自由を知らない王女と、自由を諦めた奴隷少女は、きっと友達にもなれない 〜それでも私たちは、傷つけ合いながら旅をする〜   作:夕目 ぐれ

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第8話 虚意(こい)に堕ちる①

〜*〜*〜*〜*〜*

 

「ようこそ、わたしの部屋へ! 何にもないけど、ゆっくりしてね!」

 

「……はい」

 

 半ば強引に連れ攫《さら》われた私は、嬉々とした表情の女王様を目前に招き入れられた一室に目を配る。

 

 そこは女王様が仰る通りの何もない寂しい部屋だった。家具などもなく、床に一冊の絵本が転がっているだけだ。女王様の部屋どころか生活感も感じない。

 

 女王様は私に何かの反応を期待しているかのように、じっと大きな目を見開いて見つめてくるけど、こんなあからさまな冗談に返す言葉も見つからない。

 困った私は愚鈍《ぐどん》な振りをして、女王様に尋ねてたいことが山ほどあるので口を開く。

 

「あの、女王様。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 

 こんな部屋の床に座る女王様をどんな目で見ていいか分からないけど、私はそう床に座り込む女王様に尋ねた。女王様はそんな私に何やら不満そうな目を向ける。

 私は思わずハッとして、床にひれ伏すように頭を下げた。この方の振る舞いがあまりにも女王様らしくなかったから、そんな言い訳なんて通用するはずないけど、自分の不用心な気の緩みに臍《へそ》を噛む想いだ。

 

「別に、そんな畏《かしこ》まった話し方じゃなくていいよ」

 

「いえ、そんな訳には……」

 

「じゃあ、女王様の命令! 砕けた話し方でいいから……ん? こういう時は話したまえ、かな? まぁいいや。分かった? ルル」

 

 女王様は失礼を働いた私に人懐っこい笑みを向ける。話し方にも仰々《ぎょうぎょう》しさはなくて、そこには王族らしい気品さや威厳はなく、それは良い意味で親しみ易さを感じた。

 

「そう言えば、わたしの自己紹介まだだったね。わたしはフェム。なんか女王様としての長い名前もあるけど、わたしも覚えてないから大丈夫だよ! だからね、女王様とか気にしないで気軽にフェムって呼んで」

 

 そう言って女王様は再び私に何か期待の目を向けてくる。

 流石に女王様をそんな馴れ馴れしく呼ぶのは不敬に値する。女王様本人が許しても、それを他人に見られたら不敬罪だ。

 

「……女王様は」

 

「ルル。フェムって呼んで」

 

 女王様は甘えるような上目遣いで私を見つめる。頬を膨らませて表情いっぱいに不満を表す姿は、流石に悪い意味で女王様らしくない。

 

「…………女王様は」

 

「ルルは女王様の言うことが聞けないの?」

 

 私が返答に困って視線を外すと、床を這いつくばって私の顔の正面に女王様が移動してきた。その姿は果たして大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫な訳がない。きっとこのまま私が言うまでずっと続きそうだった。

 

「……あの、大変失礼になりますが、先ほど女王様と気にしないでいいと……」

 

「……なにか聞きたいことがあったんだっけ! なにかな? ルル」

 

 つい先ほどまで不満そうに目を細めていた女王様は、取り付けるような満面の笑みを私に向けた。ころころと表情を変える女王様を私は不思議に思う。

 前代の女王様はどんな感じだったか。上手く思い出せないけど、こんな感じではないのは確かだ。

 

「私の記憶がどうとかと、皆さんが話してたことが気になってまして」

 

 私があの兵士の人に殺されそうになったことにも起因しているようだし、フーマーと呼ばれていたあの御老人の言葉も気になる。私に対してやるべきこと、それがいい意味ではないことは察せられる。

 

 私は警戒しながら女王様の返答を待つ。何か考えるように視線を外した女王様はゆっくりと口を開いた。

 

「んー、それは多分……わたしの魔法のせいかな」

 

「……魔法?」

 

 予想もしない答えに、私は目をぱちくりと瞬しばたかせてしまう。これはまた女王様の冗談だろうか。

 

「わたしもよく分かってないんだけどね。あの儀式はみんなの記憶や認識とかを書き換えたんだって。わたしは言われた通りにやっただけだから、よく分かってないんだ。……でも、魔法の使い方はなんとなく分かったかな」

