OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
一段一段、階段を上る。痛む体を持ち上げるように、上を目指す。
特区南部、産業用高速道路沿いの一区画。取り壊し予定の看板が掛かった、廃墟ビル。
屋上階に辿り着き、ドアを開けると、目的の人物はあっけなく見付かった。
アルバート・クイスト博士。
薄い雲が流れ、星が瞬く夜空の下。
屋上の床には、辺り一面戦車の残骸が散らばっている。
博士はそのパーツを更にバラバラにして、怪我した足でよろよろと、あっちへ運び、こっちへ運び。まるで、戦車の屍体で床絵を描くかのように、何かの作業を進めている。
その博士が僕に気付き、何事も無かったかのように、
「ああ、君か。随分と早い、どうやってこの場所を突き止めたのか……」
博士とは、さっき倉庫で話して、既に僕の目的を伝えてある。だから、改めて言う気はないし、博士もきっと承知の上だ。
博士の作業を横目に、僕は近場に横たわる千切れた後ろ足に近寄り、
「便利ですよ、フォンカード」
「なるほど。ナビ・アプリで私の位置を特定するとは、大した機転だ……」
装甲の隙間に挟まっていた自分のフォンカードを回収し、尻ポケットにしまった。
これは、あの時の保険。
あの時、多脚戦車から落ちそうになった僕は、自分のフォンカードをしがみついていた後ろ足に仕込んでおいた。もし、博士を見失うことがあっても、父さんのカードで僕のカードの位置情報を検索すれば、こうして後を追えるから。
止血はしていても、左腿の怪我が辛いのか、博士はふらふらとした足取りで、
「この歳になると、こういう作業は億劫で堪らん……。出来れば、手伝ってもらえると有難いのだが……」
「何をするつもりなんです」
「儀式だよ」
博士は朽ちて佇む、足をもがれた戦車を見上げ、
「日本には、どんなものにも命や霊魂が宿る、といった信仰がある。そう、付喪神だね。実はこの精神性は、世界的に見て非常に稀なのだ。この星に生きる大半の人々は、物を物として、情報を情報としてしか見ない。しかし、我々日本人は違う。慣れ親しんだものであれば、相棒として声を掛け、時に家族として扱うことすらある」
その車体にぽんと手を置き、
「そういったものを触媒とすることで、実現能力の再現性を飛躍的に高めることが出来る。要はそう、依り代だね」
「実現能力は、推しへの愛着によって精度が変わる力……」
「そう、その通り」
分かり味が深い。
格ゲーは現実の人間の相手を必要とするゲームだけど、僕の対戦相手はずっと『NO TITLE』のCPUだった。愛着なんて、湧かない方がどうかしてる。
博士は、ふうと額の汗を拭い、ふ頭の方、地平線に横たわるでこぼこを指さし、
「あれが見えるかね?」
「臨海サーバー地区、ですよね」
仮想という世界的システムを維持するための、巨大サーバー群。
「そういうことになっているが、ああ、昔の人間の嘘というのは、本当に杜撰だ。この津波大国の日本で、あんな海沿いにサーバー施設など作るものか」
そこで、博士はひとつ大きな溜息を吐き、
「あそこに並んでいるのはサーバーなどではない。世界中の国々が好き放題遊ぶためのプラント、何でもありの巨大実験施設だ。そしてあそこには、施設で作ったものを世界中に届けるための、秘密の空輸システムがある。間抜けな話だろう? 雇っていた者達に勝手をされて、自分が手掛けた試作品を、外に運び出されようとしているんだ……」
そこまで聞いた僕は、当然の疑問が湧き、
「ちょっと待ってください。あれがサーバー地区でないのなら、仮想のサーバーは何処にあるって言うんです」
「ん? ああ、君はまだ、情報開示がされていないのだね。雲だよ」
博士のさらりとした答えに、僕は一瞬思考がフリーズし、
「雲……」
「人類が利用しているサーバーとは、この星の雲、そのものだ」
雲……!?
