OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー   作:Monjiroh

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008 独りぼっちの邂逅

 暗い部屋で一人、僕は座っている。

 

 フローリングの床に足を投げ出し、壁に背をもたれさせ、ただぼんやりと。

 

 お通夜に火葬、父さんを弔うための手続きは役所の人が全て執り仕切り、あっさり終わった。そして遺族年金だとか保険だとか、これからの僕の生活に関わる要項を伝え、さっさといなくなった。

 

 遺骨は集合墓地管理局が預かり、四十九日が明けたら納骨も済ませてくれるそうだ。

 

 家に戻った僕は、それから何も食べず、眠らず、あるものをじっと眺め続けている。

 

 床に置いた、一枚のフォンカード。父さんの声を届けてくれた、小さな機械を。

 

 目を閉じ、意識を切り替えれば、すぐにでも人と繋がる仮想へ行ける。でも、僕は今、それをするつもりはない。

 

 外からは、雨の音が聞こえてくる。あの日、全てを流して消した、雨の音が。

 

 風も何も感じない、現実の世界。帰る人がいなくなった、薄暗い部屋。

 

 こうして、僕は一人ぼっちになった。

 

 

 

 

 

 

 高速道路の事故、その二日後の夕方。

 

 僕は空っぽになった頭で、学校に来た。

 

「失礼、します……」

 

 職員室の扉を開け、中に入る。

 

 ペーパー・メディアをうず高く積み上げた机達と、行き交う教師陣。あちらこちらにコロイド・モニタを多重投影させた、乱雑な空間。

 

「一会君、こっちです!」

「先生、はい……」

 

 呼ばれ、すすめられるまま、パイプ椅子に腰を下ろす。向かい合って座るのは、僕よりも更に背が低い、小学生にしか見えない容姿の成人女性。

 

 僕の担任、湯ヶ村先生だ。

 

「今日はいいですけど、制服の上着、忘れないようにしてくださいね」

「はい、すみません……」

 

 先生に言われ、詰襟を着ていないことに、今更気付いた。

 

 とにかく、何も考えられない。まともに話せる気がしない。

 

 そんな僕を前に、湯ヶ村先生は小さな体をすんとしおらせ、

 

「一会君。この度は、その、御愁傷さまでした……」

「はい……」

「あの、大丈夫ですか……?」

「はい……」

 

 どう返事をすべきか、分からない。分からないまま、相槌を打つ。

 

「本当に、あんな事故が起きるなんて……」

「事故……」

 

 ふいに出た先生の言葉で、空っぽだった頭が、止まっていた思考が動き出す。

 

 嘘だ。

 

 思い出すのは、一昨日のこと。保安部で事情聴取を受けた、あの場所のこと。

 

 白い部屋だった。投影装置も何も無い、外と隔絶された白い部屋。その部屋でその保安官は、落ち着いた声でこう言った。

 

『あなたは今、ショック状態にあります』

 

 気の毒に、心の底から思っている。そういう顔だった。

 

『あなたの言う高速道路での異常現象ですが、事故当時の映像記録では一切確認出来ませんでした。そのような変異は、存在しません』

 

 嘘だ。何を言ってるんだ、この人は。

 

『被害者の方達の死因は銃撃などではなく、横転したトラックに巻き込まれた事故によるもの。あなたのお父様は被害者を助けようとした際、乗用車の爆発に巻き込まれ、亡くなったのです』

 

 嘘だ。

 

 事故にあった人達はまだ生きていた。だけど、トラックの男が化け物に変身した途端、何処からか銃を持ち出して、お互い撃ち合ったんだ。

 

 そして父さんは、その化け物に殺された。

 

 まるでフィクションのような、あり得ない事実。

 

 でも、僕は言った。それが僕の見た、あの場で体験した本当のことだから。

 

 黙り込んだ僕に、湯ヶ村先生は、

 

「あの、こんな時に。いえ、こんな時だからこそ、進路の話をしたいと思います」

「進路……」

 

 そうだった。

 

 僕にはもう、身寄りがいない。特区教育法ではそういう学生のため、ある条件をもとに学校が後見になるとかで。今日はそのことを相談しに来たんだった。

 

「まず、一般教科の成績ですが、一会君は特区上位15%以上をキープし続けています。これに関しては何の問題もありません。問題は、ゲーム活動です」

 