 

 そうなんてこともないように変なことを話す女王様。冗談にしか聞こえないけど、女王様の表情は至って真面目だから、一体なにを信じていいのか分からなくなる。

 

「……そんなこと、出来る訳ないですよ。魔法なんて空想上の作り話で」

 

「出来るよ。魔法ならなんでも」

 

 きっぱりと女王様は言い切った。そのきっと見開かれた大きな目に囚われて、喉の奥がきゅっと閉まった。

 

「その顔、信じてないでしょ!」

 

「すみませんが、その、流石に……」

 

 すると女王様は徐《おもむろ》に立ち上がり、目を瞑《つむ》った。ゆっくりと息を吸い、目を開けた女王様の表情には何やら緊張が窺えた。

 そして胸の前に持ってきた掌《てのひら》を頭上に掲げて見せると。ぼっ、という音と共に、小さな火の玉が突如現れた。

 

「……良かった、使えるままだ」

 

 安堵《あんど》とした表情でその火の玉を見つめる女王様だが、私はその光景に言葉を失ってしまう。今、女王様は何か火を起こすような素振りはなかった。そんな道具も見当たらない。

 

「それは……、何をしたのですか。」

 

 女王様は驚く私に掌の火の玉を向けて、したり顔で言う。

 

「これが“魔法”だよ」

 

「…………女王様」

 

「本当だって! 頭の中でイメージしたら出来るんだよ。多分、想像出来るものは何でも出来る気がする……」

 

「……何でも」

 

「信じてよー、ほら!」

 

 女王様はもう片方の手からも火の玉を出した。両手の火の玉は互いの掌を行き交うように飛び跳ねている。

 私は目の前の不可解な現象に何かしらの理由をつけて納得しようとしていたけど、こればかりは無理だと、まるで意識を持ったように飛び跳ねる火の玉を見遣る。

 

(……もしも、これが本当に魔法で、存在してたなら……)

 

 あの儀式の非現実的な光景がそうなのだろうか。まだ記憶や認識云々(うんぬん)までもは信じられないけれど。あの不思議な白い花も魔法で作られたものなのだとしたら。

 

 ———ここでの“不思議”が魔法で片付けられてしまうなら……。

 

(じゃあ、なにが魔法で、なにが現実なんだろう)

 

 心臓が不規則に脈打つ。この国のあまりにも大規模な大樹も、なんて考えてしまって……。

 

「どうしたの、大丈夫?」

 

「女王様、私に対してやるべきことって、何をするのですか?」

 

「え? 何もしないよ」

 

 女王様はあっけらかんと笑う。その態度も優しい声も偽りのようにしか見えなくて、過去の主様と、奴隷の日々と重なる。この何もない部屋もそういうなにか悪い都合にしか思えない。

 

「では、女王様はどうして私なんかと話したいなんて言ったのですか?」

 

「それは……、ルルが辛そうだったから。フー爺から教えてもらったんだけどね、ルルは奴隷なんでしょ?」

 

 女王様は何の悪意もない目で私を見つめて尋ねる。今まで散々自分に言い聞かせた言葉を、こうやって女王様に問われて、なぜか胸がもやもやする。何で今更、奴隷であることに少しの疑問が湧いているのだろう。

 

 そんな私の沈んだ気持ちを拾い上げるように、女王様は私の顔を包み込むように手を添え、顔を持ち上げた。

 

「儀式の時、ルルと目が合って思ったんだ。きっと、あの子は不自由なんだって。自由に飛び回りたいのに、どこにも行けない。大事な夢があるのに、それを叶えられないんだって」

 

 また、夢《それ》だ。ここに来てからそればっかり聞かされる。もう夢なんて見せないでと願っていたのに。それを聞かされる度に胸が苦しくなる。

 

「……夢なんてありません」

 

「嘘。じゃあ、なんでそんなに辛そうなの?」

 

 女王様は私の顔をそっと離して後退さると、踊るように身を翻《ひるがえ》して歌うように語りだす。

 

「わたしはね、世界を自由に冒険したいんだ! 色んな人とたくさんの景色、そして大事な思い出をいっぱい作りたい。そうしたらきっと、わたしはわたしなんだって言えるから」

 

