自由を知らない王女と、自由を諦めた奴隷少女は、きっと友達にもなれない 〜それでも私たちは、傷つけ合いながら旅をする〜   作:夕目 ぐれ

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第10話 手の中の残り日

〜*〜*〜*〜*〜*

 

 あの日、あの国で、全てを失った私は思った。もう、何も期待なんてしたくないって。

 奴隷に夢や希望なんてものは、過ぎたものだったって。

 

「おい、コール! しっかりしろ!」

 

 誰かの声が聞こえる。せめて、この死にそうになっている子を助けようと、誰かにそう言われた気がする。

 

「……大丈夫」

 

 もう何も感覚を感じないこの身体が動いてくれた。最期に、せめてこの子を助けよう。

 

 これが、私があの子に出来る償《つぐな》いだと思って。

 

 

〜*〜*〜*〜*〜*

 

 

「……ごめんね、ルル」

 

 どこかの小さな小屋の中に逃げ込んだこの人は、そんなことを私に向けて呟く。

 

「謝るのなら、何とかしてください。魔法でも何でも」

 

「……ごめん」

 

 何を言ってもずっとそれだ。私は俯《うつむ》くこの人を忌々しく睨《にら》む。

 

「そんなに冒険に出たいなら、早く一人で行ってきて下さい」

 

「……ルルはどうするの?」

 

「私は城まで出向いて潔白を話します。最悪、アナセン様の無実だけでも分かってもらえれば、それでいいです」

 

「駄目だよ! そんなことルルが……」

 

「じゃあ何ですか? このまま貴方と冒険に出ろって言うんですか?」

 

「……その方が、……まだ、いいでしょ……」

 

「それはっ……、ただ貴方の都合が良いだけでしょ!」

 

 未だにそんな無責任なことを言い放つこの人に、私は思わず声を荒げてしまう。確かにこうなった責任は私にもある。そう遅くなったけど気付けた。でも、もっとこの人がまともだったら、そう思わずにはいられない。

 

「おい、誰だ! 人の屋敷に忍び込んで、喧嘩なんかすんなよな!」

 

 突然、小屋の扉が開いて、誰かがそう言って顔を出す。それは、私の見知った人物で。

 

「……コール」

 

「ルル!? いつ帰ってきたんだよ。てか、ここ下層の屋敷だぞ。アナセン様も一緒なのか?」

 

 そんなことはないのに。でもとても懐かしく感じるその声と顔に、私は思わずコールに抱きついてしまう。

 

「コール……! ごめん、ごめんなさい……」

 

「お、おい、どうしたんだよ? ルル」

 

「アナセン様がっ……、捕まって……。私のせいで、みんなが……。ごめんなさい、ごめんな……い」

 

「取り敢えず落ち着けって、な? ちゃんと話聞くから」

 

 私はコールに肩を掴まれて、ゆっくりと引き離される。私を落ち着かせるように、いつもの明るい笑顔を見せながらそう尋ねてくれた。

 私はそのコールの変わらない様子に、少し落ち着けた気がした。私は一つずつ、城に入ってからの出来事をコールに話した。私の話したことは現実味のない話ばっかりだったけど、コールは黙って聞いてくれた。

 

「…………女王様?」

 

 私の話を聞き終えたコールは、小屋の隅で居心地悪そうに突っ立つ人に目を向けた。疑わしい目を向けているコールに私は問う。

 

「コールは女王様の顔見せに行くって言ってたよね。覚えてないの?」

 

「いや、行ったよ。さっきのことだし、忘れる訳……。でも、あれ……?」

 

 思い出そうと顔を上げるコールは、混乱するように頭を傾げてしまう。

 そのコールの様子を端目に、私は端に立つ人に目を向ける。

 

「……違うよ」

 

「何が違うんですか。こんなこと、貴方以外に誰が出来るって言うんですか!」

 

「だから、わたしがやろうとしてやった訳じゃないって!」

 

「あーもう! 落ち着けって!」

 

 コールが私とこの人に割って入るように制止を口にする。そのコールに私は必死になって詰め寄り聞く。

 

