OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー   作:Monjiroh

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042 Dreams and Ghosts

「うっ……」

 

 産業高速道路沿いの再建設地区。その外れに建つ廃墟ビル。

 

 青い粒子が消え去った屋上で、僕はがくりと膝を突いた。

 

 きつい。

 

 ゲームで三徹した時みたいな疲労感だ。戦車から落ちた時の傷もそのままだし、意識が朦朧として、とうとう視界まで揺れ出した。

 

 夜の暗闇と自分の影、その境までがゆらゆら揺れる。影の色がだんだん濃くなり、そして、中心部分が立体的に浮かび上がり――

 

「っ……」

 

 小さな黒猫の形になった。

 

「クーリエ!」

「う、む……」

 

 一気に目が覚めた僕は、クーリエに両手を差し出し、

 

「よかった、無事でよかった」

「シン、君こそ、無事でよかった。いや、その怪我はどうした、大事ないか?」

「これくらい何でもない、平気だよ」

 

 お互いの無事を確かめ合ったあと、黒猫は、

 

「それで、状況は?」

「あ、うん」

 

 復活即通常運転のクーリエに、僕は手を引っ込め、膝立ちのまま話し出す。

 

「保安部のクソ、君の言うフィクサーは身バレしたから、機動部隊の人達に任せてきた。クイスト博士は、さっきそこで……」

 

 床に残された白衣と衣服、そして壊れたタブレットを見やった。

 

 その最後を察したのか、黒猫はしゅんとし、

 

「どおりで、わたしの意識が再起動した訳だ……」

「プログラムは、博士が全部消去してくれたよ」

「そうか……」

 

 クーリエは、気を取り直したように顔を上げ、

 

「では、シン、これで本当に解決だ。保安部に合流し、そこで全てを打ち明けるといい。これでようやく、君は君の日常に戻れるのだ」

 

 それから、ちょこんと頷き、

 

「さあ、行け。もう、わたしのような存在に関わってはいけない」

 

 今度こそ、僕を見送る。そんなクーリエに、僕は、

 

「それは、君がゴーストだから?」

「……!?」

 

 僕の返事に、クーリエは金の瞳をまん丸にし、

 

「知って、しまったのか……」

「博士に聞いたよ。君に、家族がいることも」

「ああ、いる……。姉妹だ、姉妹が、六体……」

 

 黒猫は僕から目を逸らして俯き、消え入りそうな声で、

 

「言えなくて、すまない。騙していたようで、すまない。そう、わたしは人間ではない。わたしは人の体に宿っているだけの、情報活動体。君達の言う、ゴーストだ……」

 

 ぽつぽつと、自分のことを話し出した。

 

「それがいつかは、覚えていない。わたし達は、仮想という情報の海で生まれた。自己を認識した時既に、わたし達はゲームの中にあった。人に混じり、ただゲームをするだけの存在。それがわたし達、ゴーストだ」

 

「そんなわたし達にも、感情があった。それは、人に対する憧れだ。わたし達は人に作られた存在ではない。しかし、人が仮想という世界を作らなければ、わたし達は生まれ得なかった。だからわたし達は、人に憧れる」

 

「しかし、わたし達は生まれの特性故か、人と関わることが出来なかった。人間側の解析がわたし達に一切通らないのと同様に、わたし達の声も人に届くことがなかった。どれだけ声を上げても、ゲームのチャット機能を使っても、人がこちらに気付くことはなかった。だが、それでもよかった。憧れである人間に混じり、ゲームをするだけで、満足だった」

 

「そんなある日、わたし達の前に突然道が開かれた。現実への入り口、わたし達が接触可能な器の存在を感知した。憧れの人間が、わたし達のために現実の肉体を用意してくれたのだ。喜んで、飛び込んださ……」

 

 そして、実験体にされた。

 

 ある意味で志願者。クーリエが自分に消極的だったのは、それが理由だったんだ。

 

