自由を知らない王女と、自由を諦めた奴隷少女は、きっと友達にもなれない 〜それでも私たちは、傷つけ合いながら旅をする〜   作:夕目 ぐれ

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第13話 疑似家族

〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆

 

「そう言えば、君の名前は?」

 

 この子のお家に行くまでの道すがら、そう言えば名前を聞いてないと尋ねる。先頭を歩く利発な男の子は振り返って答えてくれた。

 

「レオンです。姉ちゃんは?」

 

「わたしはフェム。それと、もう一人のお姉ちゃんは———」

 

「ルル姉ちゃんだよね!」

 

 わたしがルルの紹介をする前にレオンが笑顔で答えた。わたしがウィムを助けている間に何やら話してたみたい。レオンに顔を向けられたルルは、明るい表情で応じる。

 

「ごめんね、お邪魔しちゃって。大丈夫?」

 

「ううん。ウィムのことで迷惑をかけたのはこっちの方だから」

 

「レオンは良いお兄ちゃんだね」

 

 ルルは初めて見た笑顔をレオンに向けてそう言った。レオンはどこか照れくさそうにしながらも、嬉しそうにはにかむ。

 

(そっか、別にみんなにあんな感じじゃないよね……)

 

 わたしの知っているルルの表情はしかめ面ばかりで、それ以外は怒った顔か泣いている顔だけ。今みたいに穏やかな表情で話すルルを、わたしは知らない。

 

 そうして楽しそうに話すレオンとそれに応じるルルを見守りながら歩いて行くと、鬱蒼と続いていた草木の景色が開けた。

 

 柵で覆われた大きく開けた場所に、木造の大きな家と小屋がぽつんと建っているのが見えた。近づいていく程に何かの匂いが鼻に付く。それはさっき、ルルが木の実とかで作っていたものと同じような匂いだった。確か魔嫌香だっけ。

 

「森の中なんだ」

 

 てっきりどこかの街や村とかに行くと思っていたから、そんな呟き声が飛び出てしまう。わたしとしてはあまり人目につかないのはありがたかった。

 わたしのことはどうせ誰も気づかないと思うけど、ルルは何かの知らせが広がっている可能性があるから。ルルからしたら、きっと余計なことだと思うけど。

 

「母さんがあんまり人と関わりたくない人だから」

 

 わたしの呟き声にレオンがそう答えてくれた。でも人と関わりたくないって聞かされると、歓迎されそうな気がしなくて不安になる。

 

「……大丈夫? わたしたちが来ても」

 

「大丈夫。そういう人じゃないよ」

 

 わたしの不安にレオンはあっけらかんに答える。どういうことかは分からないけど、わたしたちはレオンに続いて家に入って行く。

 

「母さん、ただいま! ウィム帰ってきてる?」

 

「レオン! あんたいつまで外ほっつき歩いてんの!」

 

 そう怒りながら現れたのは、四十代くらいの女性だった。怒っているからもあると思うけど、目付きも鋭く顔つきも凛々しい。身体つきも程よく筋肉がついていて、右腕にはどうやっているのか分からない目を惹く紋様が施されていた。手には先に鋭い三又《みつまた》の刃が付いている道具を持っていて、威圧感がすごい。

 

 先ほどレオンから人嫌いだと聞いたので、思わず警戒してしまう。その人とわたしはがっつりと目が合う。突然の来客だからか驚くように目を見開いて、武器のような道具を持っている手に力が入っていくのが分かった。

 

「……あんた。レオン、この方は?」

 

「ウィムを魔物から助けてくれたんだよ」

 

「……あの子、また魔嫌香も持たずにかい。すまないね、あんまり人も寄りつかないもんでさ、警戒しちゃったよ。……初めまして、かな?」

 

 その人はさっきまでとは違い清々しい笑顔を見せた。その変わりように少し呆気に取られつつ、わたしたちも挨拶を返した。

 

「ちょうど、これから夕食さ。あんたたちも遠慮せずに食べな!」

 

 

〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆

 

 そうして、わたしたちは居間に通されて大きな机を四人で囲んだ。色々なご飯が机に並んでいて、どれも美味しそう。

 

「挨拶が遅れたね、私はナラ。うちの子がすまないね。また後でお礼を言うように言っておくよ」

 

 そう言ってわたしの正面でレオンのお母さんが自己紹介をした。

 

「姉ちゃんたちは旅人なの?」

 

 ナラの横でレオンがわたしたちに尋ねた。目が少しキラキラと輝いて見えて、そういうことに興味があるのが伝わってくる。

 

「あー……、うん! そうだよ」

 

 少し回答に迷ったけど、旅人には違いないとそう答えてみせた。こういう時、わたしはルルの方を見れなくなる。わたしはそう思っていても、きっとルルは違うから……。

 

 レオンはわたしの答えに満足したのか、満面の笑みを覗かせるので可愛らしさを感じる。

 

「ウィムはどうしているの?」

 

 そう言えばわたしたちが助けたウィムという子が見当たらないので、わたしはナラに尋ねた。

 