「コール! 私の言ってること、信じられないと思うけど……、本当のことなの! だから……」

 

「分かってる。ルルの言うこと、信じるよ。ルルはそんな嘘つかないって知ってるからさ」

 

 コールはまた私の肩に手を置いて、落ち着かせるように優しく叩く。普段の大雑把《おおざっぱ》なコールらしくない優しい気遣いに、私は冷静さを少し取り戻す。

 コールは落ち着いた私を確認するように見てから、後ろにいる人に身体を向ける。

 

「あの、女王様。俺、そんな難しい言葉遣いとか出来ないんで、失礼を言うかもしれませんけど」

 

 そうコールは前置きを言ってから、再び口を開く。

 

「捕まったアナセン様はどうなるんですか?」

 

 この人は少し考えるように目を伏せた後、口を開いた。

 

「……分からないけど、ルルのことに何か関係してるのか色々聞かれるんだと思う。でも、フー爺……、わたしに良くしてくれた優しい人がね、多分偉い人だと思うから、絶対に悪いことにはならない。誘拐のことも、わたしがやったことだって、きっとフー爺なら分かってるから」

 

 この人はそう答える。全然答えになってないことを言う。思うとか、多分とか、そもそも私は……。

 

「私たちは、その優しいフー爺って人のことを何も知りません。そんな知らない人のことなんて、何を信用しろって言うんですか?」

 

 フー爺って人が、私を兵士から助けてくれた方だとは分かっている。でもこの人に向かって、やるべきことをなさって下さいと告げた時の表情と厳しい声色が頭に過《よ》ぎる。

 

「俺は女王様のこと、信じます」

 

 そんな私の耳に、そう言うコールの声が届いた。私は目を見開いてコールに顔を向ける。何でそんなことを言うのか理解が出来なくて、私は声も出せなかった。

 

「わたし、君と初めて話すのに、なんで……」

 

 この人も信じられないといった表情でコールを見遣る。

 

「俺、ルルとマゼルってやつと、色んなやつのところで働いてきたから分かるんです。女王様は悪いやつじゃないって。ルルのことも、助けたいって思ってやったことだと思うんです」

 

「でも、わたしはルルを……」

 

 この人は何かを悔やむように顔を歪ませる。今更に何を悔やむのか知りたくもないけど、真正面にこの人を見据えるコールの顔は、きっと輝かしい。コールは誰にだってそう手を差し伸ばす。

 

「俺も夢があったから分かります。奴隷とか女王とか関係ないです。なんか王様って堅苦しいし、俺も冒険したい! ってなると思うしな……」

 

 手を組みながらうんうん、と頷くコールに私は言う。

 

「コール。この人は自分のことしか考えてない!」

 

「じゃあ、俺も同じだよ。俺も自分の夢を叶えるために、ルルとマゼルをずっと付き合わせてきたしさ」

 

「そんなことないよ!」

 

 私はコールの言葉を必死になって否定した。コールがこの人と同じな訳ない。全然違う。

 コールがいなかったら、あの元気で希望に満ちた声と表情がなかったら、私は今こうして生きていなかった。

 

「そうか? ここに来てからお前、ずっと辛そうな顔してたのに、俺は何もしてやれなかった。口喧嘩までしちゃったしさ」

 

 そんなことを、笑いながらコールは言う。何でもないみたいに、コールは今までもずっとそうだった。

 

「…………違うよ」

 

 そう呟くように答えた私を、コールは何も言わずに見つめる。私の言葉を待つように、見守るように。

 胸がギュッてなる。何か込み上げてくるものを拒むものはもう何もなくて。もう拒もうとする自分はそににいなくて。だから、自然と出る言葉を私はコールに向ける。

 

「悪いのは私。私がずっと変な言い訳ばっかで。何も変わろうとしなかったくせに、二人と離れたくないからって中途半端に、……ずっと、みんなに迷惑をかけてまでずっと……」

 

