自由を知らない王女と、自由を諦めた奴隷少女は、きっと友達にもなれない 〜それでも私たちは、傷つけ合いながら旅をする〜 作:夕目 ぐれ
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ウィムはよくもう一つの離れ小屋にいるみたいで、顔を出してみると直ぐに見つけることが出来た。その小さな後ろ姿にゆっくりと近づいて、私は小さく声を掛けてみる。
「こんにちは」
ウィムは木の実の選別をしているようで、何も言葉も返さずに手を動かし続けている。その迷いのない手の動きをじーと私は見つめる。
私も昔に何度も話し掛けきたコールを無視して、仕事にだけ明け暮れていた時があった。あの時のコールの気分を今になって思い知る。
そして、ウィムと昔の私は同じではないけど、何となく考えてることは分かれる気がする。
「……それ、ちゃんと手当しないと」
私はウィムの右腕を掴んだ。ちょうど傷痕に触れてしまったのか、ウィムの顔が歪むのを見て悪かったと思いつつも、私の勘違いではなかったと知れた。昨日の魔物に襲われた時に知れずに傷付いていたそうだ。
「……いい、別に」
「良くない。私こういう処置は慣れているから任せて」
腕を引くウィムを少し強引に掴んで、腰にある鞄から薬草と布を取り出す。あまり大きくは抵抗して来ないので、円滑に処置は出来そうだ。コールに比べたら全然大人しい。
「……私の友達にね、奴隷のくせに夢見がちな上、行く先々で主様に反抗しまくる困った男の子がいたの。怪我が多いから、よくこうしてたんだ」
腕に布を巻き終えると、ウィムは小さく腕を動かした。その様子から大丈夫そうだ。
この子を見ていると、どうしても昔の私が頭に過ぎってしまう。ちょうど歳もあの頃と同じくらいだと思う。
まだ二人と出会ったばかりで、二人の優しさを一番受け取っていなかった時期。私に向き合ってくる二人へ、どうしたら良いか分からなかったあの時と同じ。
「今も、一緒か……」
私はそうぽつりと呟いた。
あの頃と少し前の自分、何も変われてなかった。だから、ああいう結末になったんだ。
私はコールとマゼルに出会えた。二人に救われた。でも、このままではだめだと思う。私みたいに、何もかもを失って気付くことになる。
「……こういうこと、言われても全然良い気がしないと思うけど、ウィムは私に似てる」
他人なんて信じられない。そう思ってしまう程にいっぱい傷つけられて、向けられる優しさを悪意にしか見れなかった。そうやって、猜疑心《さいぎしん》に満ちた目をあの二人にいっぱい向けたのかな。
きっと少し前の私と同じ目を向けているだろうウィムと目を合わせる。
「レオンもナラさんも、すごく優しい人だよね。何か裏があるんじゃないかって疑うくらい」
私もそうだった。疑うことしか知らなかった。私は警戒するウィムの隣に座る。ウィムがやっていた作業を手伝いながら、独り言のように話し掛ける。
「急にそんなことされても、どうしたらいいか分からないよね。絶対何かある。今までたくさん傷ついたから、そうとしか思えないよ」
だから私は気付けなかった。ううん、違うよ、気付こうとしなかった。
だって、その方が楽だったから。
誰かに傷つけられるくらいなら、自分で自分を傷付ける方が気が楽だった。
「とあるね、世界中を旅した冒険家の人がこう言ったの。奴隷を公にしている国なんて案外少なかったって。だから、私たちは自由に飛び立てばいいんだって」
「……そんなこと」
隣から小さな声が聞こえて私は顔を向ける。私をきっと強く睨《にら》んでいたウィムに、私はその目を受けて頷く。
「うん、酷いよね。それは、自分でどうにかしろよって聞こえる。そんなこと、私たちには出来ないのにね」
レオンが私を奴隷
アナセン様が言っていた、私を心からの奴隷だったって。きっと私たちが私たちを奴隷たらしめているのは、私たちの心だ。でも、そんなことは言うことは簡単でも、実際には違う。
何か言いたそうに唇を強く噛むウィムに私は聞く。
「もし、君はもう奴隷じゃないよって手を差し出されたら、その手を取れそう?」
私の問い掛けにウィムは小さく首を振った。
「……どうして?」
こんなことを自分が尋ねる道理はないって思うし、返ってくる答えを何となく分かっていながらも私は尋ねた。
「僕は奴隷だし、……それに」
ウィムはぎゅっと口を結んで、固く握った手は震えていた。
私はその後悔を知っている。どんな理由であれ、誰かを強く傷付けたその罪悪感を。
「私も、そうだよ」
その苦しむ姿は夢の中の私そのものだった。
「……どんな人だった?」
私はウィムに優しく問い掛ける。
「……よく殴られたし、怒られた。そういうことを、色々な人たちにする人」
「私は……、多過ぎて分からないや。でもその中に友達もいた」
私の目に赤色の光景が浮かぶ。聞こえてくるはずのない音が聞こえた気がして、私の心音に呼応するように呼吸が荒くなっているのが分かった。
「……大丈夫?」
隣のウィムが心配そうに私を見ていた。
「うん、大丈夫。ありがとう、優しいね」
私は間違ってたかもしれない。この子が私と似ているなんて、見当違いだった。こんな優しい子を私みたいな後悔で苦しんでほしくないと改めて強く思う。
(心からの奴隷……か)
アナセン様の言葉をもう一度思い出して、私は思う。悪い人が平気で人を傷付けるように、奴隷になった人は平気で自分を傷付ける。それが別の誰かを傷付けているなんてどちらも気付いていない。
この子は傍《はた》から見れば、もう奴隷じゃないと言われるかもしれない。だからもう奴隷じゃないよ、なんて酷く無遠慮に思えてしまう。
難しい。あの時の私に正解だった言葉なんて何も浮かばない。でも私の胸に残っている言葉は、後になると恥ずかしくなるような、それこそ丸裸な感情の吐露だった。
コールとマゼル、アナセン様もそうだったのかな。
「私は、血の繋がりなんてないただの他人だけど、今はもう大事な家族のような人たちがいて、私のせいで全部失った。私がみんなを不幸にした。その人たちは私にたくさん優しくしてくれたのに、私は全部無視して、後になって気付いた。あの優しさに、少しでも応えられていたらなって」
ウィムの気持ちなんて結局は分からない。だから、相手を想って、自分をぶつけるんだ。
これはただの自分語り。でも、
「ただ少し素直に応えるだけで良かったのに、自分を傷付けてるだけのことが、大事な人たちを傷付けちゃった……」
ここにいる人たちは、きっと私の言葉なんてなくたって、ウィムに優しく手を伸ばしてくれる。その言葉を無視してあんな自殺行為を繰り返していたら、きっといつか不幸が起きてしまう。その不幸はウィムにではなく、その優しく手を差し出した人たちに。
「分かるよ……、怖いのも、どうしたら良いか分からないのも。でもね、絶対に後悔する……。君は、私みたいにならないでよ……」
小さく思える手を掴んでウィムに伝える。もうただ私が感情のままに話しただけだったけど、少しでも何かを感じて欲しい。ただそう願って。
微かに私が掴む手に力がこもって、私の手を握り返した。それにハッとして私は顔を上げる。そこにはどこか気難しそうな顔をしたウィムが、私にたどたどしく目を向けた。
「……どう、すればいい?」
私は微笑んで答えた。もうその答えは今ここにあるから。
「今みたいにすればいいよ」
私はぎゅっとその手を握り返した。
〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆
「良い子だね、あの子は」
「……うん」
わたしとナラは、ルルとウィムのやり取りを遠くで見守っていた。二人がどんなやり取りをしているかなんて、ここからじゃ何も聞こえて来ない。でもルルの手を取るウィムの姿を見てると、きっと良い結果になっているんだと分かった。
「わたしは、そんな良い子を傷つけちゃったんだ。ルルの居場所を、家族を奪ったの」
