OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
「ここなら、しばらく腰を落ち着けても大丈夫だろう」
中央市街区の繁華街。雲が流れ、星が瞬き始めた夜空の下。
クーリエの案内で、僕は空きテナントが目立つビルの屋上に辿り着いた。
腰を下ろしてひと息つくと、向かい合って座ったクーリエが、
「さて、今まではゲームにおけるソフトの話。今度はハードについて、なのだが……。シン、君はこの街の成り立ちを知っているか?」
「この街? 仮想特区のこと?」
「そうだ。知る限りでいい、話してみてくれ。実現能力の根幹、今を生きる人類の変異について知るには、それが最も手っ取り早い」
「うん、分かった」
これはさっきと同じ、お互いの知識の擦り合わせだ。僕の常識の補正、更新をしないと、分かるものも分からなくなる。
言われ、僕は知ってることを整理しながら、話し出す。
国際実験都市、仮想特区。
特区の成り立ちは、こうだ。
発端は、一世紀以上昔にあった世界規模の大災害、マス・ケイオス。大混迷と呼ばれたそれは、世界各地に大きな傷跡を残し、人の住めない土地にしてしまった。
原因は、様々。
病原菌に放射能汚染、それに伴う経済危機。それから、戦争。
人類生存を脅かす危機、そのあらゆる問題に、時の為政者や権力者は明快な解決方法を提示出来ないまま、労働者に問題解決を丸投げし、その場凌ぎの杜撰な方策でやり過ごそうとした。
科学的根拠に乏しい、胡乱な政令。一部の特権階級が利権を守るための、不条理な法律。
おかげで、大勢の人が死んだ。とにかく沢山、人が死んだ。
資本主義社会における国家の仕組みは民衆を、人という種をとことんまで追い詰めた。
人間関係の物理的な分断。人と触れること自体がリスクとされる、異常事態。
そういった状況で生きる人類には、新しい技術が必要だった。病原菌の感染や放射能汚染からお互いを守るための、命を預けるに足る情報を得るための、人と人とが安全に繋がる技術が。
現実の体を必要としない、仮想世界というミーティング・ワールドが。
その開発を世界から押し付けられたのが、東アジアの島国である、ここ日本だった。日本は世界から言われるままに関東、中部地方の県を複数解体。再構成して出来上がった区域に世界各国からの技術者を受け入れ、緩衝地帯に制定した。
ここで、ある化学反応が起こる。
それは国家や民族の壁を越えた、人の融和だ。
移入日本人として生きることになった人々は、日本独特の文化にショックと感銘を受け、染まりに染まった。どんな苦境にあってもド真面目にルールを守るという日本人特有の性質に影響され、粛々と働き続けた。
そしてついに世界基準のインフラ、仮想世界を完成させた。
そこから先は、順調の一言で省略できる。
仮想世界完成に伴う技術革新で、医療や環境問題は軒並み解決。精神的な余裕が出来たら、次は遊びだ。人々は新しい繋がりの場である仮想世界を有効に活用したレジャーの発展、ゲーム開発に意欲を注ぎ込んだ。
こうして、ここ仮想特区は世界の遊びをリードする、ゲームの聖地になった。
概要を説明し終えた僕は、最後の締めに、
「最高意思決定の場では、現実なるものはしばしば存在しない。マス・ケイオスとは正に、人の作り出した社会、その構造的欠陥が浮き彫りにされた、大人災」
僕の話を聞き終えたクーリエは、ゆっくり頷き、
「人口、経済、国境の形、そして国際社会のバランス。あの災害は、この星に生きる人の営みを大きく変えてしまった。しかし何より、根本から変えてしまったものがある」
そこで、尋ねるように首を傾げ、
「シン、科学に興味は?」
「ゲームに関わるものなら」
「特区民らしい答えだ」
クーリエは愉快そうな返事から一転、静かな口調で、
「マス・ケイオスにおける様々な困窮、コミュニケーションの断絶は、人の生態に多大な影響を及ぼした。そこで種としての人類は、生存力の不足を自らの体内で補完するため、ある機能を拡張させるに至った」
それから、自分の右足で左足をにゃんと叩き、
「それこそが、筋肉だ」
「筋肉」
「そう、筋肉だ」
クーリエは、そこで一拍置き、
「デンキウナギという魚を知っているか? ウナギとは違う、あの魚はどうやって発電を行っているか」
「ごめん、分からない」
「筋肉だ。デンキウナギは様々な器官が頭部に集中した魚で、長い体の殆どは電気を発生させるための筋肉で構成されている。つまり、これだ。マス・ケイオスを経て、全人類の筋肉はデンキウナギのような発電能力を備えたものに変異した」
「うん」
……うん?
