自由を知らない王女と、自由を諦めた奴隷少女は、きっと友達にもなれない 〜それでも私たちは、傷つけ合いながら旅をする〜 作:夕目 ぐれ
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「元祭司?」
わたしが素直な疑問を口にすると、ナラはにこやかに笑みをわたしに向けて答えた。
「ここから遥か東に祭りの国"ガガランド"があるのさ。祭司は国における重臣《じゅうしん》のようなもんさ」
「なんで、そんな人がここに?」
わたしがそう尋ねると、ナラは大口を開けて笑い出す。
「あはは! あんたに言われたくないよ」
よほどおかしかったのか、一向に大笑いが止まらないナラを尻目に、困ったようにルルに目線を向ける。
ルルはわたしを訝しむような目線を向けてきていたので、「王女だってバレてたみたい……」と独り言のように呟いた。
わたしと目が合って直ぐにそっぽを向いたルルは、わたしに変わるように質問をナラに投げ掛けた。
「……やっぱり、ナラさんの腕の、偽絆《ぎけい》の結びですね。本物は初めて見ました」
ルルは何やらやけに納得したように話すけど、わたしは何も分かっていない。
そんなわたしを見透かしたように笑い終えたナラが落ち着いて話し始めた。
「女王様は何も知らないみたいだから、一から説明しようかね。ガガランドで行われる"ラレラール"という祭りがあるのさ。貴方のとこのタヴァリャーシャと並ぶ有名な祭りさ」
そう言ってナラはわたしたちの目の前に右腕を突き出した。その女性にしては逞《たくま》しい腕には模様が刻まれてあった。
糸のような細い線は枝のように分かれて、その先々に花弁を開かせた花のように見えた。
それは強い生命力と可憐さを感じさせる綺麗な紋様だった。
「この紋様を二人の腕に刻むんだよ。ただの紋様じゃないよ。これは刻んだ二人の感情に反応する。最初は小さな点だったものが成長していくのさ。ラレラールは完成した結びを国を上げて祝う祭り。参加する人の多くは生涯を誓い合うような人がほとんどさ」
ナラはそう話しながらどこか悲しそうな目を右腕に落とした。
「……ナラも、その相手がいるってことだよね?」
生涯を誓い合う。ナラの相手はどんな人なのか、わたしは勝手に想像してしまう。
ナラは見た目も逞しいから、身体付きの良い大きな男の人の姿を頭に浮べてしまった。
「もう、この世にはいないよ」
予想もしてなかった答えに、わたしは何て言ったらいいか口をつぐんでしまう。
でもルルは何か気になったことがあるようで、おずおずと口を開いた。
「あの、偽絆の結びは一蓮托生《いちれんたくしょう》だと聞いたことがあるのですが……」
「どういうこと?」
ナラが答えるよりも先にわたしが疑問の声を挟んでしまった。言葉の意味は分かってないけど、胸騒ぎがして思わず出てしまった声だった。
「有名な話だね。もちろん、ただの噂ではない本当のことさ。……なんで、そんな顔だね?」
ナラはわたしの顔をみてそう告げた。
「この結びを持ってると長生きできるのさ。大体、普通の人の二倍くらいはね。……大切な人とは出来る限り長く一緒にいたい。生涯を終える時も一緒がいい、なんて人が案外多いのさ。……分からないかい?」
ナラの目が穏やかにわたしを包み込むように向けられた。
理解は出来る。何となく、分かるような気もする。
でも、わたしのせいで大切な人を傷付けるのは嫌だとも強く思ってしまう。
「ナラさん、ずっと不思議に思ってたのですけど、それって……」
隣でルルが口を開いて、言いにくそうに言葉尻を窄めてしまった。視界の隅でわたしを睨みつけてくるルルが見えて、わたしは突然何かと萎縮してしまう。
「そうさ、魔法だよ」
何ともないようにきっぱりと告げたナラ。隣のルルはわたしとナラを警戒するように一歩距離を開けた。
「警戒しなくても、魔法を自由に使える人間なんて一人だけさ。私たち祭司も例外なく制限されているからね。他人に偽絆の結びを結ぶ、それだけさ。多少、気配に敏感になるくらいはあるけどね」
「……具体的に、偽絆の結びは私たちに何をしてるのですか?」
依然、警戒状態を解かないルルがナラに尋ねた。
「魔法という力の源、生命力《マナ》は人が生きるために必要な力らしいのさ。だから生きる者はみんな等しく持っているよ」
「じゃあ、ルルも魔法が使えるの?」
「使えるけど使えないのさ。なぜか生き物はみんな、生きるための最低限の生命力《マナ》しか持っていないからね。聞くところ、この生命力は一人一人違うらしいのさ。分かりやすく言うと、それぞれ自分の色がある。もし混ざり合うと変色して自分のものではなくなる、生命力をなくすということは生物にとっての死を意味するのさ」
ナラは一拍《いっぱく》置いて、再び続ける。
「偽絆の結びは二人の生命力を共有させているのさ。一見毒にしかならない行為だけど、時間を掛けて馴染ませる。長生きできるのもそういう訳さ。二人で二人分ではないよ。一人として、二人分を使えるようになるのさ」
「だから、一蓮托生……」
ルルが納得するように頷いた。
「大丈夫なの?」
わたしがナラに尋ねると、ナラはゆっくりと首を振る。そこには何か迷いも見えたような気がした。
「これは毒なのさ。結ばれた二人は、互いの感情を結びを通して感覚として伝え合う。良い感情なら良いさ、強い負の感情は痛みとして、時には人を殺すんだよ」
ナラは自分の右腕を強く握った。爪が食い込むくらいに強く。
「私は祭司として、苦しむ人をたくさん見てきたのさ。結びの危険性も解くことが出来ないことも了承して、多くの結果は酷くて惨めで醜悪《しゅうあく》なものだったよ。私は……、私たちは、その人たちに何も出来なかったよ」
そう言いながら過去を悔やむナラに、わたしは掛ける言葉が見つからない。ううん、違う。掛ける言葉は合っても、声には出せなかった。
ルルードゥナでのことが重りのようにわたしの口を閉ざしてしまっていた。怖かった。誰かの"それ"に触れるのが。
「……それは、その人たちの自業自得だと思います。ナラさんが気に病むことではないです」
ルルが静かに、でもはっきりと告げた。
ナラはそんなルルを温かな目で見遣る。どこか懐かしそうに。
さっきまで強く握りしめていた右腕を労《いたわ》るように優しく撫でて言う。
「結びは解けないなんて嘘だったよ。私の結びは魔法で解かれた」
「……魔法は使えないのではないですか?」
ナラの言葉にルルが疑問を挟んだ。
「火事場の馬鹿力、なんて言葉があるようにさ、人間ってのは追い込まれたら普段以上の力が出せるみたいだね。消えかけた命の灯火が、最期の瞬間に必要以上に燃え上がって……、なんてことがあったのかもしれないね」
ナラが目を向けていた右腕をもう一度見る。何かあったかなんて分からないけど、察せられるものはあった。
わたしが使っている魔法は自分の命を削っているものだったらしい。
(……じゃあ、もう使わない?)
そんな自問自答に答えるように、目の前に一つの火の玉を浮かべた。わたしはそれを見て心が穏やかになった。安心なのだろうか。
わたしにとって、魔法は──。
「……これが本物の魔法かい」
ナラがわたしの出した魔法を穏やかに見つめ呟いた。
「私の大切な人が言ってたよ、魔法は何でも出来るってね」
「……うん、わたしもそう思う」
わたしは同調するように言う。ルルードゥナのあの時ほど、自信満々にはもう言えないけど、今でもそうだと信じている。
──だって、この力だけが今のわたしの拠《よ》り所だから。
「前置きが随分長くなってしまったね。あの子たちへのお礼として、あんた達へ提案があるんだよ」
ナラはそう言ってわたしたちへ向き直る。一瞬迷うように目を伏せたけど、直ぐにわたし達を見つめ、口元はどこか楽しげに吊り上げて。
「偽絆の結びをあんた達に結ぼうと思うのさ」