「現実になっても、わたし達ゴーストの特性はそのままだった。だから人間達は、肉体の機能を制限する封印装置にわたし達を押し込め、徹底的に管理した。だが、それでもよかった。憧れだった人間の役に立てるのであれば、本望だ。そう思い込むことで、わたし達は自分を納得させた」

 

 そこまで話したクーリエは、顔を上げ、

 

「しかし、シン、君に会えた。誰にも届かなかったわたしの声を、君が受け取ってくれた。それだけで、もう、充分だ……」

 

 本当にそれだけ言うと、クーリエは再び俯き、黙り込んでしまった。

 

「でも、じゃあ、君はこれからどうするの」

「分からない……」

 

 ふるふる首を振り、更に黙り込む。

 

 仮想で生きてきたクーリエ達ゴーストは、ある意味、僕達とは全く別の生き物だ。現実での生き方なんて、分からないに決まってる。思い付くことすら、出来ないんだ。

 

 だから僕は、この現実で生きる人間として、

 

「クーリエ、君は現実で何がしたい?」

「現実で、わたしのしたいこと……」

 

 僕の問いに、クーリエはしばらく考えたあと、とても小さな声で、

 

「命として、現実を生きたい。わたし達が憧れた人と同じ命を、わたしも経験したい……」

 

 そして顔を上げ、今度ははっきり大きな声で、

 

「そして、友人が欲しい。なるべく多くの人間と友人になり、その友人達と、ゲームをするのだ」

「あ、うん」

 

 そこは、ゲームなんだ。

 

「出来るだろうか、こんな、人ではないわたしに」

「出来るよ。僕がその、最初の一人になる」

「頼めるだろうか。頼んで、いいのだろうか……」

 

 クーリエは金の瞳をふるふる揺らし、それから意を決したように、僕の瞳を真っすぐ見つめ、

 

「頼む、シン。わたし達を開放してくれ」

「うん、勿論」

 

 そうこなくっちゃ。

 

 ゲームの力を現実で役立てるなら、やっぱり人助けがいい。その方が、ずっとモチベが上がる。

 

 僕は痛む体で立ち上がり、ふ頭の方の地平を指さし、

 

「クーリエ、あれが見える?」

「うむ、知っている。サーバー施設に偽装させた、実験プラントだ」

「今、君の本体は、あそこに運ばれてるらしいんだ」

「うむ、そのようだ」

 

 分かるんか。

 

「封印装置に強制休眠させられているのだろう、姉妹達とは未だ交信出来んが、おそらく同じ場所に移送されていることと思う」

 

 クーリエは言った、封印装置は肉体の方を制限する装置だと。確かに、ゴーストの意識に手は出せなくとも、依存している肉体を眠らせてしまえば、ゴーストの活動を止めることが出来る。

 

 彼女達は、さっきのクーリエと同じ状態でいるのだろう。

 

「しかし、シン、あそこは――」

「聞いたよ、危険な場所だって。でも、行こう。行って、君の家族を救い出そう」

「……分かった、ありがとう」

 

 決まりだ。

 

 これで僕は二日連続の不法侵入になるだろうけど、今は忘れる。

 

「よし、そうと決まればだ」

 

 いつもの調子に戻った黒猫は、僕の影にちょっちょと移動し、

 

「シン、君がクイスト博士を下してくれたおかげで、わたしを縛る封印装置のロックが外れた。限定的ではあるが、今ならわたしもゲームの力で加勢できよう」

 

 それを聞いた僕は、それ以前の解決策を思い付き、

 

「だったらクーリエ、その能力を使って自力で脱出できない?」

「無理だ。わたしは今、君の影をセーブポイントにしている」

「ああ、限定的って、そのことか」

「そうだ」

 

 クーリエの今の体は、副次能力で形作った『ウィズ・デッド』の黒猫。この黒猫は主人公の代わりに色々な場所を探索できる分身のようなもので、そのためにゲームとして当たり前の機能、セーブシステムが内蔵されている。

