自由を知らない王女と、自由を諦めた奴隷少女は、きっと友達にもなれない 〜それでも私たちは、傷つけ合いながら旅をする〜   作:夕目 ぐれ

2 / 14
第2話 大樹の国、ルルードゥナ

   *   *   *

 

我らが住まうただ一つの大きな大陸、ジーランディア。その大陸に囲まれるようにぽつんとある小さな島、ルルードゥナ。

 

そこに立つ大樹は、その島の九割を占拠するほどの巨大さを誇り、人々はその大樹の上に一つの国を築いているという。

 

大樹の国、ルルードゥナを訪れた私は、その壮大さと威厳のある姿に思わず感嘆の声を漏らした。

 

まるで、人々が空に住んでいるようだ、と。

 

———『ガーナの冒険記』より。著:ガーナ

 

 

 〜*〜*〜*〜*〜*

 

「お前ら、そこで大人しく待っていろよ」

 

 そう言う苛立(いらだ)った男の声と共に、荷車が蹴られたのか少し揺れた。声の主はこの荷車を馬で運んでいる御者(ぎょしゃ)のものだ。

 いつも不機嫌そうに見えるけれど、私たちは値のついた商品のようなものだから、下手に刺激しない限りは無害だろう。でもだからと言って、何でも許される訳にはならない。

 

 なので、私とマゼルは隣のコールに目線で注意を促している。大人しくいて、と。

 コールは見るからに不満の表情を見せていて、今にも大口を開けそうに口元がわなわなと震えていた。

 

 取り敢えず、外の御者の気配がなくなるまでは静止に努める。コールも私たちの視線に参ったのか、両手を小さく掲げて降参の意を表した。

 

「……もう、国内かな?」

 

 もういいだろう、と私が小さく声を発する。昨日から外の様子を窺う機会もなく、今どこまで来ているのか想像するしか出来ない。

 取り敢えず布越しに分かることは、まだ日は明けていないことぐらい。夜更けの冷たい夜風が身に染みる。

 

「いや、今からだろう。まだ外も暗い。そうなると、どんな理由があろうと()()()()だろうしな」

 

「……なぁ、なんか外で盛り上がってないか?」

 

 マゼルの意味深な言葉に疑問を発しようとした所、そわそわとした様子のコールが口を挟んだ。

 

 コールの言う通り、布越しからがやがやとした喧騒が少しずつ私の耳にも届いて来た。直ぐにでも飛び出しそうなコールを手で制したマゼルは、そっと周囲を覆う布を(めく)り上げ、辺りを窺った後に言う。

 

「大丈夫だ、御者は見当たらない。ただ人が多いから、目立つようなことはするなよ、コール。あと、ここから一歩も外に出るな。分かったか、コール」

 

 そう注意に注意を重ねて告げたマゼルの言葉が終わって直ぐ、コールは外へ飛び出る勢いで布から頭を出した。そして、興奮冷めやらぬ声を上げる。

 

「でっっけぇー!! 二人も見てみろよ!」

 

「おい、コール……。今俺が言ったことは聞こえてなかったのか……?」

 

 呆れたように口にするマゼルなんてお構いなしに、コールは小さな子供みたいにはしゃいでいる。

 私はマゼルと目を合わせて苦笑いを溢して、コールに習うように布から頭を出した。

 

 外に顔を出して直ぐ、私の鼻腔(びこう)を潮の濃い匂いがくすぐった。さっきまで肌寒く感じていた夜風は、全身で浴びると少しの清涼感を覚え、小さな世界に引きこもっていた身体には心地良かった。

 

 空はまだ暗みを残していて、視界の少し先に広がる終わりの見えない大海原は、空と同様に薄暗い群青色に染まっている。その景色が持つ色と雰囲気は、何か引きずり込まれそうな不思議な感覚になって、肌寒さとは違う意味で身震いをしてしまう。

 

「気持ちいいな、ルル」

 

 隣のコールが爽やかな笑顔を見せてそう呟く。

 

「うん。ずっと引きこもってたもんね」

 

 無邪気な笑みを見せるコールに私もそう微笑み返す。こんなに風が心地良く感じるのは初めてかもしれない。

 

