OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー   作:Monjiroh

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013 クーリエという存在(1)

夜の特区。市街地外れの大きなビル。

 

その入り口から少し離れた植え込みに、僕は今座っている。雨の捌けた木の根元に、体育座りの格好で。

 

「一階から六階まで、負傷者で一杯です! タンカ足りません!」

「脈拍正常、瞳孔拡大無し、意識を失っているだけのようです!」

「もしもし? 搬送車両の追加要請願います! ええ、緊急です!」

「ビルの電力、まだ復旧しないのか!? 警備会社に連絡入れろ!」

 

エントランスに詰めかける救急車。被害者を運び出す救急隊員。

 

その様子を、ただ眺めている。

 

と、

 

「心配いらない。能力起動中に受けた君の負傷は、全て完治している。どうやら、対戦に勝つことが、君のゲームの全快条件のようだ」

「ああ、なるほど」

 

腕の中の黒猫がそう言った。クーリエだ。

 

あの化物野郎を倒してすぐ、僕は消防署に通報した。何故って、僕の我儘はここまでだからだ。

 

化物野郎を含め、意識を失った人達を纏めてどうこう出来る力は、僕と格ゲーには備わっていない。だから、それが出来る他の人達に、任せるしかなかった。

 

『子猫を追っていたら、このビルの異変に気付いたので』

 

実現能力のことを伏せ、ありのまま伝えた。

 

念のため、君にも簡単な検査をするから。救急隊の人にそう言われ、僕は今ここでこうしてる。

 

ちなみに、フォンカードは湯ヶ村先生と思われる着信でみっちり埋まっていた。

 

ごめんなさい、先生。事情説明を終えたら、真っ先に謝りにいきます……。

 

「ふう……」

 

しばらく現場を眺めていた僕は、腕の中の黒猫に、

 

「君のゲーム、それは『ウィズ・デッド』だね」

「そうだ、よく知っているな」

「知ってるよ、名作だ」

 

『ウィズ・デッド』

 

二十年以上前に発売されたアクションアドベンチャーで、廃墟化した古城に生贄として閉じ込められた少女が、その古城を脱出するまでを描いたゲームだ。

 

作品のテーマは、屍者と影。

 

主人公の少女は、古城内で朽ちた屍者に祈りを捧げることで、影に取り込み眷属として使役できる。

 

クーリエが生成した今の姿は、最初の眷属である黒猫。プレイヤーはこの黒猫を操り、人の足では入れない場所を探ったりできる。正に使い魔だ。

 

「中学の時、クリアしたよ。面白かった」

「そうか」

 

猫と話なんて頭おかしいと思われるかもだけど、木の陰に隠れているし、救急隊の人達は救助にかかりきりだし、平気だろう。

 

そうだ、話がしたい。ゲームのこと以外にも、クーリエと話したいことは沢山ある。

 

だけどまずは、

 

「高速道路では、ありがとう。君の声、届いたよ」

「ああ、機材の補助も無しにわたしと同期出来る人間が存在するとは思わなかった。どうやら、君は相当特殊な波長の持ち主らしい」

 

波長?

 

ふとした単語に疑問を覚えていると、クーリエは僕の腕からぴょんと飛び出し、

 

「それよりも驚いたのは、君のゲームの方だ。高速道路の発現で、君のゲームはバトルロワイヤル・アクションの類だと見当を付けていたが、まさか格ゲーだったとは……!」

 

ずっと気になっていたのだろう、僕の格ゲーに喰い付いた。

 

「旧世代そのままのシステムで仮想に移植されたレトロゲーは、ほぼ存在しないはず! 君のあれは、一体何というゲームだ!?」

「うん、『NO TITLE』っていうんだ。特区の教育アーカイブに埋もれていたのを、僕が引き継いだんだよ」

「なるほど、学生の作品だったのか! 道理でわたしが知らん訳だ!」

「でも、まだまだ全然、ゲーム以前のプログラムなんだ。ちゃんと完成させてあげたかったけど、音楽もグラフィックも、僕には用意できなかった……」

「そんなことはない! そんなことはないぞ!」

 

後悔まみれの紹介に、クーリエは凄い剣幕で僕の足に猫パンチし、

 

「わたしには分かる。実際プレイした訳ではないが、わたしには分かるぞ。徹底的に調整された攻撃判定と、整合性の取れたモーションの数々。あのゲームは対戦アクションゲームとして、非常にバランスよく仕上がっていた。でなければ、ああも見事な実現能力になる筈がない。もし完成していれば、かなりの良ゲーになっていたことだろう!」

