OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
部屋に入ると、そこは廊下同様、狂気の錆が蔓延していた。
赤黒く濁った全面窓ガラスを背景に、様々な機材が並べられた、いかにも実験場といった室内。その中央に立つ、一人の男。
無造作に伸ばされた白髪に、瘦せこけた風貌の壮年男性。頭上には他の人同様、黄色いライフバーが浮かんで見える。
虚ろな瞳。小刻みに震える瞳孔が僕達を絡め取った、直後、
「いらあ! ゴごゴス、ドおオオオ! レ、ベ、あアアアアアアアッッ!!」
男の体が膨張し、変身した。
ボロ布をまとい、右腕がチェーンソーそのものになった、異形の巨体に。
「お、前は……!!」
その姿を目にした瞬間、僕の中の何かが、キレた。
『FINAL BATTLE! READY? FIGHT!!』
「ああああっ!!」
電子音声の掛け声とともに、気勢を上げて飛び掛かる。
とにかく殴る。ブッ倒す。
「いかん! それでは駄目だ、シン!」
クーリエの制止を背後に、化物野郎に殴りかかる。
「ああ、あああっ!!」
「ぶルオアアアッ!!」
殴り殴られ、蹴り蹴られ、ボロ布野郎と格闘する。体のあちこちに攻撃を受け、視界に映るゲージがどんどん減っていくけど、それがどうした。僕達の攻防に巻き込まれ、部屋の機材がブッ壊れるけど、知ったことか。
「シン、冷静になれ! 短い時間だったが、私には分かる! 君のそれはいいゲームだ! だから逸るな! 君と格ゲーなら、きっとやれる!」
うるさいな。
理不尽にはキレるのが人間だ。そうだ、怒って何が悪い。
こいつは父さんを殺した。こいつは父さんを殺した。
そうだ、こいつは、
「ふ、うっ! あああっ!!」
こいつは! 父さんを! 殺したんだ!
「ばウッジャアアアァッ!!」
「ぐ、おあああっっ!!」
チェーンソーの一撃を喰らい、僕のライフが半分を切る。経験したことの無い痛みで意識が断ち切られそうになるけど、それがどうした。切り裂かれた胸から血が噴き出るけど、だからなんだ。あの日の父さんは、もっと血塗れだった……!
そうだ、特区に家を建てたいって、言ってたんだ。夕飯は焼肉だって、喜んでたんだ。春の新作を遊び倒して、これからずっと一緒だって、約束したのに。
それなのに、
「おあっ! あああっっ!!」
「じゃバッ!! じゃバァアアッッ!!」
父さんの明日を、僕達のこれからを、
「ああっ! ああああっっ!!」
「あバッ!! あバアアアアアアッッ!!」
全部! 全部! 全部奪いやがって……!!
「周りを見ろ、シン! いかん、このままでは……!」
もう一撃。次の一撃を。とにかくこいつをぶん殴る!!
「あああっ!!」
もう、どうなってもいい。僕ががむしゃらに突っ込んだ、その時、
「こちらを見ろ! お前の目的は、わたしの力だろう!」
「っっ……!?」
「ばウッッ!?」
突如、背後から放たれた強烈な存在感で、僕と化物の動きが止まる。はっと振り向いた先、改めて視界に入ってきた情報に、息を飲む。
壊れた機材に混じって並んでいる、棺のように大きな箱。おそらくは医療用アイソレーション・タンク。そのカバーを透過して、中に何かの形が見える。
人だ。
あの中には、人がいる。
「ゴっスァアアアアァ!!」
「クーリエ!!」
躊躇した隙に、ボロ布野郎の狙いが変わる。僕からクーリエへ、まっしぐらに走り出す。
クーリエは化物を誘導するように、タンクから離れた場所にぴょんと跳び、
「NPCだとて、囮役くらいはこなして見せるさ。後は任せたよ、シン」
「クーリエ!!」
「ゴッスァアアァッ!!」
「が、ふっ……!?」
チェーンソーの一撃を正面から喰らい、小さな黒猫がべちゃりと壁に叩きつけられる。ドット残しでライフが消し飛び、床に落ちて動かなくなった。
「ややッドアァヴァアアアアッッ!!」
「あ……」
雄叫びを上げる化物、くたりと伏したクーリエを前に、我に返る。
クーリエは何をした? 人を庇った。人を守った。
「あ、あ……」
思い出す。
あの日、自分に何が出来て、何が出来なかったのか。あの日、誰を救えなかったのか。
「ごめん、クーリエ……。思い、出したよ……」
怒りの心はそのままに、血の昇っていた頭が氷のように冷えていく。
「ゲームが現実になると、世の中がどう変わるか……」
赤錆色に染まる狂った部屋で、僕の全てがあの日あの時に引き戻される。
『落ち着け、シン』
声が聞こえる。体の内から、言葉が湧く。
『難しいことは何も無い、いつも通りでいいんだ。深く息を吸って、それからゆっくり息を吐け。深呼吸、自然体ってやつだ』
息を吸い、そして吐く。
両の拳を固めて構え、体を揺らしてリズムを取る。
「余所見をするなよ、ボロ布野郎。お前の相手は、こっちだろ」
「えエイッ、シャアアァアアアッッ!!」