 女王様は私に手を差し伸べる。いつの間にか二つの火の玉は、女王様の頭上でゆらゆらと揺れていて、その華やかな顔を煌々《こうこう》と照らす。

 

「ルルがいいの。きっとわたしと同じ気持ちだって分かるから。一緒に世界を旅しようよ。誰でもない君に言ってるんだよ」

 

 女王様はとても眩しい方だと思う。それこそ、コールやマゼル、この国に住む人たちみたいに。私なんかがこんな希望に溢れた手を取れるなんて思えない。

 

「……誘って頂いて畏れ多いのですが、私は遠慮します」

 

「大丈夫だよ? ルルのことを縛り付ける悪いやつは、わたしがやっつけるから!」

 

「……違います。悪い人なんかではありません」

 

 アナセン様は、優しくて温かみのある方だった。今までの主様たちとは違う。

 

「じゃあ、ルルはどうしてそんなに辛そうにしてるの?」

 

 今まで言葉でも言外にでも、散々聞かれたことをまた突き付けられる。理由はずっとあった。今の環境が劣悪だからとか、今の主様から酷い扱いを受けているからとか。

 でも、今の私は。

 

「……分かりません。私自身でも、よく分からないんです」

 

「……ルル」

 

 女王様はそんな私の頭をそっと撫でてくれた。なんで奴隷の私が女王様に頭を撫でてもらっているのだろう。何も状況が分からない。何も。

 

「……誰? フー爺?」

 

 その女王様の声は私にではなく、私の後方に向けて放たれた。

 

「どうか、しましたか……?」

 

 怪訝《けげん》そうに私の後方に注目する女王様に、私も後ろを振り向く。

 開けた扉の先、薄暗闇の廊下の先に何かがいる。背の低い場所に二つの光点。いや、二つどころかいくつも増えた。

 

「木のワンちゃんだ!」

 

 後ろで女王様がよく分からないことを言うのが聞こえた。

 

 暗闇から現れたのは、木の身体をした四足歩行の動物たち。だが顔だと思われる部分には目や鼻のような虚《うつろ》な空間が覗き、尻尾のような鋭い木の枝の先端を私たちに向けて唸《うな》り声を上げている。

 

 それらは明らかに魔物だった。

 

「何で……、どうして魔物がここに?」

 

 魔物たちはじりじりと少しずつ、私たちの方へ歩み寄ってくる。だが、一定の距離を置くと立ち止まり、ただ私たちに唸り声を浴びせ続ける。

 

「案外良い子なのかもよ」

 

 女王様はなぜそう思ったのか、そんな突拍子もないことを発する。私は近づこうとする女王様の手を引っ張り、私の後ろに下げさせた。

 

「駄目です、女王様。魔物が直ぐに襲ってこないのは、私が魔物除けの香りをつけているからです。ですが、必ず襲ってこないという保証はありません」

 

「この匂いそうなんだ。わたし、すごい好きだよ」

 

 場違いなことを話す女王様に構う心の余裕は今の私にはない。

 この部屋の入り口は一つだけ。そこには木の魔物たちが立ち塞がっている。数は六匹。

 

(私は最悪どうでもいい。けど、女王様に怪我《けが》をさせる訳には……)

 

 立ちあぐねる私は突然の浮遊感に襲われる。それは、女王様が後ろから私を抱《だ》き抱《かか》えることからだった。

 

「女王様!?」

 

 不意に近づいた女王様の顔に向けて私が驚嘆の声を上げると、女王様は自信に満ちた顔つきを私に向ける。

 

「任せて! わたしはまだ、最強だから」

 

 そして一直線に、私を抱えた女王様は魔物たちの群れに突っ込んでいく。

 私の視界は巡《めぐ》るめく変わっていく。強風が身体を強く打ち付けながら、視界の端を宙に舞う魔物の姿が流れていった。とても、人間が走るそれではなかった。

 

「逃げるよ、ルル」

 

 一瞬で私たちは扉の先の廊下にいて、後ろで木の魔物たちが起き上がるのが見える。

 女王様は依然《いぜん》に私を抱き抱えたまま廊下を駆ける。後ろからは魔物たちが追い掛けてきているのが確認できた。

 

「女王様、城の兵士の方に助けを……。女王様?」

 

