OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
『Good Afternoon Passengers. This is the announcement for VR-District International Airport』
様々な言語で放送されるアナウンスと、宙に浮かぶ色とりどりのコロイド・モニタ。日本らしい清潔なデザインのコリドールを、僕は歩く。
金髪に白い肌、茶髪に黒い肌、黒髪に黄色い肌。あらゆる人種が行き交う人波の中、縫うように進む。
『本日は仮想特区国際空港をご利用いただき、まことにありがとうございます。日特航空、札幌発、666便は予定通り到着いたしました。当便ご搭乗のお客様をお迎えの方は、北ウィング13番ゲート、手荷物受取場前にてお待ちください』
ゲーム活動を終えた、その日の夕方。僕は父さんを迎えに、空港に来た。
アナウンスに従い、目的地に辿り着いた僕は、大きな全面ガラス窓の向こうに目をやり、
「今日って、降雨予定無い筈だけど……」
現代の科学は天候操作が可能なほど進歩している。天気なんて最早、日常を彩る演出に過ぎない。この曇り空もきっと、何かのイベントのシチュに必要だったとか、そんな理由に違いない。
それより、そろそろだ。
投影モニタで目当ての便を再確認し、到着ロビーで待つこと数分、
「シン、久しぶりだな!」
「父さん、おかえりなさい」
手荷物受取場ゲートから、ふんわりオーラ全開の壮年男性が飛び出してきた。
短い黒髪に黒い瞳。灰色のスーツにカーキ色のトレンチコート、片手に黒のブリーフケースを装備した、まんま日本のサラリーマン。
一会マサツグ、僕の父さんだ。
父さんは僕と違い、見た目完全日本人だけど、ちゃんと血は繋がってる。僕の髪と目の色は、チェコ人の母さん譲りってだけ。
「ああ、シン! 現実のシンだ!」
「うあ」
「仮想の羊じゃない! 人間のシンだ! ああ、帰ってきた! 実感した! 俺はやっと家に帰ってこれたんだ!」
小走りで近寄って来るやいなや、父さんは僕の前で膝立ちになり、大げさに感動しだした。
「どおら、現実のシンはすっかりでかく……、なってないな! まあ、これからさ!」
「父さん。人が見てるから、父さん」
大きな手で僕の髪の毛をくしゃくしゃする、泣き笑い顔の父さん。そんな僕達を、微笑ましい光景だと周囲の人達が笑っている。
前にリアルであったのは、僕が小学校に上がってすぐだったから、もう九年の現実レスになる。だけど父さんのこの癖は、いつまで経っても変わらない。
「すまんすまん、さあってとお……」
頭くしゃくしゃから僕を解放した父さんは、ブリーフケース片手に立ち上がり、チェック柄のネクタイを緩めながら、
「しっかし、特区は暑いなあ。コートも他の荷物と一緒に送っちまうべきだった」
「北海道って、まだ寒いの?」
「そりゃ、こっちよりはな」
「荷物はそれだけ?」
「ああ、身軽なもんさ。それじゃ、帰るか。夕飯は何が喰いたい? 焼肉か? 焼肉だな?」
「何でもいいよ」
「ああ、行こう! 今夜は特区の焼肉だ!」
勝手知ったる、そんな感じで歩き始めた父さんの後を、僕は付いていく。
その矢先、
「そうそう、電話じゃ伝えづらくてな、シンと相談したいことがあったんだ」
「なに」
何だろう、また仮想ロビー制作用の背景素材をバカ買いしたのだろうか。
「父さんな、家を建てようと思うんだ」
「それは、リアルで?」
「ああ、そうだ。特区にだ」
素で驚いた。僕はてっきり、今の部屋で一緒に暮らすものだとばかり思っていたから。
「モデルルーム・シミュレーションをいじってるとな、やっぱり仮想じゃ物足りなくなってくるんだよ。それでほら、あれだ。これがあれして、ああなる感じで、分かるだろ?」
「何がなに」
あ、これは新しくやりたいことを思い付いて、いい感じになってる時の父さんだ。
若干引き気味な僕を置いてきぼりに、父さんは更にハッスルし、