 そうして茫然とこの光景を眺めていると、この広大な自然の景色に不釣り合いな大きな影を感じた。風が吹く度に空から聞こえる葉擦れの音。その音は空から何かが降って来そうに思えて頭上を見上げる。

 私たちの乗る荷車の先に大きな何かが(たたず)んでいる。暗くてその詳細は窺いきれないけれど、きっとこの国の、大樹の一部なのだろう。

 

 

 そんな私たちの目の前で空は段々とその色を変えていく。

 薄暗い群青色から黄身がかった薄紅色へと変化していく。

 

「……コール、東雲色(しののめいろ)だよ」

 

 私の目に映る色が鮮やかに移り変わる。空の色に呼応するように海も太陽の光を浴びて艶やかに輝き出す。そんな景色を見ていると自然と口が開いた。

 

「ん? なんだ、それ」

 

「知らない? この色をそういう言い方したんだって、昔は」

 

「昔って、いつぐらいのことだよ?」

 

「……いつだっけ? 多分、何かの本で読んだと思うんだけど……」

 

 無意識に飛び出た言葉だからか、どこから得た知識だったか曖昧(あいまい)で思い出せそうにもない。

 そんな私の様子をじーと見つめていたコールは、突然何か思いついたように目を見開いた。

 

「もしかして、"ガーナの冒険記"じゃないか? あの本ってそういうの多いだろ。昔はこうだったとかさ。意外にルルもそういうの好きなんだな」

 

 どこか馬鹿にするように口の端を吊り上げて笑うコール。私らしくないと言いたそうな笑みに、私はそっぽを向くことで答えた。

 

 『ガーナの冒険記』は文字通り、ガーナという男性が世界を冒険した記録を物語調に書いた本になっている。昔に実在し世界を救ったと言われている古《いにしえ》の英雄の記録『ヒノマル』と並ぶ有名な本の一つだ。

 内容は至って普通の冒険(たん)だが、『ヒノマル』と現在を照らし合わせた独自の切り口や著者の愉快で豪快な語りが読むものを物語に引き込んでいく。

 

 だけど、『ヒノマル』自体がかなり創作じみた非現実的な話なので、この冒険記も一種の創作物として親しまれている。因みにこの本では、今私たちの目の前のこの国のことを"魔法の国"だなんて称している。

 きっとこの国の大樹の超常的な姿を神秘的に捉えてそう記したのだろう。もちろん、"魔法"なんてものはお伽話《とぎばなし》にしか存在しない。

 

 私はちらっと隣のコールに顔を向けて、一応釘を刺しておく。

 

「コール、この国に"魔法"なんてものはないからね」

 

「はぁ? まだ分からないだろ」

 

 不満そうに目を細めてこちらに振り向くコールに、私は若干《じゃっかん》の諦めの意味を伴って正面を見据えた。

 

「……そんなもの、世界中探したって有りはしない。もう十五だろう、いつまでそんな子供みたいなことを言っているんだ」

 

 そう言ってマゼルも私たちの身も蓋《ふた》もない話に口を挟んだ。

 

「あのなぁ……、二人はいつもそう夢のないことばっか言っ——————」

 

 コールが私たちに文句を言おうと身を乗り出したその瞬間だった。

 

 大きな地響きが私たちの耳に轟《とどろ》いた。それはちょうど東の空の水平線から朝日が顔を出し、辺り一面に輝かしい陽光が差したその時だった。

 

「な、なんだ!?」

 

 驚き慌てる私たちを他所《よそ》に、マゼルは落ち着いた様子で前方を指さして言う。

 

「お前たちも聞いたことがあるだろう。ルルードゥナ名物の"開門"だ」

 

 マゼルの指差した先、薄暗闇の中に感じた巨大な何かは陽光によって晒《さら》され、その正体を現した。

 それは一本一本が大木のような太さで螺旋《らせん》に絡まり合い、歪《いびつ》な壁はまるで城壁のように視界目一杯にまで広がっていた。

 

 それは"根"だった。ルルードゥナという国の土地の基盤になるほどの大樹のほんの一部分。それがまるで意思を持った生物のようにうねり動き、引きずられるように地中へと下がっていった。

