OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー   作:Monjiroh

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039 GHOST IN THE FLESH

 一段一段、階段を上る。痛む体を持ち上げるように、上を目指す。

 

 特区南部、産業用高速道路沿いの一区画。取り壊し予定の看板が掛かった、廃墟ビル。

 

 屋上階に辿り着き、ドアを開けると、目的の人物はあっけなく見付かった。

 

 アルバート・クイスト博士。

 

 薄い雲が流れ、星が瞬く夜空の下。

 

 屋上の床には、辺り一面戦車の残骸が散らばっている。

 

 博士はそのパーツを更にバラバラにして、怪我した足でよろよろと、あっちへ運び、こっちへ運び。まるで、戦車の屍体で床絵を描くかのように、何かの作業を進めている。

 

 その博士が僕に気付き、何事も無かったかのように、

 

「ああ、君か。随分と早い、どうやってこの場所を突き止めたのか……」

 

 博士とは、さっき倉庫で話して、既に僕の目的を伝えてある。だから、改めて言う気はないし、博士もきっと承知の上だ。

 

 博士の作業を横目に、僕は近場に横たわる千切れた後ろ足に近寄り、

 

「便利ですよ、フォンカード」

「なるほど。ナビ・アプリで私の位置を特定するとは、大した機転だ……」

 

 装甲の隙間に挟まっていた自分のフォンカードを回収し、尻ポケットにしまった。

 

 これは、あの時の保険。

 

 あの時、多脚戦車から落ちそうになった僕は、自分のフォンカードをしがみついていた後ろ足に仕込んでおいた。もし、博士を見失うことがあっても、父さんのカードで僕のカードの位置情報を検索すれば、こうして後を追えるから。

 

 止血はしていても、左腿の怪我が辛いのか、博士はふらふらとした足取りで、

 

「この歳になると、こういう作業は億劫で堪らん……。出来れば、手伝ってもらえると有難いのだが……」

「何をするつもりなんです」

「儀式だよ」

 

 博士は朽ちて佇む、足をもがれた戦車を見上げ、

 

「日本には、どんなものにも命や霊魂が宿る、といった信仰がある。そう、付喪神だね。実はこの精神性は、世界的に見て非常に稀なのだ。この星に生きる大半の人々は、物を物として、情報を情報としてしか見ない。しかし、我々日本人は違う。慣れ親しんだものであれば、相棒として声を掛け、時に家族として扱うことすらある」

 

 その車体にぽんと手を置き、

 

「そういったものを触媒とすることで、実現能力の再現性を飛躍的に高めることが出来る。要はそう、依り代だね」

「実現能力は、推しへの愛着によって精度が変わる力……」

「そう、その通り」

 

 分かり味が深い。

 

 格ゲーは現実の人間の相手を必要とするゲームだけど、僕の対戦相手はずっと『NO TITLE』のCPUだった。愛着なんて、湧かない方がどうかしてる。

 

 博士は、ふうと額の汗を拭い、ふ頭の方、地平線に横たわるでこぼこを指さし、

 

「あれが見えるかね?」

「臨海サーバー地区、ですよね」

 

 仮想という世界的システムを維持するための、巨大サーバー群。

 

「そういうことになっているが、ああ、昔の人間の嘘というのは、本当に杜撰だ。この津波大国の日本で、あんな海沿いにサーバー施設など作るものか」

 

 そこで、博士はひとつ大きな溜息を吐き、

 

「あそこに並んでいるのはサーバーなどではない。世界中の国々が好き放題遊ぶためのプラント、何でもありの巨大実験施設だ。そしてあそこには、施設で作ったものを世界中に届けるための、秘密の空輸システムがある。間抜けな話だろう? 雇っていた者達に勝手をされて、自分が手掛けた試作品を、外に運び出されようとしているんだ……」

 

 そこまで聞いた僕は、当然の疑問が湧き、

 

「ちょっと待ってください。あれがサーバー地区でないのなら、仮想のサーバーは何処にあるって言うんです」

「ん? ああ、君はまだ、情報開示がされていないのだね。雲だよ」

 

 博士のさらりとした答えに、僕は一瞬思考がフリーズし、

 

「雲……」

「人類が利用しているサーバーとは、この星の雲、そのものだ」

 

 雲……!?

