OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー   作:Monjiroh

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007 鈍色の雲の下で(2)

「こりゃ、えらいことになってるな……」

 

 厚い雲に覆われた特区の夕方。高速道路を遮る、車の山。

 

 事故現場、その惨状に近付いた父さんが、唖然とした声を漏らした。

 

 道の先では、横転した大型トラックに十台以上の乗用車が塞き止められていて、潰れたり他の車に乗り上げてたりと、もう散々だ。

 

 けど、これだけの大事故にも関わらず、重傷者はいないようだった。運転手や同乗者の安全を考慮した、技術力の成果だ。

 

 振り向けば、後続車両の人達は既に避難を終えたらしい。大事故だけど、大惨事にはならなさそうだ。

 

「まずはこの車だ。シン、中の人を運び出すぞ」

「あ、うん」

 

 言われ、僕は一番手前でひしゃげている赤い乗用車に駆け寄った。車内には、エアバックに顔を突っ込み、運転席で気を失っている女性が一人。後部座席、チャイルドシートに座った赤ちゃんが一人。

 

「運転席は俺が行く。お前は後部座席を、子供を頼む」

「分かった」

 

 僕は運転席の斜向かいである、後部左ドアに手を伸ばす。衝撃感知のドアロック解除システムが働いたのか、ドアは簡単に開いた。

 

 こんな事故があったというのに赤ちゃんは完全熟睡中で、短い金髪にふくふくしたほっぺが、とてもかわいらしい。

 

 もう大丈夫だよ。

 

 そう声を掛けようとして、

 

「っ……!?」

 

 突然背筋を走った悪寒に、僕は顔を上げた。

 

 シートの隙間から覗くフロントガラス越し、その向こう。横転したトラックのドアをこじ開け現れる、一人の男。無造作に伸ばした白髪に痩せこけた風貌の、白衣を着た壮年男性。

 

 その人がコンテナの上に登り、両手を広げ空を仰ぎ、

 

「ダ、ウ、ロアアアアアアアッッ!!」

 

 爆ぜた、ように見えた。

 

 正確には、変身した。

 

 全身に黒い革のベルトとスタボロの布を巻き付け、右腕が大振りのチェーンソーそのものになった、化け物の姿に。

 

「ばイィイイイッ!! おアァアアアッ!!」

 

 その化け物が奇怪な叫び声を上げると、今度は周囲の景色までもが変わっていった。高速道路の路面が、事故を起こした車が次々と赤錆色に染まっていく。

 

 VR? 何かのイベント?

 

 変質した事故現場の風景も相まって、僕の現実感がどんどん薄れていく。

 

「っっ……!?」

 

 直後、車外から聞こえた音に、僕は反射的に頭を下げた。それはゲームでよく聞く、だけど現実では聞いたこともない、破裂音。

 

 銃声だ。

 

 事故車から這い出てきた人達が何処からか銃を持ち出し、撃ち合いを始めている。

 

「くリッ、すウッ!」

「じ、ジジジジジルゥ!」

 

 事故によるパニック? 何故みんな銃を? これは現実? それともゲーム?

 

「何だありゃ!? ただの事故じゃないってのか!? シン、急ぐぞ!」

「あ、うん!」

 

 父さんの声で我に返り、僕は作業に取り掛かった。そうだ、今は赤ちゃんを運び出さないといけないんだ。

 

 だけど……、

 

「あ、あれ? あれ……?」

 

 ボタンを押して、チャイルドシートのベルトを外すだけ。それなのに、何故かベルトが外れない。指が震えて、体が震えて、上手くいかない。

 

「れオォオオオンッ!」

「くレッ、れアァッ!」

「あルバァアアアアッ!! うウェウェ、スカアアアアアッ!!」

 

 車外で飛び交う、弾丸と銃声。あちらこちらから聞こえる、悲鳴と奇声。そして何より耳障りなチェーンソーの回転音。ここは危険だ、だから急がなきゃならない。なのに、体が動いてくれないんだ。

 

「落ち着け、シン」

 

 ……っ!!

 

 その声にはっと顔を上げると、運転席は既に空っぽ。気を失っていた女性は、無事車外に運び出された後だった。

 

 歪んだドアのその向こう、父さんは澱みのない、静かな口調で、

 

「難しいことは何も無い、いつも通りでいいんだ。深く息を吸って、それからゆっくり息を吐け。深呼吸、自然体ってやつだ」

「うん……!」

 

 息を吸い、そして吐く。

 

 それだけで、僕の指は普段の動きを取り戻した。ベルトのボタンはあっさり外れ、赤ちゃんは僕の胸の中に収まった。

 

「シン、車の背後へ」

「分かった」

 

 父さんの指示通り、変貌した現場を窺いながら、狂乱の車外へ。

 

「あシュッ、リイイィ!」

「えイ、ダァアアアッ!」

「うウェ、スカアアアアッッ!!」

 

 意味不明な声を発しながら、お互いを撃ち合う被害者達。大型トラックのコンテナをチェーンソーで一心不乱に切り刻む、異形の化け物。

 

 今なら行ける。そう決断した僕は赤ちゃんを抱え、低い姿勢で車の後ろに移動した。

 

 合流を果たした僕に、父さんは道路に寝かせた女性から顔を上げ、いつも通りの笑顔で頷いた。

 

「な? 出来ただろ?」

「父さん……」

 

 ひと時の安堵。

 

 車の影から頭を出さないよう、父さんと二人、片膝立ちの姿勢で身を潜める。だけど、いつまでもここでこうしている訳にはいかない。

 

 僕が焦り、逡巡していると、

 

「う……」

 