「あの子はいつも一人で食べたがるんだよ」

 

「みんなで食べた方が美味しいのにな」

 

 レオンが不満そうに口を挟むけど、ナラは複雑そうな顔をレオンに向けて言う。

 

「そう単純な話じゃないさ。あの子にも色々とあったんだよ」

 

「ウィムだけじゃないじゃん。色々とあったの」

 

 わたしはそんなやり取りを黙って見守りながらも、こういうのにはどうしたらいいのかと悩んでしまう。何か力になりたい気持ちはあるけど、実際にわたしは余計なことをしてしまったという実例があるから、余計に戸惑ってしまう。

 

「すまないね、身内で話してしまってさ。あの子は最近まで奴隷だった子でね。色々とあって今はここにいるんだよ」

 

「……奴隷」

 

 その言葉はわたしの心を締め付ける。わたしにとってはただ可哀想な存在を表す言葉だった。でも実際は違ったみたいで、わたしはただどうしたらいいのか分からなくなる。

 

「ナラさんたちはここで住んでいるんですか?」

 

 わたしの隣のルルがそう尋ねた。その隙にちらっと横を見ると、食事の手が進んでいた痕跡《こんせき》が見えて安心する。昨日から何か食べてる様子を見なかったから。

 

「そうだね。元々私一人でここに住み着く予定だったんだけどね。子供にはここは危険だろうし、考えてるところさ」

 

「俺は全然ここでも良いけど。母さん強いし……」

 

 そう言い合う二人の様子をルルはじーと見つめていた。

 

「すみません、ナラさん。その、レオンやウィムって……」

 

 ルルは何を思ったのか、何かを聞きづらそうに言い淀んだ。

 

「あぁ、気を遣わなくてもいいさ。この子たちは私の子ではないよ。だけど、みんな家族のようなもんだよ。珍しいかい?」

 

 そのナラの問い掛けに、ルルはどこか穏やかな表情で答える。

 

「いえ、私も……そんな大事な家族がいます」

 

 その家族はきっとあの男の子のことだと思って、わたしは胸が苦しくなってしまった。

 

 

〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆

 

「急な来客なもんで、すまないね……と言うか、人様を泊めるような空きはなくてね。まぁ一緒に旅をしているのなら、気にする必要はないかな」

 

「いえ、全然大丈夫です。ありがとうございます、ナラさん」

 

 夕食を終えたわたしたちは寝室となる部屋に通された。小さな一室だけど、わたしも何も不自由はなかった。ただ一つ、ベッドが一つしかなくて、二人で寝ることを考えると小さいかもしれないと感じた。ただでさえわたしたちは、その気まずいというか、こんな近い距離にわたしが来るのを、ルルは嫌かもしれないと思っただけ。

 

 ルルは立ち尽くすわたしを他所《よそ》に、腰の鞄を小さな机の上に置くと、床に座り込んでしまった。その姿に、わたしは思わずルルに話しかけてしまう。

 

「わたしが床で寝るから使って」

 

 そうしてくれないと泊めてもらいに来た意味がない。せっかくルルが少しでも身体の疲れを取れると思ったのに。でもルルはわたしに何も答えてくれない。

 

「……あんまり、寝れてないでしょ。だから使ってよ。わたしのことなんて気にしなくていいから……」

 

 わたしの声なんて聞こえてないみたいにルルはわたしを無視する。直ぐに顔も伏せてしまうから、わたしはルルを何も分からない。今何を思っているのかも、何も。

 

 一緒にいるのに、一緒にいないみたいで。

 

「…………」

 

 少しは答えてよって、何か文句の一つでも言いたくなってしまう。でも、わたしにそんなことを言える権利なんてなくて。

 

(わたしが悪いって分かってるよ。けど、こんなの……)

 

 わたしが思い描いたものじゃない。わたしはこれから先、ずっとこんな思いをしながら旅を続けないといけないのかと思うと嫌になる。でも、ルルを傷つけたのはわたしで、こんな文句を言う権利なんてない。

 

 それでも、胸が痛くて苦しい。唇に何かがくっついているみたいで上手く開かない。手足も重たくて、わたしの目はルルを遠ざける。

 

(あの時、ルルを———)

 

 助けようとしなかったら。こんな想いをしなかったのに。

 

 不意に最低なことを考えてしまう。そんなことを考えてしまう自分が嫌になる。

 

「……わたしも床で寝るね」

 

 わたしはそんな独り言を床に向かって呟いた。ルルに向かわなければ、こんなにも唇が軽く感じる。

 

 結局この日、わたしたちは床で一夜を過ごした。空いたベッドが視界に入る度に、今わたしが何をしているのか分からなくなる。

 わたしが夢見た旅をしている実感がない。全然、楽しくない。

 

 何の音もない静寂の中、ルルの寝息は聞こえない。少し身を捩《よじ》る衣擦れの音も憚《はばか》られる雰囲気の中、わたしの身体は石になったみたいに何も動かなかった。

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