OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
東部学園地区の北端、中央市街区との境界に建つ高層ビル。世界中の国々の欲を満たすために用意された、実験用カモフラージュ施設。
様々な機材が破壊され、床一面にガラスの破片が散らばった、混沌の部屋。
その中央に、私は立っている。
齢五十を超え、なお壮健たる長身の体躯。健康的な艶を放つ肌と、未だ若々しく生え揃う灰色の髪。上質かつ威厳を醸し出すデザインのスーツは、正にジェントルマンの見本そのもの。
徹底した自己管理の成果。文化的人間として、これ以上ない理想の在り方。
これが、私だ。
暗い部屋で一人、この私だけが秩序と規律を体現している。
そこへ、
「蔵瀬保安正、報告であります」
「述べたまえ」
「はっ!」
扉を開き、一人の保安官が入室してきた。
若く優秀なその部下は、威風堂々たる私の背中に向かい、
「全被害者の救助が完了しました。適合サンプルとなっていた人間はいずれも情報開示のされていない非能力者であったため、一般病院へ搬送中です」
「うむ」
「この施設に勤めていた人間は被疑者とし、検査が終わり次第聴取、修正を行います」
「うむ」
ここでようやく私は振り向き、部下の報告に力強く頷いた。
素晴らしい。全て私の指示通りの仕事だ。
しかし、ここはあくまで自然に不機嫌を装い、大きくため息をひとつ。
「特区の体質とは言え、歯がゆいものだな。関係各国に一々話を通さねば、部隊の一つも動かせんとは……」
「そんな、保安正……」
やり切れん。そんな表情の私に、若き保安官は姿勢を正し、
「いえ、保安正の指揮は的確であったと存じます! 容疑者と関係施設の割り出しが正確であったからこそ、我々は迅速な作戦に臨むことが出来ました!」
「だが、結局は後手に回ってしまったよ」
「我々保安部の仕事は予防ではなく、対処だと心得ています。保安正が思い悩むことではありません」
「しかし、何も知らん人々の平穏が乱されるのは、やはり我慢ならんのだ」
「保安正……!」
更に悔し気な顔をすると、保安官は感じ入ったように涙ぐんだ。
それでいい。
クソゲーめいた現実に苦悩させ、そのストレスを任務達成によって発散させる。充実感と満足感で士気を高めたところに、無力さへの共感をひと匙。これで部下の心は、私への信頼と忠誠で満たされる。
やはり、たまらん。
私が己のコントロールに満足していると、
「失礼します。……どうした?」
若き保安官が、耳に付けたインカムに応答した。どうやら新しい報告が上がったようだ。
部下が通信を終えるのを待ち、私は当然、その内容を予想し、
「件の容疑者かね?」
「はい。屋上で発見した化け物ですが、確保直後に消滅したとのことです」
「映像を回せ」
私が言うと、保安官はジャケットアーマーの胸ポケットに装備された投影装置を起動。我々二人の間に、複数のコロイド・モニタが展開された。
映し出されたのは屋上床に横たわる異形の姿。その全身が赤錆び色に染まり、やがて朽ちたように崩れていく。
それを見た私は即座に判別、そして発言。
「ふむう、この容疑者のゲームは『インセイン』であろうな。こやつはそう、看板モンスターにもなっている序盤のボスだ」
「い、インセ……?」
「知らんのかね。去年発売されたパニックホラーだ」
「ひと目でゲームを特定するとは、やはり保安正は流石です」
「世辞を言っとる暇があったら、ひとつでも積みゲーを崩す努力をしたらどうかね」
「怠慢でした。申し訳ありません……」
気まずい顔をした保安官は、次いで苦り切った顔になり、
「しかし、こんなゲームを現実にダウンロードして、一体何がしたかったのか。全く正気とは思えません」
「同感だ」
そう、正気ではない。
ゲームの敵キャラというものは、プレイヤーに倒されることを宿命付けられた存在だ。ゲームを現実化する力でこのような変身をすれば、その先に待っているのはゲームと同じ末路、完全なるゲーム・オーバーだというのに。
私はコントロールよろしく、話を戻し、
「屋上で能力者同士の戦闘が展開されたと聞いたが」
「はい、発見対象は外国籍の成人男性が一人。そして、子供が一人だそうです。成人男性は意識喪失していたため、部隊が確保しました。ですが、子供の方は……」
「逃げられた、か。相手が実現能力者ならば、仕方あるまい。素性は押さえてあろうな」
「それが、対象に向けた分析機器が、一切反応を示さなかったそうなのです。班によると、まるで透明人間を相手にしているようだった、と。ですから、申し訳ありません……」
「電場感知の網に掛からない存在だと? ふうむ……」
新たな情報を踏まえ、私が思考を巡らせていると、
「しかしその、発見次第即射殺というのは、いかがなものでしょう。相手はまだ子供です」
若き部下が、良識まみれのくだらん葛藤を吐き出した。
全く、これだから無知なる者は……。
だがしかし、コントロール。私は眉間に深い皺を刻み、
「現代に生きる我々にとって実現能力は必要不可欠であると同時に、多くの危険を孕んだものだ。先日の高速道路を思い出せ。子供の姿に惑わされてはいかん。その者は未登録の実現能力を危険使用し、この件に介入してきたのだ。君はあのような惨事の再発を望んでいるのかね」
