OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
今を生きる人類は、電気人間になっている。そしてその電気を、センサーとして使っている。
何故こんなことが信じられるのか。簡単だ、現に経験したからだ。
学校の職員室で、あいつの存在を感じた時。高層ビルのあの部屋で、ガラスのシャワーを避け切った時。
ゲーム能力だけでは説明の付かないあの体験は、僕の体に備わる電場感覚によるものだったんだ。
そこまで理解した僕は、あることを思い出し、
「もしかして、さっきの街を歩いた感覚は……」
「理解が早いようで助かる。あれは周囲の電場変化を予測し、その合間を縫うことで人の認識から外れる技だ。現代の人間は無意識の内に電場感覚に頼った生活をしている。ものを見る時、音を聞く時、五感を使う時には必ず電場感覚を併用する。それを利用したのだ」
「保安部から僕の素性を隠したのも、その力?」
「少し違う。あれはわたしの特性を応用したものだ」
「例外ってこと」
「そうだ。わたしの放つ特殊な電場を用いて、機動部隊の計測機器にブランクを入れ込んだ。認識阻害、とでも言おうか。これは人の意識に対しても同様のことが可能だ」
なるほど。
そこで僕は、遡って気になったことがあり、
「じゃあ、思考信号は?」
「思考信号はテレパシーなどとよく勘違いされるが、厳密には違う。人は未だ、文脈の整った情報を電波として発信することが出来ない。しかし、人が何かに意識を向ける時、そこに生ずる電子量やパターンは必ず変化する。その変動値を機械に拾わせることで、オン・オフや数字入力といった簡単な遠隔操作を可能にしている。単なる科学技術だ」
科学技術。
ああ、ここまで聞けば、嫌でも気付く。
「現在の科学技術は、人間側の変異を利用する形で発展してるってこと」
「うむ、人の生活に使用される素材はこの変異に合わせ、フォーマットされ尽くされている。鋼材、木材、樹脂材、その他。人が放つ静電気で起きる事故など、君は聞いたこともないだろう?」
そこまで話した黒猫は、屋上の端まで移動し、
「さあ、仕上げだ、シン。ここに来て、そして、見渡すのだ」
「うん? うん」
言われた通り、僕はクーリエの隣に立ち、眼下に広がる夜景を見渡した。
ARが躍る街の明かり、道を走る車の流れ、人の流れ。
全身で、情報を更新した自分全部で、向かい合う。ガラスのシャワーの時みたいに、僕自身の感覚をどんどん外に広げるように。
「人が街と、いや、色んなものと、繋がってる……」
「今の人間は、生きているだけで生活に必要な電力を発散するまでになっている。ここ特区で消費される電力、その全てを賄えるほどに、だ」
分かる。
人から生まれた力があらゆる設備を通して街に吸収され、別の力に変わっていく。
循環だ。
世界は既に変わっている。その結果を、僕は今見渡している。
その流れの中、ふと気付く。
「何故だろう。気配の薄い人がいる……」
僕が呟いた言葉に、クーリエは、
「それは現在進行形で仮想に接続している人間だ。人は仮想に繋がる時、体外に発散していた電力、その全てを体内での情報処理に使用する。そして、ネットワークから得た情報を全身の細胞でリアルタイムに再演算し、現実と変わらない精度の音と映像のみを脳内で再現させる」
「それが、人が仮想と繋がるメカニズム……」
「その通りだ。そも、意識を切り替えるだけでアクセスできるネットワーク・システムなど、おかしいと思わなかったか?」
「うん、全然……」
思わなかった。だって、子供の頃からそれが当たり前だったから。
しばらくの間、僕は小さな黒猫と一緒に、夜の街を眺めていた。
やがて、顔を洗い終わったクーリエが、
「ここまでは人類に起こった小規模な変異について。そして、ここからはより大規模な変異についてだ」
「オーバー・リアルだね」
「そうだ」
クーリエは今までと同じ、滑らかな口調で、
「会ってすぐ伝えた通り、現代のゲームは進化した。それは最早、一つの世界の設計図と言っても過言では無い程にだ。そして、人類もまた進化した。生きた記憶媒体として膨大な情報量をその身に刻める程に。文化的進化と遺伝子的進化、この二つが相互にフィードバックしあった結果、他の生物とは比較にならない速度で共進化が起こった。その結果こそが、オーバー・リアルだ」
僕と同じ、夜の街を眺めたまま、
「まず何よりも、ダウンロード。通常時の電場状態を保ったままネットワークに接続し、仮想で適応したゲームデータを一瞬で人体に定着させる。そして、体内で発電した電力をゲームという高密度の表現プログラムを経由させて発散し、物理的な現象へと転化させる。これが、オーバー・リアルの発現理論と言われている」
「ゲームは人の夢を叶えるための補強、ってこと……」
「いい表現だ」
言って、クーリエはようやくといった感じで息を吐いた。
そして、街から僕に視線を移し、
「これで、おおよそのことは伝え終えた。信じるかどうかは、君次第だ」
「ありがとう、クーリエ。うん、信じるよ」
分かった。納得した。実感した。
ゲームが現実になるなんて、突拍子もないことだと思っていたけど、突然なことなんて何もなかった。
大昔にあった大災害と人の変異、この街の成り立ちと移り変わり、そして実現能力。そのどれもが僕と無関係ではなく、元々繋がっていたものだから。
でも、これで完了だ。
ゲームとハード、『NO TITLE』と僕の体。そして、世界。僕の常識の補正と更新は、可能な範囲で整った。
だから、そう、
「クーリエ、そろそろここを離れよう。帰宅ラッシュの人達が、こっちに近付いて来てる」
「やはり君は勘がいいな。しかしその前に、ターゲットのステータスを伝えておきたい。シン、フォンカードを」
「え、実験チームの人って、ウェブで検索できるの? ……あ」
「どうした?」
フォンカードを取り出そうとして、気付く。尻ポケットには僕のものの他に、フォンカードがもう一枚。
父さんのフォンカードだ。
さっきまでそれどころじゃなかったから、気付かなかった。多分、無意識で持ってきてしまったのだろう。けど、今もそれどころじゃない。
「ううん、何でもないよ」
「では、検索してくれ。中枢の名は、アルバート・クイスト」
「アルバート、と……」
言われた通りの名前を検索すると、求めていた情報はすぐに表示された。
アルバート・クイスト。通称、アル・クイスト博士。
「人工筋肉と再生医療の専門家で、何だか色々賞をもらってる。これを読む限りじゃ、凄くまともな科学者さんだ」
「表の顔だな」
特区生まれの特区育ち、日本国籍の六十七歳。白い顎髭に穏やかな目をした、何処にでもいるお爺さんに見える。
「その男だ。その男さえ止めれば、実験は完全に停止する」
「分かった、やるよ」
クイスト博士に接触し、実験データの全てを消してもらう。そして、データ狙いで現れる保安部の黒幕の正体を暴き、そいつを潰す。
実験チームだの中枢だの、ぼやけていた情報が、やっと実体を持って現れた感じだ。
「よし、今度こそ行こ――」
ここから移動しようとした、その時、しまいかけたフォンカードに着信があった。知らない番号だ。でも、受話る。
「はい、もしもし」
すると、
『もしもし、一会シン君?』
「はい」
『私は仮想特区保安部、情報統合室の――』
「崎守さん、ですよね」
あの時の僕は空っぽで、何も考えられなかった。けど、今ははっきり思い出せる。
黒い髪に黒い瞳の、真面目そうな女性保安官。
崎守ミサキさん。
『あなたは今、何処にいますか?』
「家にはいません」
『今日、あなたの住む学区近くのビルで事故があったのですが、救急隊に通報を入れたのは、あなたですね?』
「はい、僕です」
クーリエに目配せをし、頷きあう。
タイミングがおかしい。被疑者として僕を確保するには、遅すぎる。
なら、そうだ。
「僕の言ったことは、嘘じゃなかった。全部が全部、実現能力が原因だったんですね」
『……!』
突然切り出した僕の言葉に、崎守さんは、
『面会の時、あなたは何も知らなかった筈です。どうやって、そのことを……』
ああ、やっぱり。
声に演技してる感じがしないし、探りを入れてる感じでもない。
「保安部は利用されています。もし、身の危険を感じたら、逃げてください」
『どういうことです? 一会君、返事をして、一会く――』
通話終了。
フォンカードをマナーモードに切り替え、ポケットにしまう。そんな僕に、クーリエは、
「君は優しいな」
「あとはもう、崎守さんが巻き込まれないよう、祈るしかない」
これが僕の言える、ギリギリだ。
黒幕が本当に単独犯なら、それ以外の保安部の人達は全員被害者だ。僕が不用意に事実を伝え、崎守さんが何かしらの行動に出た場合、黒幕に感付かれる可能性がある。
「さあ、行こう。クーリエ、道案内をよろしく」
「任せておけ」
そう答えたクーリエが、僕の肩にぴょんと飛び乗った。
僕は屋上の手すりを跳び越え、ビルから飛び降り、
「ダウンロード!」