「家ってのはな、こう、居場所っていうか、俺達だけの趣味満載エンジョイ空間っていうか、仲間呼んで騒ぐのに丁度いい秘密基地みたいなヤツでな! ほら、ファンタジー世界の酒場みたいな、ああいう雰囲気の!」
「え、あ、うん」
「それでな! モデルガンを壁一面ズラーッと並べたりとか、都市模型をミチッと詰めた部屋を作っちゃったりとか! ああ、生活面は勿論気を遣うぞ! リビングは吹き抜けで、間取りは絶対広く取る!」
「ファンタジー要素どこ」
子供みたいにはしゃぎながら話す、父さんのマイホーム設計。聞いてる僕までハッピーな気持ちになってくる、そんな内容だった。
と、
「そこの! ゲートから出てきたあなた! ちょっと待ってください!」
「え、は?」
「駄目ですよ、プロフィール・チェックを済まさず行ってしまっては!」
ゲートから追い掛けてきた空港警備の人に、呼び止められてしまった。
どうやら、父さんは手続きを忘れて僕のところにすっ飛んできたらしい。らしいと言えばらしいけど、ルールだったらちゃんとしなきゃだ。
「いや、すみません。そうでした、お願いします」
「ええ。それでは、お時間頂きます」
赤面しきりな父さんを前に、警備員さんは胸ポケットに装備した投影装置を起動、プロフィールを表示させた。コロイド・モニタに並ぶ経歴を見て、僕はとても誇らしい気持ちになる。
何故なら、僕の父さんは凄い人だからだ。
凄いと言っても、偉人とか有名人とか、そんなんじゃない。特区民としては、あくまで普通。だけど、その普通が凄いと、僕は思う。
父さんの推しゲーは都市育成シミュレーションで、それを活かし、駅や空港の設計に携わるようになった。この空港ロビーだって、父さんが関わった仕事だ。
好きなことで自分を伸ばし、仕事にし、社会に貢献する。今の時代の、理想の普通。
見事な経歴に目を通した警備員さんは、その本人に、
「九年間も本土でお仕事を? お疲れ様です……」
「ええ、やっと特区に戻って来れました。もう本土の仕事は御免です」
「相当ブラックだと聞きますが」
「そりゃもう、真っ黒、でしたよ……」
「そんなにですか……。はい、お手続き完了です。もう大丈夫ですよ」
「ええ、お手数おかけしました」
僕等はお互い会釈し、帰宅の道を再開する。
と、
「失礼、少々お待ちを。そちらはご家族ですか?」
「はい? ええ、息子です」
何故か、再び呼び止められてしまった。見れば、空中に父さんのものではない、別の誰かの情報が表示されている。
僕のプロフィールだ。
「息子さんの推しゲーですが、未登録は問題かと思われます。保護者責任を問われる事案です」
「は? 未登録? 推しゲーが?」
態度を一変させた警備員さんと、怪訝な顔で反応する父さんに、僕は尻に氷柱をブッ込まれた気分になった。
保護者責任? 何故?
確かに、旧世代のゲームである格ゲーは、ジャンル登録がされていない。けど、活動自体はゲーム史研究として、ちゃんと許可を貰えたはずだ。
いや、活動内容がよく分からないと言われれば、確かにそうだけど、でも……。
そうだ、早く言え。問題ありませんと、自分で言うんだ。
「あの……」
「いいえ、何も問題ありません」
切り出す直前、ケロッと答えた父さんの声に、僕ははっと顔を上げた。
父さんは警備員に向かい、毅然とした態度で、
「息子の推しゲーですが、それは開発中のものなんです。ここ国際実験都市じゃ、よくある話じゃないですか」
「いやいや、ジャンルすら定まっていないのはおかしいでしょう。よく分からんゲームに入れ込むこと自体、人生を棒に振ってるも同じです」
「人生ですって? 保護者権限で息子のプロフィール詳細表示を許可します。下の記録をご覧になってください」
「いいでしょう」
言われた警備員はモニタをスクロールさせ、僕の記録を確認。すると、その顔色がどんどん変わっていく。
「こ、れは……」
すっかり気勢を削がれた警備員に、父さんは、