「雲とは、微細な水滴が分散したエアロゾルだが、そこに特別な帯電微粒子を混ぜ込むことで、膨大な電子情報を蓄積可能なコロイド・ステート・ドライブへと変化させることが出来る。電場感覚を獲得した人体資源科学の応用。星ひとつを丸々包み込む、サーバー用ホストマシン。ここ仮想特区が作り上げた、最も大きな成果の一つだ。天候操作などは、まあ、必要だからやった、くらいのものかな」
「電流制御技術。コロイド・モニタとか、ですか」
「あんなものは玩具に過ぎんよ」
博士は可笑しそうに僕を見て、それから、
「どこまで話したのだったか、ああ、そうだ。試作品が運び込まれたあの実験プラントは、非常に厄介な場所でね。区域に侵入した者を必ず排除する、厳重な無人セキュリティ・システムに守られているんだ。これは、よいしょ、あそこに突入するための準備、という訳だ……」
言って、博士は戦車のパーツをまた別の場所へと置いた。
無人の臨海実験プラント地区。色々脇道に逸れたけど、クーリエの居場所がようやく特定できた。
僕は風の切れ目に、博士にはっきり聞こえるよう、
「クーリエを取り戻す手伝いなら、喜んでします。だから、彼女を開放してあげてください」
「クーリエ……?」
「あなたが実験台にしている、女の子です」
「君は、あの個体と交信したのか、どうやって……」
「普通に話しましたよ」
博士はここで、初めて手を止め、
「それがあり得ないのだ。封印装置に収容されている限り、あれの声が我々人間に届くはずが――」
何かを考え始め、しげしげと僕を見て、何かを思い付いたのか、
「そうか、現実で同位相の波長と邂逅したことで、認識パターンを学習できたのか。つまり特殊なのは、君の方か……」
「僕が、特殊……?」
「機械で測定してみないことには分からないが、君は現代社会で本来育つ筈の無い、非常に特殊な波長の持ち主、ということになる」
波長、クーリエも言っていた言葉だ。
それが、一体何の――
「孤独だよ」
っ……!!
「正確には、そうだね、他人の孤独に共感できる波長だ。周囲の存在を観測できる立場にありながら、周囲とは一切交流することが出来ない。そういう経験に、心当たりは?」
心当たりも何も、それは、僕の……、
「現実なら、声を上げれば誰かが振り向く。叫びというのは、同じ種へ向けた最も原始的な救難信号だからだ。しかし、仮想は違う。いくら声を上げようが、その声はただの情報として選別され、個人の価値基準を基に、ただ処理される。趣味嗜好による個人の証明は、その価値基準を共有するためのバイアスであり、仮想における悲鳴を人の悲鳴足らしめるための、重要な基盤なのだ。この証明のおかげで、我々人類は可能な限りの幸福な社会を形成し、お互いの孤独を排除することに成功した。しかし、君は違う。いくら声を上げても、誰にも気付いてもらえなかった。違うかな……?」
違わない。
だって僕は、九年間でゼロ人だから。
「孤独というものは、相対的な感情だ。君のその感情は、いかにして醸造されたのか……」
ゲーム活動は摩擦の無い人間関係を構築するための、趣味嗜好によるゾーニング政策。人と違うものを選んだら、孤立するのは当たり前のこと。
九年間のぼっち生活は、僕の体をおかしなものに変えてしまったらしい。
「……もし、今と違う状況でお会いしていたら、話していたかもしれません」
「そうか、残念だ……」
本当に、心底残念そうにした後、博士は切り替えるようにかぶりを振り、
「ああ、すまない、また話が飛んでしまった。そう、君はあれを開放しろと言うが、それは無理な相談だ」
「何故です。人を実験台にしておいて、おかしいですよ」
ようやく戻った本題に僕が噛み付くと、博士はきょとんとし、
「人……? そうか、あれは君に話さなかったのだな。君を慮っての選択か、もしくは、己の存在を否定されることを恐れたのか」
「自分の、存在……?」
そこで、博士は全ての作業を止め、僕と向き合いまっすぐ立った。そして、何かの呪文を唱えるように、滔々と、
「仮想世界を漂う、人の意識に似た情報活動体。人ならざるものにして、人が辿り着けぬ場所へと導く、最適解……」
クイスト博士は、とても穏やかな眼差しと口調で、
「あの個体こそが、ゴーストだ」
っ……!?
