OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
目の前にあるのは、そう、肉塊だ。
香り高い湯気を立て、特大プレートの上に鎮座する、牛のサーロイン・ステーキ。
塩コショウは少々、焼き加減は血の滴るレア、付け合わせは無し。これ以上ないほどシンプルなオーダーである。
時刻は午後三時。特区中央市街区は最高級のラグジュアリーホテル、最上階の最高級レストラン。おそらくは世界で最も美食を楽しむことが出来ようこの場所で、私、蔵瀬セイジンは遅めの昼食と洒落込んでいる。
「むふう……」
世界に名立たる、最高級の特区和牛。フォークをもってぷつりと刺せば、溢れんばかりの血と肉汁が、鉄板の熱でじゅうじゅうと音を立てる。ナイフを通せば、おおっほう、まるでバターを切るかの如く、刃がするりと通りよる。
さて、実食。
「ふううううううううううむ……! 美味いっ……!」
その肉は私の舌の上に極大の旨味と余韻を残し、ほんの数秒で溶けて消えた。
たまらん。
私のために生まれ、私のために死んだ、命の味。牛の一生が凝縮されたような重厚かつ複雑な舌触りに、感動すら覚える。
どれ、もう一口、今度はゆっくり咀嚼する。むう、絶妙な噛み応えと、噛めば噛むほど口の中に広がる味の洪水。頬が落ちるとは、正にこのこと。
ああ、やはり食事は肉に限る。美味いものを、いつまでも美味く食える。胃もたれ知らずの完全健康体。これこそ、我がコントロールよ。
「どれ……」
ナイフを置き、今度は赤い液体がなみなみと注がれたグラスを手に取る。
特区産の二十五年物、ヴィンテージものの赤ワイン。
その極上の液体を、ぐいと口の中に流し込む。
「ほおおう……」
素晴らしい。
最早快感と呼ぶべき渋みと酸味。アルコールのしつこさなど微塵も無い。この液体の原料が葡萄ではなく、牛の血なのではと錯覚すら覚える親和性。
そして、次の肉を迎えるべく、口の中の脂を綺麗に洗い流し、整えてくれる。やはり、肉にはワインである。
さあ、また肉だ……。んん、その前に、このような場所で眺める情報ではないが、今日は特別だ。
「ふうむ……」
フォンカードを経由し、机の上で小型投影装置を起動させる。表示させたるは、本日の作戦に参加する我が部下達のリストである。
特区保安部、情報機動部隊。加えて、情報統合室の保安官。その顔と実績に、思わず笑みが零れる。
素晴らしい。実に優秀。流石は特区保安部の生え抜きよ。
一人一人確認しつつ、次の肉をひと口。
「おおう……」
肉の快感を口内で楽しみ、リストに目をやる。
そこに並ぶ部下達の名前を上から順に眺め、次は下から順に、そしてまた上から順に。 肉を口運び、ワインを飲み、リストを眺め、また肉を食み、ワインを流し込む。
ああっ……、たまらんっ……!
「ほおおおおおんっっ!!」
肉! 部下! 赤ワイン! 部下! 肉! 部下部下! 肉! ワイン! 部下! 肉ッ肉ッッ!! 酒! 肉肉肉ッ! 部下ッ! 肉むほっごほっ! 酒! 肉肉肉! 部下部下部下! 肉肉肉肉部下部下部下部下ァ……!
見る、食う、飲む、食う! ああ、終わってしまう! しかし、やめられん! 止まれまてん……!
やがて、
「おっ、ふぅううううううううむ……!」
空になった鉄板を前に、熱い熱い吐息を吐く。
完食である。
終わった、終わってしまった。しかし、もうすぐだ。次の快感は、すぐに私を満たすだろう。
ナイフとフォークを置き、ナプキンで口元を拭う。投影装置をポケットにしまうと、私は手を上げ、給仕を呼んだ。
「ありがとうございます、またお越しください」
「うむ、ご馳走になったよ」
サイン・タブレットに思考信号を飛ばし、支払いを済ませ席を立つ。最高級のレストランに勤める給仕は、日本人らしく恭しいお辞儀で、私を見送った。
中々にいい値段だったが、問題はない。金など、どうせただの数字、いくらでも増やせるものだ。
瀟洒な看板の店を後にし、通路からホールへ。
すると、私の到来を迎えるがごとくエレベーターが到着し、そのドアが開いたではないか。
ああ、何という。
今日という特別な日、今日という最高のステージに相応しい、完璧なエントリーである。
全面ガラス窓のエレベーターに乗り込み、思考信号で一階を選択。すると、エレベーターが下り始め、ああ、眼下に広がる地上が、まるで私を迎えているかのようだ。
国際実験都市、仮想特区。
世界は、この街で遊んでいる。だが、今日からは違う。
この街を、いや、世界を睥睨しながら、口にする。
「さあ、ゲームの時間だ」