OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
開発プログラムを作り出した実験チームの中枢を探し出し、フィクサーを迎え撃つ。
これからの方針を決めた僕達は、夜の繁華街、その裏道を、引き続き歩いている。
「シン、ことを始める前に。やるべきことをやっておきたい」
「やるべきこと?」
裏路地から裏路地へ、まるでスニーキング・ゲームな道筋の途中、前を歩く黒猫がそう言った。
「そうだ。最悪、機動部隊と再び戦闘になる可能性もありうる。出来れば避けたい相手だというのは、君が一番理解していることと思う」
「うん」
現実化した格ゲーの弱点は、銃のような遠距離攻撃だ。
対面して分かった。保安部機動部隊は格ゲーの天敵のような相手だったと、骨身に染みて分からされた。いくら堅牢なガードシステムがあっても、距離を取った多勢からの一斉射撃はあまりにも一方的過ぎた。
何より警戒すべきは、面を特定されてからの超長距離狙撃。
ゲームを現実に出来る力があっても、ゲーム非起動時に狙い撃たれたら、それで終わりだ。だから身元や居場所が敵にバレるのは、絶対に避けなきゃならない。
「どんな展開になったとして、君が戦闘で勝てねば意味が無い。やるべきこととはつまり、君の強化だ」
確かに。でも、
「強化って、まさか、僕に開発プログラムを?」
「いいや、違う。わたしに言わせれば、あんなものは邪道でしかない」
クーリエは小さな鼻をふんと鳴らし、引き続き落ち着いた声で、
「強化とは、認識の更新だ。君のオーバー・リアルへの理解度を更新することで、実現能力者としての君を完成させる」
「分かった」
オーバー・リアルに関して、僕はまだニュービー以前のひよっこだ。とにかく、話を聞かなきゃ始まらない。
僕の返事に、黒猫は小さな足をちゃっちゃと動かし、
「オーバー・リアルをより深く理解するため、そうだな、分かりやすくゲームにおけるソフトとハードに例えよう。まずはソフトについてだが、ダウンロードというのは比喩では無い。人はオーバー・リアルを発動する際、実際に仮想からゲームデータをダウンロードしている」
「それは、何となく感じてた」
「うむ。オーバー・リアルで現実化される力は、仮想にアップデートされたゲームに準拠したものとなる」
そう、オーバー・リアルはご都合主義なガバい超能力じゃない。僕はそれを、あの上級人類との戦闘で確認した。
「そこで君の『NO TITLE』に関し、いくつか確認したい事柄がある」
クーリエは、長い尻尾をふるりと揺らし、
「君は言ったな。自分には絵が描けなかった、設定が作れなかった。あのゲームは未完成だと」
「うん。キャラクターやステージみたいな素材は、一切用意出来なかった」
「否定的な評価に聞こえてしまったらすまないが、『NO TITLE』というプログラムは格ゲーのシステムだけを披露した、シミュレーションに近いものだと推察する」
「ああ、そうだね。そうだと思う」
初めて貰えた『NO TITLE』の客観的批評に、僕はやはりと納得する。
「さて、ここからがわたしの疑問だ。先ほどの機動部隊の攻撃だが、何故、君は銃弾をガードできた?」
「格ゲーなら銃弾くらい防げて当たり前だから」
「違うぞ、シン。君は質問の意図を間違えている。わたしが聞いたのは、『NO TITLE』に銃弾をガード出来る独自の設定があったのか、ということだ」
「いや、そういう設定は無いよ。さっき話した通り、僕には世界設定を作る力が……」
言いかけて、思い当たる。
「いや、設定はある。制作仕様書だ……!」
制作仕様書。
それはゲームに限らず、ものを作る時に必ず用意しなければならない要求事項。作られるものが一体何なのか。ものとして満たすべき条件や機能を明確化し、まとめあげた文書のことだ。
ゲームであれば、機能仕様、実験用仕様、データ設計仕様書などで、『NO TITLE』にはデザイン、ストーリー、世界設定の仕様書が存在しない。
だけど、機能仕様書には『NO TITLE』が2D格闘ゲームであること。また、格闘ゲームというジャンルがどのようなものであるのか、その歴史と特徴がみっちり事細かに記載されている。
書いたのは『NO TITLE』の作成者である先達と、僕だ。
当たり前だけど、こういった仕様書は普通、製品版ゲームには付属していない。だけど、『NO TITLE』はその仕様書も含め、全てのデータが同じファイルに保存されている。
「やはりな」
僕の説明を聞いたクーリエは、立ち止まって振り返り、
「先ほどの屋上での戦闘、魔法や剣、銃などの攻撃を難なく凌ぎ切った君を見て、わたしには『NO TITLE』というゲームの設定が、とても曖昧なものに感じられた。完成されたゲームには無い柔軟なポテンシャルを秘め、しかし同時に、それは不可能であると」
