自由を知らない王女と、自由を諦めた奴隷少女は、きっと友達にもなれない 〜それでも私たちは、傷つけ合いながら旅をする〜   作:夕目 ぐれ

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第14話 向き合い方

〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆

 

 今日は久しぶりに、少し眠れた気がする。床で寝たから体の疲れは残っているけど、それでも頭はすっきりしていた。

 

 わたしは身体を伸ばしながら、周りに目を向ける。ルルも少しはゆっくり出来たかなと思って見渡すも、ルルの姿がどこにもなかった。

 

「……ルル?」

 

 もしかしたら、わたしに嫌気が差し過ぎて出て行ったのかもしれない。そしたら、勘違いされたままのルルにどんな処罰がくだるかも分からない。嫌な想像だけがどんどんと頭の中で先行していって、心音がどくどくと早鳴る。

 

 わたしは部屋を勢いよく飛び出ると、直ぐに驚いた表情のナラの顔が目に入った。思わずわたしはナラに言い寄ってしまう。

 

「ルルを見なかった?」

 

「……あの子は、うちの子と表で仕事を手伝ってくれてるよ。すまないね、お客さんだと言うのに」

 

「……良かった」

 

 ナラの言う通り、窓の向こうではルルとレオンの姿が見えて、思わず声が漏れ出る。冷静になれば、ルルが一人で行ってしまうなんておかしなことだった。

 

 落ち着いたわたしは昨日夕飯を食べた机に目を向けると、誰かが座っていた。灰色の髪の短髪の男の子。その子は昨日わたしが魔物から助けたウィムだった。

 あれ以来初めて顔を見れたので、ちゃんと帰って来ていたことに安心する。

 

「昨日は大変だったね」

 

 わたしはウィムに気さくに話しかけてみる。でもウィムはわたしの顔も見ずに家を出て行ってしまった。

 

「気にしなくていいさ。ああいう子だからね」

 

 ナラがわたしを気遣うようにそう声を掛けてくれた。

 

 わたしはそのウィムの姿がどうしてもルルと重なって見えた。奴隷だったって聞いたから余計にそう見えているのかも。

 

「……ああいう子って、どうすればいいのかな」

 

 そんなわたしの呟きにナラは反応してくれる。

 

「……あなたはどうしたいんだい?」

 

 わたしはその声に顔を向けると、真剣な眼差しのナラと目が合う。

 

 ウィムの話なのに、わたしの脳裏にはルルの姿が浮かぶ。わたしはルルと楽しく旅がしたい、そう思ってあの時ルルを連れ出した。でも、ルルを傷つけたわたしにそんなことを思える資格なんてない。だから、わたしは何も言えなくなる。

 

「……ああいう風にこっちを拒絶する子は、こちらから歩み寄るしかないさ。まぁでも、こっちからの一方通行じゃあ、何も変わらないのが難しいところさね」

 

 ルルはわたしを拒絶している。でも、それは当たり前のことで、ルルの方からわたしに歩み寄って来ることなんてきっとない。

 

 傷付けたわたしはどんな顔をして、どうやってルルに話し掛ければいいのだろう。

 

「……もう、どうしようもないのかな」

 

 わたしの夢はルルを傷つけて叶えている。だから、わたしが今苦しむこの胸の痛みは、ずっと抱えないといけない。わたしがこの夢を諦めるまでずっと。そして諦めたその時は、きっとルルは救われる。

 

 でも、何もせずにうだうだとしている自分がここにいて、ルルがわたしに言った自分勝手と言う言葉を、心の中で自分自身に言う。

 

「もう一つ、若い子にしか出来ないこととしたらもういっそ、思い切り殴り合うなり喧嘩しちまうことだね」

 

 そんな言葉がわたしの耳に入る。冗談と思ってナラの顔を見ても、真面目な表情しか映っていなくて、わたしは声を上げる。

 

「でも、もしだけど……。わたしがその子をたくさん傷つけていたら、そんな自分勝手なこと……」

 

 自分勝手にも程があると思う。わたしがわたしの都合で傷付けたくせにそんなこと出来ない。

 

「じゃあ、そのままだね」

 

 ナラはわたしを切り捨てるように言い放った。

 

(そんなの……嫌だよ)

 

 せっかく夢だった旅を出来ているのに、ずっとこんなのって、どうしても嫌だ。

 でも何度もそう思う度に、もう一人のわたしが言う、自分勝手だって。ルルを傷付けたのも、泣かせたのもわたしなんだって。

 

「そういう相手と向き合うってなったら、きっと自分自身もたくさん傷付けないといけないんだろうさ。……それはきっと、想像以上に辛い思いをするんだろうね」

 

 まるで何かを思い出すように告げるナラを見て、わたしは気になって尋ねてしまう。

 

「そういう経験あるの?」

 

