OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
ゴーストの活躍を堪能した僕は、ゲーム活動で賑わう街を抜け、草原に出た。行く場所は昨日と同じ、マップ外れの東屋だ。
ほどなくして目的地に到着した僕は、内装のベンチに着席。それから、黒い蹄の右手で施設のアクセスログを表示させた。
『件数、0人』
思わず漏れそうになったため息を飲み込み、昨日と同じ作業に掛かる。モニタを呼び出し、コントローラーを装備。ローカル・ウェブとの接続を確認、プログラムスタート。
モニタに映るのは、方眼が描かれたトレーニング・ステージ。その中で対峙する、二体の黒い素体キャラ。
『READY? FIGHT!』
電子音声の開始宣言を合図に僕がパッドを操作すると、画面内のキャラが殴り合いを始めた。そして、
『シンクウハ!』
コントローラーでコマンドを入力すると、操作キャラが白い光の弾を放った。格ゲーの花である、必殺技だ。
そう、これは僕がプロフィールに設定している、2D格闘ゲーム。
『NO TITLE』
これが僕のゲーム活動、仮想で遊べる2D格ゲー配信だ。
仮想全盛の今の時代に、何故僕がわざわざ旧世代のゲームにハマり、遊んでいるのか。その理由はとてもシンプル。
格ゲーが好きだからだ。
僕の家には平面モニタで遊ぶ、昔ながらの物理ハードがある。これはレトロゲーマニアだった母さんが今の環境で遊ぶため、調整したものだ。こいつのおかげで、僕は仮想接続が許可される小学校前から、沢山のゲームに触れることが出来た。だから僕のゲームの原体験は、旧世代の偉大なレトロゲー達だ。
その中で、僕の趣味嗜好にばっちり合ったものが存在した。
それこそ、格ゲーだ。
僕は小さな頃からスポーツや格闘技なんかの試合を一生眺めてられる、モーション・マニアな子供だった。だから、初めて格ゲーに触った時は、完全にレボリューションだった。
ボタン一つ押すだけでかっこよくキャラが動いて、しかもモーションの種類がめちゃめちゃ多くて、最高か?最高だな?って。
それから先は、一直線にズッブズブ。
ガチャガチャとレバーを動かし、複雑なコマンドを体に覚え込ませ、脊髄反射な選択を迫り迫られ、徹底的に相手をボコす。
脳汁出まくった。マジのマジで最高だった。もう一生これだけ擦ってたい。それくらいハマりこんだ。
小学校に上がり、ゲーム活動の説明を受けた時、僕は迷わず格ゲーを選んだ。好きなゲームで人と遊び、正しく人と繋がっていく。格ゲーでそうなれたら、どんなに素敵なんだろうって。
でも、それは叶わなかった。
仮想へのネットワーク移行を機に、旧時代のゲームジャンルは仕切り直しが行われ、格ゲーを含む多くのものが消失してしまったから。
残念だけど、仕方ない。
とにかく何かを選ばなきゃ、僕は誰とも遊べなくなってしまう。そう諦め、仮想のゲームを触ってみたけど、僕にはピンと来るものが全く無かった。
いや、面白いことは面白い。音も映像もダイレクトに脳で楽しむことが出来るのだから、マジで凄い。
けど、何かが違った。
ステータスは空中モニタか視界内表示で、音声入力か指さし操作。思考信号で登録した動作を選択すれば、オート・アクション・システムで勝手にアバターが動いてくれる。
まんま仮想のシステムが基盤になってるのは仕方がないけど、どれもこれも現実の延長みたいで、
ぶっちゃけ全部、ごっこ遊びだ。
もしも魔法が使えたら、もしもビームガンを持ってたら、というシミュレーション。
それが今の、仮想のゲーム。
僕は困った。
遊べるけど、面白いけど、ハマれない。旧時代のゲームにあった視点の自由度も、楽しかった面倒な手続きも、癖になる理不尽さも、全くない。だから僕には、物足りない。
そんな僕を余所に、クラスメイトは流行りのゲームを遊び、次々と自分の推しを決めていった。
やばい。このままだと僕は誰とも遊べない、それじゃゲーム活動の意味がない。
とにかく、好きになれそうなものをと、特区の教育アーカイブを漁っていた時、出会ってしまった。
このプログラム、『NO TITLE』に。
仮想世界黎明期に存在した、格ゲー好きの生き残り。このプログラムはその先達による研究の成果、その遺産。
嬉しかった、超興奮した。世代は違えど、仮想でも格ゲーやってやんよ!って人達がいたことに、超勇気づけられた。
そうだ、このプログラムがあれば、仮想でも格ゲーを遊ぶことが出来る、知ってもらうことが出来る。知ってさえもらえば、きっと好きになってくれるに違いない。
そう思い立った僕は先生に許可を取り、それからこっち九年間、この活動を続けてきた。
だけど……、
『視聴者数、0人』
画面端のアクセス表示。その現実に、目の前が真っ暗になる。
何故か、簡単だ。この『NO TITLE』というプログラムが、ゲームとして未完成だからだ。