 先生は、そこで一度言葉を区切り、

 

「高校のゲーム活動は中学までのものとは違い、ある種の職業訓練的な意味合いが強く、他人との協調性、チーム作業での適応能力を培うものです。しかし、一会くんの活動は個人研究の域を出ず、対象となるゲームも現在の環境に登録されたジャンルではありません。どうやっても、プラスの評価が出来ないんです。ですから……」

 

 湯ヶ村先生は苦しそうな顔をし、やがて、意を決したように、

 

「一会君は直ちにゲーム活動を辞め、就職に有利なカリキュラムに専念していただきます」

 

 ああ、そうか。

 

 先生の説明を、僕は空っぽのままで理解する。

 

 僕と格ゲーは、ここで終わりなんだ。

 

 こんな時になって、ようやく思い出す、僕の原点。

 

 格ゲーで人と繋がりたい。沢山の人と格ゲーで対戦したい。それが僕の夢で、目標だった。

 

 でも、最初は違う。

 

 僕はもう一度、父さんと格ゲーで遊びたかったんだ。

 

 格ゲーは、僕が初めて父さんと遊んだゲームだったから。僕が父さんに初めて勝ったゲームが、格ゲーだったから。

 

 僕が格ゲーを復活させることが出来たら、どこかのスタジオが仮想で遊べるタイトルを作ってくれるかもしれない。そうなったら、遠くで暮らす父さんとまた格ゲー出来るに違いない。

 

 馬鹿みたいな思い付きだけど、子供だった僕は、そう信じてしまったんだ。

 

 だけど、父さんはもういない。

 

 大丈夫。

 

 僕にそう言ってくれる人は、もうこの世に一人もいないから。だから僕はもう、格ゲーにこだわる必要がなくなったんだ。

 

「先生、僕は……」

 

 分かりました。そう答えるため、のろのろと口を動かそうとして、

 

「僕、はっ……!?」

 

 突然、首筋に走った不気味な感覚に、僕の体が立ち上がる。そして、吸い寄せられるように近くの窓に貼り付いた。

 

「一会君!? 急にどうしたんですか!?」

「先生、あの車は……!」

 

 窓の外、雨の駐車場に停まっている一台のバン。僕の目は、何故だかそれに釘付けになった。

 

「あれですか? 健康診断の業者ですよ。ああいった個人情報は仮想を通せませんし、機材とデータを回収しに来たんです……。って、一会君!? どうしたんですか、一会君!?」

 

 湯ヶ村先生の声を振り切り、僕は職員室を飛び出した。

 

「何で! どうしてあいつが!」

 

 忘れもしない、あの感覚。高速道路で化け物になった、あいつの感覚。あの車にはあいつが乗っていた。何故かは分からないけど、それが分かった。

 

 リノリウムの廊下を走り、昇降口へ。下駄箱からスニーカーを投げ出して履き、雨の屋外へ。

 

 校舎を回り駐車場に辿り着くと、あいつを乗せた車は出ていった後だった。

 

「クソッ!!」

 

 そのまま校外へ出て、雨の中をひた走る。行き先なんて分からない。針で刺されるような不快な感覚を頼りに、全力で走る。

 

 堪らない。

 

 父さんを殺したあいつが、のうのうと生きて外を出歩いてる。それがとにかく、我慢ならない。

 

「クソッ!! 畜生ッ……!!」

 

 四辻の交差点で立ち止まった僕は、息を切らし吐き捨てた。距離が離れたからなのか、もう、気配も何も感じない。

 

 厚い雲に覆われた空を見上げ、拳を握り雨を浴びる。

 

 人も車の通りも無い、無機質な特区の風景。

 

 その世界に、

 

「一会シン」

 

 一粒の水滴が落ちたような微かな感覚に、視線を戻す。

 

 道の先、声の主は、いつの間にかそこに存在していた。

 

 黄金の瞳と、細いヒゲ。雨に濡れた道路にぴんと背筋を伸ばして座る、小さな黒猫。

 

 言葉を使わない筈の獣は、鈴の鳴るような少女の声で、

 

「すまない、合流するのが遅くなってしまった」

「その、声は……」

「わたしの名は、クーリエという」

 

 そう名乗った黒猫は、優雅に体を翻し、

 

「付いてきたまえ。奴の足跡はわたしが追える」

 

 

 

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