OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
ゲームは産業だ。
有史以来、人類は様々な決まりごとを作り、文明はその掟に則り歩んできた。
食事に、経済に、戦争に。そして何より、遊びに。
遊びとは、人の個性を具象する文化そのもの。自らの命が掛かった生存戦略に遊び心を持ち込む生物など、人を措いて他にない。人類の文化的進化とはつまり、遊びの進化、その歴史でもある。
人類は進化した。そして、遊びもまた進化した。
そう、ゲームという形に。
現代のゲームは実に複合的な要素を持つ娯楽表現であり、精緻に編み込まれた想像力、その情報密度は最早、一つの世界の設計図と言っても過言ではない程に進化した。ゲームという遊びは、世界を創造しうる人の力、産業となった。
では、ああ、これほどの力が導く世界とは、どのような姿になるのだろう?
……そうだね、君は既に理解している。そうとも、世界は既に変わっているんだ。
人類の意思が、ゲームの無意識が、全てを変革せしめたのだ。
それでは、問おう。選択の時だ。
選択無くしてゲームの前進はあり得ない。世界の統合は成されないのだから。
理想は仮想に、仮想は現実に。
さあ、ゲームをしよう。空想を始めよう。
もし、ゲームが現実になるなら、君は何を選ぶ?
『Hello,World』
彼方に遠ざかる暗闇と、オペーレーターの穏やかな呼び声。
意識を切り替えれば、そこは仮想世界。視覚と聴覚しか存在しない、二感覚空間。
アバターの瞼を開き、僕はその世界と向かい合う。
目の前に広がるのは、煉瓦と木組みの家が立ち並ぶ、フランスのストラスブールを模したコテコテ欧風ファンタジーな街並み。
教師陣の、「ゲームなんだからそこそこはっちゃけんと面白くないでしょう」という意見が反映された、自由が売りの校風らしい、ローカル仮想世界。
その世界に向かい、僕は足を踏み出す。
足元の光る円、ポートポイントから石畳の地面へと。現実の体と変わらない感覚でアバターを操作し、歩く。
今の僕の姿は初期設定汎用アバターである、二足歩行のもふもふ羊。リアルの自分があまり好きではない僕は、ウェブでのアバターに大体これを選ぶ。
天気は、当然快晴。
現実より低くなった視線で、メインストリートをちょこちょこ歩く。道沿いの建築にはあらゆる活動の看板が設えられ、自分達の存在を主張している。
『RPG部』『レースゲー部』『オンプ部』『魔導ダンジョン攻略部』『マジかわモンス育成部』『仮想アバター制作部』『BGM&SE制作部』『シナリオ書く部』『配信制作編集部』『ヤルンやる部』『かんかん鍛冶屋部』『FPS部・東雲第三音速小隊』『都市育成シミュレーション部』『リアタイ戦略部』『TCG部』『仮想背景制作部』『パズルクイズ部』
等々。
いかつい構えの建物前では、シルクハットを被ったおじさんアバターが、「I need you」と道行く生徒を指差している。勧誘広告NPCだ。
賑やかなメインストリートを抜けると、ここローカル仮想空間の中心である、円形広場に辿り着く。大きな噴水を中央に配した広場では、この学校の生徒達が思い思いに談笑している。
現実の見た目が絶妙にデフォルメされた見事なアバター群と、宙に浮かび様々な情報を映す平面モニタ。そんな技術の結晶の中、縫うように歩いていると、
『オぼべっぐちらくんちいぎいッ、ギギギッ!!』
「おわあっ!!」
突然響き渡った奇声と悲鳴に、僕は立ち止まった。見れば、鎧を着た青年が空中モニタを前に、尻もち突いて震えている。
『狂気が現実を侵食するパニックホラーアクション、『インセイン』。好評発売中』
映像の内容は、白目を剥いて半狂乱になった人々と、ボロ布を纏ったモンスターが襲い掛かかってくる、グロ&ホラー満載のゲーム・トレーラーだ。
「クソッ! インパクト狙いで恐えPV作りやがって! おい、画面変えてくれよ! 俺こういうの超苦手なんだって!」
「ビビり過ぎ、超ウケんだけど」
青年の懇願に、近くで笑っていた軽鎧の女子がジェスチャーでモニタを操作した。すると、
『今宵始まる魔法の宴! 歌って踊って映えっとプリティ! ローレルウッド魔法学院で、レット・アス、チャーミング・トゥギャザー!』
「いやー、やっぱこれだよな! 『マギアカ』のMVはどれも最高だわ!」
きらびやかな衣装で踊る女の子達の画面に切り替わり、青年は超安心した笑顔で立ち上がった。