技術的な問題、いや、労力的な限界だったのだろう。『NO TITLE』にはキャラの見た目や音楽という、ゲームに必要な要素が丸々足りていなかった。
それでも充分だ。仮想というゲームの世界でゲームをする、そんな意味不明なものを作り上げた時点で超凄い。だから後は、『NO TITLE』を受け継いだ、僕の役目だ。
そう決意し、ただひたすらにいじり続けて九年間。
……ダメだった。
僕には絵や音楽を作る技術も、世界設定を作る想像力も、身に付かなかった。九年かけても、僕は『NO TITLE』を完成させることが出来なかった。
僕に出来たのは視覚効果と演出音作り、モーション作成と攻撃判定等のバランス調整だけ。
さっきの必殺技、出来の荒い素人丸出しのエフェクトだけど、あれだってひとつ作るのにひと月かかった。
人に興味を持ってもらうためには完成されたゲームが必要で。でも、ゲームを完成させるためには人数が必要で。
僕のゲーム活動は、そんな堂々巡りな事態に陥っている。
「あ、そうだ……!」
凹んでばかりもいられない。出来ることをやらなきゃいけない。
パッドを操作しつつ、思考信号で新しいモニタを呼び出し、表示された学校のローカル・ウェブページに配信情報を投稿する。
……よし。
これで僕の配信はこの学校のローカル・ウェブ、その情報発信の中心地、噴水広場に表示される。これが一学生である僕に許された、唯一の広報活動だ。
本音を言えば、もっと派手に叫びたい。だけど、それは許されない。仮想世界でのコミュニケーションを学ぶのがゲーム活動の本分で、マナー違反やルールを逸脱する行為は、厳しく制限されているから。
だから、目に留めた誰かが、自然と好きになってくれるのを待つ他ない。
さあ、誰かが気付いてくれた時のために、ちゃんと格ゲーしないとだ。
「……って、あれ?」
僕が配信をアップロードした途端、雪崩のような新着が積み重なり、僕の投稿はあっという間にサジェスト欄から消えてしまった。
「あ……」
駄目だ、これじゃ誰にも気付いてもらえない。早くもう一度、配信情報を更新しなきゃ。
「あ……」
慌てて再度投稿するも、僕の格ゲー配信はまた新しい情報に追い出されてしまう。
一体何が……。
僕が状況を把握しようとした、その時、
「ぃいいよっしゃあああ!! やったああああ!!」
「よくやったわ! みんな、本当によくやってくれたわ!」
仮想世界の風に乗って、街の方から歓声が聞こえてきた。現実と変わらない設定の音と風は、マップ端であるここまで、普通に届く。
「おかげさまで高難易度ダンジョンタイムアタック、記録更新しました! 視聴者のみなさん! 応援ありがとうございます!」
「うおおおお! 観てたぜずっと観てたぜ! 凄えよ、あんた達は!」
なるほど。どうやら、件のパーティーが『エターナル・オーダー』で目標を達成したらしい。
「世界ランクだぜ世界ランク! こりゃ秋のゲー祭も期待できるってもんだ!」
「そうよ! 東雲第三が中堅だなんて、もう言わせないわよ!」
「このパーティーなら梁山高が相手でも競えるんじゃない!?」
「任せろ!! やったるぁああああああ!!」
凄い。偉業だ。
覇権ゲーである『エタオダ』のタイムアタックは、世界中で注目されている一大コンテンツだ。そのタイムを更新できたなんて、マジで凄い。素直に感嘆する。
けど、気にしちゃいけない。僕は自分の作業に集中しなきゃ。
気持ちを切り替え、格ゲーに意識を戻すと、モニタ横にローカル・ウェブの通知がポンと表示された。内容は、彼等のダンジョン攻略配信、その評価のお報せ。
仮想教育倫理委員会からパブリック・ウェブでの公開許可が下りたのだろう。動画の視聴者数が見る見るうちに増えていく。
百、二百、千、二千、一万、二万……。
比べちゃ駄目だ。気にしちゃ駄目だ。
それでも横目で確認してしまう、僕の格ゲー配信のアクセスログ。
視聴者数、0人。
「おめでとうございます、動画制作部です! TA配信動画の編集に協力させてくれませんか!?」
「勿論おっけーよ!!」
「ありがとうございます! それでは、プレイヤーみなさんの紹介映像から作りたいのですが――」
「その前に、打ち上げ行きましょ! あなた達も一緒にどう!? 今日はアゲアゲで行くわよ!!」
「よろこんでー!!」
好きなゲームで人と遊び、好きなゲームで認められる。
僕だって同じだ。本気で好きなものを見付けて、本気で打ち込んで。
なのに、僕は自分の好きなゲームで、父さん以外の人と遊んだことが無い。人と繋がったことが無い。
フォンカードに登録されてる連絡先は、父さんだけ。フレンドリストは、当然0人。ゲーム活動の視聴者数も、やっぱり0人。
九年間で、0人。
思考が澱み、黒い蹄の手が止まる。がちゃりと音を立て、アイテムパッドが地面に落ちる。モニタの中、操作から離れたキャラがぼっ立ちになり、CPUにボコされていく。
学校のローカル・ウェブ、その片隅の小さな東屋。聞きなれた電子音声が告げる、ゲームの結果。
『YOU LOSE...』