自由を知らない王女と、自由を諦めた奴隷少女は、きっと友達にもなれない 〜それでも私たちは、傷つけ合いながら旅をする〜 作:夕目 ぐれ
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「もうすっかりお祭り気分だよな!」
活気付く人通りを歩きながらコールが楽しそうに口を開いた。
ここは上から数えて二十番目の枝となる二十
「それじゃあ、それぞれ別れて買い出しに行こう。待ち合わせ場所はここでいいな?」
「うん」
「おう!」
私たちはマゼルの言葉に返事を返して、それぞれの担当する買い出しに向かった。
(すっかり慣れてきちゃったな……)
大樹の国、その上空に建つ国の建物は殆どが巨大な蔓《つる》にぶら下がっている。上空故の強風は巨大な蔓がそこら中に生え防いでいるようだ。この大樹は人が住みやすいように成長しているようにしか思えない。
(非現実的、こんな規模の大樹は植物学上あり得ないけど……)
それでもここに住むことで否定を出来なくなった。どんな否定意見もこの現実で一蹴される。もしかしたら、アナセン様はこの非現実的な存在を解き明かそうとしているのかもしれない。
(……そうだ、買い出し中だった)
ふと目に入った巨大な蔓は、色鮮やかな花々で着飾れていた。きっとあの花々は私たちが育てたものに違いない。実際に装飾したのは別の職人たちだけど、視界に入る度に私たちの仕事の重大さを痛感されられる。
今、この国は間近に迫るお祭りに向け、どこも活気付いている。大樹の至る所をこのように華やかな花弁で飾り付けられ、まるで空中の庭園の装いだ。
いつもよりも騒がしい店通りを進みながら、マゼルに渡されたメモに目を通す。
アナセン様からのお遣いの内容は思ってたより簡素なものだった。正直、この量は一人でも事足りる。早々に買い終わり、片手に持った軽い麻袋がそれを物語っていた。
(私、必要なかったよね)
深く考えても仕方ないと、私は待ち合わせの場所へ足を進めていた時だった。
「す、すみません!」
突然聞こえてきた声の方へ目を向けると、そのには尻餅《しりもち》をつくコールと、大量の果物を地面に転がすお婆さんの姿があった。
「コール!」
私は直ぐにコールの元へと走り寄る。見る限りはコールがお婆さんにぶつかってしまったように思えた。
「何やってんだ、コール!」
マゼルも気付いたようで、私に少し遅れて駆け寄ってきた。
私たちは急いで地面に散らばった果物を拾い集めた。その合間にお婆さんの様子を流し見る。怪我をした様子は見受けれないが、身に着ける衣服が少し高級なものに見えて、不安からか冷や汗が吹き出てくる。
私たちが拾い集めたものを、コールが恐る恐るお婆さんに渡した。それを受け取ったお婆さんはじっと私たちの姿を見据えて、ゆっくりと口を開く。
「貴方たち、アナセン様のところの子かい?」
その問い掛けにコールは緊張した声色ではい、と答えた。私もその後ろで固唾《かたず》を飲み込む。すると、みるみるとお婆さんは目を大きく見開いていき、口の端も大きく横に広がった。
「本当かい! 私の主人が助けてもらってね〜。貴方たちが育てた薬草のおかげよ! ありがとうね〜」
そう嬉々として話すお婆さんは、コールの両手を果物でいっぱいにしていく。困り顔で両手いっぱいに果物を抱え込むマゼルを尻目に、唖然《あぜん》と立ち尽くす私たちにもお礼を伝えたそのお婆さんは、手を振りながら笑顔で去って行ったのだった。
取り敢えず私とマゼルは、困り果てたコールを眺めながら胸を撫《な》で下ろした。
「……良かった、よね?」
「そうだな。良い人で助かった。コール、気を付けろよ」
マゼルの注意に呆然としていたコールが素直に頷いた。
そうして色々なことがあったお遣いも、帰路につく頃にはもう日が暮れそうになっていた。
私たちは遠く見える水平線の空模様を呆然と眺めつつ、静かに歩いている。あのお婆さんとの一件があって以降、コールがやけに静かだった。
「どうした? コール」
堪《た》えきれないようにマゼルがそう切り出した。だけど、コールはどこか心ここにあらずといった面持ちで返事もない。
