OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー   作:Monjiroh

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006 鈍色の雲の下で(1)

 ……?

 

 家路に繋がる高速道路。雨音が鳴り響く、車の中。

 

 父さんの発言に、僕は一瞬言葉を失いかけ、

 

「違う、格ゲーだよ」

「いや、格ゲーはジャンル登録されてないだろう」

「だから、ゲーム史学の個人活動だって……」

 

 驚き、顔を上げれば、父さんは真っ青になっていた。

 

「さっきのあれは、咄嗟に言い返しただけだ。実は俺も、相当驚いてた……」

「え……」

「俺は知らなかった、勘違いしてたんだ。お前の、ゲーム活動のことを……」

 

 話が違う。

 

 僕のゲーム活動のことを、保護者である父さんが知らない筈が無い。ていうか、仮想で散々相談してきたし、沢山ゲームを買ってくれたのだって、全部ゲーム活動のためだと思ってたのに……。

 

「シン、メールボックスを開け。俺との連絡に使ったアプリ、ツール、とにかく全部だ」

「う、うん」

 

 言われた通り、僕はフォンカードを車内の投影装置に中継させ、コロイド・モニタを複数展開させた。すると、

 

「え、なに、これ、なんで……」

 

 ブラウザを開いた途端、新着通知がどっさり降ってきた。その内容は、

 

『父さん、時間ある時でいいから、プログラムの組み方教えてくれないかな。ゲーム活動の格ゲー、少しでもいいものにしたいんだ』

『シン。FPSの新武器スキンが欲しかったら、好きに買っていいぞ? ゲー活のみんなとお揃いがいいだろ?』

『格ゲーの背景を作りたいんだけど、空間キャプチャが上手く使えないんだ。テンプレートの座標ってどうやって設定するの?』

『なあ、ゲーム活動の校内試合って、保護者なら視聴できたよな? シンが出場するのは何試合目だ? ていうか、チャンネル登録何処からだ?』

 

 一ヵ月で十件以上、一年で百件以上、九年間で千件以上。ゲーム活動に関するやり取りだけが綺麗に未送信未受信状態で、それが今になって、届きまくっている。

 

「シン。昨日の電話の内容、覚えてるだけでいい、言ってみてくれ」

「うん、ええと……」

 

 言われた通り、今度は父さんとの通話内容を思い出し、口に出す。

 

「……ゲームは沢山やっとくべきって、それで父さんが、なっ、て誤魔化して――」

「違うぞ。俺は確かに、FPSはお前のゲーム活動だしな、と言ったんだ」

「え……」

 

 そんな、まさか……。

 

「情報規制……、嗜好検閲だ……」

 

 父さんはハンドル右手に、左手で口元を隠し、

 

「今の時代、個人の推しゲーは立派な機密情報だ。そして、ここ仮想特区は一応日本とは言え、世界中の資本と利権が入り乱れた、クソ面倒な場所だ。それで、俺のような特区外に長期赴任する人間は、特区内の情報を受け取る権利が一時的に剥奪される、厄介な規約に縛られまくるんだ。それは理解していた、説明を受けたんだ。だが……」

 

 今度はその手で顔を拭い、震える声で、

 

「ここまでとは思わなかった。こんなことになるなど、思いもしなかった。仮想があるから大丈夫だと、安心しきっていた。お前のゲーム活動だって、一番人気のFPSだろうと勝手に思い込んで、いや、今思えば、お前との会話で話が通じてないところがあった気がするが、ああ、言い訳だな……。すまない、シン。現実で傍にいてやれなかった、俺の責任だ……」

「そんな、父さん……」

 

 それ以上、何も言えなかった。

 

 僕と父さんの今までの会話が、この街のルールによって削られていた。現実で傍にいないと気付けない、人間にはそういうことが沢山ある。僕達は、仮想だけじゃ駄目だったんだ。

 

 でも、もういい。今更気付いても、もう遅いんだ。

 