「……うん、ありがとう」

 

少し、照れくさい。他人にゲーム活動を誉められたのは、生まれて初めてだったから。

 

「バランス調整は勿論だけど、モーションは特に頑張ったんだ。現実の鏡の前でポーズを取って、どう見えるかを確認したり。あとは大昔の有名タイトルをとにかく沢山遊んで、格ゲーっぽいポーズを憶えこんだり」

「昔のタイトルを、遊んだ? まさか、まだ生きている物理ハードがあるというのか?」

「家にあるよ。亡くなった母さんが大のレトロゲー好きで、今のコロイド・モニタで遊べるよう、調整してくれたんだ」

「素晴らしい! 叶うならば、是非とも触れてみたいものだ!」

 

興奮ゲージが振り切ったのか、クーリエは植え込みの土をにゃんにゃん叩き始めた。

 

ああ、かわいいな。

 

猫そのものなクーリエの仕草になごみながら、気付く。今の僕は、心にかなり余裕が戻っている。

 

数日前まで、僕はゲーム活動のことで頭が一杯だった。誰とも繋がれない寂しさと、先の見えない不安で、とにかく苦しかった。

 

だけど、今日を乗り越えた今は違う。

 

そうだ。今は四月で、明日からはゴールデン・ウィークが始まる。

 

本当なら、特区に帰ってきた父さんと一緒に、生活用品の買い出しに行く予定だった。家を建てたいという相談は予想外だったけど、だったらそのための買い物に変わっていたんだろうな。

 

あったかもしれない未来を、僕が思い返していると、

 

「すわ、それどころではない! わたしとしたことが!」

 

ようやく我に返ったのか、クーリエが前足を揃えたエジプト座りで姿勢を正した。

 

「すまない、ゲームのこととなると、つい。今は何よりもまず、君にコンタクトを取った目的を果たさねばならないというのに」

「君の、目的?」

 

僕が聞き返すと、クーリエは改まった様子で、

 

「君の父上のことだ」

 

その答えに、背筋が伸びる。体育座りを崩し、胡坐をかく。

 

真っ直ぐ向かい合った僕に、黒猫は、

 

「既に察していることと思うが、わたしはあの日、高速道路で横転した大型車両に収容されていた。事故の経緯はどうあれ、その全ての原因はわたしにある。今のわたしは満足に代償を支払うことが出来ないが、これだけは君に伝えさせてくれ」

 

それから、小さな頭をしゅんと下げ、

 

「すまなかった。本当に、すまなかった……」

 

ああ、そうか。

 

オーバー・リアルの存在に、化物野郎との対決。全てが突然過ぎて失念していた、彼女の目的。

 

この黒猫は、クーリエは償いに来たんだ。

 

「謝って済むことでないのは、重々承知している。しかし、この言葉だけは、君に直接伝えたかった……」

「うん……」

 

僕は夜空を見上げ、木の葉の隙間に、小さな星を望みながら、

 

「あれは、父さんが選んだことだから……」

 

それから、ゆっくりと言葉を選び、

 

「こんなこと、息子の僕が言っちゃいけないことなのかもしれない。だけど、あの日のことは、父さんの選択が招いた事故だった」

「人の命とは、結果論で片付けていいものではない。わたしはそう認識している」

「分からない。父さんが死んだことは、今でも悔しいよ……」

 

あの時、さっさと避難していたら。あの時、もっと早く走っていれば。たらればを考えたら、キリが無い。

 

でも、だけど、

 

「父さんの言葉を、他の誰でもない、僕と『NO TITLE』で証明できた。子供っぽい思い込みかもしれないけど、そのことにとても、慰められたんだ……」

 

僕は、夜空から黒猫に視線を戻し、

 

「君は僕に真実を教えてくれた。だから僕は、君を責めるようなことはしたくない」

「そうか……」

 

そう伝えると、小さな黒猫はやっと顔を上げてくれた。

 

分かる、彼女は人間だ。この獣の相貌の向こうに、人の心がちゃんとある。

 

僕はその心に届くよう、はっきりとした口調で、

 

「だけど、こうなってしまった事情は知りたいと思う。超能力とか、僕はまだ知らないことだらけなんだ」

「うむ、当然の権利だ」

 

彼女が実現能力者なのは、もう分かってる。でも、何故ゲームの力で僕の前に現れたのか。何故、オーバー・リアルを知っていたのか。

 

クーリエという黒猫は、金の瞳で僕を見つめ、

 

「そのことに関し、わたし自身の事情を含め、説明させてもらう」

 

 

 

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