OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー   作:Monjiroh

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023 闘士の心得

 夜の街を、僕らは歩く。

 

 ARが投影しやすいよう、とことんまで特徴を削られ、平坦な外見になった繁華街。店舗の宣伝やゲームのPVが賑やかに踊る、人が楽しみ遊ぶ場所。

 

 保安部機動部隊の追撃を振り切り、中央市街区に入った僕は、クーリエの先導で街の大通りを歩いている。

 

 銃で撃たれた傷はと言えば、問題なかった。ゲームを終了した途端、全てのダメージが即座に完治し、血で汚れた服も真っ白になった。

 

 どうやら、能力者以外の対戦で負った傷は、ゲーム終了時に状態がリセットされるらしい。トレモみたいなものだろう。

 

 ビルからの飛び降りも、特に問題なかった。正確なモーションで着地すれば、どんなに高い場所から落ちても死にはしない。それが格ゲーだから。

 

「っと……」

 

 危ない、クーリエを見失う所だった。人ごみの中、小さな黒猫から目を離さないよう、注意して歩く。

 

 だけど、

 

「何だ、この感じ……」

 

 不思議な感覚だ。

 

 道行く人が、こちらを見ない。クーリエの選ぶ道筋が、この街の物理的な死角、意識の抜け道を通っているような……。

 

 強烈な違和感を体で覚えつつ、頭の中では別の疑問が回ってる。その疑問を解消すべく、つぶさに周囲を見回し歩く。

 

 僕の疑問、それは情報だ。

 

 あのビルの屋上で、僕は保安部と接触した、顔を見られた。つまりは個人情報を特定されたってこと。

 

 なのに街のARを見る限りじゃ、指名手配とかの速報が無い。

 

 現代のフォンカードは生体電子マップの個人登録が必須なガジェットで、保安部ならば特定した端末から居場所を探知するくらいはやってのけるはずなのに。

 

 なのに何故、僕は野放しになってるんだろう。

 

 もやもやしながら歩いていると、前を行くクーリエが小道に入った。その姿を見失わないよう、僕も小道に入る。

 

 暗い路地裏を進み、辺りに人気が無くなったのを見計らい、僕はクーリエに切り出した。

 

「クーリエ、僕は戻るよ。戻って、保安部の人に会わなきゃならない。事情を話して、誤解を解かないと」

 

 襲われた救急隊の人達と、ボロ布野郎に上級人類。保安部に話して、解決してもらわなきゃいけないことが沢山ある。

 

「いいや、駄目だ」

「ダメって」

「君はこのまま、家に帰れ」

 

 まさかな返答で驚く僕に、クーリエは足を止め、

 

「保安部はこの街における秩序の守護者であり、悪意の防波堤でもあった。その筈だ、その筈だった。でなければ、この街は徹底的に管理された実験場になっていた筈だ……」

 

 長い尻尾をしゅんとさせ、悔しげな声で、

 

「その保安部が、まさか利用されようとは……」

「利用って、何に」

「開発プログラムの奪取に、だ」

「開発プログラム……!」

 

 小さな黒猫は暗い路地、影の中で振り返り、

 

「保安部は内部から利用されている。おそらくは単独犯、たった一人の実現能力者によってだ」

「たった一人……?」

 

 まさかな僕に、クーリエは、

 

「君が対敵した情報機動部隊の火力を思い出せ。あの規模の部隊が、たかが救急の応援で送り込まれるようなものか? そやつは知っていた、分かっていたのだ。あの部隊は、あのビルを制圧するために送られたのだ。一連の事件を把握していながら、敢えて手を出さず、静観していた人物。便宜上、その者をフィクサーと呼ぼう」

 

 フィクサー、黒幕。能力者とはいえ、保安部みたいに大きな組織がたった一人の人間に操られているなんて、とても思えない。

 

「フィクサーは開発プログラムの存在を知っていたが、関心がなかった。しかし、あのビルで何かを掴み、今この時、手中に収めるため行動を開始した」

 

 そこでクーリエは、強い確信を秘めた視線で、

 

「何故この考えに至ったのか、その根拠は、君だ」

「僕」

「そうだ。あの屋上で、わたしは保安部の装備にジャミングのようなものを仕掛けた。よって、会敵時の情報から君を特定するのは不可能だろう。しかし、救急隊には君が通報した記録があり、そこから君を割り出して然るべきだ」

 

 それだ。僕もそれが不思議だった。

 

「では、何故君は野放しになっている? 君に来るはずの連絡もなく、指名手配等の報道もない。結論を言おう、君は無視されたのだ。ビルに不法侵入した学生などにかかずらっていられない、遥かに優先順位の高い目的が出来たのだ」

 

 ……辻褄は、合う。合いすぎてしまう。

 

「そして、フィクサーが実現能力を有した単独犯であるという理由だが、狙いが開発プログラムであることで容易く説明できてしまう。あれは能力者以外には意味の無い代物なのだから」

 

 ……確かに、そうだ。

 

 クーリエは、ダメ押しとばかりに金の瞳を鋭く細め、

 

「最強になれるレア・アイテムが現実に存在したとして、君ならどうする」

「それは……」

 