「実際、この変異は進化として非常に小規模なものだ。電気器官も筋肉も、同じようにプラスに帯電しているナトリウムイオンの取り込みによる細胞の分極が動作の基本になっている。そのプラスイオンの取り込み口を一種類にし、電気器官として働く筋肉を仕分けることにより……、どうした、シン」
「ごめん、その、ピンと来なくて」
僕は実現能力、人間に起こった変異の根幹について聞いていた訳で。つまりこれだと言われても、その、かなりモニョる。
ていうか、分かりやすくでっかい理由が無いと、納得できない。隕石が落ちてきたとか、宇宙から飛来した未知のウィルスで突然変異したとか、何かそんなの。
マス・ケイオスがいくら酷い災害だったからって、全人類の体質が変化する理由としては、少し弱いように感じてしまう。
「なるほど、しばし待て。……うむ、このくらいでいいだろう」
言うと、彼女は僕から距離を取った。大体3メートル。ちょっと話しにくいので、どうにかしたい。
クーリエは、声のボリュームを少し上げ、
「これがマス・ケイオス当時における、人と人との間に規定された制限距離だ」
「は?」
「それ以上近付けば、防犯ブザーなどで警察を呼ばれた。分かるか? 小学生が持っているような、アレだ」
「それは、分かるけど」
「不用意に他人と距離を詰める不審者に対し、発砲を許可していた国もあったそうだ」
「なんでそこまで……、あ」
言いかけ、僕は気付き、
「そこまで、用心しないといけなかったのか」
「そうだ。この制限距離というものは、人の生活に多大な影響を及ぼした。想像できるか? 伝染病の拡散を防ぐために常時マスク着用を義務付けられ、外出するたびに全身を消毒する生活。商店のカウンターには透明な敷居が用意され、人が列を成す場所は迷路のようなパーテーションで隔てられた。駅や空港では、人と人が密にならないよう、防護服を着た警官隊によって徹底的に監視がなされた」
クーリエの語る、歴史のディテール。
パンデミック・ゲームの設定だと思えば、そういう風景は想像できる。でも、そんな不便過ぎる世界で生きていた人のストレスは、想像もできない。
クーリエは、続き、
「しかし、そんな窮状に陥っても、人々は当然のように戦争を止めなかった。ひとつの戦争が終わると、また次の戦争を始めた。そして、数多くの戦争が生み出したプロフィールの定かではない大量の難民は、テロリズムにとって恰好の道具となった。身元不明の隣人は、人ではなく、ただの危険に成り下がった。バスや電車に乗れば、隣の席に座っていた人間が突然爆発する。それが、マス・ケイオス当時の日常だ」
……ああ、分かった。
僕が知っていたのはただの情報で、知識じゃなかった。災害だなんて、言葉じゃ簡単に言えるけど、当時の人達がどれほど苦しんでいたのか、僕は何も分かっていなかった。
全人類が変異を迫られるほどの大人災。クーリエは今、その実情を教えてくれているんだ。
「他人との距離を保つ、たったこれだけのことで、人類は疲弊しきった」
元の位置に戻ったクーリエは、声のボリュームを元に戻し、
「自分達の命を守る。生物としての人間がそのための能力を獲得しても、何ら不思議はない。マス・ケイオスが人にとって異常な環境であったと、理解出来ただろうか」
「……うん」
今度はしっかり理解できた。自分の命を守るため、他でもない僕が力に目覚めたのだから、何も言えない。
「それでは、デンキウナギに話を戻そう。デンキウナギの発電能力は攻撃にも使えるが、基本的には水中でのセンサーの役割を果たすものだ」
「センサー、ああ!」
クーリエは、僕の反応に満足したように、
「そうだ。人と人、お互いの距離を測るため、従来よりも強力な電場を構築するようになった生物。それが、今この世界に生きる人類だ」