 

「雲とは、微細な水滴が分散したエアロゾルだが、そこに特別な帯電微粒子を混ぜ込むことで、膨大な電子情報を蓄積可能なコロイド・ステート・ドライブへと変化させることが出来る。電場感覚を獲得した人体資源科学の応用。星ひとつを丸々包み込む、サーバー用ホストマシン。ここ仮想特区が作り上げた、最も大きな成果の一つだ。天候操作などは、まあ、必要だからやった、くらいのものかな」

「電流制御技術。コロイド・モニタとか、ですか」

「あんなものは玩具に過ぎんよ」

 

 博士は可笑しそうに僕を見て、それから、

 

「どこまで話したのだったか、ああ、そうだ。試作品が運び込まれたあの実験プラントは、非常に厄介な場所でね。区域に侵入した者を必ず排除する、厳重な無人セキュリティ・システムに守られているんだ。これは、よいしょ、あそこに突入するための準備、という訳だ……」

 

 言って、博士は戦車のパーツをまた別の場所へと置いた。

 

 無人の臨海実験プラント地区。色々脇道に逸れたけど、クーリエの居場所がようやく特定できた。

 

 僕は風の切れ目に、博士にはっきり聞こえるよう、

 

「クーリエを取り戻す手伝いなら、喜んでします。だから、彼女を開放してあげてください」

「クーリエ……?」

「あなたが実験台にしている、女の子です」

「君は、あの個体と交信したのか、どうやって……」

「普通に話しましたよ」

 

 博士はここで、初めて手を止め、

 

「それがあり得ないのだ。封印装置に収容されている限り、あれの声が我々人間に届くはずが――」

 

 何かを考え始め、しげしげと僕を見て、何かを思い付いたのか、

 

「そうか、現実で同位相の波長と邂逅したことで、認識パターンを学習できたのか。つまり特殊なのは、君の方か……」

「僕が、特殊……?」

「機械で測定してみないことには分からないが、君は現代社会で本来育つ筈の無い、非常に特殊な波長の持ち主、ということになる」

 

 波長、クーリエも言っていた言葉だ。

 

 それが、一体何の――

 

「孤独だよ」

 

 っ……!!

 

「正確には、そうだね、他人の孤独に共感できる波長だ。周囲の存在を観測できる立場にありながら、周囲とは一切交流することが出来ない。そういう経験に、心当たりは?」

 

 心当たりも何も、それは、僕の……、

 

「現実なら、声を上げれば誰かが振り向く。叫びというのは、同じ種へ向けた最も原始的な救難信号だからだ。しかし、仮想は違う。いくら声を上げようが、その声はただの情報として選別され、個人の価値基準を基に、ただ処理される。趣味嗜好による個人の証明は、その価値基準を共有するためのバイアスであり、仮想における悲鳴を人の悲鳴足らしめるための、重要な基盤なのだ。この証明のおかげで、我々人類は可能な限りの幸福な社会を形成し、お互いの孤独を排除することに成功した。しかし、君は違う。いくら声を上げても、誰にも気付いてもらえなかった。違うかな……?」

 

 違わない。

 

 だって僕は、九年間でゼロ人だから。

 

「孤独というものは、相対的な感情だ。君のその感情は、いかにして醸造されたのか……」

 

 ゲーム活動は摩擦の無い人間関係を構築するための、趣味嗜好によるゾーニング政策。人と違うものを選んだら、孤立するのは当たり前のこと。

 

 九年間のぼっち生活は、僕の体をおかしなものに変えてしまったらしい。

 

「……もし、今と違う状況でお会いしていたら、話していたかもしれません」

「そうか、残念だ……」

 

 本当に、心底残念そうにした後、博士は切り替えるようにかぶりを振り、

 

「ああ、すまない、また話が飛んでしまった。そう、君はあれを開放しろと言うが、それは無理な相談だ」

「何故です。人を実験台にしておいて、おかしいですよ」

 

 ようやく戻った本題に僕が噛み付くと、博士はきょとんとし、

 

「人……? そうか、あれは君に話さなかったのだな。君を慮っての選択か、もしくは、己の存在を否定されることを恐れたのか」

「自分の、存在……?」

 

 そこで、博士は全ての作業を止め、僕と向き合いまっすぐ立った。そして、何かの呪文を唱えるように、滔々と、

 

「仮想世界を漂う、人の意識に似た情報活動体。人ならざるものにして、人が辿り着けぬ場所へと導く、最適解……」

 

 クイスト博士は、とても穏やかな眼差しと口調で、

 

「あの個体こそが、ゴーストだ」

 

 っ……!?