予想だにしなかった答えと、不思議な納得。
「クーリエが、ゴースト……」
「左様」
薄い雲が流れる夜空の下、僕に向かい、博士は語り続ける。
「仮想世界が作られ、人々がゲームをするようになり、いつからか、そこに人以外の存在が確認された。人に交じり、ただゲームをするだけの、無為な存在。当初は、何処かの誰かが遊びで製作した、自動プレイAIのようなものだと思われていた。しかし、違った。発生から時が経ち、数列群の行動を分析するにつれ、我々科学者はあれを意識だと断定せざるを得なくなった。確認されたゴーストは、全部で七体。まるで幽霊のように、様々な情報防壁を潜り抜け、こちらの解析を一切通さない。そしてあちらも、人と交信することが出来ない。それが仮想における、ゴーストの特性だ」
そこで博士は、にこりと笑い、
「ほら、君と似ているね?」
「……」
僕の知る、クーリエという存在。
子供の声に釣り合わない言動と性格。人並外れたゲームの知識と、特殊な電場感覚操作。
「そのゴーストが私の試作品に、何故か偶然、宿ってしまった……」
そして、実現能力。
クーリエは言っていた。自分は先天的に実現能力を使える体に生まれ付いたと。もしそれが、博士の実験の本当の目的だとしたら……。
全てが繋がる、組み上がってしまう。現実の体を得た、ゴーストという存在に。
「あれの性能に、心当たりがあるようだ」
「っ……」
「君がこの場所に来れたのは、君の機転だと聞いた。では、それ以前は? 君はあれに導かれたのではないかな?」
僕の微かな電場変化に、博士はやはりと言いたげな目で、
「ひとたび目的を設定すると、周囲の情報から様々な判断材料を探し、最短の道を特定、最速で踏破する。まるでゲームを攻略していくかのように」
そして、その眼を鋭く細め、
「あれの目的は何だと言っていたね」
「……最初はオーバー・リアルの覚醒プログラム、その拡散阻止です。保安部が怪しいと踏んでからは、開発プログラムの消去。つまり、実験チームを止めることです」
「自らの安否より、人の秩序を優先するか。実におこがましい……」
不快そうに呟くと、博士はおそらく最後の触媒のピースを積み上げ、そして、
「ではやはり、君は立ち去りなさい。あれのやろうとしていたことは、ただの徒労だ。研究チームの人間は既に、この私が始末した」
博士の電場が膨れ上がる。博士の圧が急速に強まる。
これはそう、拒絶だ。
始まる。博士は始める気だ。
「話した通り、あれは人ではない。人ではない存在のため、人である君が命を懸ける、そんな必要が何処にあるね」
「……もう、関係ないんです。彼女が人間だろうが、ゴーストだろうが」
彼女が僕にしてくれたことは、全て真実だ。彼女がどんな存在だろうと、彼女の行動、その価値が変わる訳じゃない。
そう、だから、
「僕の目的は変わりません。実験データを消去し、クーリエを救い出す」
「データはいい、すぐにでも消し去ろう。しかし、ゴーストに近付く人間を、許してはおけん」
平行線。
雲が流れる夜空の下。鉄と人工筋肉が散乱する、廃ビルの屋上。
風が吹く、博士と僕、二人の間に。
対峙する、僕らは二人は同時に、
「「ダウンロード!!」」