 そして眼前に姿を現したこの国の外形に、この場にいた全員は首を揃《そろ》えて仰ぎ見たことだろう。

 

 大きい、巨大、どの言葉を持ってしても、私の瞳に映るこの光景を言い表せないと思う。まるで天まで届くような大樹の幹。上空には雲のように大樹の樹冠が生い茂り、隙間から雨のように光が降り注いでいる。

 この空は我がものとばかりに自由に展開された大樹の巨大な枝たちは、まるで大地のように力強く存在感を醸《かも》し出す。その上には薄らと建物のような建造物も窺えた。

 

「すげぇー……なぁ……」

「……うん」

「実際に見ると壮大なものだな」

 

 私たちはそれぞれ呆気《あっけ》に取られてしまう。私はこの光景を呆然と眺めながらふと脳裏にガーナの冒険記のある一文が浮かんだ。

 

(人々が空に住んでる……か。確かに、これはそう見える)

 

 青い景色の中で遠く薄らと見える人々の営みを見て、私はそう思った。

 

 

〜*〜*〜*〜*〜*

 

「……そろそろ中に戻るぞ」

 

 周囲の人々が各々入国の準備に取り掛かり始め慌ただしくなる中、呆然としていた私たちはマゼルの呼び掛けで中に顔を引っ込めた。

 そして少し経った後、外から御者《ぎょしゃ》の声が掛かった。

 

「……お前ら、ちゃんといるな」

 

 御者は私たちの返事を聞くと、直ぐに荷車はゆっくりと動き出した。

 

 荷車を覆う布の向こうから頻《しき》りに人々の賑わう声が聞こえてる。それに比べて私たちのいるこの小さな空間は静寂に包まれている。たった布一枚で区切られているだけなのに、まるで別世界みたいだ。

 私たちを乗せた荷車は偶に少し停止をしながらも、中々止まる気配を感じさせない。

 

 そう言えば、いつもはうるさいくらいにはしゃぐコールがやけに静かだ。そのことが気掛かりでコールの様子を窺《うかが》った。

 コールは膝を立てた両脚に上体を寄せていて、表情からは少し不安のような色が見えた。マゼルも気になるようで、眉根を寄せてコールに視線を向けている。

 

「……なぁ、今度こそ大丈夫だよな」

 

 コールらしくないか細い声に、私とマゼルは目を合わせる。

 

「らしくないな。どうした?」

 

 そんなコールにマゼルは気遣うように優しく声を掛けた。

 

「夢だったんだよ。頑張れば、誰かが俺たちのことを見つけてくれる。まともな、人間としての生活が出来るようになるって」

 

 そう言ってコールは自分の肩を抱きしめるようにぎゅっと掴んだ。その腕には所々(あざ)が見え隠れして、私は目を逸《そ》らすように視線を下ろしてしまう。

 

 その言葉はコールが今までずっと言ってきたことだった。知識を身に付けて自分たちが代えの利かない存在になれば、人間としての生活が手に入るはずだと。

 

 だから私たちは仕事の合間に捨てられた本などで勉強を続けた。そして偶然見つけた薬草の調合がこの国の大商人の目に止まった。私たちはその人に買われることになって、今この国にいる。

 

「俺たちに大金が払われた。だから、……きっと、これからなんだ」

 

 まるで自分に言い聞かせているみたいなコールの声は、不安からなのか少し震えていた。

 

 私もこの先の未来がほんの少しでも明るければと思う。けど、私たちが物として売り買いされている時点で、まだ私たちは奴隷のまま。きっとこの先も変わらない。

 私はそんな言葉をぐっと自分の中へ飲み込んで、唇を強く結んだ。

 

「俺たちはどうしたって奴隷なんだ。そんな夢を見たって無駄だ。そんなもの、余計に傷付くだけだろ」

 

 マゼルはコールを真っ直ぐに見つめてそう言った。それはマゼルなりの優しさだ。私もマゼルの言葉に小さく頷《うなず》いた。マゼルは続けて言う。

 

「大丈夫だ。何があったって、俺たちは奴隷なんだ。これ以上、何も変わることなんてない」

 

「……うん、そうだよ。私たちはいつも通り、何も変わらないから」

 