しばらくそのまま歩いた後、突然立ち止まったコールに私とマゼルはどうしたと立ち止まる。するとコールは私たちに顔を向けることなく口を開いた。
「……なぁ、今までこんなことなかったよな。仕事は大変だけど遣り甲斐はあるし、上手いご飯も快適な暮らしも、それにお金だって貰えてるだろ?」
そのコールの言葉で、今までずっとコールが言っていた夢のことを思い出した。人間らしい生活。今の私たちは傍目に見れば、それを出来ているのかもしれない。でも──
「でも、私たちが奴隷なのには変わりないよ」
私はコールを見据えてはっきりと言う。
この生活はアナセン様に買われたからあるものだ。私たちの全てはアナセン様次第。私たちはこれからずっと、アナセン様に媚《こ》びへつらって生きていかないといけない。それはきっと普通ではないから。
「そんなことないだろ。ここの人たちみんな、俺たちのことを普通の人間のように扱ってくれてるだろ!」
私に振り返ったコールがそう捲《まく》し立てるように言う。その久しぶりに見たむきになった表情に、私は宥《なだ》めるような声色で告げる。
「だから、それは私たちがアナセン様に買われた奴隷だからだよ」
私たちの存在価値なんてそれでしかない。さっきのお婆さんだって、私たちがアナセン様の奴隷だからあんな態度をとったに決まっている。そうじゃなきゃ、あんな表情と言葉を私たちになんて向けない。
「……さっきの婆ちゃん。俺の手を握って、目を見て話してくれた。屋敷のみんなやお店の人も、ここにいる人たちみんな、ちゃんと"俺"を見てくれてる」
コールはそう呟くように言葉を吐き出した。いつもの元気な無鉄砲さを感じさせない絞り出したような声は、コールの本音のように思えた。
だけど、私の心はその声を聞いてまた燻《くすぶ》った。そんな体《てい》のいいことはないって。コールのそんな夢みがちで無鉄砲な所が、コールの良いところだって思ってたはずだったのに。
感情が煮えたぎる。自分でもよく分からない。けど、止められなかった。
「……だから。だから、言ってるでしょ! それは全部、私たちがアナセン様の奴隷だからって。それ以外に理由なんてないよ!」
「そんなことねーよ! そもそも、俺たちが毎日必死になって努力してきたから今があるんだろ。お前はいっつも直ぐに、奴隷だ奴隷だって。少しは前向きになれよ、良い加減にさ!」
「……コールだって口を開けば、夢、夢、夢って。やめてよ! いつになったら分かるの!」
「分かんねーよ、そんなの。そんな風に考えたって、苦しいだけだろ」
「そんなこと、ないよ。私はただ、現実を……」
「その現在のお前の顔が言ってんだよ。苦し──」
「──やめて!」
コールが言おうとした言葉を遮るように不意に大声が出た。私の心と繋がってない飛び出た虚空の声が、行き場をなくした開いた口と繋がる。勝手に言葉が出た。
「私はただ……、コールに、私みたいに……」
どこまでも真っ直ぐに私を見返すコールに、私は言い返す気力を失ってしまった。自分でも何でこんなにコールに突っかかったのか分からない。私の声は萎むように行き場をなくしてしまった。
私はただコールに、あのコールだけには、私たちみたいに絶望してほしくない。諦めなんて知らない、あの元気で無鉄砲なコールでいて欲しいから。
変に希望すればするほど、裏切られた時の痛みは大きくなる。もしそうなった時、コールはいつも通りでいられるのだろうかと。私はそんなコールの姿を見たくないだけだから。
「二人とも落ち着け。コール、ルルは俺たちよりずっと酷い目に合ってきたのは知っているだろう。だから、まだ戸惑ってるんだろう」
言い合っていた私とコールの間に入って、宥《なだ》めるようにマゼルは言った。
そのマゼルの姿が視界に入って、昨日の穏やかなマゼルの表情が脳裏に浮かぶ。
「…………違うよ」
それはまた思わず出た言葉だった。
その言葉はコールにも届いていたようで、間に立つマゼルを押し退けて、コールは私に歩み寄ってくる。
「じゃあ、なんだよ。ルルもさ、一緒に頑張ってきただろ! どうしてお前は毎日俺の勉強やわがままにあんだけ付き合ってくれたんだよ! 本当はお前だって———」