「美術と音楽を除き、一般教科の成績は常に上位。病欠以外の欠席は皆無で、遅刻も無し。何より、素行欄です。行動記録が当たり前になった今のご時世、マナー違反やら不適切発言やらで、誰でも多少の失敗はするものです。なのに、息子にはひとつのバツも付いていない。特区で仕事をしている人間ならば、これがどれだけ難しいことか、分かるでしょう」
「た、確かに……」
「息子は特区民、いえ、日本人として恥ずかしくない人間に育ちました。これでも何か問題が?」
「いえ!」
警備員はコロイド・モニタを消し、姿勢を正し、
「失礼しました! よい一日を!」
「職務お疲れ様です。それでは」
礼儀で殴る。
そんな気迫でお辞儀し、父さんはさっさと歩き始めた。
「失礼、しました……」
僕も警備員に頭を下げ、父さんの後に続く。だけどもう、さっきまでみたいに、話せない。
父さんを煩わせた。
父さんに、恥をかかせた。
日本に、特区に生まれて十六年。真面目に勉強して、馬鹿正直にルールを守って、色んな事を我慢してきた。
それは、全部自分の為だって分かってる。でも、僕が頑張ってきた一番の理由は、父さんを馬鹿にされたくなかったからだ。
片親だから、子供が駄目になった。他人にそう言わせないために、出来る限りの努力をした。
けど、駄目だった。
他人と違うものを好きになった。ただそれだけのことで、父さんの経歴に傷が付くなんて、思ってもみなかった。
駐車場へと辿り着いた僕らは、会社が用意してくれたという車に乗り、空港の外へ。特区市街地へと続く高速道路を、僕らを乗せた車は走る。
気まずい沈黙。
僕はただ、運転する父さんの隣で、じっとしていることしか出来なかった。何か、小さなものが車を叩く音が聞こえ始めた。
雨だ。
しばらく息を潜めていた僕は、覚悟を決め、
「ごめん、父さん。格ゲー同好会、上手くいってなくて……」
ごめんなさい、それだけ言えばいいのに、でも、
「だけど、どうすればいいか、どうしたらよかったのか、分からない。本当にもう、分からなくて……」
ずっと抑えてきた弱音が漏れて、止まらない。次から次に言葉が出る。
この九年間、僕がゲーム活動で何をしてきたか。
人が面白いと思うものを作るため、ゲームというエンタメが作られた経緯を知るため、触れる限りのゲームに触れ、ゲーム史学を徹底的に勉強したこと。
『NO TITLE』を格ゲーとして少しでもいいものにするため、手当たり次第にモーション・アクター講習に参加し、人体の動きを研究しまくったこと。
その他にも沢山沢山。とにかく、沢山。
思い付く限りのことをやり、やれるだけのことをやって、それでも、誰にも気付いてもらえなかった。
「クラスメイトとは、普通に話すよ。でも、同じゲームで同じ時間を過ごす仲間が、友達が出来なくて……」
一昨日の、同クラの子がそうだ。僕が何のゲームをやっているかちゃんと伝えたはずなのに、まともに記憶された試しが無い。
無視ではなく、無関心。好きなことに熱中している人達の頭に、他のことが入る隙間は無い。だから格ゲーの存在は、彼等の頭に残らない。
「だけど本当はもう、分かってるんだ。僕のやってきたことは、全部無駄なことなんだって……」
ゲーム活動は摩擦の無い人間関係を構築するための、趣味嗜好によるゾーニング政策だ。人と違うものを選んだら、孤立するのは当たり前のことだ。
それでもやれると思った。格ゲー好きの輪を、作れると思った。
「父さんがあんなに、あんなに沢山応援してくれたのに、僕は……」
特区に生まれた人間として、好きなゲームで認められたかった。みんなと同じような人間になりたかった。
父さんみたいに、なりたかった。
僕は膝の上、両の拳を握り締め、
「ごめん、父さん。僕は、好きになるものを間違えたんだ……」
それ以上、言葉が出てこなかった。ただ悔しくて、情けなくて。父さんと格ゲーに申し訳なくて……。
再び車内に落ちる、気まずい沈黙。雨音だけが響く、二人きりの時間。
俯き、黙り込んだ僕に、父さんは、
「ちょっと待ってくれ。お前のゲーム活動ってのは、FPSじゃなかったのか……?」