に見えたのは、校内の生徒ではない、明らかに外部から侵入した者たちの影だった。

 

 ブランシュ。

 

 ついに、来た。

 

 さらに、その背後には、彼らに利用された一部の生徒たちの姿もある。

 

 本物の戦闘員たちと、騒ぎの本質を理解しきれないまま巻き込まれた生徒たち。

 

 その混在した集団が、講堂周辺にまで混乱を広げ始めていた。

 

「きゃあああっ!」

 

「なんだ!? テロリストか!?」

 

「逃げろ! 外に出ろ!」

 

 平和な討論会は一瞬にしてパニックの坩堝と化した。

 

 風紀委員と部活連の生徒たちが即座に対応に走り、十文字克人が壁となって侵入者を押し留める。

 

 僕の精神領域のライブラリが、無数の敵性魔法式に反応して猛烈な通知を鳴らし始めた。

 

 反魔法組織の実戦的な術式。

 

 生徒会役員たちの洗練された対処魔法。

 

 十文字先輩の圧倒的な防御陣。

 

 見たい。

 

 観測したい。

 

 この特等席で、すべての魔法式の構造を網膜に焼き付けたい。

 

 だが、僕はその強烈なコレクターとしての欲望を、理性の力で力ずくで押さえ込んだ。

 

 今は、それどころじゃない。

 

 人が多すぎる。

 

 混乱の中で逃げ惑う生徒たちが押し合いへし合いになり、将棋倒しの危険すらある。

 

 何より、僕のすぐ隣には、恐怖で身を竦ませている美月がいるのだ。

 

『魔法式収集欲』と『友人を守る意識』が僕の中で激突し──後者が圧倒した。

 

 僕は、目立たないようにCADを握りしめ、サイオンを流し込んだ。

 

 戦闘に参加するつもりはない。

 

 だが、友人を守るための最小限の『場』のコントロールは行う。

 

 僕が展開したのは、これまでに収集し、統合を重ねてきた複合魔法。

 

『表面制御』

 

『摩擦係数調整』

 

『重心制御』

 

 そして『接触面認識』。

 

「美月、僕から離れないで!」

 

「は、はいっ!」

 

 僕の魔法が、密かに、しかし広範囲に発動する。

 

 パニックに陥った生徒に押されて美月が転びそうになった瞬間、彼女の足元の床の摩擦係数を局所的に最大化し、靴底を床に吸い付かせて転倒を防ぐ。

 

 レオが前方の侵入者に向かって踏み込もうとした瞬間、彼の導線上に倒れ込んでいたパイプ椅子を、摩擦をゼロにして一瞬で滑らせ、進路をクリアにする。

 

 エリカが身軽に動けるよう、周囲の障害物の重心を操作して絶妙なバランスで立たせ、避難経路を確保する。

 

 そして、逃げ遅れた一般生徒たちがパニックで衝突しないよう、床の微細な傾斜を操作して、安全な出口方向へと自然に足が向くように誘導する。

 

 出力は極小。

 

 誰の目にも、ただの『偶然の連続』にしか見えないはずだ。

 

 だが。

 

 喧騒と混乱の最中、前線で侵入者を無力化していた達也が、一瞬だけ振り返り、僕の行っている極めて精緻な『場のコントロール』を視透かした。

 

 彼と目が合う。

 

 また、見た魔法式の応用をやっている。

 

 隠すと決めたばかりなのに、思い切り魔法を展開している。

 

 だが、今回の達也の瞳には、これまでのような冷酷な疑念や追及の色はなかった。

 

『隠すことより、守ることを優先したか』

 

 彼の目が、そう言っているように見えた。

 

 達也はすぐに前線へと向き直り、再び冷徹な処理マシーンへと戻っていった。

 

 僕の行動原理が『悪意』によるものではないと、彼なりに評価してくれたのだろうか。

 

 ブランシュの第一波の奇襲は、十文字克人の圧倒的な防御と、風紀委員たちの奮闘、そして達也の規格外の制圧力によって、数分のうちに鎮圧されつつあった。

 

 だが、本当の危機は別の場所で進行していた。

 

 乱闘の騒ぎが収まりかけた頃、達也の通信端末に情報が入ったのだろう。

 

 彼の表情が、わずかに険しさを増したのが遠目にも分かった。

 

「……図書館だ」

 

 達也が、深雪やエリカたちに向かって短く告げる声が、僕の耳にも届いた。

 

 図書館。

 

 その単語を聞いた瞬間、僕の全身の血が凍りついた。

 

 来た。

 

 次は図書館の特別閲覧室だ。

 

 学校の機密文献へのハッキング。

 

 そして、そこには間違いなく、テロリストに利用され、後戻りできない一線を越えようとしている壬生紗耶香がいる。

 

 達也が、迷いなく図書館へ向かって駆け出す。

 

 深雪やレオ、エリカもそれに続く。

 

 僕は、その場に立ち尽くし、激しく葛藤していた。

 

 僕はただの観測者でいるつもりだった。

 

 安全な壁際から、美味しい魔法式だけを眺めていられれば、それで十分だったはずだ。

 

 けれど。

 

 もう、その言い訳は僕自身に通用しない。

 

 次に向かう場所には、僕が『利用されるな』と忠告した、壬生先輩がいる。

 

 見ているだけで済む段階は。

 

 安全圏からの観測というぬるま湯の時間は、もう終わりを告げようとしていた。




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