BIOHAZARD ASHES TO ASHES 作:しお林檎
薄気味の悪さはあれど清貧な雰囲気を纏う教会内で、一触即発の空気となっている二人。それを黙して眺める一人と、何にも関心を向けることなく虚空を見つめる一人。
空気は最悪の一言であった。あんまりな空気をレオンは内心鼻で笑う。
不毛な責任の擦り付け合いをBGMに、レオンは密かに脱出の準備を進めていく。全員の意識がレオン以外へと向いている今こそが好機。小型ナイフを慎重に動かし着々と縄に切り込みを入れていく。
――不意に、それまで彫刻のように微動だにしなかった男が、僅かに動いた。
咄嗟にレオンは手を動かすのを止め、フードの男へと意識を向ける。
祭壇の斜め前に位置するチャーチベンチ。そこに腰かけたフードの男の首が、ほんの数ミリだけ横へと傾ぐ。
後ろ姿しか見えない状況では、フードの中に隠れた男の真意を探ることはできない。だがしかし、レオンは不思議と直感した。
男が動いた理由は、言い争いを続けるサイモンとエレノアでも、ひっそりと脱出を図っていたレオンでもない。
――この場にいない誰か。その存在こそが、フードの男が動いた理由であるのだろう、と。
レオンの直感は数秒と経たず現実となって姿を現した。
教会の入り口、重厚な装飾が施された木製の扉がギィ、と音を立てて開く。次いで聞こえたのはカツ、カツ、と冷たい石床をゆっくりと踏みしめる足音。
それは中年の男であった。年齢故か若干灰色がかった白髪を持つその男は、三人の幹部が纏っているものよりいくらか豪奢な装飾が施されたローブを揺らし、悠然とした振る舞いで歩みを進める。
人当たりの良さそうな柔和な笑みを浮かべる表情からは、それだけ見れば
中年の男が登場したのを皮切りに、つい先ほどまで言い争いをしていた二人はぴしゃりと静かになる。サイモンは姿勢を正し、右手を胸の前に添え礼をするように軽く俯いた。エレノアは爪を噛むのをやめ、しかし不服さを隠すことはなく再度胸の前で腕を組みなおした。
「全員集まっているようだな」
男は壇上に上がるなり、鷹揚な仕草で教会内を見渡した。サイモン、エレノア、フードの男、そしてレオン、という順番で。
全員を見渡した後に一つ大きく頷いてみせると、男はレオンに向かって恭しく礼をしてみせた。
「さて、まずは客人にご挨拶をせねばな。レオン・S・ケネディ。ようこそ、我が【灰の揺り籠】へ。私はバルタザール・ベネディクト。この教団を作った者だ。色々と手違いがあったみたいでな、手荒な歓迎となってしまい申し訳ない」
「……こいつは驚いた。まさか手荒な自覚があったとは」
「はは、噂通りの口達者だ。まさか生でそれを聞く機会に立ち会えるとは思わなかったが」
どこまでも余裕な態度で、平然とレオンと会話し皮肉すら笑い飛ばす。そんな男――バルタザールの様子に、レオンはかつてスペインで相対したロス・イルミナドス教の教祖サドラーとはまた違ったタイプの厄介さを感じ取っていた。
「……して、大統領の懐刀がこのような寂れた孤島に一体何の用かね? 少なくとも我々は合衆国と対立した覚えなど微塵もないのだが」
あくまで口元は笑みを象ったまま、バルタザールは穏やかな物腰で尋ねる。しかしその目はどこか値踏みでもするかのように冷たい光を宿しているのを、レオンは決して見逃さなかった。
「対立した覚えはない、か。なら聞きたいんだが――」
レオンは動きを止めていたナイフでの脱出準備を再開する。そしてバルタザールの目を真っ直ぐに見据え口を開いた。
「お前たちが裏でコソコソ仕込んでる
「テロ計画?」
レオンの言葉にバルタザールの眉が動く。次いで視線を逸らし、何かを考えるように顎鬚に手を添え擦るように動かした。
「……エレノア」
「事実無根です。そのような計画は存在しません」
上司から短く名を呼ばれたエレノアは首を横に振り即座に否定してみせる。やけにきっぱりとした態度で告げられた否定に、今度はレオンが眉を動かす。
バルタザールは次にサイモンを見やる。するとサイモンもまた、首を横に振りいいえと答える。
そして次はフードの男をちらりと一瞥したかと思いきや、他二人のように何かを問うことなく、すっと視線をレオンの方へと戻した。
「……だそうだ。生憎ではあるが、そのテロ計画とやらはこちらは一切認知していないもののようだ。そちら側の組織で何か誤解が生じているのではないかね?」
幹部たちへの確認を終えるなり、バルタザールは再度柔和な笑みを浮かべてみせた。
嘘にしてはあまりにも堂々としている。しかし事実にしては、あまりにも明確な状況証拠が揃ってしまっている。
状況と情報の板挟みとなったレオンは、怪訝な表情を浮かべる他なかった。
――少し鎌をかけてみるか。
思い至ったレオンは口を開く。教団の騙る言葉が嘘か真か、その真偽を見定めるために。
「――なら、最後に一つ聞かせてくれ」
その場にいる全員に一人ずつ視線を投げ、最後にはバルタザールを真っ直ぐに見据える。先までの怪訝な表情はどこへ行ったのか。レオンの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「つい最近、ずいぶん
――途端、教会内は時を止めたかのように静まり返る。
サイモンは驚愕で目を丸くし、俯きがちにしていた顔を上げる。エレノアは一瞬目を丸くしたかと思いきや、何か心当たりがあったようで、苛立ちを露わにしながら再度手袋越しに爪を噛んだ。フードの男は相変わらず微動だにしない、ということはなく。ローブの中で何かを探るように僅かに手を動かしたようだ。
そしてバルタザールは、先ほどまで浮かべていたはずの柔和な笑みは鳴りを潜め、唇を真一文字に引き結んだ険しい表情でレオンを睥睨していた。
(……ビンゴ。こいつらは間違いなく、何かを隠している)
ビリビリと肌を刺すような警戒と殺意が、厳かな教会の中に静かに満ちていく。
だがそれに怯むどころか、不敵な笑みを携えたままレオンは確信を抱く。小型ナイフを袖口にしまい直すその手首には、既に一筋たりとも縄は残されていなかった。
歓迎会はここまでだ。レオンは一人、密かに反撃の狼煙を上げるのであった。