自由を知らない王女と、自由を諦めた奴隷少女は、きっと友達にもなれない 〜それでも私たちは、傷つけ合いながら旅をする〜 作:夕目 ぐれ
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「この布を頭から被って頂き、足元の線を頼りにお進み下さい。線が途切れた場所で待機をお願い致します。最後に、儀式の間は何があってもそこを動かぬようにお願いします」
そう淡々と読み上げるように話した兵士は、黒い手触りの良い布を渡してくれた。生地は薄いようなので何も見えなくなることはなさそうだけれど、今いる廊下がとても薄暗いので目隠しと変わらないように思える。
色々と疑問はあるが、私は先に確認したいことを訊ねる。
「すみません、この本は持ったままでも大丈夫でしょうか?」
「構いません」
兵士はどこまでも事務的な態度でそう答えた。そしてすぐに踵《きびす》を返して私に背を向ける。
「あの……」
私の声なんて聞こえてないように、兵士の姿は薄暗闇の中へ消えていってしまった。
「線ってどこに……」
この城内は進めば進むほどに荒れた遺跡のような装いになっていく。廊下の壁は至る所に蔦《つた》に侵食されていて、ひび割れも目立っている。ただ地面だけが綺麗なのが歪さを強調していた。
(……久しぶり、この感じ)
兵士のあんな冷たい態度やこの理不尽さを懐かしく思えてしまう。こんなことがある度にコールは憤《いきどお》り、私とマゼルは宥めるようにして従っていた。
(だめだな……。すっかり緩んでる)
疑問なんて抱くだけ無駄だ。答えなんて求めても結果は変わらない。
私は兵士の言葉に従って、渡された黒い布を頭から被った。その瞬間だった。
私の視界にぼんやりとした明かりが見えた。その光は線のように連なり、布を被った真っ暗な視界の果てまで続いているようだった。
(もう……、何も分からなくなるよ)
こつこつ、と私の足音が廊下に響き反響する。
その足音はどこか頼りなくて、光の線しか見えない視界は私の心をグラグラと揺らす。動かしている身体がどこか他人のように思えて、宙に吊るされている感じだ。
(この国に来てから、ずっとこんな感じだな)
ぼんやりとした意識は段々と内に籠こもってしまい、今が現実なのか曖昧《あいまい》になってしまう。
(あの時みたい……)
馬車に乗せられ、この大樹の国を訪れたあの時を思い出す。視界を布で覆われて、不安になっていたあの時のよう。
あのコールですら、弱気になっていたのを今でも覚えている。でもあの時は、今ほど不安はなかった。それはなぜだろう。今は一人だからなのかな。
(いつからだっけ。二人が側にいることが、当たり前になったのって)
あんなにずっと一緒だった二人の顔を思い出すと、心が落ち着かなくなる。もやもやとしたものが、私の全身まで立ち込めていく。
———どうしてお前は毎日俺の勉強やわがままにあんだけ付き合ってくれたんだよ!
そう言えば昔コールに、このようなことを聞かれたことがあった。あの時は何て答えただろう。あんな言い合いにはなっていないのは覚えているけど。
———……ルル。お前は、今の何が不満なんだ?
