OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー 作:Monjiroh
……?
家路に繋がる高速道路。雨音が鳴り響く、車の中。
父さんの発言に、僕は一瞬言葉を失いかけ、
「違う、格ゲーだよ」
「いや、格ゲーはジャンル登録されてないだろう」
「だから、ゲーム史学の個人活動だって……」
驚き、顔を上げれば、父さんは真っ青になっていた。
「さっきのあれは、咄嗟に言い返しただけだ。実は俺も、相当驚いてた……」
「え……」
「俺は知らなかった、勘違いしてたんだ。お前の、ゲーム活動のことを……」
話が違う。
僕のゲーム活動のことを、保護者である父さんが知らない筈が無い。ていうか、仮想で散々相談してきたし、沢山ゲームを買ってくれたのだって、全部ゲーム活動のためだと思ってたのに……。
「シン、メールボックスを開け。俺との連絡に使ったアプリ、ツール、とにかく全部だ」
「う、うん」
言われた通り、僕はフォンカードを車内の投影装置に中継させ、コロイド・モニタを複数展開させた。すると、
「え、なに、これ、なんで……」
ブラウザを開いた途端、新着通知がどっさり降ってきた。その内容は、
『父さん、時間ある時でいいから、プログラムの組み方教えてくれないかな。ゲーム活動の格ゲー、少しでもいいものにしたいんだ』
『シン。FPSの新武器スキンが欲しかったら、好きに買っていいぞ? ゲー活のみんなとお揃いがいいだろ?』
『格ゲーの背景を作りたいんだけど、空間キャプチャが上手く使えないんだ。テンプレートの座標ってどうやって設定するの?』
『なあ、ゲーム活動の校内試合って、保護者なら視聴できたよな? シンが出場するのは何試合目だ? ていうか、チャンネル登録何処からだ?』
一ヵ月で十件以上、一年で百件以上、九年間で千件以上。ゲーム活動に関するやり取りだけが綺麗に未送信未受信状態で、それが今になって、届きまくっている。
「シン。昨日の電話の内容、覚えてるだけでいい、言ってみてくれ」
「うん、ええと……」
言われた通り、今度は父さんとの通話内容を思い出し、口に出す。
「……ゲームは沢山やっとくべきって、それで父さんが、なっ、て誤魔化して――」
「違うぞ。俺は確かに、FPSはお前のゲーム活動だしな、と言ったんだ」
「え……」
そんな、まさか……。
「情報規制……、嗜好検閲だ……」
父さんはハンドル右手に、左手で口元を隠し、
「今の時代、個人の推しゲーは立派な機密情報だ。そして、ここ仮想特区は一応日本とは言え、世界中の資本と利権が入り乱れた、クソ面倒な場所だ。それで、俺のような特区外に長期赴任する人間は、特区内の情報を受け取る権利が一時的に剥奪される、厄介な規約に縛られまくるんだ。それは理解していた、説明を受けたんだ。だが……」
今度はその手で顔を拭い、震える声で、
「ここまでとは思わなかった。こんなことになるなど、思いもしなかった。仮想があるから大丈夫だと、安心しきっていた。お前のゲーム活動だって、一番人気のFPSだろうと勝手に思い込んで、いや、今思えば、お前との会話で話が通じてないところがあった気がするが、ああ、言い訳だな……。すまない、シン。現実で傍にいてやれなかった、俺の責任だ……」
「そんな、父さん……」
それ以上、何も言えなかった。
僕と父さんの今までの会話が、この街のルールによって削られていた。現実で傍にいないと気付けない、人間にはそういうことが沢山ある。僕達は、仮想だけじゃ駄目だったんだ。
でも、もういい。今更気付いても、もう遅いんだ。
二人黙った静かな車内。フロントガラスに落ちた雨が、風に流れて消えていく。
と、突然、父さんはハンドルをぽんと叩き、
「ま、何とかなるだろ」
「え」
驚き、顔を上げた僕に、父さんはカラッとした笑顔で、
「だってなあ、シンの推しが何だろうと、俺は応援してたろうしな」
「いや、でも……」
「今は躓いてるかもしれんが、お前はまだ十六で、これからなんだ。いくらでも取り返せるさ」
「でも、父さん……」
「いやいや、情報検閲でミスったのは俺の責任だって言っただろ? だからほら、俺にもやり直させてくれよ、頑張るよ、父親らしいことさせてくれよ」
「でも……」
あれだけやって結果が出なかったのは、確かな事実だ。空港警備の人が言ったように、止めるのが普通なんじゃないのか。
けど、父さんは予想外の変顔で、
「だってなあ、お前のそれ、ズレてるだけだからなあ」
「ズレ、てる……?」
ズレ、僕が……???
「ああ、お前のやり方はその、ストロング・スタイル過ぎるんだよ。俺みたいに知ってる奴ならともかく、何も知らない人間、ましてや小学生や中学生に理解しろったって、無理なんだよ」
「でも、先生だって無反応だったよ」
「そりゃそうだ。先生の仕事は先生をすることで、研究評価は専門家の仕事だ。お前の活動を見てもらうなら、大学か企業レベルじゃないとあかんだろう」
「そう、なの?」
そう、なの……?