 コールの面倒をみていた気で、自分のことしか考えれてなかった。ずっとわがままを言って、みんなに付き合わせてしまっていた。

 

 内から溢れる感情が私の視界をぼやかす。瞬《またた》きをする度に頬が濡れる。涙がぐっとこみ上げ私の声を詰まらせる。でも言いたいと思う。言わなきゃって、私が私に言っている。

 

「……私が、ずっと二人に付き合ってきたのは、寂しかったから……。変わっていく二人に、勝手に一人で、置いていかれた気になって……。ずっと、ずっと、みんなが手を差し伸べてくれていたのに……。本当に、馬鹿だよね……、私。……ごめんね」

 

 目から涙が溢れて、堰《せ》き止めていた水が一気に溢れ出たみたいに止まらなくなって。

 小さな子供みたいに泣く私の頭に、軽い衝撃が落ちる。コールが軽く私の頭を軽く叩いた。

 

「確かに、お前は馬鹿だよ。あんなにずっと一緒にいたのにさ、本当に、馬鹿だよ」

 

 そして、そっと私の頭を撫でた。泣き止まない子供をあやすみたいに優しく。

 

「お前と初めて会った時、ルルが助けてくれなかったらさ、今の俺はいなかった。だから、ずっと恩返しがしたかったんだよ。ガーナの冒険記のさ、花がいっぱい写ってるところを、目を輝かせて見てたお前を見て決めたんだ。俺の夢を」

 

「え? そんなこと……」

 

「言える訳ないだろ。お前は頑固者だし、そんなこと言ったら絶対になんか暗いこと言ってきたよ。それに、人らしく生きたいっていうのは、ルルとは関係ない俺自身の夢だしさ!」

 

 そういつもの明るい調子で、コールは私に言う。私を撫ででていた手の力が少し強まって、私の顔をなぜか下に向けられる。涙がポタポタ落ちるのが見えて、良い加減泣き過ぎだとぐっと堪《こら》えた。

 

「女王様。冒険が終わったら、ちゃんとここに戻ってきますか?」

 

「……うん、ずっと続けるつもりはないよ。満足したら、ちゃんとここに戻る。女王として、ちゃんと」

 

「分かりました! じゃあ、ルルのことを頼みます」

 

「……え? コール!」

 

 想像もしてないコールの言葉に、私は思わず声を上げてしまう。そんな私にコールはちらっと視線を向けて、直ぐに目の前のこの人をじっと見据える。

 

「……君は、いいの? わたしは、ルルのこと……」

 

「何でも出来る魔法の力があれば、ルルの安全も大丈夫だろうしさ。それに、女王様にも譲れない事情がありそうだし」

 

 そう言ってコールは咳払いを挟んでから、不格好に姿勢を正した。

 

「女王様、俺と約束して下さい。ルルのこと、もう二度と泣かせないって。あと、絶対に無事に返すって」

 

 じっと真っ直ぐにコールはこの人を見つめる。それに応えるように、この人もコールを見つめ返して言う。

 

「……うん、分かった。絶対に約束する、コール」

 

「待って! コール、何で……?」

 

 私の目の前で勝手に話を進めるコールに、私は尋ねた。

 

「女王様もルルに負けず劣らずの頑固者みたいだしさ、こうするしかないだろ。……それに、せっかくだしお前のその凝《こ》り固まった考えを変えてこいよ」

 

 そう言ってまた私の頭を小突こうとするコールの手を掴む。

 

「……やだよ。二人と離れたくない。アナセン様とも、話したいことがいっぱいあるのに」

 

 そうして縋《すが》りつく私を見て、コールは笑う。

 

「なんで笑うの……」

 

「ごめんって。ルル、本当はお前もさ、夢があるんだろ?」

 

「……ないよ」

 

 コールは目を細めて口角を吊り上げる。まるでいたずらをする子供みたいな顔を私に向けて言う。

 

「反省したんじゃなかったのか? ルル」

 

「……本に描いてあった、紫陽花《あじさい》。いつか、見てみたいって……。ずっと思ってた」

 