「さぁね、忘れたよ。あの子には、自分を傷付けるまでの価値はないのかい?」

 

「え? 別にルルは、その……」

 

 当然のようにルルのことみたいに話すナラに、わたしは戸惑ってしまう。そんなわたしを見て、ナラはまた豪快な笑い声を上げた。

 

「あんたたち昨日、どっちも床で寝てたじゃないか。それに昨日も、お互いに話も目も合わせようとしなかったしね。喧嘩でもしてんのかい?」

 

「……喧嘩じゃないよ。全部、わたしが悪いの」

 

 そう言うわたしをナラは不思議そうに見つめた。

 

 

〜*〜*〜*〜*〜*

 

「ルル姉ちゃんって物知りだよね」

 

 レオンがそう私を褒めてくれる。嬉しいけどあんまり慣れてないからむず痒《かゆ》く感じてしまう。

 

「そう……かな? でも、ありがとう。こういうことは色々なところで経験してきたから、ただ慣れているだけなんだけどね」

 

 レオンと何気ない話をしながら、私は畑の作物を収穫していく。隣からの尊敬の眼差しが中々に気になってしまい、つい腕に力が入ってしまう。

 

「あの、嫌なことだったら答えなくてもいいんだけど……」

 

 隣でレオンが何か言いづらそうに言い淀む。私は不思議に思いながらも続きを促す。

 

「どうしたの?」

 

「ルル姉ちゃんは奴隷だった?」

 

 それは別におかしな質問じゃない。私にとっては聞き慣れた問い掛けで、でも引っ掛かることが一つだけ。まるで今はそうじゃないみたいな聞き方が、少し心の端っこで引っ掛かる。

 

「……うん、そうだね。それがどうかした?」

 

 ウィムは昨日奴隷だったって聞いたけど、レオンはきっと奴隷だった訳ではないとは分かる。何か確証がある訳じゃないけど、今までの経験から何となく。

 そして、レオンが奴隷の私に聞きたいことが何となく察せた気がした。

 

「ウィムがさ、奴隷だったんだけど、俺そういうのよく分からないから、知りたいんだ」

 

 レオンはとても純粋な目で私を見つめる。私もそれに答えてあげたいって思うけど、奴隷は人や場所によって境遇は様々だ。それを私は身に沁《し》みて分かってる。

 

 私の脳裏に三人の姿が浮かぶ。アナセン様やコールとマゼルも、きっと大事なことはそういうことじゃないって今の私は思う。今までの境遇じゃなくて、今この子がウィムに抱いている気持ちが大事って。過去なんて関係ないって。

 

「レオンは、ウィムのことをどう思ってる?」

 

「正直、まだ全然分かってないけど、仲良くなりたい。あいつ手先も器用だし、仕事も早いし、すごいって思う。それに、きっと良いやつだって見てて分かるから」

 

 レオンのどこか苦しそうに、でもウィムのことを知りたいって想いがその声色から十分に伝わる。

 ウィムについて、例え同じ奴隷の立場からでも軽はずみなことは言えない。でも、レオンのこの想いには応えたいから、私はもう少しウィムのことが知りたくてレオンに尋ねる。

 

「レオン、ウィムはどうしてここに来たの?」

 

「ウィムは最近ここに来たんだけど———」

 

 レオンは私にウィムのことを話してくれた。

 

 三週間前、この森の魔物たちが大きく騒ぎ出したという。気になってナラさんとレオンが様子を伺いに行ったところ、ボロボロになった商隊の荷車と魔物に喰い殺された人たちの無惨な光景があったらしい。そしてその場にいたただ一人の生存者がウィムだった。

 

 ウィムには目立った外傷はなくて、あるとしたら誰かに殴られた痣《あざ》だけだった。ウィムは全然心を開いてくれなかったそうで、気付いたら魔嫌香も持たずに森に出てしまうらしい。最近はそんなことも減ったようだけど、昨日はまたそんな行動を起こしたようだった。

 

「ありがとう、レオン」

 

 その話を聞いていくつか疑問が出来た。商隊に奴隷の子を乗せることは珍しい。その子が商品でもない限り。なぜウィムだけが助かったのか。私はもう一つだけレオンに質問する。

 

「その商隊は何かを運んでいた形跡はあった?」

 

「……どうだろ。でも、いっぱい何か落ちてたからそうだったと思うよ。俺たちウィムを連れて直ぐに離れたから、よくは見てないけど」

 

 ウィム自身が商品だったという線が消えて、一つの推測が頭を過った。でもそれは、あまり考えたくもないことだった。

 

 でもレオンのおかげで、なんとなくウィムのことが分かった気がする。私の立場からレオンに言えることを私は考える。私があの時感じた後悔を、ウィムにさせないために今の自分が出来ることを。

 

