OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー   作:Monjiroh

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012 格ゲーが生まれた日

 部屋に入ると、そこは廊下同様、狂気の錆が蔓延していた。

 

 赤黒く濁った全面窓ガラスを背景に、様々な機材が並べられた、いかにも実験場といった室内。その中央に立つ、一人の男。

 

 無造作に伸ばされた白髪に、瘦せこけた風貌の壮年男性。頭上には他の人同様、黄色いライフバーが浮かんで見える。

 

 虚ろな瞳。小刻みに震える瞳孔が僕達を絡め取った、直後、

 

「いらあ! ゴごゴス、ドおオオオ! レ、ベ、あアアアアアアアッッ!!」

 

 男の体が膨張し、変身した。

 

 ボロ布をまとい、右腕がチェーンソーそのものになった、異形の巨体に。

 

「お、前は……!!」

 

 その姿を目にした瞬間、僕の中の何かが、キレた。

 

『FINAL BATTLE! READY? FIGHT!!』

「ああああっ!!」

 

 電子音声の掛け声とともに、気勢を上げて飛び掛かる。

 

 とにかく殴る。ブッ倒す。

 

「いかん! それでは駄目だ、シン!」

 

 クーリエの制止を背後に、化物野郎に殴りかかる。

 

「ああ、あああっ!!」

「ぶルオアアアッ!!」

 

 殴り殴られ、蹴り蹴られ、ボロ布野郎と格闘する。体のあちこちに攻撃を受け、視界に映るゲージがどんどん減っていくけど、それがどうした。僕達の攻防に巻き込まれ、部屋の機材がブッ壊れるけど、知ったことか。

 

「シン、冷静になれ! 短い時間だったが、私には分かる! 君のそれはいいゲームだ! だから逸るな! 君と格ゲーなら、きっとやれる!」

 

 うるさいな。

 

 理不尽にはキレるのが人間だ。そうだ、怒って何が悪い。

 

 こいつは父さんを殺した。こいつは父さんを殺した。

 

 そうだ、こいつは、

 

「ふ、うっ! あああっ!!」

 

 こいつは! 父さんを! 殺したんだ!

 

「ばウッジャアアアァッ!!」

「ぐ、おあああっっ!!」

 

 チェーンソーの一撃を喰らい、僕のライフが半分を切る。経験したことの無い痛みで意識が断ち切られそうになるけど、それがどうした。切り裂かれた胸から血が噴き出るけど、だからなんだ。あの日の父さんは、もっと血塗れだった……!

 

 そうだ、特区に家を建てたいって、言ってたんだ。夕飯は焼肉だって、喜んでたんだ。春の新作を遊び倒して、これからずっと一緒だって、約束したのに。

 

 それなのに、

 

「おあっ! あああっっ!!」

「じゃバッ!! じゃバァアアッッ!!」

 

 父さんの明日を、僕達のこれからを、

 

「ああっ! ああああっっ!!」

「あバッ!! あバアアアアアアッッ!!」

 

 全部! 全部! 全部奪いやがって……!!

 

「周りを見ろ、シン! いかん、このままでは……!」

 

 もう一撃。次の一撃を。とにかくこいつをぶん殴る!!

 

「あああっ!!」

 

 もう、どうなってもいい。僕ががむしゃらに突っ込んだ、その時、

 

「こちらを見ろ! お前の目的は、わたしの力だろう!」

「っっ……!?」

「ばウッッ!?」

 

 突如、背後から放たれた強烈な存在感で、僕と化物の動きが止まる。はっと振り向いた先、改めて視界に入ってきた情報に、息を飲む。

 

 壊れた機材に混じって並んでいる、棺のように大きな箱。おそらくは医療用アイソレーション・タンク。そのカバーを透過して、中に何かの形が見える。

 

 人だ。

 

 あの中には、人がいる。

 

「ゴっスァアアアアァ!!」

「クーリエ!!」

 

 躊躇した隙に、ボロ布野郎の狙いが変わる。僕からクーリエへ、まっしぐらに走り出す。

 

 クーリエは化物を誘導するように、タンクから離れた場所にぴょんと跳び、

 

「NPCだとて、囮役くらいはこなして見せるさ。後は任せたよ、シン」

「クーリエ!!」

「ゴッスァアアァッ!!」

「が、ふっ……!?」

 

 チェーンソーの一撃を正面から喰らい、小さな黒猫がべちゃりと壁に叩きつけられる。ドット残しでライフが消し飛び、床に落ちて動かなくなった。

 

「ややッドアァヴァアアアアッッ!!」

「あ……」

 

 雄叫びを上げる化物、くたりと伏したクーリエを前に、我に返る。

 

 クーリエは何をした? 人を庇った。人を守った。

 

「あ、あ……」

 

 思い出す。

 

 あの日、自分に何が出来て、何が出来なかったのか。あの日、誰を救えなかったのか。

 

「ごめん、クーリエ……。思い、出したよ……」

 

 怒りの心はそのままに、血の昇っていた頭が氷のように冷えていく。

 

「ゲームが現実になると、世の中がどう変わるか……」

 

 赤錆色に染まる狂った部屋で、僕の全てがあの日あの時に引き戻される。

 

『落ち着け、シン』

 

 声が聞こえる。体の内から、言葉が湧く。

 

『難しいことは何も無い、いつも通りでいいんだ。深く息を吸って、それからゆっくり息を吐け。深呼吸、自然体ってやつだ』

 

 息を吸い、そして吐く。

 

 両の拳を固めて構え、体を揺らしてリズムを取る。

 

「余所見をするなよ、ボロ布野郎。お前の相手は、こっちだろ」

「えエイッ、シャアアァアアアッッ!!」

 

 仕切り直すように対峙し、そして、踏み出す。

 