 私がそう答えると、コールは今まで見てきた中で一番楽しそうに笑って、大きな手が私の頬に触れる。

 

「じゃあ、行ってこい!」

 

 その手は私の目尻から目頭をそっと撫でるように動く。大雑把に私の頭をまた軽く叩いてきて、にこやかに笑う。

 

「ルルが本当はこんな寂しがり屋で泣き虫だったって、後でマゼルにも言っておこう」

 

「……酷い」

 

 そう言って、私もきっと涙でぐしゃぐしゃになっている顔で笑ってしまう。

 

「女王様、もうすぐ日の入りで国が閉まりますよね。俺が適当言って、兵士たちを中に留まらせておくんで、少しは時間稼げるはず。だから、ルルのこと頼みます」

 

「そんなこと、危ないよ! コール」

 

「大丈夫だって。今までルルとマゼルが俺を助けるためにやってくれたことを、俺が一番近くで見てきたんだぜ。それに、もしもの時はそのフー爺って人に頼ってみるしさ!」

 

 そう話すと、私の制止なんて聞かずに小屋の扉に手を掛ける。

 

「コール、ありがとう」

 

 この人はそうコールに言う。コールもそれに頷いて答えると、私に顔を向ける。

 

「……またな、ルル!」

 

 そう告げて直ぐ、コールは小屋から飛び出して行ってしまった。

 

「……ルル、その、……行こう」

 

 私の視界に入ってきた白い手を無視して私は立ち上がる。

 

「入りません。……ちゃんと、ついて行きます」

 

 私たちはコールが出ていってから少しの間を置いて小屋を出た。

 

 

〜*〜*〜*〜*〜*

 

 

 大きな地響きが私の耳に轟《とどろ》いた。それはちょうど西の空の水平線に日が沈み、辺り一面が暗みを帯びたその時だった。

 

「うおっ!? 何だ、これは!」

 

 近くの人が驚嘆の声を上げる。

 

「お前聞いたことないのか? ルルードゥナ名物の“閉門”だよ」

 

 私の視界を塞ぐように、大きな歪《いびつ》な樹の根の壁が迫り上がる。あっという間にこの国を取り囲んだ大きな根の城壁に入り口も出口もない。

 

「……ルル。あのお爺さんが乗せてくれるって……」

 

 そうおずおずと話すこの人の視界の先に、小舟の上で気の良さそうなご老体の男性がこちらに手を振っているのが見えた。

 

「やぁ、お嬢ちゃんたち。こんなめでたい日なのに帰るとは珍しい。今日は暇だと思っておったから、儂としては歓迎じゃよ」

 

 そうして私たちが小舟に乗ると、ゆっくりと穏やかな波に従うように離れていく。

 

「綺麗じゃろう。儂は毎回、この日は舟を漕《こ》ぎたくなるんじゃよ」

 

 視界の先に広がる海原が煌《きら》びやかに光り輝く。まるで星々を灯《とも》す夜空を映すように、華々しく彩《いろど》っている。でもその光は星空の光ではない。

 

「お嬢ちゃんたちは、お祭りを見に来たのかい?」

 

「え? あー、……うん」

 

 よそよそしくこの人は答えると、お爺さんは私たちの顔を不思議そうに見遣る。

 

「喧嘩でもしたのかい? こんな綺麗な日にもったいないのう」

 

 あはは、と愛想笑いを浮かべるこの人を他所《よそ》に、私は後ろを振り返る。

 

 大樹が光り輝いている。その幹から樹冠の葉、そこら中に芽吹いている花々から何もかもが全てを神々しく。

 決して普通ではない光景だ。その魔法という偽りの輝きが、国を、人を、海を照らしている。この幻想的な光景に、私の心は何も揺さぶられなかった。

 

(こんな旅、直ぐに終わらせて帰るから)

 

 何も掴めなかった、掴もうともしなかった手を伸ばして、決意を込めるようにその手を胸に当てて願う。

 

 この旅が早く終わればいいのにと。

 

 

 

第1章 奴隷の少女と大樹の王女 了

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