あのMVは魔導ダンジョンARPG、『マギア・アカデミア』のものだ。舞台が女子校ということで女の子を中心に親しまれている、現代におけるファンタンジー代表の人気作品。
軽鎧の女子は、モニタをうっとり見上げ、
「はー、『ヤルンディード』とコラボしてくんないかなー。『ヤルン』激推せっけど、服かわいく出来ないのが不満なのよねー」
「いやあ、『ヤルン』は開発がストイックだから、無理だろう。てかさ、『マギアカ』スタジオの他の作品はどうよ? レースゲーとか、色々あるよな?」
「んー、あのスタジオの作るゲームって、どれも魔法でしか攻撃出来ないじゃん? あたし剣でブッた斬らないとスッキリ出来ない系ー」
なるほど。
どうやら、あの二人の推しは『ヤルンディード』らしい。『ヤルン』は魔獣を倒して武器を作り、また魔獣を倒しに行く。ハック&スラッシュな北欧神話風アクションゲームだ。
さて。
二人のやり取りを見届けた僕は、羊の足を動かし、広場の喧騒を後にする。
目的地はこのマップの外れ、人気のない草原に建つ、小さな東屋。
街を離れ、東屋に辿り着いた僕は、設置されているベンチに座り、平面モニタを空中投影。続けて、物理コントローラーそっくりのアイテムを取り出した。
「今日こそ、活動メンバーを増やすんだ……」
独り呟き、僕が作業を開始しようとした、その時、
「いたいた、一会くん!」
呼ばれ、顔を上げると、少女が一人立っていた。
とんがり帽子に魔法のマント。高校でクラスメイトになった女の子、そのアバターだ。
同クラの子は、満面笑顔で、
「ね、これからダンスのモーション・キャプチャー手伝って欲しいんだけど!」
「でも、僕もゲーム活動があるから」
僕の返答に、彼女はきょとんとした様子で、
「一会くん、何かやってるんだっけ?」
「え、うん……」
「たしか、どこのゲー活にも所属してなかったよね? てかさ、何かやってるならちゃんと主張しないと、ほら」
フリル付きの袖を揺らし、彼女は僕のステータスを展開させた。そこに記入されているのは、
東雲第三高等学校一年A組
一会シン 十六歳
推しゲー:『NO TITLE』 ジャンル:未登録
という個人情報。
「プロファイル設定、推しゲーくらい入力しといた方がいいよ」
「う、うん……」
違うんだ。
答えに窮した僕に、同クラの子は、
「それよりさ! こないだキャプった一会くんのモーション、超凄かったよ! アクションもダンスも、ちょーカッコよくってキメキメで! みんな大喜び!」
「あ、うん。体を動かすの、好きなんだ。それで、小さい頃からモーション・アクターの講習に参加してて……」
「何それ! 最早プロじゃん! あーそっかそっか! 今開いてるそれ、モーション・エディターだったのね! 早く言ってよもー!」
テンション上げ目になった彼女は、更にアゲ気味に、
「でね、一会君! スカートの動きはやっぱ生が欲しいのね! だから現実でスカート履いてくれると色々嬉しいんだけど!」
「それは絶対やんない」
「ままま! ダメもとで用意しとくから! それじゃ、また手伝ってね!」
言うだけ言って、同クラの子は上機嫌で東屋を去っていった。
途中、くるりと身を翻し、
「一会君もさ、早く好きなゲーム決めた方がいいよ! 自分のことは推しゲーで語る、今はそういう時代なんだから!」
眩しい笑顔で手を振り、真っすぐ街の方へ駆けていく。
跳ねるように、踊るように。
何処までも楽しそうなその背中に、僕は息が詰まりそうになる。
「ゲームなら、僕もやってるよ」
それに、これはモーション・エディターじゃない。
手元のモニタに表示されているのは、グリッドが引かれた殺風景なステージ。その中で対峙する、真っ黒でのっぺらぼうな素体キャラが二体。そして、画面上部には色の違うゲージが二本。
僕は一人、か細い声で、
「格ゲーっていうんだ……」
今は未来と、人は言う。
僕達私達は、人類が夢見た未来に生きているんだと。
意識を切り替えるだけで接続可能な世界規模のネットワーク、仮想世界。現実と変わらない精度の仮想が実現した現在、ゲームは個人を証明するための重要なコミュニケーション基盤になった。
好きなゲームで人と遊び、好きなゲームで人と繋がる。人種や性別、年齢なんて関係ない。趣味嗜好によって的確にゾーニングされたに人間関係は、誤解無く分かりあえる平和的社会の形成へと、人々を導いた。
これこそ、人類が夢に描いた理想の繋がり。その到達点であり、臨界点。
今、人類は、とても幸福だ。とても、とても。本当に、とても。
でも僕は、格ゲーは……。