OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
「ただいま」
日の暮れた夕方過ぎ。
玄関を開け、家に帰り着いた僕は、誰もいない空間に挨拶を放った。
かまちを上がれば、左手にトイレと洗面所、そして浴室。短い廊下の先には広めのリビング・キッチンと、小さな和室。どこにでもある、1LDKの賃貸マンション。
バッグを置いて制服を脱ぎ、電気も点けずに洗面所へ向かい、のろのろと手を洗う。
鏡に映るのは、現実の僕。
白い肌に緑色の瞳。目に掛かるくらいの長さの亜麻色の髪。白いワイシャツに黒いズボンという、指定の制服を着た小さな体。喉ぼとけも出ていない、声変わりすらまだな、発育の遅い性別不明の容姿。
僕のコンプレックス、そのものの姿。
鏡の自分から目を逸らし、リビングへ戻った僕は、カーテンと窓を開け、部屋の外へ。
ベランダの床板に置かれているのは、小さな小さなプランター。小学校の理科の授業で習い、それからずっと続けている、トマトの栽培。
霧吹きを手に、実の成っていない苗に水をやっていると、胸ポケットのフォンカードがポンと音を立てた。布越しにタップし、受話。
『おかえり、シン』
「ただいま、父さん」
通話相手は、僕の父さん。
父さんはぐったりした、それでいてウキウキしたような声で、
『予定通り、明日夕方の便でそっちに戻るぞ。ああ、これでやっと特区に腰を落ち着けられる』
「うん、よかった。迎えに行くよ」
僕達親子は、二人家族。
母さんは僕が生まれてすぐに亡くなり、祖父母はみな僕が小さい頃に亡くなった。
『すまんなあ、今まで一緒にいてやれなくて。けどな、これからは違うぞ。料理に掃除に洗濯に、家のことはどーんと俺に任せてくれ!』
「僕だってやるよ。父さんが忙しいのは、分かってるから」
水やりを終え、部屋に戻り、夕陽に照らされたフローリングを改めて見渡す。
父さんは僕が小学校に上がってからずっと単身赴任で、この部屋には一度も帰ってきていない。
でも、寂しいと感じたことは無い。こうやって毎日連絡をくれるし、何より今は、仮想があるから。
『そうそう、春の新作ゲームなんだが、ひと通り買って家族用ストレージに送っておいたぞ』
「え」
『だって、やるだろ? 今期のFPSは大作揃いだって聞くぞ?』
「……父さん、また背景スキン衝動買いしたの?」
『いやあー、あっはっはあ! いずれ使えるかもしれないと思うと、ついな!』
「ついで新作大量購入するの、やめようよ」
お互い当然のようにゲーム好きなので、話題は尽きない。父さんは年の離れた友人のように、僕と接してくれる。
これが、僕達親子の家族の形。
『まあまあ、いいじゃないか。ゲームは沢山やっとかなきゃだ。――な!』
「それは、そうだけど……」
『文武両道ならぬ、文ゲー両道。学校が教えてくれないことは、全部ゲームが教えてくれる。だからな、シンは今まで通り、好きなことを思いっ切りやっていいんだ』
「うん……」
歯切れの悪い僕とは対照的に、父さんは明るい声で、
『さあて、部屋の片付けを終わらせんと! それじゃあ、明日な!』
「分かった、気を付けてね。あと、新作買ってくれて、ありがとう」
『ああ! そっちに戻ったら、俺も遊び倒すさ!』
「うん」
通話終了。
もう一度、がらんとしたリビングを眺めてから、カーテンを閉める。暗くなった部屋で、天井に埋め込まれた装置に思考信号を送り、壁一面に大きなモニタを作り出す。
コロイド・モニタ。
空気中の水分を操作し、プロジェクターのように映像を表示させる、科学の産物。
モニタを適当なサイズに調整した僕は、壁際に鎮座する黒い箱を起動し、フローリングの床に胡座をかいた。それから、年代物のジョイ・スティックを足の上に乗せ、モニタと向かい合う。
何をするかって言うと、勿論ゲームだ。父さんや同クラの子が言う通り、これが今という時代の当たり前だから。
レバーを動かし、ボタンを叩き、モニタに映るキャラクターを操作する。
僕がやっているのは、大昔に発売されたレトロゲーム。
2D格闘ゲームだ。
2D格闘ゲームはかつて一世を風靡した超人気ジャンルで、対戦ゲームと言えば格ゲーと言われるほどのものだった。
だけど、今この世界で格ゲーを遊んでいるのは、僕一人しか存在しない。
カチャカチャとボタンを叩く音だけが響く、薄暗い部屋。風も何も感じない、現実の世界。
僕は一人、モニタに向かい、
「こんなに、楽しいのにな……」