「まさか! あんなことは、あってはならんと思っております!」
「そうとも、気を許してはいかん。健全な法のもと、あらゆる脅威から区民の生活を守る。それが我々保安部の職務である」
「はっ!」
私の言葉で若き保安官は再び姿勢を正し、両の眼に決意の光を漲らせた。
んん~ん、いいぞお。若さに燃える、いい目じゃないか。
そうだ、騙されていればいい。使命感に陶酔した人間ほど、扱い易いものは無いのだから。
「逃走した子供の追跡だが、こちらで別途指示を出す。君達はビル周辺の交通規制を解除し、撤収したまえ」
「はっ! それでは、失礼致します!」
若き優秀な保安官は、謹んで退出していった。
「さて……」
私は部屋に一人、遠ざかっていく部下の足音を聞きながら、なお感覚を研ぎ澄ませる。周囲に人の気配が無いことを再確認し、左手にある物体を創り出す。
実現能力。
生成したのはそう、上質な葉巻を一本。
ギロチンカッターでヘッドを切り落とし、口に咥える。マッチを灯しフットを炙り、ゆっくりとふかす。
極上の香りを胸一杯に吸い込み、極上な煙を部屋一杯に吐き出し、
「ふうううううむ……」
美味い。
物質生成。実現能力の基本中の基本にして、最も汎用性の高い副次能力。
実現能力は個人の認識がありのまま反映される、人の力。プレイヤーの人生経験によって、道具であれば性能が変わり、消耗品であれば質が変わる。
つまりこれは、私が経験してきた勝利の味だ。
「全く、ゲームというのは最高の娯楽だな……」
そう、ゲームは最高だ。
ゲーム能力のおかげで、私の現実での不満、不便、不自由は全て解消された。この力と現実のルールである法律を使いこなし、私は仮想特区保安部、特級保安正という地位にまで上り詰めた。
勿論、この保安部において、この私が実現能力者であることを知る者はいない。二十年という歳月をかけ、私は保安部という組織を正に手中に収めることに成功している。
更に版図を広げることも可能ではあるが、なに、ゲームを楽しむにはこのくらいのポストが丁度いいというものだ。
私の人生は順風満帆。私は今の自分に、ゲームに、これ以上ないほど満足している。
「ふうううううううううむ……」
特権的な味を楽しみ、もうひとふかし。割れた窓ガラスの外に夜景を臨み、更にひとふかし。
「いい景色じゃあないかね……」
世界は、ここ仮想特区で遊んでいる。そして私は、その遊びを管理する者だ。
この街で行われている非公式な実験は、いくつかの事案を除き、全て把握している。当然、このビルの屋上で戦闘していた外国籍の男のことも、熟知している。
ブラント・ヴァンダーカップ。
ゲーム能力産業で成りあがったアメリカの大富豪、ヴァンダーカップ家の次男坊。覇権ゲー至上主義者で、本人も極めて高い実現能力を持つことで知られる。その筋の社交界では、人気の男だ。
この事件とはつまり、ここ特区で飼われていた科学者が、ある富豪に売り込みをしただけに過ぎん。特区で秘密裏に行われていた実験、その成果を買い取らないかと。
私の役目は、あくまでオブザーバー。
開発プログラムに関わるデータと物理的材料の受け渡し、取引を円滑に済ませるための仲介。
今回の件もまたいつものこと、そう思っていた。高速道路の事故も道路交通保安部、事故処理班の仕事をわざと遅らせ、実験チームの逃走を見逃しもした。
何が起ころうとも、私がコントロール出来ればそれでいいと。
しかし、話が変わった。
オーバー・リアルの人為的開発プログラム、その成果。このビルの事件、この部屋の有り様を前に、私は確信を得た。
内容を知る限りでは半信半疑だったが、あの研究者がこのビルで行おうとしていた、実験の真実。
「くっ……」
今ですら万能な実現能力。その先に、頂に、もし至れるとしたら……。
「くっくっく……。ヴァンダーカップの小倅には、過ぎた代物よ……」
煙ではなく、笑いが漏れる。葉巻の先端から落ちた灰が、細い煙を残し消えていく。
おっと、いかんな。
私は右手でスーツのポケットを探り、ディススモーク・デバイスカードを取り出した。装置を起動すると、部屋に充満する煙が瞬く間に分解され、跡形もなく消え去っていく。
証拠など残さん。
つまらんミスなど絶対にせん。そうだ、私は全てをコントロールし尽くしている。件の実験チームのメンバーは行方をくらませたが、使用された施設の場所は全て把握している。
「さて……」
足元のガラスを強く踏み、砕けた破片を更に砕く。
子供が一人、か。
この部屋の破壊の源、『インセイン』の男をクリアしたのは、その侵入者で間違いあるまい。実験チームの人間が子飼いの能力者に後始末を命じた、といったところか。不確定要素に成り得るかもだが、なに、放っておいても問題無かろう。
狙うべきは、そう、チームの中枢だ。
私は胸ポケットのフォンカードを布越しにタップし、思考信号で番号を呼び出した。数回のコールの後、相手の受話を確認し、
「ああ、機動部隊本部かね? 私だ、蔵瀬だ。逃走者の追跡は打ち切って構わん。それよりも、緊急で作戦を立案する」
壊れた部屋で一人、私はもう一度、極上の煙を吐き、
「そうだ。一連の事件、その元凶を確保する、重要な作戦だ……」