 私もそう言って慰《なぐさ》めになっているか分からない言葉をコールに掛けた。正直、この言葉はただの諦めの言葉。何もかも諦めてしまっている私たちには、こんな気休めの言葉しか出てこない。

 

「なんだよ、それ」

 

 それでもコールはそんな私たちに小さく笑みを返してくれる。光っている訳ないのに、眩しいと感じるいつものその明るい笑顔を。

 

「お前ら、着いたぞ。出てこい!」

 

 外から聞こえる荒々しい御者の呼び声に、私たちは顔を合わせて頷きあう。

 

「よし! 行くぞ。マゼル、ルル」

 

「あぁ。また、直ぐに噛《か》み付くなよ」

 

「うん。本当に程々にしてよ」

 

 私たちがそうコールに返すと、うるせー、と言う言葉と共に無邪気な笑みが返ってきた。

 

 

 荷車から降りると目の前にはどこまでも青い景色が広がっていた。それは澄《す》み渡る青空でもあり、澄み切った海原でもあった。

 地面から遥《はる》か上空、枝の上とは思えないしっかりとした木の地表を踏み締めて、私たちの小さな身体はまるで空に浮いているみたいだった。

 

「これ……、全部が一つのおっきな樹なんだよな。信じらんねーよ」

 

 大きく目を見開いて、隣に立つコールは感嘆《かんたん》の声を上げた。

 

「うん。途方もないずっと昔から、ここにいたのかな」

 

 上も下も縦に広がるこの国を、見上げたり見下ろしたりしていると、マゼルも私たちの隣に並んで口を開いた。

 

「だからって、ここまで大きくなるものか?」

 

 あり得ないだろ、と右からマゼルの小言が聞こえると、左からコールが顔を突き出してきた。

 

「おい、ルル。またマゼルが夢にもないこと言ってんぞ」

 

「……私は、こっち側だけど?」

 

 そう言いながら一歩マゼルの方に寄ると、なんだよ、と不服そうにコールが顔を顰《しか》めた。

 

 そんなやり取りも束の間、後ろから御者の大きな声が私たちに届く。

 

「おい! そこで何してんだ。早くこっちに来い!」

 

 私たちは慌てて走って向かう。直ぐに大きな屋敷が見えて、その門前にふくよかな男性が立っていた。

 その男性の着ている見るからに質の良さが分かる生地の服は、煌《きら》びやかな刺繍《ししゅう》でさらに飾り付けられていた。

 きっとこの人が私たちを買った大商人なのだろう。御者と何やら話していた男性はにこやかに見送り、私たちの前に向き直る。

 

 全体的に丸みを帯びた男性はその体型から緩慢《かんまん》に感じ、厳格さというものを見受けられないとそう一瞬思いかけたが、それは直ぐに間違いだと気付かされる。

 

 男性の目や顔付きに表れる鋭さや勇ましさは、ふっくらとした顔に不釣り合いな精悍《せいかん》さをより一層際立たせていた。

 それはこの男性がこの国に於《お》いて地位のある立場にあるということを、着飾る豪奢《ごうしゃ》な服ではなく男性自身がそう顕示していたのだった。

 

「コール、マゼル、ルル。長旅ご苦労だったね。疲れただろう」

 

 男性は私たち一人一人に顔を向け、ゆったりとした口調でそう告げた。その声色からは心からの労《いた》わりの意しか感じなくて、私は少し戸惑ってしまう。

 そして次にこの男性が起こした行動に、私たちは愕然《がくぜん》としてお互いに目を見合わせることになる。

 

「私はアナセン・タンドレス。君たちを心の底から歓迎するよ」

 

 そう言ってアナセン様は、両手を胸の前で組み頭を下げたのだった。その格式ばった挨拶は、少なくとも私たちのような身分にするものではない。

 

 私たちは想像も出来ない事態に唖然《あぜん》として、ただ何も言葉も返せずに立ち尽くすしか出来なかった。

 そんな私たちに頭を上げたアナセン様は、まるでいたずらに成功した子供みたいな無邪気な笑みを見せるのだった。

 

「ようこそ、今日からここが君たちの居場所だ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。