続き、
「繰り返すが、世のゲームにはそれぞれ独自の設定があり、オーバー・リアルはその設定に則った効果を現実に反映させる。これが実現能力における基本的な制限だ。しかし、君の『NO TITLE』は違う。独自の設定が無い代わりに、格ゲーの歴史的背景、コンテキストこそがその設定の役割を担っている」
「それって、つまり……」
「うむ、そうだ」
クーリエは、金の瞳で僕を見上げ、
「格闘ゲームというジャンルに含まれる設定、それを可能な範囲で適用し、実現する、極めて特殊なダウンローダー。それが君と『NO TITLE』だ」
「なる、ほど……」
そうだ。僕は『NO TITLE』をダウンロードしたのだから、『NO TITLE』のシステムや設定以外のことは現実化できない筈なんだ。
格ゲーなら出来て当たり前。それは僕の、曖昧な思い込みだったんだ。
「次が最後の確認だ。わたしは先ほど実現能力による攻撃と負傷に関し、君に伝えたことと思うが、ブラントなる男の魔法攻撃で、救急隊は怪我を負っていなかった。何故だ」
「それ、僕も思った」
「わたしの把握している『エターナル・オーダー』にそんなシステムは内蔵されていない。であれば、君のゲーム、『NO TITLE』のシステムということになるが、心当たりは?」
「人が怪我をしなくなるシステム、いや、設定……?」
考え、気付く。
「オーディエンスだ。格ゲーは基本、プレイヤー同士の対戦ゲームで、それ以外の人を巻き込まないから……」
「君のゲームのルールに取り込まれた一般人は、背景に存在する観衆として処理され、一切の被害を負うことがない。ジャンルにおける設定、というより伝統の影響か」
そうか、そうだ……。
整理し、総括し、口に出す。
「現実になった『NO TITLE』は、対実現能力者専用のタイマン能力。ステージ範囲は半径約20mで、ルールに取り込まれた非能力者は観衆と判断され、どんな危害を加えられても基本無傷で済んでしまう……」
確認するように両手を開き、また握る。
「重要なのは、自己分析……」
「その通りだ」
クーリエは僕の解答に満足したのか、ゆらりとしっぽをくねらせた。
分かった。もう分かった。自分の中に刻み込まれたゲームの設計図がどんなものか、『NO TITLE』を現実にすることで、世界のルールがどう書き換わるか、完全に理解できた。
「少し慣らすとしよう。今まで経験したゲーミング現象で、君が気付いたことを言ってみろ。そうだな、先ほどのビルでの騒乱、『インセイン』に取り込まれた警備員にはライフ表示があった筈だが、ブラントなる男に襲われた救急隊員にライフ表示があったかどうか」
「……無い。無かった」
「何故だ?」
まず、絶対的に確かなこと。僕の『NO TITLE』、格ゲーでライフが表示される対象は、プレイヤーのみだ。
だから、あのビルの警備員達にライフ表示を設定したのは、『インセイン』のシステムってことになる。『インセイン』に雑魚敵として取り込まれていたから、あの警備員達にはライフバーがあったんだ。
次に、あの救急隊員達。あの時現実化されていたゲームは、『NO TITLE』と『エターナル・オーダー』だけど、両ゲームには一般人にライフを表示するシステムが無い。だからあの人達の頭の上には、ライフ表示が見えなかった。
「僕が経験した、他のことはどうだった……?」
ふと呟き、思い出す。
「『インセイン』は、世界に狂気を蔓延させるゲームだ。だから、あのビルの人達はああなった。でも、何故僕達は正気だった? ……そうだ、『インセイン』はストーリーの都合上、プレイヤーに狂気が感染しない設定だった。だから、僕とクーリエは狂気の対象から外れた……」
一つ一つ思い出し、確認する。
「でも、僕がダウンローダーになる前は? あの日の高速道路で、どうして僕と父さんは『インセイン』の能力に取り込まれなかった? それと、あの母娘だって……、母娘? ……そうか、『インセイン』はR18ゲーだけど、小さな子供を、親子連れを狂化させる描写は無かった。だから、僕達だけが助かった……」
ああ、ゲームだ。
オーバー・リアルで現実化された現象は、全てゲームの設定とシステムで解明できる。
「これが実現能力者の、世界の捉え方……」
「やはり君は察しがいい」
そんな僕にクーリエは頷き、ほんの少し楽しげな声で、
「さて、そろそろ休息が必要だな。腰を落ち着ける場所を探し、ハードの話はそれからだ」
「うん」
夜の街を、僕らは歩く。僕達二人の目的のために。
途中、ふとあることを思い出し、
「クーリエ」
「どうした、シン」
「独自の設定、『NO TITLE』にもひとつあるよ。必殺技だ」
「そうだな、必殺技は浪漫だからな」