「せっ!」

「ぎべボあアッ!?」

「せっ!」

「あアウバアッ!!」

 

 立弱パンチから即後退。また弱パンチを入れ、即離脱。

 

 ヒット・アンド・アウェイ。

 

 チェーンソーの間合いに入らないよう、相手の攻撃範囲と僕自身のリーチの差を計算し、ボロ布野郎のライフをジリジリと削っていく。

 

 そうだ、無理なことなど何もない。ゲームでやってきたように、いつも通りの作業をこなせ。

 

 何より意識すべきは、立ち位置だ。

 

 人を救う。命を守る。背後のアイソレーション・タンクに被害が及ばないよう、あの日の教えを違えず動く。

 

 そして、分析。

 

『インセイン』のR15版は、当然僕もプレイ済み。よくよく見れば、こいつの姿は看板モンスターである序盤のボス、そのものだ。攻撃パターンは勿論、全て頭に入ってる。

 

「れグッアぎィ!!」

「ふっ!」

「がガボアッ!!」

「ふっ!」

 

 こいつの攻撃は、ゲーム通りで単調過ぎる。僕のように現実の動きを挟む行動が一つもない。よって、ガードは不要。僕の副次能力、コレクト・モーション・スキルで見切り、避け続ける。

 

「せっ! ふっ! せっ!」

「ガ!? ぐオゥオ!? ぎレア!? あゴオォッ!!」

 

 そして、反撃。

 

 手堅い一撃を刻むだけの僕に対し、ブンブンと大振りを繰り返すボロ布野郎。

 

 伝わる。これは焦りだ。僕という邪魔を前に、こいつは苛立っている。それもその筈、ボロ布野郎のライフは既に残り僅か、数ミリしかない。

 

 あと一撃、終わらせる。

 

 僕が止めとばかりに前ステップした、その時、

 

「ばヲオォオッ!!」

 

 化物が一足飛びで後退した。そして、

 

「がラっ、しャアアアアアッ!!」

 

 右腕のチェーンソーを窓ガラスに突き刺し振り抜き、破片を浴びせに掛かってきた。ゲームに無い攻撃方法、現実の工夫だ。僕の残りライフは三分の一、喰らえばマズイ。

 

 眼前に迫る、まるでガラスの散弾。凶器の破片群に意識を集中した、刹那、

 

「っっ!!」

 

 全身を駆けるバイブレーション。世界を掴むコンセントレーション。

 

 周囲の空間と空気、ガラスの一辺までもが自分と繋がったような、強烈な一体感。世界とゲーム、肉体と意識の完全なる結合。

 

 見える、分かる。

 

 僕に向かい降り注ぐガラスの雨、その渦中に、迷わず飛び込む。破片の攻撃判定を縫うように翻り、自分の当たり判定を安全地帯に当て嵌め、通り過ぎる。

 

「ぐ? いゲバアアッ!?」

 

 完全回避。

 

 ガラスのシャワーをノーダメージで凌ぎ切り、僕は臨戦態勢の構えに戻る。

 

 再びの対峙。

 

 視界の端、割れた窓の外、厚く垂れ込める鈍色の雲。狂気の赤と外界の灰色が、歪なコントラストを描き出す。

 

「ぐ、ばヲオォオッ!!」

 

 少しずつ距離を詰める僕に、ボロ布野郎は怯んだようにもう一度後退。そして、

 

「がラっ、しャアアアアアッ!!」

 

 チェーンソーを振り上げ、赤く染まった窓ガラスに狙いを定めた。再度のガラス攻撃。確かに、リーチの短い僕には有効な手段だ。

 

 だけど、

 

「僕のゲームに遠距離攻撃が無いと思ってるなら、大間違いだ」

 

 そう、多くのアクションゲームに、『インセイン』に拳銃があるように、格ゲーにも遠距離技が存在する。

 

 出来る。撃てる。

 

 僕の体の中には、ゲームが刻み込まれている。そのことを、確かに感じることが出来たから。

 

「おヴァラアアアァアッッ!!」

「喰ら、えっ!!」

 

 気合と同時、僕の右手に力が集う。集った力が、輝き滾る。右ストレートのモーションに乗せ、拳の光を解き放つ。

 

 これこそ格ゲーの歴史にリスペクトを捧げた、僕と『NO TITLE』の必殺技。

 

「震! 空! 波ッ!!」

 

 突き出された拳から生まれる、荒いエフェクトの真っ白な光弾。衝撃を伴った閃光が、ボロ布野郎に向かって高速で飛翔し、

 

「が、アあアァアアッッ!!」

 

 轟音、直撃。

 

 白い光が弾けて飛び散り、ボロ布野郎の残りのライフを削り切る。そして、

 

『K・O!!』

「ぶアアアアァアアアッッ……!!」

 

 異形の長身が後方にブッ飛び、スローモーションのように宙を舞う。それから、赤錆色の床にドサリと落下し、動かなくなった。

 

『YOU WIN!!』

 

 世界の静寂を破る、電子音声の勝利宣言。周囲の景色がゲームの設定通りに狂気から解放され、元の姿を取り戻していく。

 

 その中で、クーリエがよろよろと立ち上がり、

 

「よくやった、シン。君は素晴らしい……」

「クー、リエ……」

 

 割れた窓の向こうに見える、鈍色の曇。その雲が裂けるように晴れ、夕焼け空に変わっていく。外から吹き込む雨上がりの風が、あの日の声を運んでくる。

 

『な? 出来ただろ?』

 

 血塗れの体で、固めていた拳を開き、また握る。自分に宿った力を、もう一度、確かめるために。

 

「あ……」

 

 この日、僕は生まれて初めて、

 

「お、あ……」

 

 自分の声で、吼えたんだ。

 

「ああああああああっっ!!」

 

 

 

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