ぱん、と私は大きく手を打ち鳴らした。目の前で不服そうに顔を歪めるコールを尻目に私は明るい声で話す。
「良かったね、コール。……夢、叶ったね」
ずっとコールが言い続けてきた夢。私は心から応援していた。だから、嬉しいと思っている。これは嘘じゃない。
コールはぽかんと口を開けて、何かを諦めるように息を吐いた。
マゼルは心配そうに私を見ながら何かを口にしようとしたのか、少し開いた唇をそっと噤《つぐ》んだ。
「……叶ったじゃねーよ、叶えたんだ! そんで、次は二人の番な!」
一歩前に出たコールは私とマゼルを指差して言った。にこやかな笑みを浮かべながら続ける。
「ずっと俺のわがままに付き合ってくれたんだ。だから手伝うよ、何でもさ!」
コールはいつだってこうだ。どこまでも前向きで、どんな暗闇の中でも光を持ち続けている。
私は、そんなコールを羨《うらや》ましく思っているのかな。
「夢なんてないよ、私は奴隷なんだから」
呟くように自然と出るいつもの言葉。
コールはいつものように溜め息を溢しながら、きらきらとした目を私に向ける。
「ルル。お前は本当にまず———」
何かを私に言おうとしたコールを、マゼルが割り込むように間に入って止めた。今日はもうやめておけ、と穏やかなマゼルの声が私の耳に入る。
そのマゼルの背中に、その穏やかな声に、私は問い掛ける。
「夢見たって無駄、でしょ?」
あの日、この国に来た時にマゼルがコールに告げた言葉。
こちらに振り返ったマゼルは、少し逡巡《しゅんじゅん》する素振りを挟んで答える。
「あぁ。……でも、少しぐらいは良いんじゃないか」
そう言って、マゼルは、照れくさそうにはにかんで見せた。
「おいおい、マゼル」
「……何だ?」
「いや、別に?」
「何だ、その顔は……。もう、帰るぞ」
目の前で男の子二人が仲良さげに話していた。聞き慣れた声も遠く聞こえる。
私は逃げるように視線を遠くの空模様へ移した。もう空は段々と暗みを広げていって、半年前に三人で眺めた綺麗な空模様は、水平線に吸い込まれるみたいに消えていく。
もうすっかりと聞き慣れた日の入りと共に動き出す大樹の根の地響きが、今日の終わりを告げる。
「ルル、どうした? 帰るぞ!」
声が聞こえて、私はゆっくりと歩み出す。
日がすっかりと落ちて、すれ違う人も遠くに見える人もみんな影になっていく。表情なんて見えないけど、なぜだか楽しそうだとは分かる。生き生きしていると感じる。
「そうだ、ルル。アナセン様から聞いたぞ。祈り子とかいうのに選ばれたんだろ。すげぇーじゃん!」
「女王様に謁見《えっけん》出来るのだろう。終わったら何か聞かせてくれ」
前を歩く二つの影がそう話を弾ませている。
(……そっか、やっぱりそういうことか)
手に持つ麻袋の軽さを改めて認識してしまう。予想外のこともあり、少し荷物は増えてしまってはいるけど、一人で事足りる荷物だ。
私は二人にその話はしていない。きっとアナセン様から聞いたんだろう。そして今日のおつかいの誘いは、私を心配してとかなのかな。
(なんか、私だけがおかしいみたい)
私はふと歩みを止めて、目の前の二人に目を向ける。一人で遠ざかっていく二つの人影を見つめる。
「……良かったね」
胸が痛い。吐き出しそうになる何かをぐっと飲み込んで、私はその場でしゃがみ込んだ。そして、こう思ったんだ。
あぁ、どうか。こっちに振り向かないで欲しいって。
その生き生きと楽しそうな影は、段々と周囲に溶け込んでいって、私はもう、見知ったはずの二人がどれか分からなくなった。
「────!」
「────」
声が聞こえる。私は聞こえてない振りをした。
誰かが駆け寄ってくる。私はそれを見なかった。
そして私は、ここが"夢"の中のように、思えた。
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
書き溜めがあるので、切りのいいところまで連投失礼します。
1章はまた纏めて投稿させて頂きます。
もし楽しんでいただけたら、今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします。