BIOHAZARD ASHES TO ASHES 作:しお林檎
不揃いな三柱
「……"巡礼者"の……どうなって……」
「既に……しかし……」
暗闇に覆われた世界の中、断片的な声が鼓膜を揺らす。
霧の中に迷い込んだかのようにぼんやりとした意識では、その全てをはっきりと聞き取ることはできない。ただ分かることといえば、それらはおそらく人間の男女の声であるということのみ。
今にも掻き消えてしまいそうな意識をレオンは強引に引き摺り上げる。そうするとぼやけて意味を為さなかった声が、音が、次第に意味を伴ったものへと変化していく。
酷く重い瞼をゆっくりと押し上げる。ようやく霧の世界から脱出したレオンは、そこでようやく自身の置かれた状況というものを目にすることとなった。
最初に目に飛び込んできたのは、アーチ状に広がる高い天井から吊るされた歪な鉄製の燭台だ。
視界はまだ完全には定まっていない。隅の方に白い靄のようなものが滲む世界の中、それだけが妙に明確な輪郭を持って静かに揺れている。
ぱち、ぱち、と数度瞬きを繰り返す。
軽く頭を振った瞬間、まとわりついていた靄が霧散するように消え、ようやく視界が正常な焦点を取り戻した。
そこで初めて、自分の身体の違和感に気づく。
後ろ手に回された腕が、思うように動かない。
手首に食い込むごわついた感触から、麻縄か何かで拘束されているのだと理解する。
いつかの記憶が一瞬だけ脳裏をかすめ、レオンは小さく舌を打つ。ならばと今度は視線を動かし、周囲へと意識を向けた。
気絶する前にいた広場ではない、室内のそこは石造りの教会のようであった。よう、というのは、通常の教会のそれとは些か異なる点があったためである。
教会の中心、一人用の椅子に座らせる形で拘束されたレオン。その周囲にはチャーチベンチが理路整然と並べられ、レオンから向かって正面の祭壇を半円状に取り囲むようにして設置されている。
視線を上げると、教会の全貌が視界へと流れ込んできた。
アーチ状の高い天井、そこから吊り下がる歪な鉄製の燭台。揺れる灯火が、石造りの空間に鈍い陰影を落としている。
正面の壁面には巨大なステンドグラスが嵌め込まれていた。昼間であればこの薄暗い教会の中に外界の光を取り入れながら美しい姿を見せてくれたのかもしれないが、生憎と外光のないこの時間ではその本来の荘厳さは失われ、ただ冷たい模様だけが壁に沈んでいる。
――そして視界の中心には、祭壇の中央に誂えられた
ここが西洋式の教会の意匠を踏襲しているのであれば、本来十字架や聖像が置かれているはずのその場所。そこには、異様な気配を放つ奇妙な円盤が飾られている。儀式用の徽章のようにも見えるそれに、レオンは思わず眉を顰めた。
幼い人型。
まるで赤子のおくるみのようにその体は幾重にも布で巻かれ、露出している部分といえば背中の翼と左目だけであろうか。
その2つの部位も、片や翼は無惨に折れ裂け、酷く傷んだ状態。片や左目は表情こそ隠れて見えないものの、その目からは一筋の涙が零れている。
幾何学的な紋様に囲まれた中心。妙に痛ましく悍ましい姿をしたそれを見つめながら、レオンは小さく息を吐く。
(……なんだ、これは)
悪趣味なそれに呆気に取られていたその時、不意に背後から何者かの足音と声が聞こえてきた。足音は数人分。声は先に聞こえた男女のそれとよく似ている。
レオンは警戒を強め、背後から来る数人の存在を待つこととした。拘束されている身ではどの道待つことしかできないというのもあるが。
「――あら、起きてるじゃない。お目覚めの気分はいかがかしら? レオン・S・ケネディ」
カツカツと硬質なヒールの音を立てながら姿を現したのは、プラチナブロンドの髪を持つ女。灰色のローブを身に纏った女は軽薄かつ残忍な笑みを浮かべ、若干顎をしゃくらせながら椅子に縛られたレオンを見下す。
「――間もなく教祖がお越しになる。エレノア、口を慎みなさい。彼の沙汰は教祖が下すのですから」
次いで現れたのは、女と揃いの灰色のローブを纏った黒髪の男。筋骨隆々なその容貌と女の態度を窘めるその様子からはいかにもな堅物感が漂う。
黒髪の男の言葉に女――エレノアはつまらなそうに肩を竦め、フンと鼻を鳴らした。
――ずいぶん癖の強い連中だ。
おそらく教団の幹部であろう人物たちの登場に、レオンは頭が痛くなる心地がした。
――とその時、レオンのすぐ横を何かが通り過ぎた。
音もなく通過したそれにレオンは一瞬反応が遅れる。
驚きと警戒を込めてすぐに視線を向ければ、そこには先の二人と同じ灰色のローブに身を包み、フードを目深に被った後ろ姿があった。
筋骨隆々な黒髪の男に比べれば、背丈も身幅も随分劣る痩せぎすな体躯。露出の少ないローブの隙間から見える角ばった手の骨格や女性のそれとは違った無駄を削ぎ落したような静かな足取りから、辛うじてその人物が男であるという事実だけは判別できる。
フードの男は縛られたレオンには一切目もくれず、まるで微塵も興味などない様子でただ静かにその横を通り過ぎた。
ローブの衣擦れの音以外全ての音を置き去りにでもしたかのように、男はただ祭壇の横へと歩いていく。やがて男にとっての定位置であろう、チャーチベンチの一つに手慣れた仕草で腰かけると、レオンや他の幹部の方へと振り返ることもなく、無言のまま祭壇の方へと顔を向け微動だにしなくなった。
「相変わらずだんまりね……まあいいわ。それよりサイモン、"巡礼者"の管理はあんたの役割でしょう。どうなってるのかしら?」
「先も説明した通り、回収は既に済んでいます。少なくともあなたに咎められるような事態は起こっていないと思われますが」
「私は回収したかどうかじゃなくて、あんたの管理体制そのものに意見しているの。堅物な司祭様には分からないかもしれないけど、あのトラップ、結構高価だったのよ?」
フードの男へと意識を向けていたレオンは、エレノアと黒髪の男――サイモンが険悪な空気を醸し出したことでそちらへと注意を向ける。
エレノアは胸の前で腕を組み、苛立ちを滲ませるように手袋に覆われた指を小刻みに動かしている。対するサイモンはエレノアの態度に臆することも苛立つこともなく、表情を変えないまま淡々と事実のみを推挙していく。
「まだ試験運用段階だったのに、まさか杜撰な管理体制の尻拭いに使わされるとはね」
「結果として侵入者は捕らえました。ならば試験運用成功という扱いで充分でしょう。何か問題がありますか?」
「大アリよ。そもそもあいつがちゃんと機能していれば、わざわざあれを使う必要はなかったのだから」
苛立ちを隠すことなくエレノアは手袋越しに爪を噛む。カチ、という小さな音が静かな教会で妙に響いた。
目の前で繰り広げられる不毛な内輪揉めを、レオンは酷く冷めた目で静観していた。
堅物な狂信者に、ヒステリックなビジネスウーマン。そして人形のように何を考えているか分からない男。
到底まともな組織ではない。事前に入手していた情報から既に分かり切っていたことではあったが、この瞬間レオンはそれが確かな情報であったと認識を改めた。
後ろ手に縛られたままの手首に力を込める。彼らの意識がレオンから逸れている内に、袖口に隠していた小型のナイフで麻縄に少しずつ切れ目を入れていく。
銃は取り上げられた。ナイフは今現在縄を切るのに使っている小型ナイフのみ。状況は決して芳しくない。
――だが奴らの足並みが揃っていないのであれば、付け入る隙はいくらでもある。
(……さて。この愉快な連中をまとめている
次第に激化していく二人の声を聞き流しながら、レオンはただ静かに、この歪な空間の主が現れるのを待った。
鋭く研ぎ澄ましたナイフと闘志で、彼らに反撃する機会を窺いながら。