 二人黙った静かな車内。フロントガラスに落ちた雨が、風に流れて消えていく。

 

 と、突然、父さんはハンドルをぽんと叩き、

 

「ま、何とかなるだろ」

「え」

 

 驚き、顔を上げた僕に、父さんはカラッとした笑顔で、

 

「だってなあ、シンの推しが何だろうと、俺は応援してたろうしな」

「いや、でも……」

「今は躓いてるかもしれんが、お前はまだ十六で、これからなんだ。いくらでも取り返せるさ」

「でも、父さん……」

「いやいや、情報検閲でミスったのは俺の責任だって言っただろ? だからほら、俺にもやり直させてくれよ、頑張るよ、父親らしいことさせてくれよ」

「でも……」

 

 あれだけやって結果が出なかったのは、確かな事実だ。空港警備の人が言ったように、止めるのが普通なんじゃないのか。

 

 けど、父さんは予想外の変顔で、

 

「だってなあ、お前のそれ、ズレてるだけだからなあ」

「ズレ、てる……?」

 

 ズレ、僕が……???

 

「ああ、お前のやり方はその、ストロング・スタイル過ぎるんだよ。俺みたいに知ってる奴ならともかく、何も知らない人間、ましてや小学生や中学生に理解しろったって、無理なんだよ」

「でも、先生だって無反応だったよ」

「そりゃそうだ。先生の仕事は先生をすることで、研究評価は専門家の仕事だ。お前の活動を見てもらうなら、大学か企業レベルじゃないとあかんだろう」

「そう、なの?」

 

 そう、なの……?

 

 困惑しきりな僕に、父さんはあくまで明るく、窘めるように、

 

「お前の本気は理解してる、さっき聞いた。だから、その選択を後悔なんかしちゃ駄目だ。そうだな、例えば、俺と母さんのことなんだが……」

「母さん?」

 

 父さんは、母さんの話を全然しない。唯一教えてくれたのは物理ハードのことくらいで、他は全然。ていうか、母さんは僕を産んですぐ亡くなったから、僕も聞きづらくて、訊ねなかった。

 

 でも、何故今母さんなんだろう。

 

 聞き返した僕に、父さんは、「ああ」と頷き、

 

「母さんと一緒になるって段になってな、周りに随分反対されたんだ」

「お爺ちゃんやお婆ちゃんに?」

「いやあ、親父とお袋は口出ししてこなかったよ。色々言ってきたのは母さんの同窓連中でな。この子だけは選んじゃ駄目だ、結婚なんて間違ってると」

「そん、なに」

「母さんはその、頭はめちゃくちゃよかったんだが、あー、クソをドブ水で煮込んだような性格の、超オラオラなゲロ人間で……」

 

 なんそれ。

 

 わりとショックな真実を告げられた僕の隣、父さんは車のハンドルを握り直し、

 

「それでも俺はあの人を、母さんを選んだ。だから俺は、今の繋がりが間違ってるとは思わない」

 

 これだけは確かなもの、そんな口調で、

 

 

 

「好きになる気持ちに、間違いなんてないんだ」

 

 

 

 雨が上がる。

 

 雲間から光が差し、世界が色を取り戻す。

 

 フロントガラスの水滴が風で流れ、視界がクリアなものに戻っていく。

 

「自分に自信を持つのは、とても難しい。だがお前はもう、一番大事なものを持っている。それは、格ゲーが好きって気持ちだ。その気持ちが、心が、お前をそこまで動かした。結果に結び付かなかったのは残念だが、お前が格ゲーのために積み重ねた時間は、絶対に無駄じゃない」

 

 父さんはゆっくり、一つ一つ選ぶように、

 

「それにな、嬉しいんだよ。格ゲーは母さんが遺してくれた、大切な思い出だ。お前がそこまで本気になってくれるなんて、思ってもみなかった。本当に、本当に嬉しいんだ……」

 

 僕のための言葉を、しっかりと紡いでくれた。

 

 けどすぐに、やれやれといった感じに切り替わり、

 

