OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
「う……」
仮想から現実に戻る時のように、僕は驚くほど自然に意識を取り戻した。
感じるのは、まず痛み。体を動かそうとすると、痛みが邪魔して、息すらまともにできやしない。
ぎりぎり開いた目で、辺りを見る。道路には、ビームで砕かれたアスファルトの破片が散らばっている。それから、夕陽。日が沈んでいないなら、そう時間は経っていないはずだ。
地面にうつ伏せで倒れながら、何とか体の状態を確認する。手も顔も擦り傷だらけ、ワイシャツは袖が破れて、上半身はボロボロだ。
クイスト博士がゲームを起動していなかったから、ビーム攻撃の火傷はトレモ的な処理で全部消えた。この怪我はゲームに負けた後、道路に転げ落ちた時のものだろう。
それに、交通規制がされてなかったら、僕は今頃車に轢かれて挽肉になっていたに違いない。だから、それよりはマシだ。
「……」
体が動かないから、せめて頭を動かし、考える。
アルバート・クイスト博士。
完全にやられた。オーバー・リアルによる対戦はルールの押し付け合い、分からな殺しがあって当然。それは対戦が始まる前、現実の仕込みも含まれる。
あの人はお爺さんで、怪我をしてて、それでもなお凄かった。
そして僕はこれから、あの人に追い付かなきゃならない。
「ぐ……」
痛む右手で何とか尻ポケットをさぐり、フォンカードを取り出す。僕のじゃない、父さんのフォンカード。知的財産の相続やらで、このカードの操作は僕にも出来る。
その父さんのフォンカードを起動させ、中身を見る。
別段、何もない。息子や友人、会社との連絡に使っていただけの、普通の端末。仮想特区の人間らしく、推しのゲームに関わる履歴だけが大量に積まれた、何てことない、普通の人のフォンカード。
個人ストレージには、何に使うのか分からない柄や質感の背景スキンが、しこたま買い込んであった。
「父さんらしいな……」
父さんの趣味はみんなで使える仮想ロビー作りで、その素材である背景スキンをバカ買いするのが、本当に大好きだった。そして素材を買うと、決まって新作ゲームをついで買いし、僕に送ってくる。
僕がゲームに詳しくなれたのは、父さんの悪い癖のおかげだ。
「好きなことをやっていいって、父さんは言ってくれたけど、僕にはとても、難しいみたいだ……」
何もない。何も出来ない。僕は、そんな人間だった。
どんなに努力しても、全部無駄。成功も失敗も無関係。負けるどころか、そもそも勝負の舞台に上がることすらできない。それが僕の人生だった。
でも、違うよって。無駄じゃないって、言ってくれた。
今はただ、結果に結び付いていないだけ。負けたって失敗したって、何度でも挑戦していい。ゲームがそれを教えてくれるって。
だけど、そう言ってくれる人は、もういない。
僕を支えてくれた人は、もうこの世にいないから。
だから僕は、自分一人で立ち上がらなければならない。
「っ……」
クーリエは言った。オーバー・リアルは、世界を変える力なんだと。
確かに、そうだ。人が魔法を使えるようになったり、何もないところから道具を生み出せたり。分かりやすくて、とてもスケールの大きな力だと思う。
でも、世界を変えるって、そういうことなんだろうか。
僕は、少し違うと思う。
世界を変えるっていうのは、父さんだ。
あの日、父さんは世界を変えた。
あの日の父さんの行動、決断で、あの親子は助かった。母一人娘一人の人生が変わった。オーバー・リアルの力なんて無くたって、父さんはやり遂げた。父さんは、世界を変えられたんだ。
そして、僕はそのやり方を教わった。
そう、
チャイルドシートのベルトを外し、小さな赤ちゃんを救いだす。
それは、とてもちっぽけなことかもしれない。でも、本当の人の力っていうのは、ちっぽけでいいんじゃないかって、思うんだ。
だからきっと、もう一度。
「っ……」
痛む体を無理やり立たせ、ふらつく足に力を入れる。歯を食いしばり、背筋を伸ばす。
日が沈む。オレンジ色に染まった空を、小さなわた雲がゆっくりぽつんと流れていく。
僕は遺されたフォンカードを右手に、あの日に続く道に向け、
「行ってくるよ、父さん」