OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー   作:Monjiroh

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002 一会シン、十六歳

「ただいま」

 

 日の暮れた夕方過ぎ。

 

 玄関を開け、家に帰り着いた僕は、誰もいない空間に挨拶を放った。

 

 かまちを上がれば、左手にトイレと洗面所、そして浴室。短い廊下の先には広めのリビング・キッチンと、小さな和室。どこにでもある、1LDKの賃貸マンション。

 

 バッグを置いて制服を脱ぎ、電気も点けずに洗面所へ向かい、のろのろと手を洗う。

 

 鏡に映るのは、現実の僕。

 

 白い肌に緑色の瞳。目に掛かるくらいの長さの亜麻色の髪。白いワイシャツに黒いズボンという、指定の制服を着た小さな体。喉ぼとけも出ていない、声変わりすらまだな、発育の遅い性別不明の容姿。

 

 僕のコンプレックス、そのものの姿。

 

 鏡の自分から目を逸らし、リビングへ戻った僕は、カーテンと窓を開け、部屋の外へ。

 

 ベランダの床板に置かれているのは、小さな小さなプランター。小学校の理科の授業で習い、それからずっと続けている、トマトの栽培。

 

 霧吹きを手に、実の成っていない苗に水をやっていると、胸ポケットのフォンカードがポンと音を立てた。布越しにタップし、受話。

 

『おかえり、シン』

「ただいま、父さん」

 

 通話相手は、僕の父さん。

 

 父さんはぐったりした、それでいてウキウキしたような声で、

 

『予定通り、明日夕方の便でそっちに戻るぞ。ああ、これでやっと特区に腰を落ち着けられる』

「うん、よかった。迎えに行くよ」

 

 僕達親子は、二人家族。

 

 母さんは僕が生まれてすぐに亡くなり、祖父母はみな僕が小さい頃に亡くなった。

 

『すまんなあ、今まで一緒にいてやれなくて。けどな、これからは違うぞ。料理に掃除に洗濯に、家のことはどーんと俺に任せてくれ!』

「僕だってやるよ。父さんが忙しいのは、分かってるから」

 

 水やりを終え、部屋に戻り、夕陽に照らされたフローリングを改めて見渡す。

 

 父さんは僕が小学校に上がってからずっと単身赴任で、この部屋には一度も帰ってきていない。

 

 でも、寂しいと感じたことは無い。こうやって毎日連絡をくれるし、何より今は、仮想があるから。

 

『そうそう、春の新作ゲームなんだが、ひと通り買って家族用ストレージに送っておいたぞ』

「え」

『だって、やるだろ? 今期のFPSは大作揃いだって聞くぞ?』

「……父さん、また背景スキン衝動買いしたの?」

『いやあー、あっはっはあ! いずれ使えるかもしれないと思うと、ついな!』

「ついで新作大量購入するの、やめようよ」

 

 お互い当然のようにゲーム好きなので、話題は尽きない。父さんは年の離れた友人のように、僕と接してくれる。

 

 これが、僕達親子の家族の形。

 

『まあまあ、いいじゃないか。ゲームは沢山やっとかなきゃだ。――な!』

「それは、そうだけど……」

『文武両道ならぬ、文ゲー両道。学校が教えてくれないことは、全部ゲームが教えてくれる。だからな、シンは今まで通り、好きなことを思いっ切りやっていいんだ』

「うん……」

 

 歯切れの悪い僕とは対照的に、父さんは明るい声で、

 

『さあて、部屋の片付けを終わらせんと! それじゃあ、明日な!』

「分かった、気を付けてね。あと、新作買ってくれて、ありがとう」

『ああ! そっちに戻ったら、俺も遊び倒すさ!』

「うん」

 

 通話終了。

 

 もう一度、がらんとしたリビングを眺めてから、カーテンを閉める。暗くなった部屋で、天井に埋め込まれた装置に思考信号を送り、壁一面に大きなモニタを作り出す。

 

 コロイド・モニタ。

 

 空気中の水分を操作し、プロジェクターのように映像を表示させる、科学の産物。

 

 モニタを適当なサイズに調整した僕は、壁際に鎮座する黒い箱を起動し、フローリングの床に胡座をかいた。それから、年代物のジョイ・スティックを足の上に乗せ、モニタと向かい合う。

 

 何をするかって言うと、勿論ゲームだ。父さんや同クラの子が言う通り、これが今という時代の当たり前だから。

 

 レバーを動かし、ボタンを叩き、モニタに映るキャラクターを操作する。

 

 僕がやっているのは、大昔に発売されたレトロゲーム。

 

 2D格闘ゲームだ。

 

 2D格闘ゲームはかつて一世を風靡した超人気ジャンルで、対戦ゲームと言えば格ゲーと言われるほどのものだった。

 

 だけど、今この世界で格ゲーを遊んでいるのは、僕一人しか存在しない。

 

 カチャカチャとボタンを叩く音だけが響く、薄暗い部屋。風も何も感じない、現実の世界。

 

 僕は一人、モニタに向かい、

 

「こんなに、楽しいのにな……」

 

 

 

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