OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
「……承知しました。それでは、失礼致します」
重苦しい空気が落ちる、夜のオフィス。特区保安部中央本署、情報統合室。
「崎守さん、上はなんて?」
通話を終えた私に、パーテーションの上から顔を出した同僚二人が、聞いてきた。
「無事、解決したそうよ」
「よかった。ああ、よかったです」
「それで、次なんだけど」
「え、次、ですか……?」
私の返答に、二人は絶望的な顔でフリーズする。
そう、なるだろう。
高速道路での能力事件からこっち、情報統合室の職員は全員泊まり込みで公務に当たっている。その仕事もようやく落ち着き、退勤許可が下りたのが、つい先ほど。私達三人が最後の居残りだった。
「室長からの指示でね、緊急作戦だそうよ。明日までに修正案件を纏めて、各所へ向けたシナリオと報告書作り」
「じゃあ……」
「いいえ、あとは私一人でやるから、あなた達は上がって大丈夫」
私の返答に、二人は顔を見合わせ、
「でも、明日って、それ、崎守さん一人じゃ無理ですよ」
「通常のシナリオよ、私一人で間に合うわ」
「でも……」
「いいの、本当に大丈夫だから」
すると、申し訳なさ半分、安堵半分といった感じで席を立ち、
「ありがとうございます! お先に失礼します! 崎守さん、無理しないでくださいね!」
「ありがとう、お疲れ様です……」
何とか笑顔を作った私は退勤する若手を見送り、耳のインカムを速攻でオフ。一人きりになったオフィスで、机に突っ伏した。
帰りたかった。私だって、帰りたかった……。
だってこの事件の担当は私なんだから、帰れないじゃない。他の人に任せたとして、チェックをするのは私なんだから、どっちにしろ帰れないじゃない。
ああ、帰りたい。家に帰って、ちゃんと着替えたい。ちゃんとご飯食べたい。ちゃんと寝たい。もう何も考えない、植物になりたい。あー……。
「……っ」
やばい、落ちかけた。一度気分を切り替えないと、これ以上は無理。
そうと決めた私はよろよろと立ち上がり、統合室を脱出する。ふらふらと歩き、ふらふらの頭で更衣室へ。
更衣室の扉にフォンカードをかざすと、ポン、という音を立ててプロフィールが表示された。
『情報統合室、崎守ミサキ一級保安官、27歳』
……入室者のチェック項目に年齢って、いる?
一級保安官、警察で言えば警部補相当。キャリア的に見れば、出世は順調。
でも、これはただの消去法の結果。同期は二年目辺りでみな寿退職してしまって、他に人がいないから、ぶっちゃけ売れ残りの証明でしかない。彼氏いない歴=年齢ですが、それが何か?
「やば、ネガりが止まんない……」
開いた扉から更衣室に駆け込んで、汗臭くなったブラウスとシャツを脱ぎ、トラッシュ・ボックスに放り込む。
思考信号を送れば、中身は全て消滅。世界中のゴミ問題を一気に解決したゲーム技術の粋に、今日もまたお世話になってしまった。
ロッカーから制汗シートを取り出し、一先ず清潔になる。ストックしてあるシャツとブラウスを着て、ようやくリセット。
ロッカーの扉を閉める前、鏡に映る自分を見て、何かもう色々諦める。黒目黒髪の地味な見た目は仕方ないとして、目の下のクマが絶望的。
「はー、あああああ……」
ベンチソファに腰を下ろし、項垂れる。ロッカールームには、汗と、それをごまかす匂いが充満している。
人の、疲れた匂いだ。
「ぁー……」
もう、嫌だ。帰りたい……。
特区では、公務員が一番ブラックだ。
仮想特区は、基本的に技術者学者の街。公務員は私みたいに才能の無い人間に押し付けられる、罰ゲーム職。
一日六時間労働が当たり前のこの時代に、一日十二時間労働は当然で、週六出勤。労働基準法? 何それ?