 

 予想だにしなかった答えと、不思議な納得。

 

「クーリエが、ゴースト……」

「左様」

 

 薄い雲が流れる夜空の下、僕に向かい、博士は語り続ける。

 

「仮想世界が作られ、人々がゲームをするようになり、いつからか、そこに人以外の存在が確認された。人に交じり、ただゲームをするだけの、無為な存在。当初は、何処かの誰かが遊びで製作した、自動プレイAIのようなものだと思われていた。しかし、違った。発生から時が経ち、数列群の行動を分析するにつれ、我々科学者はあれを意識だと断定せざるを得なくなった。確認されたゴーストは、全部で七体。まるで幽霊のように、様々な情報防壁を潜り抜け、こちらの解析を一切通さない。そしてあちらも、人と交信することが出来ない。それが仮想における、ゴーストの特性だ」

 

 そこで博士は、にこりと笑い、

 

「ほら、君と似ているね?」

「……」

 

 僕の知る、クーリエという存在。

 

 子供の声に釣り合わない言動と性格。人並外れたゲームの知識と、特殊な電場感覚操作。

 

「そのゴーストが私の試作品に、何故か偶然、宿ってしまった……」

 

 そして、実現能力。

 

 クーリエは言っていた。自分は先天的に実現能力を使える体に生まれ付いたと。もしそれが、博士の実験の本当の目的だとしたら……。

 

 全てが繋がる、組み上がってしまう。現実の体を得た、ゴーストという存在に。

 

「あれの性能に、心当たりがあるようだ」

「っ……」

「君がこの場所に来れたのは、君の機転だと聞いた。では、それ以前は? 君はあれに導かれたのではないかな?」

 

 僕の微かな電場変化に、博士はやはりと言いたげな目で、

 

「ひとたび目的を設定すると、周囲の情報から様々な判断材料を探し、最短の道を特定、最速で踏破する。まるでゲームを攻略していくかのように」

 

 そして、その眼を鋭く細め、

 

「あれの目的は何だと言っていたね」

「……最初はオーバー・リアルの覚醒プログラム、その拡散阻止です。保安部が怪しいと踏んでからは、開発プログラムの消去。つまり、実験チームを止めることです」

「自らの安否より、人の秩序を優先するか。実におこがましい……」

 

 不快そうに呟くと、博士はおそらく最後の触媒のピースを積み上げ、そして、

 

「ではやはり、君は立ち去りなさい。あれのやろうとしていたことは、ただの徒労だ。研究チームの人間は既に、この私が始末した」

 

 博士の電場が膨れ上がる。博士の圧が急速に強まる。

 

 これはそう、拒絶だ。

 

 始まる。博士は始める気だ。

 

「話した通り、あれは人ではない。人ではない存在のため、人である君が命を懸ける、そんな必要が何処にあるね」

「……もう、関係ないんです。彼女が人間だろうが、ゴーストだろうが」

 

 彼女が僕にしてくれたことは、全て真実だ。彼女がどんな存在だろうと、彼女の行動、その価値が変わる訳じゃない。

 

 そう、だから、

 

「僕の目的は変わりません。実験データを消去し、クーリエを救い出す」

「データはいい、すぐにでも消し去ろう。しかし、ゴーストに近付く人間を、許してはおけん」

 

 平行線。

 

 雲が流れる夜空の下。鉄と人工筋肉が散乱する、廃ビルの屋上。

 

 風が吹く、博士と僕、二人の間に。

 

 対峙する、僕らは二人は同時に、

 

「「ダウンロード!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

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