OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
夕方の特区。人気のない倉庫地区の道路を、僕は走る。
スタミナという設定の無い格ゲーの力で、一生ダッシュで走り続ける。
倉庫の向こうに見える、コンクリートの大きな橋脚。クイスト博士の気配は、既に高速道路の上にある。
いくらスタミナ無限とはいえ、このまま走るだけじゃ戦車の速度に追い付けない。お行儀よくインターチェンジを通ってからなんて、尚更無理だ。
だから、ショートカットで先回りする。
「はっ!」
僕はダッシュジャンプで近場の屋根に跳び乗り、次の屋根へ。そしてすぐ、次の屋根へ。
ダッシュ、刻みダッシュ、大ジャンプ。格ゲーのモーションに現実の動きを挟み、パルクールのように移動する。
倉庫の屋根から倉庫の屋根へ、特区の空を駆け抜ける。
高速道路沿いの倉庫まで辿り着いた僕は、隣に建つ赤と白に塗り分けられた信号塔へ、ジャンプで移動。塔の鉄骨に着地し、高度を稼ぐため、更に上へとジャンプする。高速道路の路面が覗ける高さまで、鉄骨を登ると、
「見えた……!」
そして、来る。
交通規制のためか、車の通りが全くない高速道路。その左車線を走って来る、思考式多脚戦車。ドンピシャだ、先回りした甲斐があった。
僕は多脚戦車の速度にタイミングを合わせ――
「はっ!」
鉄骨の上でショートダッシュからの、大ジャンプ。
風切り音と、一瞬の浮遊感。そして高速道路、ではなく手前の照明灯に――
「っ……!」
何とか着地。そしてすぐ、猫の額ほど面積しかないその場で、超超超ショートダッシュからの――
「はっ!!」
大ジャンプ。
再びの風切り音と浮遊感。そして、落下予想地点に戦車が――
「っ……!!」
着地成功。
僕は戦車の天蓋、その後部に無事取り付いた。
「クイスト博士!」
「お? おお、君か……!」
僕が声を上げると、車体前方、壊れたタレットにしがみ付いていた博士が振り向き、
「どうやってこの戦車に追い付いたのか。やはり、君はユニーク極まりない」
「博士! 戦車を止めてください!」
がたがた揺れる車体の上、僕は慎重に立ち上がって構えを取る。すると、ぴたりと姿勢が安定し、ふらつかなくなった。
格ゲーには様々な背景、ステージがあり、そのシチュやロケーションは多種多様。中には、走行中の電車の上なんてステージも存在する。そして、そんな環境にあっても、格ゲーの対戦は従来通りのルールで展開される。
つまり、格ゲーをプレイしていれば、乗り物の慣性や風圧に影響されるこはない。
でも、制限はある。僕の『NO TITLE』は2Dゲームで、基本前後にしか移動できない。だから、この戦車の上で現実の動きを挟むと、途端に姿勢を崩してしまう。
そのことに注意しつつ、慎重に、車体前方に歩みを進める。
そんな僕を前に、博士は「ふむ」と頷き、
「そうか、君は実現能力を知ったばかりなのだね。だから、能力戦の定石も知らない」
……?
ごうごうと鳴る風の中、博士は呑気な口調で、
「実現能力者を相手取る時、まずゲームの起動は悪手でしかない。副次能力だけで事が済むなら、そうすべきだ」
まさかの発言の後、博士が破壊されたタレットに手を伸ばすと、
『トンテンカンテン! トンテンカンテン!』
コミカルな効果音と煙のようなエフェクトが発生した。これは――
『テッテレー!』
修理だ! 戦車上部のタレットが修理されて復活した! そのタレットが僕を狙い――
「くっ! ぐっ!」
ビーム攻撃! 僕はすかさずガード態勢。この人、やはり躊躇しない。でも、それよりも、
実現能力者。
ゲームを現実にする力を、このアル・クイスト博士も身に付けていた。
「ほら、何かに捕まらないと、危険だよ」
「しまっ……!」
注意を散らした瞬間、視界がぐらりと揺れ、僕の構えが歪んで崩れる。博士が僕を振り落とそうと、戦車を蛇行運転させている。
「くあっ!」
姿勢を立て直す間もなく、格ゲーの構えが無効化され、僕は宙に投げ出される。もがく片手で何とか戦車の後ろ足、装甲の隙間を掴んでしがみ付く。そこに――
「なるほど。君のゲームは、モーションに依存したシステムなのだね」
見抜かれた。と同時、
「ぐ、あっ!?」
角度的に当たる筈の無いビームが、僕を直撃。ビリビリ痺れる感電的な痛みで、思わず手を放しそうになる。
曲がった。ビームが曲がって、僕に当たった。
これはそう、誘導線。
仮想には、視線でマウスカーソルを操作して引く指示線というものがある。この指示線を遠距離攻撃を撃つ前に引き、射線を設定することで、みんな大好き曲がる光線を自由自在に再現できる。そのシステムを、誘導線という。
あの博士、その誘導線を、僕目がけてきっちり引いている。
一刻も早く復帰すべく、僕が脚から車体へ、よじ登ろうと――
「う、おおっ!?」
目の前の光景に、ゾッとする。
ビームの鳥かご、ロックオン・レーザー。色んな例えで表現される光線の嵐が、僕めがけて次々と飛んでくる。
「しまっ……!」
着弾に次ぐ着弾、命中に次ぐ命中で、僕はあっさり戦車から吹き飛ばされてしまう。空中でもがく僕に、ビームの群れが襲い掛かる。
空中ガード、いや、間に合わない……!
防御態勢を取る間も無く、誘導してくるビ光線を次々と喰らう。そして、ここはダウン不可能な空中。ダメージ制限システムが働かず、僕のライフがみるみるうちに削られていく。
「正体不明の少年よ、さようなら」
「く、おおおおおっ……!!」
博士の挨拶と共に、止めの誘導ビームが撃ち込まれ、僕のライフがゼロになった。その途端、
『K・O!!』
「くっ、ああっ、あああああっっ!!」
急速に意識が遠のき、体の自由が利かなくなる。
僕の体がビームの嵐に巻き込まれ、道路に叩き落される。ごろごろと転がり続け、ようやく止まると、もう、指一本動かせなくなった。
特区の夕方。ぼろぼろに砕かれた道路の上。
『YOU LOSE...』
電子音声の敗北宣言を最後に、僕は意識を失った。