見事なまでの行き止まり人生に絶望していると、フォンカードに通知が届いた。
『ミサキ、ちゃんと食べてる?』
『お父さんも心配してるのよ』
『ねえ、本当に大丈夫なの?』
内容はいつも通り、心配性の母から。
『大丈夫。今の仕事が落ち着いたら、顔を出すから。お父さんによろしく』
最早定型文と化した返信をして、頭の中で母に謝る。
大丈夫。
また、嘘を吐く。
「うっ……」
疲れとも不安とも違う不快感に、口を覆う。
これはそう、罪悪感。嘘を吐いた罪悪感で、思い出す。
思い出すのは、一昨日のこと。ある少年に事情聴取をした、あの日のこと。
投影装置も何も無い、外と隔絶された防音室。あの白い部屋で、私はあの少年にこう言った。
『あなたは今、ショック状態にあります』
家族を喪ったばかりの十六歳の少年に、淡々と。
『あなたの言う高速道路での異常現象ですが、事故当時の映像記録では一切確認出来ませんでした。そのような変異は、存在しません』
努めて、冷静を装って、
『被害者の方達の死因は銃撃などではなく、横転したトラックに巻き込まれた事故によるもの。あなたのお父様は被害者を助けようとした際、乗用車の爆発に巻き込まれ、亡くなったのです』
すると、少年は人形のような無表情でこう言った。
『事故にあった人達は、まだ生きていたました。けど、トラックの男が化け物に変身した途端、何処からか銃を持ち出して、撃ち合いを始めたんです』
そして、その化け物が父を殺したのだ、と。
まるでフィクションのような、あり得ない事実。
ええ、そうよ。それが、真実。
でも、私は彼の証言を否定し、修正した。だって、私の仕事は嘘を吐くことだから。
そう、これは仕事。実現能力を知る人へは、実現能力が原因ですと伝え。能力の存在を知らない人には、通常対処として嘘のシナリオを作り、それを事実としてもらう。隠蔽ではなく、対処。
それが保安部情報統合室の役目であり、今という社会の、秩序の守護り方。
「ううっ、うっ……」
小さく体を縮め、両手で顔を覆って声を殺す。
泣くな。まだ仕事中、今は仕事中なんだから。
仕事、仕事、ああ、仕事……。
この仕事に信念があるか。……特にない。
この仕事に意味はあるか。……あるのだろう。
母が丈夫な体に生んでくれたおかげで、とにかく動ける、働ける。その取り柄だけで、何とかしがみついてきた。でも、もう限界なのかもしれない。
限界? ……これから何十年も、この仕事で食べていかなきゃならないのに?
「コーヒー……」
ふらりと立ち上がり、更衣室を出る。
とにかく、仕事だ。仕事さえ始めてしまえば、余計なことを考えずに済む。
そうよ、とびきり濃いコーヒーを淹れて、さっさと報告書を仕上げて、シャワーを浴びて仮眠をとる。少しの間だけでいい、現実を忘れたい。現実から、逃げたい。
「コーヒー、コーヒー……」
統合室に戻り、最新式のコーヒーメーカーでコーヒーを淹れて、机に戻る。
さあ、仕事だ……。
多重表示したモニタに一つ一つ目を通し、様々な企業、機関、それぞれに向け、実現能力の存在を秘匿するためのシナリオを用意する。
加えて、各部署との連携。刑事課、地域課、交通課は情報指示書が必要。ああ、そうだ、会見はタイミングが命だから、先に広報課へ。上への連絡は、室長がやってくれるだろう。
あとは機動部隊からの報告書の確認。だけど、これは楽。その理由は署名欄。
蔵瀬セイジン特級保安正。
保安部における実質No.2の官僚なのに、必ず現場に顔を出して末端の仕事内容をきちんと把握するから、報連相で失敗しない。バカみたいな伝言ゲームで時間を無駄にすることが殆ど無い。
どんな小さなことでも保安正に伝えさえすれば、トップダウンで組織を動かしてくれる。何より、必ず責任を取り、絶対に逃げない。あの人がいるから、保安部が回っているまである。
今日の作戦もあの人の指揮だから、難しいことは言ってこないだろう。
と、安堵した矢先、報告書の中に通常対処の項目を見つけ、眉をひそめる。
「救急が出動? ああ、消防に通報した民間人がいたのね」
実現能力絡みの事件は、消防ではなく保安部に通報する。告知が行われた人間にとっては、常識のことだから。
「情報非開示の人間が絡むと手間が増えるし、正直首を突っ込まないで欲しいのだけど……」
ため息交じりでリストに目を通し、通報者の名前でふと目が止まる。
間違えようもない、あの名前、あの少年。
「一会君……?」