OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー   作:Monjiroh

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028 【NOW LOADING...】アルバート・クイスト

 暗い部屋で一人、私は酒を飲んでいる。

 

 机の上には、慣れ親しんだタブレット・ボードと、21年物のスコッチ。床には、夥しい数の死体が横たわっている。

 

 そんな部屋で一人、空になったグラスに酒を注ぎ、それを干す。そしてまた、酒を注ぐ。

 

 そんな私の元へ、

 

「博士……」

 

 ドアが開き、知った顔が現れた。

 

 コート代わりに白衣を羽織った、いかにも職業研究者といった男。ここ特区では、そう珍しい人種でもない。私が構成したチームの一員、その一人だ。

 

「やあ、今更何の用だね?」

「何故、チームを解体したのですか」

「何故も何も、最初からそのつもりだったさ」

「そんな計画は聞いていません。こんなことをして、どうなるか」

「どうもせんよ」

 

 言って、また酒を干す。

 

「来栖さんは、亡くなりました……」

「ああ、そのようだね」

 

 机の上、タブレットボードに思考信号を送り、起動させる。暗闇に浮かぶ白い光に表示されている情報は、

 

 来栖キョウジ、三十八歳、研究職。

 

 長い白髪に、焦点の合わぬ黒い瞳。かつて精悍だった面影は今は無く、眼下の底の瞳には狂気と執着が沈んでいる。

 

「彼はゲームに狂わされたんじゃない。彼を狂わせたのは、博士、あなただ」

「そうだろうか。ああ、そうだろうね」

 

 優秀な男だった。

 

 純粋科学への熱意と崇拝、ゲームへの愛と造詣。そして、実現能力という可能性への、絶大な信仰。

 

 そんな彼に、私は言った。

 

 この開発プログラムは本物だ。能力研究の理念を体現する、正に基幹だ。

 

 私の言葉を聞いた彼は、自分自身を被検体にするよう、申し出た。

 

 結果は、この通り。

 

 ルール、ステージ、アイテム。実現能力における三大要素を高精度に再現するも、己の人格までゲームの設定に飲まれ、暴走。最後はゲームのペナルティにより、自滅。自分に宿したゲームのシナリオ通り、人を襲うだけの化け物に成り果てた。

 

 しかし、そう、全ては今更だ。なのに何故、この男は私の前に姿を現したのか。

 

「ああ、そうか……」

 

 そこで、ああ、私の頭も鈍ったものだ、ようやく気付く。

 

「実験体を売り飛ばそうとしたのは、君だったのか」

「……」

 

 返事は、無言の肯定。実に日本人らしい。

 

「あの実験体を特区の外に持ち出そうなど、到底許せる話ではない。来栖君は最後にいい仕事をしてくれたよ」

「いい仕事ですって? おかげで酷い目に会いましたよ。衝突のショックで気を失い、あのゲームの狂化対象から外れていなければ、私は自分で自分の頭を銃で撃ち抜き、死んでいたに違いありません」

「そうかね」

 

 答え、また酒を飲む。グラスを手放さない私に、男は体を戦慄かせ、

 

「あの研究を、無かったことにするなんて、耐えられません。我々の理論には、まだ先があった筈です」

「チームには、充分な報酬を支払ったはずだが」

「金の問題じゃありませんよ……! あなたがそれを言うんですか……!」

 

 憤懣やるかたない、そんな男を余所に、私は机の上に立体コロイド・スクリーンを表示させる。暗い部屋に浮かぶ、特区の地図。その中を、一つの点が高速で移動し続けている。

 

 グラスを揺らし、地図を眺める私に、男は、

 

「追跡しようとしても、無駄ですよ。あの実験体は今、特区のあらゆる場所をランダムに移送され続けています」

「全く、手の込んだことをしてくれたものだ。現実の人間のやり口は、本当に厄介だね」

「厄介なのは、あなたの方です」

 

 男の視線が鋭くなる。そう睨まずとも、男の精神状態は電場で把握しているのに。人の感情というものは、全く度し難い。

 

「封印装置にロックを掛けましたね」

「無論だ」

「解除してください」

「そうしたければ、私を殺す他ないね」

「何故、そうまでして……」

 

 私は、彼を覗くようにグラスを掲げ、

 

「人ならざるものにして、人が辿り着けぬ場所へと導く、最適解。人として、そんな存在をどうして許しておけよう。人を超える存在は、人が創り出さなければならない。何より世界の選択は、我々人類によってなされるべきだ」

「それがあなたの本心ですか。アルバート・クイスト博士」

 

 アルバート・クイスト、私の名だ。

 

 生まれも育ちも日本だが、人種的には日本人ではない。長い年月を経て、世界中の血が混じり切ったここ特区では、そう珍しいことでも何でもない。

 

「さて、来るかもわからない未来より、今は今の話をしようじゃないか。君はあれを、何処に売ろうとしたのかな?」

「博士……」

「そういえば、君はゲーム能力産業のサミットによく出席していたね。確か、ヴァンダーカップだか誰だかの……」

「博士……!」

「しかし、送り先さえ分かれば、なるほど、先回りのしようがあるというものだ」

「博士! あんたって人は!」

 

 男はスーツの胸元から拳銃を抜き出し、私に向けて狙いを定めた。

 

 だが、

 

「博すぇえ、あっ……!?」

 

 パン、ドサッ。

 

 男は自分で自分の頭を撃ち抜き、倒れて死んだ。

 

「バーン、ドサ、か……」

 

 人の死に様というのは、たった二つのオノマトペで表現できるほど、簡潔で安易だ。

 

 私が何をしたか。私はただ、机上のタブレットに思考信号を送っただけだ。

 

 何故、こんなことが出来たのか。私が男の随意筋肉に外部から制御可能なプログラムを仕込んでおいたからだ。実験チームに参加した全ての者に、このプログラムを仕込んでおいたからだ。

 

 この男を含め、チームの誰もが、自分達の体にどのような仕掛けをされたのか、ついぞ気付かなかった。

 

「ふう……」

 

 部屋には屍体が散乱し、最早、血の海とでも呼ぶべき状態にある。足拭きがあればと思うが、残念ながらこの場にそんな道具は無い。

 

 じきに夜が明け、新しい一日が始まる。そう、こんなことがあってもこの都市は、世界は滞りなく機能し続ける。

 

 空になったグラスに酒を注ぎ、それを干す。そしてまた、酒を注ぐ。

 

 ただ一つ、惜しむらくは、

 

「ああ、悲しいね……」

 

 せっかくの酒の香りが、血の臭いに霞んでしまうことだ。

 

 

 

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