 当然、独り占めする。

 

「君に一つ、実現能力者の法則を教えておこう。新たな力を手に入れた人類が、新たに備えてしまった本能、ゲーマー的習性とでも言おうか」

 

 黒猫は、一息入れ、

 

「実現能力者が己の目的を達成しようとする時、必ずその本人がことを起こす」

 

 何も、否定できない。事実、あの上級人類は一人で来た。

 

「実験チームは解体されたが、中枢は生きている。その者を捕らえるため、機動部隊は今頃新たな作戦に駆り出されているに違いない。保安部に潜む輩は、相当に地位の高い人間と思われる」

 

 そこまで話した黒猫は、がくりと頭を垂れ、

 

「人の愚かさは理解していたつもりだったが、まさか、ここまでの事態になろうとは……」

 

 小さな体を震わせ、とてもとても悔しげな声で、

 

「すまない、シン。君に安全を保障することが、わたしに出来る唯一のことだったというのに……」

 

 謝罪するように俯き、黙り込んでしまった。

 

 消沈する彼女を前に、ふと気付く。僕の両手が、真っ白になるほど握り込まれている。

 

 ……ああ、なんだ。

 

 ゆっくりと手を開き、また握り、拳を作る。

 

 僕はまだ、怒っていたんだ。

 

 暗い路地裏から夜空を見上げ、決意する。視線を戻し、言葉にする。

 

「クーリエ、僕がやる」

「……シン?」

「僕がこの暴走を終わらせる」

 

 この世界から悲劇を無くすとか、みんなを守るヒーローになりたいとか、そういう訳じゃない。しかも相手は特区の裏で色々やってる、クソでお偉い大人野郎だ。僕みたいな学生に出来ることは、たかが知れている。

 

 だけど、この件だけは話が別だ。

 

 そう、

 

「あのプログラムがこの世に存在している限り、僕にとってのあの日は、まだ終わっちゃいないんだ」

 

 僕は見た、あのプログラムの効果を。そして、結果を。

 

 あのプログラムが増長させるのは超能力だけじゃない、人の欲望そのものを増長させるものだ。自分の欲望のままにゲームを利用して、無関係の人を巻き込んで、それがまた続く。

 

 だから、僕が止める。それがあの日を生き延びた、あの日父さんに命を救われた、僕の役目だ。

 

「しかし、シン。そいつを敵に回せば、この街のシステムから弾き出され、人として最低限の生活が叶わなくなるかもしれんのだ」

「別にいい」

 

 顔を上げた彼女に、僕は言い切り、

 

「これからもっと酷いことが起こるかもしれない。君の言う帰るべき日常ってやつがブッ壊れるかもしれない。そんな時に当たり前の保身を考えていたら、何も出来やしないんだ。後悔するのは、全部終わった後でいい」

 

 僕の決断に、黒猫は小さな首をふりふりし、

 

「やはり駄目だ。この件はわたし単独で敢行する」

「無理だ。だって、その姿が今の君の限界なんだろ」

「ぐっ……」

 

 こんなこと言いたくは無かった。彼女が言い辛いことを指摘したくなかった。

 

 けど、実現能力者になった今だから分かる。クーリエに何かできるなら、とっくにどうにかしてるだろう。あの日の高速道路でも、今日のあのビルでも。

 

 でも、彼女はそれをしなかった。出来なかったんだ。

 

 事情は分からないけど、今日僕にしてくれたことが、今の彼女の限界だから。

 

「ぐ……、ぬ……。しかし、どうする。どうしようと言うのだ」

「君が言ったことを、そのままやる」

「……?」

 

 クーリエは一瞬背景宇宙になった後、すぐに気付いたのか、

 

「保安部より先に実験チームの中枢を探し出し、フィクサーを迎え撃つ。そういうことか……!」

 

 そう、

 

 実現能力者が己の目的を達成しようとする時、必ずその本人がことを起こす。

 

 フィクサーが誰かは分からない。でも、そいつより先にチームの人間に接触すれば、その場にフィクサー本人がのこのこ現れるってことだ。

 

「確かに、君と格ゲーの戦闘力は本物だ。成功の可能性は極めて高い。しかし、だが……」

 

 クーリエは悩みに悩んだ末、ようやく観念したのか、

 

「シン、これだけは約束してくれ。君の生命が危機に瀕するような事態になったら、即座に逃げを選択すると」

「その約束はしたくない」

 

 僕の返答に、クーリエは小さくため息を吐き、

 

「……行こう。この暴走を止めるために」

「うん」

 

 頷き合い、歩き出す。その矢先、早速クーリエが、

 

「中枢の居場所だが、総当たりになるぞ」

「やるよ、やるしかない」

「解体されていない施設の場所は全て把握している。一晩あれば回れるだろう」

 

 目的地をいくつか聞いた後、今度は僕が、

 

「クーリエ、僕からも確認したい。君の身に危険は無いんだね?」

「無い」

 

 僕の心配に、彼女は断言し、

 

「わたしの本体はあの日以来、無人運輸システムによって特区中をランダムに移送され続けている。わたしを確保し、外部に売り飛ばそうとした人間の苦肉の策だ。こうすれば誰の手に渡ることもない、とな」