困惑しきりな僕に、父さんはあくまで明るく、窘めるように、
「お前の本気は理解してる、さっき聞いた。だから、その選択を後悔なんかしちゃ駄目だ。そうだな、例えば、俺と母さんのことなんだが……」
「母さん?」
父さんは、母さんの話を全然しない。唯一教えてくれたのは物理ハードのことくらいで、他は全然。ていうか、母さんは僕を産んですぐ亡くなったから、僕も聞きづらくて、訊ねなかった。
でも、何故今母さんなんだろう。
聞き返した僕に、父さんは、「ああ」と頷き、
「母さんと一緒になるって段になってな、周りに随分反対されたんだ」
「お爺ちゃんやお婆ちゃんに?」
「いやあ、親父とお袋は口出ししてこなかったよ。色々言ってきたのは母さんの同窓連中でな。この子だけは選んじゃ駄目だ、結婚なんて間違ってると」
「そん、なに」
「母さんはその、頭はめちゃくちゃよかったんだが、あー、クソをドブ水で煮込んだような性格の、超オラオラなゲロ人間で……」
なんそれ。
わりとショックな真実を告げられた僕の隣、父さんは車のハンドルを握り直し、
「それでも俺はあの人を、母さんを選んだ。だから俺は、今の繋がりが間違ってるとは思わない」
これだけは確かなもの、そんな口調で、
「好きになる気持ちに、間違いなんてないんだ」
雨が上がる。
雲間から光が差し、世界が色を取り戻す。
フロントガラスの水滴が風で流れ、視界がクリアなものに戻っていく。
「自分に自信を持つのは、とても難しい。だがお前はもう、一番大事なものを持っている。それは、格ゲーが好きって気持ちだ。その気持ちが、心が、お前をそこまで動かした。結果に結び付かなかったのは残念だが、お前が格ゲーのために積み重ねた時間は、絶対に無駄じゃない」
父さんはゆっくり、一つ一つ選ぶように、
「それにな、嬉しいんだよ。格ゲーは母さんが遺してくれた、大切な思い出だ。お前がそこまで本気になってくれるなんて、思ってもみなかった。本当に、本当に嬉しいんだ……」
僕のための言葉を、しっかりと紡いでくれた。
けどすぐに、やれやれといった感じに切り替わり、
「けどまあ、友達ゼロ人ってのは、俺も計算外だぞ」
「う」
「シンは昔からコミュ力足らんかったからな。お前、嫌な時ははっきり断るが、自分が欲しいものを人に求めるのが下手だろう」
「う」
「一番の問題は、その無表情だな。平然としてるように見えるから、他人がお前を心配してくれないんだ」
「自分じゃ表情豊かな方だと思うんだけど」
「眉毛くらいしか動いてないってのに、何が豊かだ。酒切らした時の母さんまんまの顔だぞ」
ああ……。
離れてたって、父さんは僕の父さんだ。僕のことを世界で一番分かってくれる。あと、母さんがアル中だったかもしれないと知って、かなりショックだ。
「負けたって、失敗したって、何度でも挑戦していいんだ。ゲームはそれを教えてくれる。だろ?」
「うん」
「だから、大丈夫さ。今は俺が言ってるが、いずれ自分で自分に大丈夫と言える。そんな日が、きっと来る」
「うん」
大丈夫。
そう言われても、今はそんな気になれない。でも、いつかきっと、そう思えるだけで、とても心が軽くなった。
僕が安心し、道の先に視線を戻した、その時、
「何だありゃ!?」
前のめりになる父さん。僕も気付く。対向車線を猛スピードで走ってくる鋼の塊、大型トラックだ。
「あっちは追い越し車線じゃないだろうが! ……おい、おいおいおい! 正気か!?」
その大型トラックは並走していた車を巻き込み、そのまま中央分離帯を乗り越え、盛大な破壊音と共にこちら側の車線に突っ込んだ。
僕等の前を走る車が一斉に急ブレーキするけど、間に合わない。次々に衝突し、鉄の山を築いていく。
玉突き事故だ。
「ヤバイなこりゃ! シン、下りて避難するぞ!」
「うん……!」
父さんは車を路肩に停め、素早く下車。
「車はここに置いて行こう。まずは避難場所の確認、それで非常階段から下りて、あとはそうだな、地下鉄かタクシーだ」
「分かった」
僕も車を降り、同意する。周囲は僕達と同じように車から降りる人、停車した車内に居残る人、様々だ。
父さんは道路先の惨状を観察しながら、胸ポケットのフォンカードを布越しにタップし、
「コール、特区道路交通保安部を呼び出し。もしもし、保安部ですか? 高速道路で玉突き事故が発生しました。場所は空港標識から66キロポスト地点。私は一会マサツグ、同行者は息子の一会シン。プロフィール照合と現在地の確認をお願いします。緊急時です、もしもし? んん?」
保安部というのはここ特区の警察みたいなもので、区外との管轄や行使力を区別するため、そう呼称されている。軍隊に近い装備を許された、治安維持機関だ。
保安部への連絡を父さんに任せ、僕が車から荷物を下ろしていると、
『いけない、駄目だ。頼む、逃げてくれ……』
「え?」
突然聞こえた声に、僕は辺りを見回した。けど、誰もいない。
誰だ? 女の子……?
不思議に思っている僕に、父さんが、
「駄目だ、繋がらなんな……。どうした、シン」
「誰かの、声が聞こえて」
「声? 俺には何も聞こえなかったが」
「ううん、何でもないよ。それより、行こう」
とにかく、家に帰らなきゃ。荷物に手を伸ばそうとして、気付く。
「父さん?」
道の先、事故現場に真っすぐ向かう、父さんの後ろ姿。
「シン、行くぞ。今の車にゃガソリンなんて使ってないが、逃げ遅れた人に何かあったら大変だ」
「でも、父さん……」
父さんはカーキ色のコートをなびかせ、ふんわり顔で振り向き、
「その気になればな、人間、自分が思ってる以上のことが出来るもんさ」