聞こえてない振りをしたマゼルの言葉。私は不満なんてない。私は二人が幸せそうにしてくれていたら、それだけで充分だからって。そう答えようとしていたはずなのに。
———君にとって、コールとマゼルはとても大切な存在なのだろう。それこそ、家族のように
そんなの、当然です。二人との付き合いはもう七年近くになるから。私にとって、一番長く一緒の時間を過ごしたから当たり前で、堂々とはい、と答えれる……そのはずだったのに。
「……二人に会いたい」
消え入るような小さな声が、私の口から意に反して漏れ出ていた。
でもそんなことを気にする余裕なんてなくて、ただただゆっくりと微かな光りを追い掛ける。ぼんやりと、何かの拍子に消えてしまいそうな淡い光を、置いていかれないようにただ必死になって。
「やだよ。……置いてかないでよ」
縋《すが》り付くような私のか弱い声は届かなかったのか、淡く灯る線は不意に途切れてしまう。
私はその場に立ち止まって、いつの間にか荒くなっていた呼吸をゆっくりと整えた。
(……何をしてるんだろ、私)
息を整えて私は辺りを見渡す。先ほどまでの廊下と違い、薄らと光りが灯っていたその場所は、大きく開けた空間だった。
目の前には迫《せ》り上がった円形の舞台があり、それを囲むように数人の人影があった。それぞれの背後に廊下の入り口があって、みんな私と同じようにやってきたのだろうか。
息遣いも聞こえない静寂な空間は重苦しい雰囲気に包まれていて、少しの身動きも躊躇《ちゅうちょ》してしまう緊張感があった。そこで私たちは何かを待ち続けていた。
どれほどの時間が経ったか、やがてこつこつ、と足音が聞こえた。円形の舞台の上に二つの人影が現れる。
「祈り子の皆様、大変お待たせしました。これより、女王即位に伴う儀式を執り行います」
私とさほど背丈の変わらない年老いた男性が、しゃがれた声で周囲に厳《おごそ》かに告げた。
そしてその男性は舞台を降りて、周囲の私たちに何かを手渡していく。
私の布越しのぼやけた視界の真下から、皺《しわ》ついた小さな手と真っ白な花が差し込まれた。
それは綺麗な花で、見たことがない花だった。細い糸のような花びらが放射線状に広がっていて、中心には何かを包み込むように綺麗な帯が反り返っている。
そうして舞台に戻ったご老体の男性に、もう一つの人影が軽やかに歩み寄る。
「緊張するなぁ。フー爺、ヘマしたらごめんね」
綺麗な透き通る声が私の耳に届く。
「姫、私語は謹《つつし》んで下され」
そう言ってご老体の男性が舞台の脇に逸れると、一つの人影が中央に立つ。
「……よしっ!」
小さな呟き声と共に、息を吸い込む音が聞こえた。
その時、この場の空気が変わったのを肌で感じた。何か空気が蠢《うごめ》くように、騒ぎ始めた気がした。
最初の変化は足元だった。仄《ほの》かな光が地面から湧き出てくるみたいに、段々とその光度を強めていく。足元の地面全てが光で埋め尽くされていく。
動揺する私の目に、私が手に持つ白い花が呼応するように輝き出すのが見えた。輝く鱗粉のような光の残滓《ざんし》が辺りへと散らばっていく。それも、この空間を埋め尽くさんかの勢いで。
(何これ……? なに?)
今までもおかしなことや不思議なことは多く見てきた。でもこれは違う、異常だ。明らかに異常な状況に陥《おちい》った時、人は身体が動かなくなるらしい。それをこの身を持って実感した時だった。
「———大丈夫。怖くないよ」
綺麗な声でハッと顔を上げる。目の前に女の子がいた。
透き通るような綺麗な青い髪は周囲の光の反射で艶《あで》やかに輝き、青空の元に煌《きら》めく海原を想像させる。整った鼻梁《びりょう》と長い睫毛《まつげ》に縁《ふち》取られた大きな深く綺麗な青い目。歳は私と同じくらいに思えるけど、とても大人びた顔をした少女の瞳に、私の驚嘆《きょうたん》とした情けない顔が映り込んでいた。
真っ白な細い手が私の頭をそっと撫でる。彼女は厚みのない薄い唇を吊り上げて、小さな子供みたいに笑っていた。
「分かってる。ごめんってば!」
誰かの声にそう彼女が反応すると、軽い身のこなしで壇上に跳び乗っていった。
青く輝く長髪を靡《なび》かせながら光りが溢れかえる不思議な空間で、彼女は輝く粒と共に舞うように踊り始める。
私はそんな彼女の一挙手一投足に目を奪われる。時間が流れているのも忘れて、彼女の無邪気な笑みと夢みたいな光景に、心を奪われてしまったかのように。
それは、まるでお伽話の中のような光景だった。