「それは……」

 

 確かに、手の出しようがない。

 

 特区の輸送網はとんでもなく複雑だ。自分の身は絶対安全だと、クーリエが変に強気なのも頷ける。ああ、現実の人間のやり口は、本当に厄介だ。

 

「口惜しいのが、わたしを収めた封印装置だ。あれは実現能力を制限する特殊な機能を備えている。わたしがゲームの力を万全に使えさえすれば、こんな事態にならずに済んだものを」

 

 だと思った。

 

「それよりも、シン。ビルの件で、君に伝えておかねばならないことがある」

「ビル? うん」

「あの、『インセイン』の男のことなのだが……」

 

 ああ、フィクサーは実験の殆どを知ってたようだから、ボロ布野郎のことも把握済みだろう。捕まえて、何らかの情報を引き出そうとするに違いない。

 

 あ、ブラント様の方はどうでもいい。あの上級人類のことは、心底どうでもいい。

 

「奴から情報が漏れる心配は、おそらく無い。何故なら、奴はもう終わりだからだ」

「終わり?」

 

 物騒な言い方に、僕が聞き返すと、

 

「オーバー・リアルの特徴は、ゲームに忠実であること。ゲームを現実化するということは、そのリスクも全て現実化してしまう、ということだ。つまり、ライフ全損等の条件を満たして敗北した場合、そのゲームにおけるペナルティを自ら負うこととなる。そして、奴が変身したのはあのゲームでの敵役、ボスキャラだった」

「じゃあ、あいつは……」

 

 クーリエは、僕の言葉を遮るように、

 

「だから、シン、君が思い煩う必要は無い」

「そう……」

 

 あいつが死んだ。僕が殺した。

 

 けれど、困った。人を殺してしまったのに、特に何も感じない。何だか色々あり過ぎて、常識的な感覚がバグッてしまったのかもしれない。

 

 でも、

 

「クーリエ。もし、あの人の名前を知っていたら、教えて欲しい」

「奴の名前か? 来栖キョウジだ」

「来栖、キョウジさん……」

 

 歩きながら、僕は考えを整理する。

 

「来栖さんとの対戦で、学んだことが一つあるんだ」

「学びだと?」

「うん」

「来栖さんは専門の学者なんだから、ゲーム能力には詳しかったよね?」

「勿論だ」

 

 なら、やっぱり、

 

「じゃあ、分かってたはずなんだ。自分が選んだ力は、負ければ死ぬものだって。でも、あのビルのあの部屋で、来栖さんは僕と最後まで戦い抜いた。高速道路の時みたいに、逃げなかった。僕はそれを、覚悟だと感じた」

「覚悟……」

「僕には、あんなことをしでかした来栖さんの気持ちなんて分からない。でも、来栖さんには、自分のゲームのルールを受け入れる意思があった。それは確かだと思う」

 

 だから、そう、

 

「オーバー・リアルっていう力は、自分が選んだゲームと心中する覚悟がなきゃ、きっと使っちゃいけないんだ。僕はそれを、来栖さんから学んだよ」

 

 僕に言わせれば、オーバー・リアルは借り物の力だ。

 

 ゲームにはそれを作ったクリエイターが必ずいる。現実化前提の仕様はあったかもだけど、その人達が悪用前提でゲームを作っていたとは、とても思えない。

 

 レトロゲーに慣れた僕にはハマらなかっただけで、今の仮想のゲームだって、ちゃんと面白かった。どのゲームも娯楽として完成していて、作り手の願いがしっかり込められた、素敵なものばかりだったから。

 

「来栖さんは研究を完成させるためにゲームを使い、僕は来栖さんをブチのめすためにゲームを使った。お互い、自分の欲望のためにゲームを利用したんだ。その点で、僕と来栖さんは何も変わらない。だったらせめて、ゲームに設定された結果だけは、受け入れなくちゃいけないんだ……」

 

 格ゲーのルール的に、僕のゲームは負けても意識不明になるだけだ。でもそれは、相手に生殺与奪の権利をそのまま与えてしまう、絶体絶命だってこと。

 

 つまり、負けたら死ぬ。でも、それでいい。

 

 これは自分の欲望のためにゲームを利用した、報いだと思うから。

 

「それが君の、心の整理か」

「分からない。でも、実現能力を使う時は、そう心掛けたいと思う」

 

 来栖さんのしたことを、僕は絶対許せない。

 

 そして、忘れない。父さんの言葉と同じように、来栖さんの過ちは、僕の中にずっとずっと残り続ける。それは絶対だ。

 

「そうか」

「うん」

 

 話を終えると、クーリエはさっきまでと同じように、僕を先導するため歩き始めた。

 

 来栖さんが死んだと聞かされた時、気付いたことが一つある。

 

 救急隊を呼んだあと、全て任せるよう言ったのは、クーリエだ。それはきっと、僕を来栖さんの死から遠ざけたかったからなんだ。

 

 僕は前を行く小さなお尻に向かい、小さな声で、

 

「ありがとう、クーリエ……」

 

 

 

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