自由を知らない王女と、自由を諦めた奴隷少女は、きっと友達にもなれない 〜それでも私たちは、傷つけ合いながら旅をする〜   作:夕目 ぐれ

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2章 偽りの絆を結ぶ
第11話 当てもなく、ふたり


〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆

 

 思い返せば、いつだって目に浮かぶのは同じ景色。

 

 わたしの世界には壁がある。角もあるし、空には蓋《ふた》もされてる。この両腕を目一杯広げたら端から端まで届きそうなここがわたしの世界だった。

 こんな小さな世界で、わたしは毎日何をしてたのかな。過去を思い出せないくらいに退屈な日常になっていた。

 

 でも、このつまらない世界にぽつんと置かれた絵本の中の世界は、きらきらと光り輝いていた。

 色々な生き物。悪い子もいるけど、それをやっつける勇者がいて、困ってる人を助けながら世界を旅する。

 

 わたしは自分のことを何も知らない。なんでこんな所にいるのかも。

 扉の向こうで話をしてくれる顔も分からない人は、わたしのことを何も教えてくれない。

 

 でも、もう大丈夫。この絵本があれば、わたしの世界はどこまでも広がるから。

 この世界が例え造られたものでも構わない。きっと、今わたしがいる世界よりつまらない世界はないから。

 

 わたしには"夢"がある。例え何を犠牲にしてでも、叶えたいと思った。でも──

 

 

「本当にここでいいのかの? もう少し行けば、アトという港町につくぞ」

 

「大丈夫、ここで」

 

 わたしの目の前には鬱蒼《うっそう》とした森林が広がっている。おじいちゃんの言う通り、港町で降りた方が安全かもしれないけど、お城からの追ってのことを考えると、出来るだけ予想もつかない道に進みたい。

 

「お礼、これでもいい?」

 

 儀式の時に何か身につけられた装飾品をおじいちゃんに渡してみる。

 こういうのはお金がいると思うんだけど持ってないし、これなんか高そうだし。……いいよね?

 

 おじいちゃんは渡した装飾品を目を大きく見開いて見ると、そのままわたしに振り向いた。

 

「それじゃあ、足りない?」

 

「やー、むしろ、こんなのを貰ってもいいのかの?」

 

「全然! 大丈夫だよ」

 

 わたしが笑顔で答えると、おじいちゃんは嬉しそうにしてくれた。

 

 小さくなるおじいちゃんと小舟を見送った後、わたしは後ろをちらっと振り返る。

 

 桃色の髪の女の子。目の隈《くま》が酷くてまだ少し腫《は》れている。

 わたしが傷付けてしまった女の子。

 

「…………」

 

 わたしは話し掛ける前に一つ息を吐いた。

 

「……ルル、その、今から少し歩くけど、……大丈夫?」

 

 ルルはずっと俯《うつむ》いたままで、わたしの言葉に何も返してくれない。目線どころか、顔すら合わない。

 

(とにかく、進まないと)

 

 わたしがゆっくりと歩き始めると、ルルも少し間を空けて歩き始めた。

 

 ちゃんとついて行くと言った、ルルの言葉を信じて、わたしはゆっくりと森の中を進む。

 その言葉通り、ルルはわたしの後を付いて歩いてくれている。わたしとは三人分の距離を空けて、他の人が見たら、きっと他人に見えるような距離感で。

 

(……こんなはずじゃなかったのにな)

 

 今、目の前に広がる世界は木や草だらけだけど。でも、壁も角もない。空はどこまでも広がっていて、きっと端なんてない。

 

 わたしの見たかった、したかったことが出来ている。なのに、気持ちは全然晴れない。あの小さな世界にいた時と同じ。もしかしたら、それ以上かもしれなかった。

 

(ねぇ、ルル。今、楽し……くないよね。わたしのこと、嫌い……、だよね)

 

 ゆっくりと後ろを気遣いながら歩く。偶にちらっと後ろを振り返っても、ルルの小さな頭が見えるだけ。その表情すら窺えない。

 

(歩き疲れてない? お腹、空いてない? ねぇ、ルル……、今何を思ってるの?)

 

 喉の奥で何か突っかかってるみたいで、声が上手く出せない。唇もやけに重たく感じる。今まで当たり前に出来てたことが上手く出来ない。

 見たかった景色が広がっているはずなのに、何も目に入らなくて、わたしたちはただ当てもなく歩き続けた。

 

(もう少し進みたいけど…….)

 

 いつの間にか日も暮れ始めていた。森もいつの間にか抜けていたみたいで、今は道らしいものはないけど、開けた場所を進んでいる。

 時間的にそろそろ休んだ方がいいかもしれない。でも辺りには家とかないし、こういう時はどこで休むべきなのか分からない。

 

「…………」

 

 休もう、そのたった四文字の言葉を言えない。声なんて意識せずとも出せていた。だけど、今はその声の出し方を必死に探している。

 振り返ると立ち止まったわたしの数十歩後ろでルルも立ち止まっていた。相変わらず、表情は見えない。

 

「……あ、の」

 

 わたしが必死に声を絞り出す中、ルルは突然真横に歩き始めると、近くの大きな木の根元に座り込んだ。

 

 それを今日はここで休むという意味に捉えて、わたしもルルと少し距離を空けて腰を下ろした。

 

