OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
「ここだ」
僕の住む東部学園地区の北端、中央市街区との境界に建つ、大きなビル。曇り空を映すガラス張りの建造物を見上げ、小さな黒猫はそう言った。
喧騒から切り離された、閑静な立地。表札の無い、何処の誰が使っているのか分からない建物。海外の企業を一時的に受け入れるため、特区にはこういったビルが至る所にある。
「行くぞ」
「うん」
黒猫に続き、植え込みに挟まれた道を躊躇せず進む。警戒する僕の予想に反し、入り口の自動ドアはあっさり開いた。ビルに立ち入ると、そこは御影石のバーナーが敷かれた、殺風景なエントランスが広がっていた。
静かだ。
僕が周囲を伺っていると、クーリエが何かに反応するように宙を見上げ、
「同調作業に自分のゲームを使うのか。ここでその手段を取るとは、なるほど、最早なりふり構っていられんという訳だ。シン、来るぞ」
「来る……?」
言われ、僕が身構えると、
「おい! ここで何をしている!」
正面、エレベーターホールの奥から、警備員が二人現れた。
紺色の制服を着た、がっしりとした体格の男性。その二人は憮然とした表情で僕の前に立ちはだかり、
「ここは関係者以外、立ち入り禁止だ。すぐ立ち去りなさい」
「……」
アドリブかます余裕なんて無い。
そんな僕に対し、二人の警備員はやれやれといった感じで、
「全く、猫まで連れて。ここは遊び場じゃないんだ、見りゃあ分かんだろうに」
「もっともだ。こういう馬鹿がいるから、面倒事が減らねえのさ」
益体の無い言葉を吐き出した後、僕を見下ろし、
「ともかく、出ていけ。雨宿りなら、他を当たるんだな」
「そうそう。早くしないと子猫が風邪っぜ、猫ネッ……」
「あ? 何言ってんだお前」
「ね、猫ネコネッ、こば、ばばっ……」
しかし突然、向かって左の男が痙攣し出し、
「ばああアあっっ!!」
「うあっ!?」
「おい、何だ!? 一体何がどうしったっばっ、あっああァ!!」
白目を剥き、僕の首に掴みかかってきた。もう一人の警備員は奇声を上げ、床に蹲ってしまった。
「こ、れは……!?」
宙吊りにされながら見渡す、周囲の状況。
床が、天井が、みるみる色を変えていく。周囲の全てが赤錆色に染まっていく。
あの時と同じだ! あいつはまた、同じことを……!
「ねッ、コネコァ!」
「く、あっ……!」
僕の首をみしみしと絞めつける、警備員の大きな両手。何とか振りほどこうとしても、僕の細い指は野太い腕を掻くだけで、逃げられない。
「一会シン」
黒猫は、ネック・ハンギング・ツリー状態になった僕をエジプト座りの姿勢で見上げ、
「こんな状況だが、今一度問おう。オーバー・リアルは世界の在り様を変える力だ」
「く、クー、リエ……」
ピンと伸ばされた両のヒゲ。射貫くような光を放つ、黄金の瞳。
こんな状況にあって、クーリエはなお落ち着いた声で、
「もし、ゲームを現実に出来るなら、君は何を選ぶ?」
超能力、世界を変える力が僕にもある。クーリエはそう言った。ゲームをその身に宿し、現実を変える力が。
だったら、どうする? 何を選ぶ?
決まってる。
僕の九年間を注いだ、僕の信念、その結晶。そのプログラム、そのゲームは……!