仕切り直すように対峙し、そして、踏み出す。
「せっ!」
「ぎべボあアッ!?」
「せっ!」
「あアウバアッ!!」
立弱パンチから即後退。また弱パンチを入れ、即離脱。
ヒット・アンド・アウェイ。
チェーンソーの間合いに入らないよう、相手の攻撃範囲と僕自身のリーチの差を計算し、ボロ布野郎のライフをジリジリと削っていく。
そうだ、無理なことなど何もない。ゲームでやってきたように、いつも通りの作業をこなせ。
何より意識すべきは、立ち位置だ。
人を救う。命を守る。背後のアイソレーション・タンクに被害が及ばないよう、あの日の教えを違えず動く。
そして、分析。
『インセイン』のR15版は、当然僕もプレイ済み。よくよく見れば、こいつの姿は看板モンスターである序盤のボス、そのものだ。攻撃パターンは勿論、全て頭に入ってる。
「れグッアぎィ!!」
「ふっ!」
「がガボアッ!!」
「ふっ!」
こいつの攻撃は、ゲーム通りで単調過ぎる。僕のように現実の動きを挟む行動が一つもない。よって、ガードは不要。僕の副次能力、コレクト・モーション・スキルで見切り、避け続ける。
「せっ! ふっ! せっ!」
「ガ!? ぐオゥオ!? ぎレア!? あゴオォッ!!」
そして、反撃。
手堅い一撃を刻むだけの僕に対し、ブンブンと大振りを繰り返すボロ布野郎。
伝わる。これは焦りだ。僕という邪魔を前に、こいつは苛立っている。それもその筈、ボロ布野郎のライフは既に残り僅か、数ミリしかない。
あと一撃、終わらせる。
僕が止めとばかりに前ステップした、その時、
「ばヲオォオッ!!」
化物が一足飛びで後退した。そして、
「がラっ、しャアアアアアッ!!」
右腕のチェーンソーを窓ガラスに突き刺し振り抜き、破片を浴びせに掛かってきた。ゲームに無い攻撃方法、現実の工夫だ。僕の残りライフは三分の一、喰らえばマズイ。
眼前に迫る、まるでガラスの散弾。凶器の破片群に意識を集中した、刹那、
「っっ!!」
全身を駆けるバイブレーション。世界を掴むコンセントレーション。
周囲の空間と空気、ガラスの一辺までもが自分と繋がったような、強烈な一体感。世界とゲーム、肉体と意識の完全なる結合。
見える、分かる。
僕に向かい降り注ぐガラスの雨、その渦中に、迷わず飛び込む。破片の攻撃判定を縫うように翻り、自分の当たり判定を安全地帯に当て嵌め、通り過ぎる。
「ぐ? いゲバアアッ!?」
完全回避。
ガラスのシャワーをノーダメージで凌ぎ切り、僕は臨戦態勢の構えに戻る。
再びの対峙。
視界の端、割れた窓の外、厚く垂れ込める鈍色の雲。狂気の赤と外界の灰色が、歪なコントラストを描き出す。
「ぐ、ばヲオォオッ!!」
少しずつ距離を詰める僕に、ボロ布野郎は怯んだようにもう一度後退。そして、
「がラっ、しャアアアアアッ!!」
チェーンソーを振り上げ、赤く染まった窓ガラスに狙いを定めた。再度のガラス攻撃。確かに、リーチの短い僕には有効な手段だ。
だけど、
「僕のゲームに遠距離攻撃が無いと思ってるなら、大間違いだ」
そう、多くのアクションゲームに、『インセイン』に拳銃があるように、格ゲーにも遠距離技が存在する。
出来る。撃てる。
僕の体の中には、ゲームが刻み込まれている。そのことを、確かに感じることが出来たから。
「おヴァラアアアァアッッ!!」
「喰ら、えっ!!」
気合と同時、僕の右手に力が集う。集った力が、輝き滾る。右ストレートのモーションに乗せ、拳の光を解き放つ。
これこそ格ゲーの歴史にリスペクトを捧げた、僕と『NO TITLE』の必殺技。
「震! 空! 波ッ!!」
突き出された拳から生まれる、荒いエフェクトの真っ白な光弾。衝撃を伴った閃光が、ボロ布野郎に向かって高速で飛翔し、
「が、アあアァアアッッ!!」
轟音、直撃。
白い光が弾けて飛び散り、ボロ布野郎の残りのライフを削り切る。そして、
『K・O!!』
「ぶアアアアァアアアッッ……!!」
異形の長身が後方にブッ飛び、スローモーションのように宙を舞う。それから、赤錆色の床にドサリと落下し、動かなくなった。
『YOU WIN!!』
世界の静寂を破る、電子音声の勝利宣言。周囲の景色がゲームの設定通りに狂気から解放され、元の姿を取り戻していく。
その中で、クーリエがよろよろと立ち上がり、
「よくやった、シン。君は素晴らしい……」
「クー、リエ……」
割れた窓の向こうに見える、鈍色の曇。その雲が裂けるように晴れ、夕焼け空に変わっていく。外から吹き込む雨上がりの風が、あの日の声を運んでくる。
『な? 出来ただろ?』
血塗れの体で、固めていた拳を開き、また握る。自分に宿った力を、もう一度、確かめるために。
「あ……」
この日、僕は生まれて初めて、
「お、あ……」
自分の声で、吼えたんだ。
「ああああああああっっ!!」