OVER REAL DOWNLOAD!! 人類最後の格闘ゲーマー   作:Monjiroh

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009 オーバー・リアル

 雨の道を、早足で歩く。

 

 VRを投影しやすいよう、とことんまで特徴を削られ、平坦な外見になった市街地。灰色の雲を映す水たまりをぴたぴたと踏む、小さな獣。

 

 クーリエ。

 

 そう名乗った存在は、落ち着いた、それでいて幼さの残る少女の声で、

 

「これから話すことは、君の知る常識を覆すことと思う。信じるも信じないも、君の自由だ」

 

 高速道路で聞いた声の主、その正体は喋る黒猫だった。

 

 投影装置によるVRじゃない。感覚で分かる、この黒猫は実体だ。正気を疑う事実だけど、今はそんなことどうでもいい。

 

 この黒猫は、あいつの行方を追えると言った。今の僕には、その言葉だけで充分だ。

 

「この星に生きる人類は、既に超能力者になっている」

 

 寝言は寝て言えよ。

 

 普通ならそう答えるだろう。でも、特区育ちの僕は違う。

 

「適応能力のことを言ってるなら、あれはそんな大げさなものじゃない」

 

 適応能力とは、通常とは異なる環境で生活することにより身に付く、人の力のことだ。

 

 例えば、宇宙活動。

 

 無重力下で育った人間は地上で育つ人間より、方向感覚や距離感といった空間把握能力が優れたものになる。

 

 そういった特殊な環境を仮想で再現し、イメージトレーニングとして経験を積ませることで、人の力を延長させる。

 

 空間把握能力の他にも、操縦や演奏、並列思考による複数カーソル操作など、仮想で養った技能が現実に反映される例は沢山ある。ここ特区の健康診断にはそういう項目まで追加されているし、別段驚くことの無い、ただの常識だ。

 

 僕の返事に、前を歩く黒猫は小さく首を振り、

 

「適応能力は人の限界を超える力ではない。私が言う超能力とは、人の限界を超えた力。無から有を作り、世界を変える力のことだ」

「あの日の、あれがそうだって言うのか」

「そうだ。特区で生まれ育った君はあの現象をどう見る、どう感じた」

 

 その問いに、僕はあの時感じたまま、

 

「まるで、ゲームみたいだった」

「そう、ゲームだ」

 

 黒猫は、満足したようにひとつ頷き、

 

「現代のゲームは実に複合的な要素を持つ娯楽表現であり、精緻に編み込まれた想像力、その情報密度は最早、一つの世界の設計図と言っても過言ではない程に進化した。では、それほどの世界に適応した人間は、一体どうなる」

 

 人がゲームに適応する、つまりそれは……、

 

「そうとも、人類は手に入れたのだ。ゲームという世界を宿し、自らを変える力を。それこそが、オーバー・リアル。既存の物理法則の枠を超えた、超常の力。ゲームを現実に落とし込む力だ」

 

 オーバー・リアル、まんまなネーミングだ。

 

 この黒猫、クーリエの言ってることを丸々信じる訳じゃない。だけど、そうでなければあの現象は説明できない。そして、僕はそのことに納得しつつある。

 

「だが、超能力であってもゲームは所詮ゲームに過ぎん。ゲームとは人の夢、人の願いにより形作られた、仮初の世界。そう、ゲームは娯楽にして逃避。過酷な現実から目を逸らして浸る、ひと時の夢であればいい」

 

 クーリエは歩きながら、長い尻尾をゆっくりくねらせ、

 

「遊びというものは、秩序があって初めて成り立つ。あの男の行動は、それを著しく乱す行為に他ならない」

「あれと同じことが、また起こるっていうのか」

「そうだ。奴を野放しにすれば、いずれまた同じことが起こる。可及的速やかに、奴を打倒せねばならない」

 

 黒猫はそこで立ち止まり、同じように立ち止まった僕を振り返り、

 

「君がやるんだ」

「僕が?」

「そうだ、君なら出来る。君はあの日あの時、その力の片鱗を垣間見せた」

 

 そして、ふむりと頷き、

 

「オーバー・リアルの名の通り、ゲームは現実を超えた。ゲームの暴走を止められるのは、ゲームだけだ」

「っっ……!!」

 

 震えた。

 

 父さんを殺したあいつを、僕の手で止められる。そして、そのための力が僕にはある。

 

 ゲームが現実になるとか現実を超えたとか、クソ細かいことはどうでもいい。あいつをブチのめすことが出来るなら、常識なんてクソ喰らえだ。

 

「本来ならば、あの男を止めるのはこの街の治安維持機関の役目だろう。しかし、彼等の仕事は基本対処であり、今この時にあっては、手遅れでしかない」

「保安部はその力の存在を知っていた。知った上で、僕に嘘を吐いたのか」

「その嘘は君達の日常を守るためのものだ。何故なら、この星に暮らす多くの人々は、その身に宿る力を未だ自覚していないのだから」

 

 理解はできる。

 

 その嘘は、必要な嘘だ。何も知らない人達を異常な力から遠ざけるための、必要な体制だ。だから保安部は、父さんのことで僕に嘘を吐いた。

 

 だけど、それも今はどうでもいい。

 

「……行こう」

 

 先導を待たず、再び歩き始めた僕に向かい、黒猫は、

 

「心配は無いようだ」

「何のだよ」

「君は私の話を信じている、いや、理解している。違うかな?」

 

 雨の中、小さな足で歩き始めた。

 

「重要なのは、認識することだ。君が人生を共にしたゲームは、現実化するための器として、既に君を認めている。あとは自分自身にコマンドすれば、オーバー・リアルは起動する」

 

 言葉を話す黒猫は、黄金の瞳で僕を見上げ、

 

「一会シン。世界は既に変わっているんだ」

 

 

 

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