「少々古臭い例えになるが、オーバー・リアルは君を生きたゲーム機にする力だ。ゲームを起動する前に、人はまず何をする? そうだ。集中し、口に出すだけでいい」
赤錆色に染まる、狂った世界。無貌のビルの腹の中。
僕は絞まる喉で何とか息を吸い、そして、
「ダウンロード!!」
その言葉を口にする。
ゲームを現実に宿らせる、意志のコマンド。
その言葉を口にした瞬間、全身に電気のような衝撃が走り、あの日と同じ感覚が僕の体に定着する。体に貼り付いていた水分が、バチバチと音を鳴らして蒸発する。
「し、ズオカァッ!?」
「っ……!」
そのショックの影響か、緩んだ警備員の手を解き、僕は赤錆色の床に着地した。
『READY?』
僕の体から発した波が周囲の空気を震わせ、世界に電子音声を響かせる。
視界で弾けた火花が形を作り、まるで拡張現実のように、黄色いライフゲージと青い必殺技ゲージが表示される。同様に、目の前の警備員二人と黒猫、その頭上にも黄色いライフバーが表示される。
『FIGHT!!』
「は、ああっ!」
聞き慣れた開始宣言と共に、拳を振るう。それは仮想で、この現実で、何千何万と繰り返してきた格ゲーの基本行動。
ボクシングのストレートに似た、右の拳撃。つまり、立ち強パンチ。
「さイレンッ!?」
鞭で空を叩くような派手な音が鳴り、拳が命中。僕の攻撃を受けた警備員が大きく怯み、頭上のライフバーが半分減った。
ごめんなさい。
心の中で呟き、目の前の警備員にもう一度拳を放つ。
「せっ!」
「ひルァアアアァァッ!!」
クリーンヒット。
僕の攻撃を喰らった警備員は派手に吹っ飛び、床に倒れ動かなくなった。ライフはゼロ、リタイア確認。
「次!」
「はハロル? はリィイイッ!!」
「せっ! はっ! せいっ!」
「めメイッ!? そォオオオンッ!!」
立ち上がり、襲い掛かってきたもう一人の警備員に放つ、左のジャブ二連からの後ろ回し蹴り。攻撃を受けたその人は、派手に吹っ飛びダウンした。ライフはゼロ、リタイア確認。
「よし」
振るった拳を胸の前で構え、上下に体を揺らしてリズムを取る。クーリエから聞いた話と、僕自身の感覚を照合し、理解する。
警備員をブッ倒した、今の僕の体の動き。パンチからキックへ、技から技への繋ぎの動作が存在しない、従来の人間の筋肉では再現不可能な動きだった。
初動から結果までのモーションが省略され、一瞬で技が完成する、高速にして異様な格闘術。
格ゲーだ。
僕は今、格ゲーになっている。
そして、直感した。
格ゲーのシステム、格ゲーのルールが、僕を取り巻く世界に適用されている。
格ゲーの攻撃モーションを僕自身の肉体で再現すれば、ゲームのシステム通りにダメージを与えることが出来る。これなら筋力も体格差も関係ない。事実、その通りになった。
これがオーバー・リアル。これが今を生きる人間と、ゲームの力。
「な……、なん……」
僕の立ち回りを目にした黒猫は、背筋を伸ばしぷるぷる震え、
「何だ、そのゲームは……。シン、君のゲームは、一体……?」
「何って、格ゲーだよ」
その答えに、クーリエは金の瞳をまん丸にし、
「カクゲー!? まさか、2D格闘ゲームか!! マス・ケイオス直後に滅んだ超人気ジャンルが、仮想に移植されたものが存在していたとは!! ……はっ!?」
ふるふると首を振り、すぐに気を取り直し、
「すまない、取り乱してしまった。さあ、気を引き締めろ。オーバー・リアルのダウンローダー、実現能力者同士の対戦、ゲーム・ヴァーサス・ゲームは既に始まっているぞ」
「言われなくとも……!」
「相手のゲーム、設定の分析が何より重要だ。戦闘しながら頭を回せ。弱音は吐くな、やり通せ」
「しビルァアアアアアアアアアッ!!」
直後、エレベーターホールの奥に階段があったのだろう、人の波がエントランスになだれ込んできた。スーツ姿の職員、紺色の制服の警備員、白衣を着た研究者。誰も彼もが白目をむき、拳銃片手に突っ込んでくる。
多勢に無勢、囲まれたら不利。だったら、こっちから行ってやる……!