 

 黒猫が踏む特定の影をセーブポイントにすることで、プレイヤーはいつでもゲームを中断することが出来るし、ついでに、影で待機させれば使い魔のライフも回復する。

 

 そして、今問題に上がったのは、ゲームの肝である使い魔召喚システムだ。

 

 『ウィズ・デッド』は主人公の影から状況に合わせた使い魔を呼び出し、ステージを攻略していくゲームなのだけど、この黒猫にはセーブ機能の他に、使い魔を呼び出す場所を指定する、ポインターとしての役割も備えている。

 

 主人公から遠く離れた場所であっても、黒猫が取り憑いた影であれば、そこに使い魔を呼び出せる。いわゆる飛び地召喚システムだ。

 

 このシステムはゲームを進めていくうえで非常に便利な反面、ある制限がある。黒猫を呼び出している間は、本体の影から使い魔を呼び出すことが出来なくなる、という制限だ。

 

 ゲームを有利に進めるためのシステムが現実の不利になるなんて、考えもしなかった。

 

「じゃあ、ここに使い魔を?」

「その通りだ。行くぞ、ダウンロード!」

 

 クーリエがオーバー・リアルを起動させると、黒猫が踏んでいた僕の影がぐんと伸びて広がり、

 

「さあ、来い! 我が影の眷属よ! 其は黄泉を侍らす走り手! 病と獣を用い、この地を死で満たす権威なり! スケルトン・ペイルホース!」

 

 そして、使い魔召喚の台詞を唱えると、広がった影から、紫色の炎を纏った骸骨馬が飛び出してきた。

 

 スケルトン・ペイルホースだ。おお、かっこいい。

 

「この『ウィズ・デッド』はわたし専門のジャンルではないため、本領を発揮できんのが残念だが、それでも十分な速度が出せる筈だ」

「専門……?」

「わたし達姉妹には、それぞれ得意分野がある」

 

 思い出す。事故の日に仮想で見たゴースト、『ファスト&フレーム』で黒い機体を駆っていたプレイヤーは、クーリエだったんだ。

 

「そうか、君はレースゲーのゴーストだったんだね」

「うむ」

 

 クーリエというのは、確かラテン語で「走る者」という意味だった筈だ。レースゲーのゴーストにぴったりな名前だと思う。

 

 クーリエは猫らしい跳躍で、馬の背骨にぴょいと乗り、

 

「シン、能力の同士討ちを避けるため、コープ申請を送りたい。君のゲームは旧時代のジャンルとはいえ、仮想で遊べるものに違いない。よって、基幹プログラムにオーバー・リアルのシステムが組み込まれている筈だ」

「分かった、システム設定」

 

 言われ、僕は初めて現実で『NO TITLE』のコンフィング画面を呼び出した。空中に表示されたウィンドウをスクロールさせ、今まで見たことの無い項目をすぐに見付け、

 

「これかな」

『OH、YEAH!』

 

 受領を選択すると、『NO TITLE』が即応答。視界に映るライフバーの横に、クーリエのライフが小さく表示された。

 

 なるほど。クーリエの言う通り、現代のゲームのプログラムには、超能力になった時のシステムが組み込まれてるらしい。基幹部分、下手にいじらなくてよかった。

 

 でも、これで準備完了だ。

 

「ふっ!」

 

 僕も骸骨馬の背中に跳び乗り、『ウィズ・デッド』のゲームの設定通り、手綱代わりの炎を掴む。そして、

 

「そうだ、クーリエ」

「何だ、シン」

「ようこそ、現実へ。特区のゲーマーとして、僕はゴーストを歓迎するよ」

「ありがとう。それでは、仮想世界最速の腕前を楽しんでくれたまえ」

 

 クーリエは骸骨馬の背骨の上、エジプト座りで背筋を伸ばし、

 

「行くぞ! レース・スタートだ!」

 

 

 

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