BIOHAZARD ASHES TO ASHES   作:しお林檎

4 / 8
不協和音

 腐食した木の扉を蹴り開け、レオンは闇が広がる通路へと躍り出た。

 

 背後からはあの忌々しい怪物の地響きのような足音と、獣のような荒く湿度のある呼吸音が迫ってくる。

 

 全速力で走り抜けながらも、時折背後を確認し敵との距離を常に把握する。フラッシュライトの細い光条だけを頼りに、経年劣化で崩壊したのであろう瓦礫だらけの寺院を進む。

 

 ――闇雲に走っていては、埒が明かない。

 

 レオンは走りながら、徐に空いている左手を耳元へと持っていった。ピッと軽い電子音と共に、インカムの電源を入れ通信を接続し直す。

 

「――シェリー、聞こえるか!」

『レオン! 無事だったのね! ……それで、状況はどうなってるの?』

「熱狂的なファンに追いかけられてるところだ。シェリー、このエリア周辺で開けた場所はあるか?」

『確認するわ。少し待って……』

 

 応答を待っている間も決して足は止めない。正面に瓦礫の山が積み上がっているのを視認するなり、レオンは左方の部屋へ転がり込んだ。

 

『見つけた! 現在地から北へ真っ直ぐ抜けた先に、このあたりで一番大きい寺院前の広場があるわ』

「そいつは重畳。……ダンスフロアとしては上等だ」

 

 背後で激しい破壊音が響く。レオンが回り道をしている間に、怪物は瓦礫の山を吹き飛ばしながら最短ルートでこちらへ向かっていたようだ。

 

 ほんの一瞬背後を振り返れば、怪物の巨躯がすぐそこまで迫っていた。それを見たレオンは苛立ちを籠めて小さく舌を打つ。

 

 思考を巡らせるレオンの視界の端で、不意にキラッと何かがライトの光を受けて反射した。再度同じ場所へライトを当てれば、それは床に落ちていた小さなガラス片であった。

 ならばとライトの光をそこから上の方へと向ければ、そこにはガラスが割れて吹き曝しとなった木枠の窓だったものが。

 

「――あそこが出口か」

 

 背後からは既に怪物の巨大な腕が迫っている。レオンは迷うことなく地を蹴ると、さらに速度を上げて窓へと近づく。

 

 縁に右手をつき、流れるような動作で窓枠を飛び越える。残っていたガラスの破片がレオンのグローブやタクティカルジャケットを掠めて微かに硬質な音を立てる。

 

 湿気で若干ぬかるんだ地面へと着地するなり、レオンは勢いそのままに再度駆けだす。

 目指すは北の広場。真っ直ぐ、全速力で走る。

 

 その後ろで獲物を追う怪物が壁ごと窓枠をぶち破って外へ飛び出してくる、凄まじい轟音が響いていた。文字通りの猪突猛進。怪物がそこまで迫っていると、振り返らずともレオンの足を伝いくる地響きだけで手に取るように分かる。

 

 目的の広場まであと少し。レオンは建物同士の間の直線の道を、スパートをかけるようにして走り抜けた。

 

 

 突如、視界が開けた。ライトで照らさずとも月明かりでぼんやりと照らされたそこは、石畳を敷かれた広場であった。前方にはこのあたりの建物の中では最も大きいのであろう寺院が悠然と聳え立っている。

 

 ――シェリーの言っていた広場で間違いない。

 

 寺院目掛けて走っていたレオンはくるりと体を反転させ、愛銃の銃口を背後に広がる闇へと構える。地響きと足音、そして呼吸音を伴ってやってくるそれは、いよいよすぐそこまで迫っていた。

 

 待つこと数秒。月明かりの下に、とうとうその怪物は姿を晒した。

 

 くすみ汚れた襤褸布をはためかせ、絶えず血の涙を流す白濁した瞳は獲物(レオン)へと執拗に視線を注いでいる。狭い通路から解き放たれた怪物は、先のようにその巨躯をぐっと小さく折り曲げ屈み、ぐぅぅと小さく唸り声を上げた。

 

「……来るなら来い!」

 

 そして次の瞬間、弾かれたように怪物が猛スピードで突進してきた――かと思われた。

 

 その巨躯がレオンに接触する随分手前、怪物は突如として猛烈なブレーキをかけたのだ。広場の石畳に怪物の爪が擦れ、ぎゃりぎゃりと耳障りな音を立てる。

 

「……なんだ?」

 

 これには思わずレオンも手を止め、サイト越しにその様子を観察する。一体この怪物は、何をするつもりなのか。

 

 当の怪物はというと、先まで四足歩行に使っていた巨大な手を持ち上げ体の前でお行儀よく組み、顔は何かを探すかのようにきょろきょろと周囲を見渡している。つい数秒前まで獲物のことしか眼中になかったくせ、今は何かを探し求めるように忙しなく、そしてたどたどしく首を動かしているではないか。

 

 怪物から目を離すことなく、レオンもまた意識を周囲へと向けてみる。相変わらず周囲に人気は感じられない。人気どころか、獣の気配すら一つもない。

 

 一体何が。シェリーに周囲のスキャニングを頼もうとレオンが口を開きかけた、その瞬間。

 

「――っあ?」

 

 キィィ、と。鼓膜の裏側を、細い針のようなもので優しく、けれど執拗に引っ搔くような、酷く、酷く不快な音(・)が脳髄へ直接滑り込んでくる。

 音量自体は決して大きくはない。しかしながらそれは確実に、レオンの脳と三半規管へとダメージを与え、次第に平衡感覚まで奪っていく。

 

「ぐ、うぅっ……!」

 

 凄まじい眩暈がレオンを襲う。上下左右の感覚がぐにゃりと捩れ、反転していく。視界に捉えていたはずの怪物の輪郭やライトの光条すら曖昧になり、苦痛に顔を歪めながらレオンは思わず膝をつく。

 

 インカムからはシェリーが必死にレオンの名を呼ぶ声が聞こえる。だがその声は強化ガラスにでも遮られているかのように遠くぼやけてしまっており、レオンの意識を覚醒させるには至らない。

 

 頭が痛い。このままでは割れてしまいそうだ。ぎゅっと目を瞑り痛みに耐えることしかできない。

 

 ――誰か、この音を止めてくれ……!

 

 レオンの心がそう叫んだその時、突如視界が大きく揺れ動いた。一拍遅れてやってきた衝撃は背中からだ。

 

 何が。そう考える間もなく、レオンの意識は深い闇の底へと急速に沈んでいった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。