狂騒の群衆、僕はその先頭に向かってダッシュをかまし、
「せっ!」
「あレサッ!?」
「せっ!」
「いンキュベッ!?」
「せっ!」
「あレッサアアアッ!?」
死角を取られないよう動き回り、襲撃者を片っ端からダウンさせる。同時に、周囲に起こった変異を改めて観察し、培った知識で分析する。
「このゲーム、『インセイン』か!!」
そうだ。今、この現実にダウンロードされているのは、『インセイン』というゲームで間違いない。
『インセイン』
ある日突然、世界は狂ってしまった。狂った家族、狂った隣人、狂った社会。全ての日常が狂っていく中、唯一正気だった主人公が狂気の原因を突き止めるために戦う、パニックホラーアクションゲームだ。
赤錆色に変貌した壁や床は、狂気が浸食する演出のテクスチャ。オーバー・リアルを知り、ゲームのタイトルが分かった今、全てに合点がいった。
「この相手が『インセイン』なら、敵の行動パターンは……!」
「あっ、レサッ! へザアッ!」
僕に肉薄していた研究者が途中で攻撃を中断、拳銃を自分の口に突っ込み、引き金に指を掛けた。そのアクションで、思い当たる。
『インセイン』はシューティング要素が濃い作品で、エイムもバランスも良好。だけど、ある要素がユーザーに受け入れられず、とにかく評判の悪いゲームだった。
そうだ、このゲームがプレイヤーに嫌われた理由は……、
「めイそォオオオオンッ!!」
「いけない!!」
拳銃自殺。
敵キャラがプレイヤーの目の前で自傷行為を行うことにより、恐怖を促す演出。これのおかげで、『インセイン』はとにかく悪趣味なゲームとして発売即敬遠されるようになった。
「間、に合え!」
「しぇリルッ!? めイそォオオオオンッ!?」
拳銃を頬張った顔面にジャンプキックを喰らわせ、着地即しゃがみからのアッパーカットでダウンさせる。リタイア確認。
それはさせない。もう二度と、僕の目の前で同じ悲劇は起こさせない。
「だグラァアアスッ!!」
「はああっ!」
戦闘はまだ途中。僕は一人一人ライフを削り、最小の手数で襲い来る人々をダウンさせていく。
「せっ!」
「ヴぃんセンッ!?」
「せっ!」
「くロディアッ?!」
「せいっ!!」
「さンカク、ヘエエエエッドッ!!」
よし……!
群がる被害者を全てリタイアさせ、ロビーを鎮圧、増援の気配は無し。ひとまずの安全を確保。
「物質生成、ゲームに必要なガジェットを作り出す力。オーバー・リアルとはつまり、現実を侵食するほど拡張された、人の想像力にして創造力」
臨戦態勢の僕の傍に移動したクーリエが、床に転がった拳銃を一瞥し、そう言った。それから、小さなお尻を床に下ろし、
「無事覚醒したようで何よりだ。が、時間が無い。今から実現能力の基本的な原則を説明する。全て把握し、頭に入れろ」
そして、金の瞳で僕の全身を捉え、
「まず、何より重要な命に係わる事柄から。能力起動中にプレイヤーが被弾した場合、現実通り負傷はするが、ライフ全損等、敗北条件を満たさない限り、死ぬことはない。また、プレイ続行に影響する負傷は、それぞれ個別の設定を基に処理される。出血ならばエフェクト程度で止まり、四肢欠損などの重傷は、そのゲームに人体破壊描写が無い限り、別の形の負傷に置換される」
そこで、一泊置き、
「次に、ダメージ計算に関してだが、異なるゲーム同士の対戦では、お互いのゲームのシステムと設定に則ったダメージが自動的に算出される。君が拳二発で警備員を仕留め切れたのは、この結果によるものだ」
そして、何かを測るようにヒゲを張り、
「最後に、射程について。ダウンロードしたゲームのルールは、設計されたステージの広さがそのまま能力適用範囲になる」
「僕のゲームだと、大体20mってとこか……」
「ふむ」
首肯したクーリエは、長い尻尾を優雅にくねらせ、
「以上だ、あとは自分で確認したまえよ。ダウンロードしたゲームのシステムを一番よく知るのは、他でもない君自身なのだから」
チュートリアルはここまでといった様子で、話を終えた。
説明を把握した僕は、上下に体を揺らし、格ゲー的に斜立ちし、
「せっ! はっ!」
ボクシングのシャドーのように、左ジャブから右のストレートを繰り出した。
風切り音を伴う、鋭い打撃。異常な破壊力を内蔵した、超常の攻撃。
「確かに分かる。実感したよ」
難しいことは何も無い。要は、現実の体で格ゲーをするだけだ。
僕は胸の前、両の拳を握って構え、
「僕なら、やれる」