 走る女王様には私の声が届かなかったのか、私の進言は虚空に消えてしまう。

 そして走る先に白い甲冑《かっちゅう》の兵士の姿が見えて。

 

「女王様! あの方に助けを」

 

 その時、突然女王様は踵《きびす》を返した。なぜか後ろから迫る魔物たちへと向かっていく。女王様には今の兵士が見えていなかったのだろうか。でもそれにしては不可解な行動に、私は女王様にその真意を尋ねようとした時だった。

 

「いたぞ! あいつが女王様を誘拐した奴隷の女だ!」

 

 後ろから、そんな声が私の耳に届いた。一瞬、意味が分からなかった。何かの聞き間違いかと。でも、確かに聞こえた。

 

(誘拐……? 私が? 何で……)

 

 私の動揺などはお構いなしに、もう目前にまで魔物たちが迫っていて。

 

「襲ってくるなら……、もうちょっと怖い顔をしてよ……ねっ!!」

 

 臆《おく》する様子もなく、女王様は近くの廊下の壁を蹴る。すると何か爆ぜる音と共に、廊下に大きな穴が開いて、私たちの身体は遥《はる》か上空へと投げ出されてしまう。

 ここは空まで届くような大樹の一番上の枝に立つ城の中。すぐそこに地上などあるはずもなくて。

 

「ーーーーっ!!」

 

 抱き抱えられた時とは段違いな浮遊感。大きな重力を身体全体に感じて、一気に血の気が引く。今、頭の中にあるのは恐怖だけ。

 何もかもが小さく見える景色に吸い込まれてしまいそうで、思わず目を瞑《つむ》る。両手に感じる存在に、縋《すが》るように抱きついてしまう。

 

「———大丈夫! 今のわたしは、何でも出来るって言ったでしょ!」

 

 その聞こえてきた綺麗な声に、私の意識が持っていかれる。開けた目の中に、人懐っこい笑顔をした女の子がいる。一瞬、今のこの状況なんて忘れたみたいに、本当に綺麗な顔をしているななんて、まるで見惚《みと》れてしまったように。

 

「よし、こうしよう!」

 

 何かいいことを思いついたみたいに表情を輝かせて、女王様は左手を上げた。するとその左手に向かってどこかから蔦《つた》が巻き付いてくる。そして宙に吊るされて浮かぶ私たちの前に、段差上に足場が作られる。それは大樹に纏《まと》わりつく蔦が意志を持ったように動き出し、整然と列をなした宙に浮かぶ階段だった。

 女王様は両手で私を担《かつ》ぎ直すと、その蔦の階段を軽い調子で踏み降りていく。

 

「どうぞ、お姫様!」

 

 そう冗談めいて言いながら、女王様は私を降り立ったどこかの建物の屋上に降ろしてくれた。でも今の私にはそんな女王様にお付き合いをする余裕はなくて、私は胸に手を当てて息を整える。手足は恐怖でなのか震えが中々に止まらない。

 

「ごめんね、怖かったよね」

 

 女王様は私の手をそっと掴んで包み込む。少しの間、畏れ多くも女王様のご厚意に甘えて……というよりも拒む力も入らなくて、私は受け入れるしかなかった。

 

「落ち着いた?」

 

「……すみません」

 

「大丈夫。気にしないでいいよ」

 

 取り敢えず落ち着けた私は周りを見渡す。私が働くアナセン邸はまだ下に見えていて、先ほどまでいた城も見えることから、私たちは少し下に落ちただけなようだ。

 

 私はさっき城の兵士に言われた言葉が心のしこりのように残り続けていて、一抹《いちまつ》の不安を覚えている。

 

「……女王様、先ほど城の兵士の方が、私を女王様を誘拐した女だと……」

 

「……うん、わたしも何でそうなってるのか分からないけど、多分誰かの誤解だよ。フー爺もいるから、きっと大丈夫!」

 

 そうあっけらかんに告げる女王様だけど、私はどうもそんな楽観的になれそうにない。そもそも、私はフー爺と呼ぶ方をよく知らない。

 

「ですが、女王様。城の中での魔物といい、何かおかしいですよ」

 

 そう言って女王様に向けた視線の向こう。なぜか私の目がある一点を注視してしまう。それは遠くで手を拘束されて、どこか兵士に連れて行かれているアナセン様のようにしか見えなくて。

 

「……アナセン様?」

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