OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
「一会君、待って、一会君!? ……ああもう!」
特区保安部中央署、情報統合室。一人きりの夜のオフィス。
事実確認のため、担当被害者の子に連絡を取った私は、用無しになったフォンカードを机の上に置いた。ていうか、途中で切られたんだけど。何ならマナーモードで音信不通なんだけど。
「実現能力、どうやって知ったの……」
髪をかき上げ、ぽつりと呟く。
一会シン君、十六歳。
成績優秀、素行善良。いたって普通の特区の子供。
推しゲーはよく分からなかったけど、ゲーム活動にゲーム史学の研究とあるから、研究者志望のガリ勉君なのかもしれない。
本人に会った時の印象は、子羊かハムスター、だろうか。
ふわふわ亜麻色の髪にきらきら緑の瞳をした、とにかく可愛い子。背が小さくて女の子みたいな顔をしていたので、思わず二度見で確認してしまった。
そんな子が、家族を亡くし憔悴していたのだから、それはもう心配になった。
……あんな子に、嘘なんて吐きたくなかった。
「ダメよ。今はとにかく、調べなきゃ」
沈みかけた気分を持ち直し、個人行動記録にアクセスする。彼の公的責任は担当官の私にあるんだから、何かあったら本当にヤバイ。
実現能力のことを、彼はどうやって知ったのか。
元から知っていた線は絶対に無い。呼吸、脈拍、生体電子マップ活動、嘘を吐いている要素は何もなかった。情報非開示の人間を大勢見てきた私には分かる。あの時の彼は、何も知らなかったはず。
実現能力の情報開示は、能力を知る必要のある職業に就く場合、本人が能力に目覚めた場合などで、その告知は基本的に保安部や病院を通して行われる。彼には両方当てはまらない。
つまり、実現能力を知る他の誰かが、彼に事実を告げた、ということ。
「学校は昨日まで欠席。今日は登校してて、ああ、進路相談ね」
だとしたら、会ったのは担任の、え、これ先生? 湯ヶ村ユカリさん? どう見ても中学生にしか、私より年上? この人は違うかな、情報非開示だし、って、
学校を出てからの彼の行動記録が、一切無い。
「いや、そんなはずないから」
そう、保安部は情報統合部のお姉さんを舐めないで欲しい。区民管理ツールからフォンカードの生体電子マップ登録を検索すれば、
「な、にこれ……」
学校を出てからの彼の位置情報が、まともに記録されていない。
「いえ、次。街頭防犯カメラと交差点監視カメラの映像を辿れば……」
交通管制記録にアクセスし、映像を漁り、
「いた。でも、え?」
確かにいた。高校校門前の定点カメラ、雨の中走り出す彼の姿。でも、移動した先の映像にはもういない。いえ、
「何、これ?」
マウスでジョグり、映像をコマ送りで精査する。その中に、一瞬横切る黒い影。たったそれだけ。彼の姿は何処にもない。
消えた。
学校を出てからの彼の記録が、いえ、仮想のシステムから彼の存在そのものが。こんなこと、あり得るのだろうか。
一体誰が、彼に実現能力のことを教えたのだろうか。
「っ……」
ポン、というメールの着弾音に、びくりとする。見れば、明日の緊急作戦の概要と、担当官の同行命令。
「私に、同行命令……?」
作戦への同行は、情報統合室の仕事としては、よくあること。ある程度の事情を知らなければ、事実修正シナリオの作成が不可能だから。これは通常業務の一環でしかない。
基本的に、危険は無い。情報機動部隊の作戦だから、バックアップすら必要ない。
それより不思議なのは、リストの一番上、作戦指揮者に書かれた名前。
蔵瀬セイジン特級保安正。
現場にはよく顔を出す人だ。でも、保安正が直接指揮を執るなんて、今まであっただろうか。明日の作戦は、そんなに重要なものなのだろうか。
『保安部は利用されています』
突然、彼の言葉を思い出し、背筋にぞわりと寒気が走る。
利用? 何に? 何のために? 答えなんか、一つしか思い浮かばない。
実現能力。そして、利用というからには内部犯。
でも、それはあり得ない。
保安部は、基本的に非能力者で構成された組織で、施設管理や装備開発部署以外に実現能力者を採用することはない。情報機動部隊は、非能力者による能力犯罪の鎮圧を目的としているから、部隊に実現能力者はいない。
だから、内部犯はいないはず。外部からの接触、癒着の方が、まだ納得がいく。
でも、違う。何故か、そう考えてしまう。
それは、私が実現能力のことを知り過ぎてしまったから。いいえ、情報統合官として働き過ぎてしまったから。
特区保安部は本土の警察同様、完全な縦割り組織。この組織を利用なんて、ヒラの保安官に出来るはずがない。例え実現能力があったとして、組織全体を動かすには、相当なポストでないと絶対無理。
そして、いる。ほぼワンマンで組織を動かしている、権力者が。
蔵瀬セイジン特級保安正。
おかしい。あの人の汚職の話なんて聞いたことが無い。そんなメリットがない。いえ、おかしくない。その目的も、私は思い付けてしまう。
実現能力。
数多くの能力犯罪に関わってきたから分かる。そう、
実現能力者が己の目的を達成しようとする時、必ずその本人がことを起こす。
「っ……」
まさか、あの保安正が――
『逃げてください』
耳に残る彼の忠告に、全身が震えだす。ここ数分のことで頭が混乱して、まともにものを考えられない。
上から言われるままに仕事をしてきた。命じられた通りに嘘を吐いた。
私はただ、仕事をするだけ。私はただ、仕事をしていただけなのに。
机の上には、多重表示されたモニタと、積み上がった書類の山と。それから、冷めたコーヒーと。
「……逃げる?」
何処へ? どうやって?