(火とか、いるよね……)

 

 絵本で見たことだけど、こういう外で休む時、木を燃やしていた。

 

(よし、やってみよう)

 

 わたしは昨日から魔法を使っていない。それは魔法が使えたのは昨日だけかもしれないと考えていたから。だからわたしは何としてでもその日の内に旅出したかった。そうじゃなくても、魔法があの城の誰かに管理されていたのだと信じたい。

 そうでないと、わたしが魔法を奪われることを恐れて、ルルを無理に連れて来たことの意味がなくなる。それで一人の女の子を傷付けてしまったんだから。

 

 わたしが魔法を使えると教えられたのは最近のこと。だから、魔法についてあまり理解は出来ていない。

 フー爺が言っていたことがある。強い気持ちで明確に想像する。それが魔法の使い方だと。

 

 わたしは近くに落ちてあった小枝などを一箇所に集めた。そして、頭の中で想像する。

 小さな火の玉が飛んで行く絵と絵本で見た木が燃えた焚き木の絵を。

 

 わたしの全身に血液のように流れる大きな気配を持つ力の奔流《ほんりゅう》が意思を持つ。わたしの頭の中の想像を形に成すように、身体から何かが離れていくのを知覚する。

 そして、わたしの肌が確かに熱を感じた。それを確認するように、ゆっくりと目を開いた。

 

「……良かった」

 

 目の前にばちばちと燃えている焚き火があった。その様子に思わず安堵の声が出てしまった。

 

 辺りもすっかりと暗くなって、焚き火がわたしとルルの間で燃えている。わたしの焚き火の光が脚を立てて顔を埋めているルルの姿を明確に浮かび上がらせる。風が吹いたらそのまま消えてしまいそうな弱々しい姿に、思わず目を逸らす。

 

「……この旅の目的は何ですか?」

 

 ふとそんな声が微かに届いて、わたしは前を向いた。ルルは依然と顔を伏せた姿のままだったけど、わたしは聞こえた声に応じる。

 

「……目的は」

 

 ただ旅がしたい。それだけが目的で、明確な何かは特になくて、わたしは続ける言葉を見つけられなかった。

 

「満足したらって、どういうことですか?」

 

 ただわたしに突きつけるような冷たい声が焚き火の向こうから届く。焚き火越しに見えるルルの姿は蜃気楼《しんきろう》のように儚く揺らいで、その冷たい声だけがはっきりとわたしの心に突き刺さる。

 

「……分からない」

 

 旅をしたらしたいことがたくさんあったはずだった。だけど、夢だった冒険に出れている今、ほんの少しでも満足できるような、そんな気持ちになれるものは何もなくて。

 

 こんな夢だった景色よりも気になってしまう人がいる。その存在がこの世界を霧のように覆ってしまってるみたいで。

 

 なんで夢だったことが出来ていて、満足出来ないかなんて聞かれたら、わたしはその理由を言える訳もなくて。

 

「……ごめんね」

 

「なに、それ……。もう、いいです」

 

 その、諦めみたいな言葉に胸が締め付けられる。昨日みたいに、大きな声で怒鳴られた方がまだましに思えた。

 

「…………」

 

 それ以上、ルルからの言葉はなかった。まだ文句があるなら言って欲しい。それで少しでもルルの気持ちが晴れるなら、わたしは全然大丈夫だから。

 

(絵本はもっと単純だったのに)

 

 酷い目に合っている奴隷の子に手を差し伸べて、悪い奴をやっつけて、それでめでたし。でも現実はそうではなかった。これじゃあ、わたしがやっつけられる悪い奴みたいだ。

 

(……みたいじゃないよ。全部、わたしが悪い)

 

 ルルの言ってた通り簡単な話。わたしがルルを連れて戻って、誘拐なんてされてない。自分の意思だと言えばいいだけ。そうして一人で気ままに旅すればいい。

 

 でも、怖い。またあの小さな世界に閉じ込められるのが。

 

(魔法なんて、使えなかったら)

 

 わたしはこの夢を簡単に手放せたのかな。あの小さな世界で何もせずにただ過ごせたのかな。

 少なくとも、ルルを傷つけずに済んでいた。

 

 さっき、もしも魔法が使えなくなっていたら、わたしは夢を諦められていたのかな。

 

(……最低だ、わたし)

 

 それでもきっとわたしは諦めきれない。この"夢"がわたしの全てで、それだけがわたしの生きる希望だったから。

 

(ごめんね、ルル)

 

 この旅の目的。わたしが言った満足するということは、きっとルルがいる限り果たせないかもしれない。

 

 ルルも自分も見捨てられない中途半端なわたしは、またそうやってルルを傷付ける。

 

 わたしの夢はルルの犠牲の上で成り立って、ルルがいる限り果たされない。

 

 じゃあ、この旅の終着点はどこなのだろう。一体、いつ終わるのだろう。

 

 何も分からない。

 

「……ごめんね」

 

 何もルルに話し掛ける言葉は出なかったのに、この言葉はすんなりと出た。

 

 焚き火の中のルルは何の反応はない。それでも良かった。もし反応して、怒鳴られても良かった。何でも良かった。

 

 満足に似た何かを心に感じて、わたしはこれでいいと、思ってしまった。

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