「けどまあ、友達ゼロ人ってのは、俺も計算外だぞ」

「う」

「シンは昔からコミュ力足らんかったからな。お前、嫌な時ははっきり断るが、自分が欲しいものを人に求めるのが下手だろう」

「う」

「一番の問題は、その無表情だな。平然としてるように見えるから、他人がお前を心配してくれないんだ」

「自分じゃ表情豊かな方だと思うんだけど」

「眉毛くらいしか動いてないってのに、何が豊かだ。酒切らした時の母さんまんまの顔だぞ」

 

 ああ……。

 

 離れてたって、父さんは僕の父さんだ。僕のことを世界で一番分かってくれる。あと、母さんがアル中だったかもしれないと知って、かなりショックだ。

 

「負けたって、失敗したって、何度でも挑戦していいんだ。ゲームはそれを教えてくれる。だろ?」

「うん」

「だから、大丈夫さ。今は俺が言ってるが、いずれ自分で自分に大丈夫と言える。そんな日が、きっと来る」

「うん」

 

 大丈夫。

 

 そう言われても、今はそんな気になれない。でも、いつかきっと、そう思えるだけで、とても心が軽くなった。

 

 僕が安心し、道の先に視線を戻した、その時、

 

「何だありゃ!?」

 

 前のめりになる父さん。僕も気付く。対向車線を猛スピードで走ってくる鋼の塊、大型トラックだ。

 

「あっちは追い越し車線じゃないだろうが! ……おい、おいおいおい! 正気か!?」

 

 その大型トラックは並走していた車を巻き込み、そのまま中央分離帯を乗り越え、盛大な破壊音と共にこちら側の車線に突っ込んだ。

 

 僕等の前を走る車が一斉に急ブレーキするけど、間に合わない。次々に衝突し、鉄の山を築いていく。

 

 玉突き事故だ。

 

「ヤバイなこりゃ! シン、下りて避難するぞ!」

「うん……!」

 

 父さんは車を路肩に停め、素早く下車。

 

「車はここに置いて行こう。まずは避難場所の確認、それで非常階段から下りて、あとはそうだな、地下鉄かタクシーだ」

「分かった」

 

 僕も車を降り、同意する。周囲は僕達と同じように車から降りる人、停車した車内に居残る人、様々だ。

 

 父さんは道路先の惨状を観察しながら、胸ポケットのフォンカードを布越しにタップし、

 

「コール、特区道路交通保安部を呼び出し。もしもし、保安部ですか? 高速道路で玉突き事故が発生しました。場所は空港標識から66キロポスト地点。私は一会マサツグ、同行者は息子の一会シン。プロフィール照合と現在地の確認をお願いします。緊急時です、もしもし? んん?」

 

 保安部というのはここ特区の警察みたいなもので、区外との管轄や行使力を区別するため、そう呼称されている。軍隊に近い装備を許された、治安維持機関だ。

 

 保安部への連絡を父さんに任せ、僕が車から荷物を下ろしていると、

 

『いけない、駄目だ。頼む、逃げてくれ……』

「え?」

 

 突然聞こえた声に、僕は辺りを見回した。けど、誰もいない。

 

 誰だ? 女の子……?

 

 不思議に思っている僕に、父さんが、

 

「駄目だ、繋がらなんな……。どうした、シン」

「誰かの、声が聞こえて」

「声? 俺には何も聞こえなかったが」

「ううん、何でもないよ。それより、行こう」

 

 とにかく、家に帰らなきゃ。荷物に手を伸ばそうとして、気付く。

 

「父さん?」

 

 道の先、事故現場に真っすぐ向かう、父さんの後ろ姿。

 

「シン、行くぞ。今の車にゃガソリンなんて使ってないが、逃げ遅れた人に何かあったら大変だ」

「でも、父さん……」

 

 父さんはカーキ色のコートをなびかせ、ふんわり顔で振り向き、

 

「その気になればな、人間、自分が思ってる以上のことが出来るもんさ」

 

 

 

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