 よかった、赤ちゃんの母親らしい女性が意識を取り戻したようだ。

 

 父さんは、その人の背を支えて半身を起こし、

 

「気が付きましたか? あなたは事故に会ったんです」

「事故……? あ、アーちゃんは、娘は何処に? アリスちゃん、アーちゃん!」

「大丈夫です、アリスちゃんは無事ですよ。シン、娘さんをこっちに」

「うん、気を付けて……」

 

 僕が赤ちゃんを慎重に手渡すと、父さんはコートを脱いで赤ちゃんをくるみ、混乱寸前の母親にしっかり抱かせた。

 

「ああ、アーちゃん、アーちゃん……」

 

 涙を流し、赤ちゃんの額に口付ける金髪の母親。その姿を見て、父さんはにこりと微笑んだ。だけどすぐに、そのふんわり顔を引き締め、

 

「あの非常階段が見えますね? あそこまで走ってください。出来ますか? 頭を低く、娘さんのことだけを考えて」

「はい、はい……!」

「行きますよ! さあ、走って! 行くぞ、シン!」

「はい!」

「うん!」

 

 父さんの合図で、僕達は走り始めた。事故現場とは逆方向にある、非常階段に向かって。

 

「走れ! シン、走れ!」

「分かっ、てる!」

 

 必死に走りながら、気付く。

 

 逃げている僕達の中で、一番体が大きいのは父さんだ。飛び交う弾丸からあの母娘と僕を守るため、父さんは一番後ろを走っている。

 

「父さん!」

「振り返るな! シン、走れ!」

 

 父さんの声を背に、とにかく走る。交互に足を前に出す。

 

 もう少し。

 

 前を行く母娘が避難場所に辿り着き、非常階段を下りていく。

 

 逃げきれた……!

 

 僕等もすぐに、そう思った瞬間、

 

「うウェス、かアアアアアアッッ!!」

「シン! 危なっ――」

 

 どん、と背中を押され体勢を崩す。

 

 思わず振り向いた視界に映る、その光景。

 

 巨大なチェーンソーを振り下ろす、ボロ布の化け物。父さんの背中から嘘みたいに噴き出し撒き散る、赤い飛沫。

 

 スローモーションのように流れる時間の中、父さんの黒い瞳から、優しい光が消えていく……。

 

「父さん!!」

 

 即座に踵を返し、僕は倒れ伏した父さんに縋り付いた。

 

「あ、あ……。父さん……」

 

 父さんの背中に刻まれた、深い傷跡。傷跡から流れ出る血液が、錆色の道路を覆っていく。

 

 ぽつりぽつりと、何かが落ちる。地面を叩き、世界の赤を色濃く染める。

 

 雨だ。

 

「え、ミリイ! ぐグレェエエエエスッ!」

 

 再び降り始めた雨の中、化け物が僕に向けてチェーンソーを振りかぶった、その時、

 

『頼む、届いてくれ。こんなことは、あってはならない』

 

 耳に、いや、全身で感じる、誰かの声。

 

『もし届いていたら、思い描いてくれ。自分の体に刻まれた夢の形、ゲームという祈りの力を……』

 

 ゲーム……。

 

 その声、その言葉に、僕の体と意識が驚くほど自然に同調する。

 

『理想は仮想に、仮想は現実に……』

「くラ、ウザァアアアアアアッ!!」

「おああっ!!」

 

 叫び、重なる。

 

 全身に電気のような衝撃が走り、視界で弾けた火花が形を作る。僕の体が、構えを取って立ち上がる。

 

 眼前に迫る怪異に向かい、僕は無我夢中で拳を固め、

 

「はああっ!」

「ぎ、デオォんッ!?」

 

 あり得ない現象。

 

 僕の細腕で、拳撃で、化け物が後方にブッ飛んだ。

 

 視界上部、現実と重なり見える、黄色と青の二本のゲージ。同様に、化け物の頭上に浮かんで見える、黄色いライフバー。そのライフバーが僕の攻撃で、少し減った。

 

 ダメージだ。

 

 こんなの現実じゃない。あり得ない。

 

 全てがそう、

 

 まるで、ゲームだ。

 

「あァアアアアアンッ!! ぶレラッ!!」

「くっ……!」

 

 派手な音で地面にダウンした化け物はすぐさま立ち上がり、左の怪腕で道路を殴り付けた。

 

 衝撃と振動。大きな破壊音と、巻き起こる噴煙。

 

 その煙がおさまると、化け物の姿は高速道路から消えていた。

 

「はあっ! はっ! はあっ……!」

 

 ぱちんと電気が弾けるような音と共に全身から力が抜け、僕はどちゃりと膝を突く。

 

「はあっ、はあっ……、くっ……」

 

 何が起こったのか分からない。自分が何をしたのか、理解できない。事故現場にいた人達は全滅してしまったのか、もう叫び声が聞こえない。

 

 だけど、それより今は……、

 

「父、さん……」

 

 そのまま、うつ伏せに倒れた父さんの元へ、何とか這い寄る。雨でずぶ濡れになるのも構わず、大きな背中に手を当て、力を込める。

 

「父さん、返事をして。お願いだから、息をして……」

 

 血が、止まらない。どれだけ強く押さえても、父さんの体から流れ出る血液が、止まってくれない。

 

「冷たくなんか、ならないで……」

 

 父さんの血で、僕の両手が真っ赤に染まる。流れて混ざる雨と血が、世界を黒く染めていく。

 

 道路を叩く雨の音。空に重く立ち込める、鈍色の雲。

 

 僕は、それでも口を開き、

 

「父さん……」

 

 

 

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