そんなわたしが一体どんな顔をしてルルに向き合えばいいのだろう。そもそも向き合おうとすること事態が間違っているかもしれない。
「あんたらに何があったかなんて、私には何も分からないけどさ、ルルもフェムも私たち家族を助けてくれた。私にはそれが全てだよ。……何があったんだい? あの子と」
「……ナラに話しても、分かんないよ」
「私を見ても分からないかい?」
ナラがそうわたしに言うから目を向けるけど、何も言ってることが分からなくて首を傾げる。
「まぁ、あなた程にもなると、他と対して差異はないんだろうね」
でもじーと見続けていると、何か違和感を感じた。
「……気配が大きい?」
ナラから感じる気配が少し大きいように感じる気がする。人から感じる気配はすごく小さいのに、確かに大きく感じる。
「気配? あぁ、これは生命力《マナ》と呼ばれてるよ。大樹の女王なのに何も知らないのかい?」
「わたしは何も聞かされて……、え?」
一瞬何が聞こえたのか分からなかった。ナラはそんなわたしをどこか楽しそうに不敵な表情で見返していた。
「私もあなたと同じ、一応は魔法が使える希少な人間だよ。無礼な態度はすまないね」
「大丈夫、わたしは全然気にしないから……。それよりも、何でわたしを知ってるの? まなって何?」
「私のことが知りたいのなら、まずはあなたたちのことを聞かせてくれないかい? 何で大樹の女王が護衛もつけずに、奴隷の女の子と二人でこんなところにいるんだい?」
「それは……」
わたしはナラの様子を窺う。わたしのことを知っているようだけど、お城の人ではないように思える。良い人だとは思うけど、ナラが何を考えているか分からないから迷ってしまう。
「あなたたちが良い子なのは十分に分かったさ。お互いに不明なことが多いのは、変な軋轢《あつれき》しか生まないよ。分かり合うために話そうってことさ」
ナラはそう言って晴れやかに笑う。その表情には何か裏があるようには思えなくて、信じても大丈夫だって直感的に感じた。
だからわたしは話してみた。ルルードゥナでルルと出会ってからのことを。もしかしたらわたしは、誰かに相談したかったのかなってそう思いながら。
「なるほどね、そんなことが……」
わたしの話を聞いてくれたナラは、どこか寂しそうな目をわたしに向ける。
「わたし、ナラに会ったことあったかな?」
わたしはそんなナラに再び疑問を投げ掛けた。
ずっとあの部屋に閉じ込められていたわたしはナラはおろか、誰かに会った記憶はない。
「…………いや、きっと私の勘違いだったかね。遠目にあんたの母親を見たのだろうさ」
「……お母さん」
わたしの記憶にお母さんはいない。話したことも会ったこともない。
「どんな人だった?」
「あんたそっくりだったよ。ただ、冷たい……人形みたいな綺麗な人だった印象があるよ」
「……そうなんだ」
ずっと考えてたことがあった。前の女王、お母さんもわたしみたいにどこかに閉じ込められているのかな、なんて。
そんな考え事をしていたわたしの視界の中にレオンが現れる。
「母さん、ウィムいる?」
「小屋にいるよ。言って来な」
ナラが小屋の方角を指差すと、レオンは走って向かった。遠くでルルがすれ違うようにこちらに向かって来る。
「ナラさんと……、見てたんですね」
わたしたちの元にやって来たルルは、わたしを冷たく一瞥《いちべつ》した後に告げた。
「あんたたちには本当に頭が上がらないよ」
ナラは小屋の方向に顔を向けて言う。
「いえ、私は何もしてません。後はあの子たち次第だと思います。でも、きっと大丈夫」
ルルに釣られるようにわたしは顔を向けた。視線の先に二人の少年が目を合わせて何か話し合う姿が目に映った。どこか気恥ずかし気に、でもしっかりと目線を合わせて話し合う姿にふと思ってしまう。
わたしもルルとああしたいって。
「そう言えばまだ話の途中だったね。ここまでしてくれたんだ、祭りの国の元祭司として、きっと私はあんたたちに出来ることがあるさ」