「レオン、ウィムのことだけどね。どれだけ拒絶されても、めげずに話し掛けて欲しい。優しくされて、気に掛けてもらって嫌になる人なんていないから。絶対にレオンやみんなの気持ちは届いているから、そうして欲しい。それだけでもきっと、私たちは救われているから」

 

 私の言葉や想いがレオンに伝わっているのかなんて分かりっこない。でも、私は今のレオンの表情を信じる。そうしないと前に進めないって私は学んだから。

 

「……うん、分かった。そうしてみる」

 

「ありがとう」

 

 きっとレオンには私の助言なんて、そもそも必要なかったって思う。この子はちゃんと誰かの気持ちに寄り添える良い子だって分かるから。

 

 だから私は私のやるべきことがある。ウィムに対して、ううん、ちょっと前の私自身に対して。

 

 

〜*〜*〜*〜*〜*

 

 私とレオンが家に戻ってから朝食を頂いた。やっぱり今日もウィムの姿は見えなかった。

 それとあの人もいないようだった。どこで何をしているかなんてどうでもいいけど、ここで足止めをし続けるのは私にとっては良いことだ。ナラさんたちに迷惑を掛けているのだけが気掛かりだけど。

 

「ナラさん、手伝います」

 

 洗い場で食器を洗っていたナラの隣に行く。

 

「別にいいさ。あんたはお客さんなんだから、ゆっくりしてな」

 

 ナラさんは本当に申し訳ないといった表情で言った。

 私としてはこういう風に気を遣われるのは慣れてないけど、あんまり気を遣わせてしまうのは悪いことだと思う。ルルードゥナでのこともあって尚更そうだ。でもちょうどナラさんに聞きたいことも出来たから、そのついでに少しだけ手伝おうと考える。

 

「いえ、ついでにお聞きしたいこともあるので」

 

「じゃあ、お言葉に甘えようかね」

 

 そうして私はナラさん並んで食器を洗っていく。右腕の肌に華やかな紋様が付いていてそこに目がいってしまう。手の甲からきっと肩まで、綺麗に絵のような紋様が広がっているはず。

 

(多分完成した偽絆《ぎけい》の結び、初めて見た)

 

 それはルルードゥナに並ぶ有名なお祭りの一つ。生涯を誓い合った二人が身体に刻む印。完成した結びは、二人で一つの綺麗な紋様を成すと聞く。ナラさんにはこの結びのもう片方を表す相手がいるはず。

 

「で、話ってなんだい?」

 

 不意に話し掛けられて、私は内にこもっていた意識を現実に戻した。ナラさんに聞きたいことはそこではない。レオンに話を聞いてから、気になっていたこと。

 

「ウィムのことなんですけど……」

 

「あの子がどうかしたのかい?」

 

「レオンから聞きました、ウィムのこと。それで気になったことがあるんです。ウィムは魔嫌香を作れたりしませんか?」

 

 魔嫌香はどこでも取れる材料から作れる。だけど、その調合は簡単ではない。火の加減や使う材料の品質、様々な条件が相まって毎回同じ方法では作れない。要するに魔嫌香を安定して作れる人は稀少だということ。

 それが事実なら、色々なことに合点がいく。それは最悪なことにでも。

 

「何でそう思ったんだい?」

 

「商隊に奴隷は基本乗りません。その奴隷自体が商品でない限りは。もちろん、例外はいくらでもありますけど、珍しいです」

 

 もしウィムが魔嫌香を作れる子なら、商隊にいても不思議ではない。ナラさんはどこか諦めるように顔を上げて、私に向き直る。

 

「そうだね。あの子の作る魔嫌香は質が良い。手先も器用なようだし、才能があるんだろうね」

 

 それは私の予想した通りの回答で、出来ればそうであって欲しくなかったものでもあった。

 

「ウィムはもしかして、その……」

 

 私は少し戸惑ってしまう。けどこの考えが間違っていないことは、ナラさんの私を見るその表情で分かってしまう。

 

「あぁ、そうさ。あの子はわざと粗雑《そざつ》なものを作った。きっとあれは、自分自身も死ぬ気だったろうさ」

 

 ウィムは魔嫌香を作っていたから、微かに自分に残ったまともな魔嫌香の香りが自分自身を守ってしまった。ウィムは何故かは分からないけど、死のうとしている。

 

「あの……私、ウィムと少し話したいことがあって……」

 

「本当にすまないね。もう何から何までさ」

 

「辞めてください、ナラさん」

 

 ナラさんはそう言って私に頭を下げた。私はナラさんにそんなことをして欲しくて言った訳ではないから、頭を上げてもらう。私は人の想いを無下にしたやつだから、そんなことをしてもらう人間ではない。

 

「ナラさん、これは私の為にしたいと思ったことなので」

 

 ウィムを救えるなんて思えない。でも、あの頃の私に今の私が向き合えるとしたら、伝えたいことがある。ただそれだけのことだから。

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